学位論文要旨



No 112216
著者(漢字) ヒダヤット,シャリフ
著者(英字) Hidayat Syarif
著者(カナ) ヒダヤット,シャリフ
標題(和) 雷位置標定システムによるインドネシアの雷性状の研究
標題(洋) Characteristics of Lightning in Indonesia Observed by Lightning Location System
報告番号 112216
報告番号 甲12216
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3759号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 助教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 小野,靖
内容要旨

 本研究では,インドネシア共和国ジャワ島内外3箇所に無人運転の雷観測設備を設置して,2年間にわたって連続観測を行い,ジャワ島およびその周辺の熱帯における雷パラメータを明らかにすることを目的としている。初年度には,オンラインの通信回線を得るのが困難で商用電源の信頼性も低い現地で連続運転が可能なシステムを完成させ,年度内にジャワ島内3箇所に観測点を設置して,雷放電による電磁波の広帯域での観測を開始した。数kHz〜0.3MHzの広帯域で観測される電磁界パルスは,放射源の雷放電の種類の情報を含んでいるため,この性質を利用して落雷による信号のみを自動識別し,記録することが可能である。複数の観測点相互間の時刻の同期は,GPSを利用して0.1sの精度を実現し,信号の到来方位ばかりでなく,到来時間差の情報も利用した高精度の落雷位置標定を可能とした。しかしながら現地の劣悪な環境条件が原因となって,これら3局が同時に稼働している時間帯が少なく,1994年度前半の運用実績は満足のゆくものではなかった。このため,当初の計画になかった4番目の観測点を設置することを急きょ決定し,1994年度末に4局目の運用を開始した。1995年度は,常時少なくとも3局が稼働している状態で推移し,年度末を迎えている。

 電磁波の到来方位と,多地点への電磁波到達時間差を併用した方式の電磁波放射源の位置標定精度は,まだ明らかになっていなかったため,理論的な検討を行い,その性質を明らかにして,到来方位のみ,及び到達時間差のみを利用した位置標定方式と比較した。到達時間差方式が利用できるのは,3局以上で同時に同一の放射源から出た電磁波が観測されなければならず,3〜4局からなるネットワークでは,この方式で解析できるデータの割合はそう多くはないが,位置標定精度は到来方位を利用するよりも高いとの認識があった。しかしながら,電磁波が陸上を伝搬する場合には,その波形が大地の抵抗の影響を受けて変歪するために,雷放電に伴う電磁波パルスの見かけ上の到来時刻が変化する可能性がある。大地抵抗率と電磁波パルスの波形を仮定し,到達時間差方式の落雷位置標定の精度に大地抵抗率が及ぼす影響を調べたところ,観測点で囲まれた領域の外側では,急速に位置標定精度が悪くなることが予測された。実測データを解析したところ,このシミュレーションと同様の誤差パターンが現れ,大地抵抗率の影響が実在することが確認された。これらの成果は電気学会論文誌に掲載されることが決定している。

 ジャワ島およびその周辺海域における落雷状況の,約1年半にわたる期間のデータの解析が一応終了している。観測期間の最後の部分については,この成果概要の執筆時点でデータ回収の最中のため,2年間分のデータの解析が終わるのは少し先になる見込みである。これまでの解析で以下の点が明らかになった。

 ジャワ島周辺の落雷数には1年を周期とする変化があり,例年5月から9月ごろまでの乾季には落雷が少なく,10月から4月までの雨季に多い。雨季のこの地域の雲のシステムは,衛星画像で見る限りでは,冬季の日本周辺とは異なって,陸地の影響を受けていないが,落雷数では陸上が明瞭に多く,対流雲の発生には地形の影響が大きいことがはっきりした。雷電流分布等から見ると,雷雲の性質は日本の夏季とほぼ同じであり,中緯度帯の夏と変わりはない。落雷の密度は日本よりも1桁ほど高い。また日本の夏季には海上への落雷は極めて少ないが,インドネシア海域では,それよりもはるかに多いのも特徴の一つである。落雷数には日変化があり,陸上と海上で異なったパターンとなる。以上のようなインドネシア海域における熱帯雷の性質は,極軌道衛星などによるスポット的なこれまでの雷観測では知ることができず,地上の観測システムによる連続観測によって,今回初めて明らかになったものである。

審査要旨

 本論文は、"Characteristics of Lightning in Indonesia Observed by Lightning Location System"(雷位置標定システムによるインドネシアの雷性状の研究)と題し、インドネシアのジャワ島に設置した落雷位置標定システムのデータ解析に新しい雷位置標定手法を適用して、地球上のこの領域における雷の性状を初めて明らかにし、さらに雷性状について得られた知見の工学的応用例を示したもので、英文で9章よりなる。

 第1章は序論で、インドネシアを含む熱帯における雷活動の、全地球的規模から見たときの重要性、およびその研究がまだあまり進展していないことに触れ、採用した研究手法と、本論文の概要について述べている。

