学位論文要旨



No 112219
著者(漢字) 会津,昌夫
著者(英字)
著者(カナ) アイヅ,マサオ
標題(和) 色空間処理に基づく印刷用カラー画像の符号化に関する研究
標題(洋)
報告番号 112219
報告番号 甲12219
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3762号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 喜連川,優
内容要旨

 印刷の電子化の進展に伴い,印刷画像システムでの画像処理に適したカラー画像データ符号化方式が,データ蓄積コスト低減や画像処理時間の短縮等のニーズから必要になってきている.このような印刷画像符号化では,画質劣化が検知されず,符号データに製版画像処理が可能な方式であることの2点が満足される必要がある.したがって,本研究では印刷などの高精細なカラー画像の符号化において見落とされがちな,カラー情報に着目した符号化方式を提案した.

 本研究では,上述の要請に応える方法として,ブロックごとの符号化であって,任意の原画像座標のデータをアクセスすることが可能な(任意アクセス性),画質的特徴として印刷用途に適したエッジのシャープな復元画像品質を示す,領域適応型ベクトル量子化法(A2VQS;Area Adaptive Vector Quantization with Splitting)を提案し,性能評価を行なった.

 また,前述のような次世代符号化の前処理の領域分割法として,被写体の物体表面反射モデルの考察からカラー画像データの色空間での分布モデルに基づく物体領域抽出法を提案し,シミュレーションを行った.

1色彩変換の信号論的検討

 印刷用画像のデータ圧縮の際,色彩変換に対する検討はあまり行われていなかった[?].そこで本章では,基礎検討として各種色彩変換を印刷用画像へ適用した時の符号化効率に及ぼす影響を考察した.符号化効率の指標として変換によるSNRのゲインを表す符号化ゲインあるいは,Spectral Faltness Measure(SFM)と,エントロピーを採用した.また,色彩変換としては,Karhunen-Loeve変換,Discrete Cosine Transform,YIQ変換を対象とした.

 符号化効率の評価は,符号化ゲインと,変換後のエントロピーの2項目で行った.

表1:色彩変換法の符号化ゲイン(dB)

 ここでは,符号化ゲインを色彩変換を行ったことによるSNRの増加分に寄与する値と解釈して,色彩変換法の3つの変換法を比較した.

 シミュレーションとして印刷用標準画像データであるSCID(Standard Color Image Data)の"ポートレート"と"カフェテリア"(2048×2560pel)を用いた.表1からわかるように,ゲインはKLTとDCTの間で1dB程度低下しているが,DCTとYIQでは,0.4dBの低下しか認められない.

 エントロピーは,各変換後データの各要素のエントロピーを次式で計算した.表2,にエントロピーを示す.KLT,DCTともに変換による情報量の低下は認められないが,YIQが一番低い値を示した.ここで,YIQの第4要素としては,なにも処理を加えていない墨信号のエントロピーを用いている.結論として,次のようなことが言える.

表2:色彩変換のエントロピー(Portrait)

 1.符号化ゲインはKLT変換を除くとDCTとYIQであまり違いがなく,YIQが符号化効率の点でDCTと同等であることがわかった.

 2.エントロピーではYIQが最も小さい値を示した.

2領域適応型ベクトル量子化

 本章では,領域適応型ベクトル量子化法(A2VQS;Area Adaptive Vector Quantization with Splitting)を説明し,性能評価結果を示す.

 印刷用カラー画像データは,CMYK間の相関が高く,4次元空間では,C=M=Y=Kの軸付近に集中的に分布する傾向があるしかし,画像の局所的な領域,例えば16×16画素の1つのサブブロックを取ってみると,より狭い領域に分布する.ここでは,(C,M,Y,K)色空間4次元ベクトルに,次元数の増大とともにレートディストーション限界に近付く良い性質を持つVQを,画像ブロックごとに適用する方式を提案した.

 ブロックに分割された画像データは,ブロック順次にその量子化レベル数を決める.次に,MLA(Modified Lloyd Algorithm)を用いてコードブックを作成する.この場合,トレーニングシーケンスは,ブロック構成画素全部または一部を用いる.最後にこのコードブックを用いてベクトル量子化を行う.ここで,圧縮データはブロックごとに,量子化レベル数,コードブック,量子化代表値番号を並べたコードマップから構成される.

