本論文は「High Speed CMOS Logic Circuit Design Using Regenerative Dual-rail Logics(振幅回復デュアル・レール・ロジックを用いた高速CMOS論理回路の設計))と題し、大規模集積回路(以下VLSI)の中に用いられる演算回路の高速化と低消費電力化を実現するための回路方式について研究したもので、英文で記述され、6章で構成されている。 第1章は序論であり、VLSIの高速化と高集積化の進展で課題となってきている電力消費とクロックスキューの問題を背景とし、回路設計において新たに検討しなければならない問題を議論した上で、従来の回路方式である相補型パストランジスタ論理回路(以下CPL)やデュアルゲート型パストランジスタ論理回路(以下DPL)などの回路方式の入力容量やレイアウト面積における問題点を分析し、本研究で提案しているリジェネレティブ・パストランジスタ論理回路(以下RPL)を研究するに至った経緯を説明している。 RPLは、パストランジスタと電圧振幅を回復させる回路を用いた論理回路であるが、通常のCMOSを用いた論理回路と比較した場合、RPLは必要なトランジスタ数が少なく低消費電力かつ高速動作という特長があり、n型MOSトランジスタによる論理動作と信号回復のための2個のp型MOSトランジスタで構成された回路(以下REGEN)との組み合わせで構成されている。 また組み合わせ論理回路であるRPLと組み合わせて用いることで有効性を発揮するラッチ回路として、クロック信号で出力と論理部とを分離するクロック信号分離型論理回路(以下CSL(Clock Separated Logic))回路についてその概要を述べた上で、本論文の構成についてまとめている。 第2章は「RPLによる組み合わせ論理回路(Combinational Logic by RPL)」と題し、従来のCPLの持つ高速・低消費電力特性と相補出力等の利点を継承しつつ、出力の電圧振幅が減少するという欠点を克服できる回路であるRPLの基本原理とその特性を述べ、全加算器を題材として従来型論理回路と定量的に評価・比較を行っている。 この評価では五種の従来型論理回路とともに、RPLの基本回路である排他的論理和回路とマルチプレクサ回路とを組み合わせて全加算器を設計し、動作速度及び消費電力のシミュレーション評価を行っている。シミュレーションにおいては各回路のトランジスタパラメタ依存性を評価し、比較の一般性を確保するためにモンテ・カルロ法によるトランジスタパラメタ空間内のランダム探索法を用いている。 比較の結果、RPLが全加算器の最大動作周波数の点で最も優れ、消費電力の点でもデュアル・レール・ロジック類の中では最も低いことを述べている。更に、そのレイアウト面積の点でも加算器の中心部分である条件キャリー選択回路をレイアウトした結果、RPLはDPLの2/3、通常のCMOSと比べてもほぼ同じとなることを示している。 第3章は「クロック信号分離型論理回路によるラッチ回路(Latches by Clock Separated Logic(CSL))」と題し、単一クロック信号を用いて同期ラッチ回路を設計する新しい回路方式(CSL)を提案している。 このCSLはクロック信号で駆動されるn型トランジスタを用いて、回路の出力端子と回路中のn型MOSトランジスタにより構成される論理部とを分離することで、回路内部での信号振幅を抑えて消費電力を低減させる効果を持つとともに、小振幅入力信号に対してもフルスイング出力信号を得ることができる回路技術である。従来のD型フリップ.フロップやJK型フリップ.フロップと比較して約半分の消費電力で回路が構成できることをシミュレーションにより示している。 第4章は「システム設計における応用:並列加算器、乗算器(Applications in System Design:Parallel Adders and Multipliers)」と題し、RPL回路を高速加算回路と乗算回路に応用した例を述べている。 高速加算回路の設計手順を述べた後、2次のブース・アルゴリズムを用いた高速乗算回路を桁上げ信号飛越し方式によりRPLの特性を活かして実現する設計方法を述べている。例として設計した8x8 bitブース並列乗算器のシミュレーション評価により、従来のDPL回路で実現した場合に比較して三分の二の消費電力と半分のレイアウト面積で実現でき、クリティカル・パス遅延時間の点でも約10%有利であることを述べている。 またデュアル・レール・ロジックの欠点である二重配線による回路面積の増大に関しても、比較的距離の大きい、乗算器の部分積発生器と加算トリー回路との間をシングル・レール信号方式で結合することで、ほとんど遅延の増加無く配線面積と消費電力を削減できることを示している。 第5章は「RPL回路用自動設計ツール(CAD tools for RPL)」と題し、本研究で提案しているRPLの実際的利用における利便性を向上するために開発した、計算機援用設計ツール(以下CAD)について述べている。このCADでは通常の2入力ゲートとMUX2で設計された回路をRPL基本回路へ変換し、回路中の信号振幅をチェックして必要な箇所に振幅回復回路を挿入するという設計手順を自動化している。さらに遅延時間の最適化を動的計画法用いて行っており、クリティカル・パスで必要なバッファ挿入を自動化している。最後にトランジスタの幅を調節して、遅延時間の最適化を行っている。 第6章は本論文のまとめであり結論を述べている。 以上要するに、本論文はVLSIにおける演算器の高速化と低消費電力化を目的としてデュアル・レール・ロジック回路を研究したもので、組合せ論理回路においては振幅回復機能を有するパストランジスタ論理回路を提案し、信号ラッチ回路においてはクロック信号分離型回路を提案し、それらの有効性をシミュレーション評価等により実証したもので、電子工学の発展に寄与する点が少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したものと認められる。 |