 第2章は"Java Lightning Location Network"と題し、本研究のためにインドネシアのジャワ島に設置した落雷位置標定システムについて説明している。数kHz〜0.3MHzの広帯域で観測される電磁界パルスは、放射源の雷放電の種類の情報を含んでいるため、この性質を利用して落雷による信号のみを自動識別し、記録することが可能である。このような、落雷に伴う電磁界パルスの到来方位と信号強度を自動記録する観測設備をジャワ島内4箇所に配置し、ジャワ島全域とその周辺海域を観測対象とした。観測点相互間の時刻の同期をGPSを利用してとることにより、信号の到来方位ばかりでなく、到達時間差の情報も利用した高精度の落雷位置標定を可能とした。

 第3章、第4章はそれぞれ"Lightning Location Using Time-Difference and Direction Technique"および"Systematic Error in Lightning Location Using Time-Difference and Direction Technique"と題し、電磁波の到来方位と多地点への電磁波到達時間差を併用した方式の、電磁波放射源の位置標定精度の性質について初めて理論的な検討を行い、この方式の精度が従来からの、到来方位のみ、もしくは到達時間差のみを利用した位置標定方式より優れていることを明らかにしている。第3章では、電磁波の到来方位と到達時刻の測定値にランダムエラーのみが含まれている場合を解析し、この場合も到来方位と到達時刻を併用する方式が優れているが、他の方式との間に大きな差はないことを示した。第4章では系統的な誤差要因、つまり方位測定における近傍の障害物の影響、および電磁波が陸上を伝搬する場合の波形変歪のため、雷放電に伴う電磁波パルスの見かけ上の到達時刻が遅れる現象を考慮して解析を行い、新しい位置標定方式が、他の方式単独では困難な、これらの系統的誤差の推定に有効なことを示した。実測データを解析した結果、理論的検討において行ったシミュレーションで得られたのと同様の、大地が完全導体でないことに起因する方位測定誤差パターンが現れ、ゼロではない大地抵抗率が、ここで問題としているkmオーダの位置標定精度に影響するような電磁波の波形変歪を引き起こしていることを確認している。

 第5章は"Analysis of Systematic Location Error on Java Lightning Location Network"と題し、実測されたデータにもとづいて、ジャワ島に設置した落雷位置標定システムの系統的誤差の解析を行っている。この解析により、方位測定誤差は±1.5°以内、ジャワ島の平均的な大地抵抗率は、長波帯の周波数領域で400ないし500m程度であることが明らかになった。

 第6章の"Calibration of Direction Finder"は、落雷における電流値を推定する上で不可欠な、アンテナを含む電磁波受信システムの感度校正についてで、正弦波による各周波数における校正結果、および自然雷により生じた電磁界パルスを入力信号として用いた広帯域における校正結果が一致し、しかも過去日本で行われた校正の結果とも一致したことが述べられている。

 第7章は"Detection Efficiency of Java Lightning Location Network"と題し、全落雷の何%をシステムが観測しているかをあらわす捕捉率を、データを統計的に検討した結果にもとづいて推定しており、観測点から200ないし300km程度の距離領域で最大の75%程度であることを明らかにしている。捕捉率の距離依存性が求められたことにより、広域における落雷密度の推定が可能となった。

 第8章は"Characteristics of Lightning in Indonesia"と題し、観測結果に基づくジャワ島およびその周辺海域における雷の通年にわたる特性と、その工学的側面について述べている。落雷密度は降水量と相関があり、雨季には陸上での平均値が毎月1km2あたり約2回で、日本の夏季の5倍にのぼる。雷電流分布等から見ると、雷雲の性質は日本の夏季とほぼ同じであるが、大電流領域の落雷の発生確率が低い。このようなインドネシアにおける熱帯雷の性質は、極軌道衛星などによるスポット的なこれまでの雷観測では知ることができず、地上の観測システムによる連続観測によって、今回初めて明らかになった。得られた雷パラメータにもとづいて、ジャワ島の基幹送電線の事故率の予測計算を行った結果、現在世界で標準的に使用されている方法による予測値にくらべて、約1/6にしかならないことが判明した。これは落雷の大部分を占める負極性落雷の電流分布が、通常使われている中緯度地域のものと異なるためである。

 第9章は結論で、以上の研究成果をまとめている。

 以上これを要するに本論文は、現在ほとんど未知の熱帯地域の雷の特性を明らかにするため、雷放電により発生する電磁波を多地点で受信して落雷位置標定を行うシステムをインドネシアに展開し、新しいデータ解析手法を適用して信頼度の高い観測結果を導き出し、得た特性を基幹送電線の雷による事故率の推定に使用して、従来の手法によるものと大幅に異なる結果となることを示すことにより、雷観測結果の有用性を実証したもので、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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