 本符号化器の設計において,量子化レベル数をどう決めるかが重要である.MLAでは,量子化代表ベクトル数は既知であるという仮定のもとに計算されるので,予め何らかの方法で計算して与える必要がある.本圧縮アルゴリズムでは,注目ブロックの統計的性質を反映した3つの決定式を提案し,実験により性能を評価した.つまり,ブロック内分散に基づく式,レンジ統計量を用いた式,レンジの和に基づく式の3つである.

 本方式ではコードブック作成時に,サンプル重心を摂動してボロノイ領域の2分割を繰り返していくSplittingを導入し,MLAとシミュレーションにより比較した.Splittingは,MLAのようにサンプル値系列に対する最適性は保証されないが,準最適な方法として次のような利点を持つ.(1)距離計算回数の減少により,処理が高速になる.(2)全サンプルの重心から2分割を繰り返していくので,MLAでのように初期ベクトルの違いによって極端な局小値への落ち込みがなく,画質上も極端な劣化ブロックが現れない.

 また,量子化出力である代表値番号リスト(codeword)を,1次元的に再配置したとき(図??b))の符号の連続性に着目してランレングス符号を適用して,ハフマン符号によりもう1段階の圧縮を図る.

 ここでは,A2VQとA2VQSのS/Nの比較を行なった.図1にbit rateとS/Nの関係を示す.図では(cmyk)各色のS/Nを示しており,どちらの方式もBlack,Cyan,Magenta,Yellowの順でS/Nが高く,方式間の比較では各色ともA2VQSの方が2〜4dB程度向上している.主観的画質もA2VQSの方が優れている.

図1:A2VQとA2VQSの比較

 つぎに,処理時間をCPU Timeで評価する.ここでは,VAX6410のシミュレーションでのCPU Timeを用いている.図2a)に,A2VQと,A2VQSの符号化処理時間を示す.図2b)に,A2VQと,A2VQSの復号化処理時間を示す.符号化時間は高bit rateになると代表ベクトル数が増すことによる距離計算回数の増加により,指数的に増加する.復元時間はコードブックを参照する時間に支配されるのでコードブックサイズに対して直線的に増加するが,符号化に比して処理時間を要さないことがわかる.4bit/pelのとき,A2VQSの処理時間はA2VQの約1/10である.

図2 処理時間の比較
3色空間分布に基づく領域分割

 画像中の物体ごとの物体領域分割は,次世代画像符号化や画像理解で必要とされる重要な技術である.本節では,画像符号化の前段として,画像中の物体領域を,色空間分布モデルから導出した特徴空間のクラスタリングにより抽出する,物体領域分割法について説明する.

 ディジタル画像信号を,その生成過程すべてにわたって考察し,モデル化してシーンの解析に役立てようとする考え方をPhysics-based Visionといい,現在computer visionの分野で注目を集めている.これは,Klinker,Shaferらが被写体表面の光源反射の『物理モデル』である2色性反射モデルを提案し,画像入力装置(TVカメラ等)のスペクトル特性,ガンマ特性等の物理量も含めて,ディジタル画像信号と物理量との対応をつけることにより,より精密な,物体領域分割を行なう考え方である.

 ここではL*u*v*空間での輝度軸を楕円の長軸とした半楕円曲線により物体領域の色空間分布を簡便にモデル化する.領域分割は,半楕円曲線を決めるに必要な2次元のパラメータ空間(平面)のクラスタリングによって行なう.

 処理は,まず,サンプリングされたcmyデータがノイゲバウア方程式を用いてL*u*v*に変換される.次に,(1)式によって与えられる値を計算し,(L0は,L軸上の印刷カラーパッチのレンジの中央値)

 

 そして,ISODATAにより2次元クラスタリングがなされる.さらに,ISODATAで算出されたクラスタ代表点を色相角で1Dクラスタリングし,クラスタ代表点のグループに分類する.ここで,色相角とは,の場合,

 

 このグループの番号を上位,それに属するクラスタ番号を下位とするtree構造ができる.

 標準画像SCIDの『自転車』の一部分(1024×1024画素)でシミュレーションを行なった.ここで,16画素×16画素について1画素を規則的に取ってサンプルとした.

