学位論文要旨



No 112220
著者(漢字) ラシード A.B.M.ハルンーウル
著者(英字) Rashid A.B.M. Harun-Ur
著者(カナ) ラシード A.B.M.ハルンーウル
標題(和) 光学的評価法によるGaAs中のSnの拡散及び欠陥生成に対する応力の効果に対する研究
標題(洋) Study of the effect of stress on tin diffusion and defect generation in GaAs using optical characterization technique
報告番号 112220
報告番号 甲12220
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3763号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 河東田,隆
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 VLSIデバイスの微細化やそれに伴う高密度化によって,半導体デバイスにおけるプロセス由来の機械的応力は,その特性に,より一層重大な影響を与えるようになってきた.シリコンデバイスを例に取ると,LOCOS構造,トレンチ構造,V構造などが素子分離のために用いられる.このようなノンプレーナ構造を用いるプロセスは,大きな局所的応力をデバイスにもたらす.殊に用いられる薄膜の物性に不連続がある場合は,この効果が顕著となる.Siは最もよく研究されている半導体であるため,Siプロセス技術の分野においては,プロセス由来の機械的応力の効果に関して数多くの報告がある.一方GaAsは,高周波デバイス,高温動作デバイス,耐放射線デバイス,光デバイスなど多くの分野でSiにとって代わることの出来る半導体材料と目されている.ガリウム砒素(GaAs)デバイスのプロセスの場合,熱処理中の砒素やガリウムのGaAs表面からの喪失の防止や表面不活性かの目的で,シリコン酸化膜(SiO2)やシリコンナイトライド(Si3N4)が保護膜として使用される.そのため膜中の応力や熱膨張係数差による応力がGaAs基板表面に蓄積する.そのためGaAs/絶縁膜界面の応力の本質やその応力がGaAsの半導体プロセスの基本的ステップに与えるメカニズムを理解することは,殊に重要である.しかし残念ながら,GaAs/絶縁膜界面に発生する応力やそのプロセスへの影響に関する系統的な研究の報告は,殆ど無いに等しい.

 本研究では,熱処理によるGaAs/絶縁膜界面に発生する応力とその応力がGaAs中へのスズ(Sn)の拡散に及ぼす影響について,ラマン分光法及びフォトルミネッセンス分光法を用いて研究を行った.SnはGaAs中で最も一般的なドナーの一つで,これを研究することは,応力が他のドーパントのGaAs中での拡散に与える影響を明らかにする上でも有益な情報を与えることは間違いない.

 本研究においてラマン分光法を用いた理由は,GaAs/絶縁膜界面の応力の測定とその表面におけるキャリヤ密度の評価が共に出来る為である.レーザラマン分光法はプローブにレーザ光を用いるため,レーザ光のスポット径程度の微少領域を非破壊で評価できるという利点を持っており,表面の研究に好都合である.スポット径はマクロラマンで100m,マイクロラマンで1m程度で,空間分解能がよい.ここでLOフォノン-プラズモン結合モードを用いたキャリヤ密度を測定するための新しい方法(ノーマライズドプラズモンインテンシティ法と称する)を提案し,一般的な評価法の一つであるL+モードの周波数による方法と共に用いる.この方法では,LOフォノンとプラズモンとの結合モードであるL-モードとLOフォノンの強度比により,キャリヤ密度を評価する.通常は,L+モードの周波数を用いる方法及びドープされた試料とアンドープの試料のLOフォノンの強度比を用いる方法が一般的である.前者は,L+モードの強度が小さいため2.0×1017/cm3以下の測定は困難であり,後者は二種類の試料を用いるため,その測定条件や試料の清浄度などの相違が誤差の原因となるなどの不都合がある.ここで提案する方法では,試料それ自身のL-とLOフォノンの強度を比較するため,試料間の表面状態の微妙な違いに影響されないという特徴を持っている.

 本研究では,まず最初にGaAs/絶縁膜(SiO2,Si3N4)界面の応力の系統的評価を行った.絶縁膜をスパッタ法により堆積した後のGaAs表面には,応力は存在しない.しかしその試料を熱処理した後測定すると,GaAs表面には大きな応力が蓄積していることが,LOフォノンのピークシフトから明らかとなった.GaAs/SiO2界面ではGaAsに圧縮応力が蓄積しており,それはSiO2の厚みの増加と共に増加する.一方GaAs/SiO2/Si3N4構造では,SiO2層の厚みを一定してSi3N4の厚みを増加すると圧縮応力が徐々に減少し,ついには引っ張り応力に転ずる.これはSi3N4がGaAs表面に引っ張り応力もたらすということを示している.圧縮応力の増加に伴って,LOフォノンのピークシフトに加えて半値全幅(FWHM)の増加もまた観測された.これは,測定している領域内で応力の大きさが微視的に違いがある不均一な応力の増加が,スペクトルの半値全幅の増加をもたらしたと考えることが出来る.熱処理前にはGaAs表面応力の蓄積はなかったことから,応力は熱膨張係数の違いによって熱処理中に導入され,そしてその応力は冷却過程で完全には緩和せず一部残留したことを示している.また,GaAs/SiO2/Si3N4サンドイッチ構造を用いることにより,GaAs基板上の応力を制御することが可能なことが明らかとなった.

 次にラマン分光法を用いてGaAs中のSnの拡散に対する応力の効果について評価行った.そのため次のような構造の試料を準備した.最初にGaAs上にパッド酸化膜を形成し,その上にSn層を堆積した後,キャップ層としてSiO2またはSi3N4を堆積したものである.このような試料に高温の熱処理を施した.SnとGaAsとの合金化を防ぐためのパッド酸化膜の厚みは全て同じである.プラズモンの測定結果から,次のような事柄が明らかとなった.キャップ層としてSiO2を用いてGaAsに圧縮性の応力がはたらいている場合,GaAs表面でのSn密度は,応力がはたらいていないか応力が小さい場合に比べて大きい.これに対して,キャップ層としてSi3N4を用いてGaAsに引っ張り応力がはたらいている場合,GaAs表面のSnの密度は,圧縮応力がはたらいている場合に比べて小さい.

 ここで応力のはたらいているGaAsへのSnの拡散についての次のようなモデルを考える.圧縮応力の増大は,GaAs中のSnの拡散係数を減少させる.その結果として,表面密度の増加をもたらす.一方圧縮応力の減少または引っ張り応力の増大は,拡散係数を増大させ,GaAs表面のSnの密度の減少をもたらす.このモデルによってパッド酸化膜を通してGaAs中のSnの拡散のシミュレーションを行うと,GaAs中のSnの拡散係数の減少はSnの表面密度の増加を,一方拡散係数の増大はGaAs表面でのSnの密度減少をもたらし,実験結果を正しく再現できることがわかった.

 いくつかの異なった応力下でのGaAs表面でのSnの密度のデータを使うと,シミュレーションによってそれぞれに対応する拡散係数の値を求めることが出来る.SiO2キャップの試料から,この方法によって求めた拡散係数は,圧縮応力の増加に対して指数関数的に減少することが判った.一方Si3N4キャップの試料から求めた拡散係数は,圧縮応力の減少及び引っ張り応力の増加に対して指数関数的に増大することがわかった.このことから拡散係数は,応力にリニヤに変化する活性化エネルギで応力に対して指数関数的に変化することが明らかとなった.これは,GaAs中の不純物拡散係数が指数関数的に変化することを実験から直接求めた初めての報告である.

 次に応力によってGaAs中に生成する欠陥が,不純物拡散に及ぼす効果について調べた.ラマン散乱と同様に比破壊の光学的評価法であるフォトルミネッセンス(PL)法を用いて欠陥の評価を行った.PLスペクトルは,GaAs/SiO2の試料について12Kで測定した.試料は,850℃で1時間または45分熱処理し,SiO2の厚みは変化させてある.熱処理を施した試料からは,Gaのアンチサイトデフェクトからの1.46eVの発光が観測された.これは熱処理していない参照用の試料からは検出されなかった.このピークの強度はSiO2キャップ層の厚みの増加,言い換えればGaAs基板の圧縮応力の増加に伴って増大した.このことから,GaAs中の圧縮応力の増加は,Gaのアンチサイトデフェクトの増加をもたらす.Gaの原子半径はAsのそれより大きいので,Asの格子位置を占めるよりGa空孔にはいる方が容易である.そのためGaのアンチサイトデフェクトの増加は,Ga空孔の減少をも意味する.よってGaAs表面の圧縮性応力増大に伴ってGa空孔の相対的減少が起きる.これが圧縮応力下のGaAs中のSnの拡散係数を減少させる.そしてこれはGaAs中のSnの拡散の実験結果とも一致する.

 1000℃で1時間熱処理したGaAs/Si3N4試料からのPLスペクトルには,1.46eVのピークは観測されなかった.77KでGe検知器を用いたより長波長側の測定によって,GaAs/SiO2の試料では見られなかった1.25eVのピークが観測された.このピークはGa空孔に由来するものである.Si3N4キャップ層の厚みが増加するとGaAs基板の引っ張り応力が増加することは,これまでに述べた.Ga空孔の密度がGaAsへの引っ張り応力の増加に伴って増加することは,やはりSnの拡散の実験から得られた結果と一致している.このようにPL法によって検出された欠陥が直接拡散に関連しているかどうかは直接的には明らかではない.しかし圧縮応力の増大が,応力のない場合またはあまり大きな圧縮応力がかかっていない試料と比べて,Ga空孔の相対的減少をもたらすことは明白である.応力がはたらいていないGaAs中の平衡値とくらべて応力のかかったGaAs中に過剰または不足したGa空孔がSnの拡散過程に影響を及ぼしているといって良い.