図3:テスト画像のクラスタ境界画像

 u*v*平面に射影した分布の2Dクラスタリングと比較したところ,平面のクラスタリングによって物体領域を少数のクラスタ代表点で隣接の物体表面と分離でき,物体領域を正確に抽出することができる(図3).また,表3にクラスタ数を変化させた時のcmy信号でのSNとu*v*でのSNを比較している.ほぼ同程度のSNであるが,u*方向の色相について,平面の誤差が少ないことがわかる.

表3:uvとのクラスタリングの誤差(dB)
4領域分割符号化

 符号化は,領域ラベル画像の圧縮と,領域画像毎の色空間VQによる圧縮(コードブック,コードワード)からなる.処理は,図??のように行われる.まず,領域分割処理としてサンプリングされたcmyデータがノイゲバウア方程式を用いてL*u*v*に変換される.次に,(1)式によって与えられる値を計算し,(L0は,L軸上のデータ分布の中心点)そして,ISO-DATAにより2次元クラスタリング,および,色相の1次元クラスタリングが行われる.このクラスタ番号を並べたものをラベル画像として,これをビットプレーンに分割してJBIGで圧縮する.また,L*u*v*画像はラベル画像を用いて領域毎に3D色空間ベクトル量子化を行い,領域毎のcodebookを統合し,codewordを並べた画像をビットプレーンに分割して,JBIGで圧縮する.

 圧縮結果を表4と表5に示す.画質評価は,領域境界はエッジをよく再現しているが,領域内で量子化ベクトル数の不足に伴う疑似輪郭が観察される.30〜33dBの場合,圧縮率は,1/5程度であった.

表4:圧縮データ量:自転車の一部(Byte)表5:SNR(dB)
審査要旨

 本論文は「色空間処理に基づく印刷用カラー画像の符号化に関する研究」と題し,印刷画像システムにおける画像処理に適したカラー画像データ符号化方式の確立を目指して行った一連の研究を纒めたもので,6章よりなっている。

 第1章は「序章」で,本研究の背景について述べ,本研究の目的を明らかにすると共に,本論文の構成について述べている。

 第2章「色彩変換の符号化効率」では,印刷用画像のデータ圧縮の基礎検討として,各種色彩変換を印刷用画像へ適用した時の符号化効率に及ぼす影響を考察している。

 第3章「領域適応型ベクトル量子化」では,画像の局所的な部分のカラー画像データ(シアン,マゼンタ,黄,墨)は,色空間でも狭い領域に分布することに着目し,画像をブロック分割して色空間4次元ベクトル量子化する方式を提案している。又,コードブック作成時に,サンプル重心を摂動してボロノイ領域の2分割を繰り返していく手法を導入して高速化を計ると共に,量子化出力である代表値番号の連続性に着目してランレングス符号を適用している。主観的評価実験により,1/10にデータを圧縮しても画質劣化が検知されず,高画質を要求される印刷用に適用出来ることを示している。

 第4章「色空間分布形状のモデル化に基づく領域分割」では,画像中の物体領域を色空間分布モデルから導出した特徴空間のクラスタリングにより抽出する物体領域分割法について述べている。均等色空間での輝度軸を楕円の長軸とした半楕円曲線により物体領域の色空間分布を簡便にモデル化し,領域分割は,半楕円曲線を決めるに必要な2次元のパラメータ空間のクラスタリングによって行う。実験によりカラー画像の領域分割において良好な結果が得られたことを示している。

 第5章「領域分割に基づく符号化方式」では,前章で述べた領域分割された画像の符号化について述べている。領域分割された領域は,ラベル付けされる。ラベル画像は,ビットプレーンに分割してJBIGで圧縮する。又,各領域に属する画素を対象としてL*u*v*を3次元ベクトルとしてベクトル量子化し,生成されたコードワードをさらにJBIGで圧縮する。再生においては,ラベル画像のJBIG符号,コードワードのJBIG符号,3次元ベクトル量子化のコードブックを用いて行う。この方式は,指定領域のみの画像再生が出来るので,印刷用画像処理を施すのに適している。

 第6章は,「結論」であって本研究の成果を纏めている。

 以上これを要するに,本論文は,印刷画像システムにおいて要求される高精細で画質劣化が検知されず,製版画像処理が可能な符号化方式の開発を目的として,領域適応型ベクトル量子化や色空間での分布モデルに基づく物体領域抽出法とそれに基づく符号化を提案する等,画像処理技術の進展に寄与するところが多大であり,電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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