 本論文中で為された研究が,応力がGaAs中の拡散過程に及ぼす機構の理解に多大な寄与をするものと期待する.

審査要旨

 本論文は「Study of the effect of stress on tin diffusion and defect generation in GaAs using optical characterization technique」(光学的評価法によるGaAs中のSnの拡散及び欠陥生成に対する応力の効果に関する研究)と題し、主にレーザラマン分光法及びフォトルミネセンス法を用い、応力がガリウムヒ素(GaAs)中のスズ(Sn)の拡散と欠陥生成に及ぼす効果を明らかにした研究をまとめたもので、6章からなる。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、意義及び本論文の構成について述べている。特に,集積回路の大規模化に伴い重要性が増している応力が、プロセスに及ぼす効果に関する研究が遅れていること、本研究がプロセスの1つとして、不純物の拡散をとりあげ、そのような問題の解明を目的としていることを述べている。

 第2章は「評価方法」と題し、本研究で主としてレーザラマン分光法とフォトルミネセンス法をとりあげた理由を、述べている。レーザラマン分光法によれば、絶縁膜を形成したGaAs中の応力を、絶縁膜を除去せずに評価することができる。応力はGaAsのフォノンの波数シフトに基いて、評価する。また、LOフォノン-プラズモン結合モードの波数に基いて、キャリア密度の評価が可能である。さらに、本論文では、LOフォノン-プラズモン結合モードの2つのピークの1つ、すなわちL-モードとLOモードの強度比によっても、キャリヤ密度の評価ができることを、明らかにした。フォトルミネセンス法によれば、欠陥により発生したエネルギー準位の評価が可能である。

 第3章は「絶縁膜-GaAs界面における応力」と題し、シリコン酸化膜(SiO2)又はシリコン室化膜(Si3N4)をGaAs上に形成した場合、GaAs表面付近に発生する応力について、述べている。絶縁膜をスパッタリングで形成しただけでは、GaAs表面には応力は存在せず、アニーリングにより応力が発生する。したがって、応力の原因は絶縁膜とGaAsの熱膨張係数差にある。SiO2/GaAsの場合は、GaAs表面には圧縮応力が発生し、その大きさ、SiO2の膜厚とともに増加する。一方、25nm厚のパッド酸化膜をはさんで、Si3N4をGaAs上に形成した場合には、Si3N4の膜厚が増加するとともに、圧縮応力は減少し、更に膜厚を増すと、引張り応力になる。このことは、Si3N4が引張り応力を発生させることを、意味する。また、これらの結果は、SiO2とSi3N4を組み合わせることにより、GaAs表面付近の応力を制御できることを示している。

 第4章は「GaAs中のスズ拡散に対する応力の効果」と題し、GaAsとスズ(Sn)との反応を防止するため、25nm厚のパッド酸化膜を形成し、その上にSnを堆積させ、更に応力を発生させるためのSiO2又はSi3N4を形成し、加熱によりSnをGaAs中に拡散させた場合の結果について、述べている。Snの密度は、キャリヤ密度として、評価した。SiO2を形成し、GaAsに圧縮応力が存在している場合は、GaAs表面付近のSn密度は、応力の増加とともに増加する。一方、Si3N4を形成し、引張り応力が存在している場合は、Snの密度は圧縮応力が存在している場合より小さい。これらの結果を説明するために、Sn拡散のシミュレーションを行ったところ、Snの拡散係数が圧縮応力の増加とともに、指数関数的に減少し、逆に引張り応力の増加とともに指数関数的に増大することが、明らかになった。

 第5章は「GaAs中の欠陥生成に対する応力の効果」と題し、Snの拡散係数に影響を及ぼしていると予想される欠陥の生成を、フォトルミネセンス法により検証した結果について、述べている。GaAs上にSiO2を形成し、850℃で熱処理したときは、フォトルミネセンススペクトルに1.46eVのピークが観測された。このピークはGaのアンチサイトディフェクトによるものとされている。Gaのアンチサイトディフェクトは酸化膜厚の増加、すなわち圧縮応力の増加とともに増加する。Gaアンチサイトディフェクトの増加は、Ga空孔の相対的な減少を意味し、圧縮応力によりSnの拡散係数が減少するという4章の結果と定性的に一致する。一方、Si3N4の場合はGa空孔によるものとされる1.27eVのピークが観測された。このことは引張り応力によりSnの拡散係数が増加するという、4章の結果と定性的に一致する。

 第6章は結論であって、本研究の成果をまとめるとともに、今後の課題について述べている。

 以上これを要するに、本論文はGaAs上の絶縁膜がGaAs中に発生させる応力及びスズ拡散に対するその効果、さらに拡散係数を変化させると考えられる結晶欠陥の発生を、レーザラマン分光法及びフォトルミネセンス法により明らかにしたものであって、半導体プロセス工学の発展に寄与するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク