学位論文要旨



No 112221
著者(漢字) 李,鍾鎬
著者(英字)
著者(カナ) イ,ジョンホー
標題(和) 超臨界圧軽水冷却炉の冷却材喪失事故解析と安全系の考察
標題(洋) LOCA Analysis and Safety System Consideration for the Supercritical-Water Cooled Reactor
報告番号 112221
報告番号 甲12221
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3764号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨

 超臨界圧軽水冷却炉は25MPaの超臨界圧水を冷却材とする貫流型の原子炉概念である。貫流型原子炉システムでは、給水ポンプによって昇圧された冷却水が原子炉で加熱され、そのまま全てタービンに供給される。原子炉システムとして貫流型を採用することて、システムの思い切った簡素化が可能になる。また、ステンレス鋼を燃料被覆材として採用するとともに、高温の超臨界圧水を冷却材として用いることで、熱効率も向上する。

 これまでに水ロッドや水素化ジルコニウムロッドを使用した超臨界圧軽水冷却熱中性子炉(SCLWR)、およびブランケットを有する高速増殖炉(SCFBR)など、様々な原子炉の概念設計が行なわれた。これらの原子炉においても既存の軽水炉と同様に、設計基準事故である冷却材喪失事故(LOCA)に対して安全性を確保する必要がある。しかし、超臨界圧軽水冷却炉は既存軽水炉と異なった特徴がある。まず、LOCA時のブローダウン過程は超臨界圧力から始まる。これは既存のLOCA解析コードでは扱うことができない。また、LOCA発生時には冷却材ループが隔離弁によって遮断されるが、貫流型であるので、既存の軽水炉で生じるような両端破断にはならず片端破断になる。さらに、炉心で発生した蒸気は自動減圧系(ADS)によってサプレッションチェンバに解放される。従って、LOCA時のブローダウン過程と再冠水過程は既存軽水炉と大きく異なると考えられる。

 そこで本研究では、超臨界圧軽水冷却炉を解析可能なLOCA解析コードSCRELA(supercritical-water-cooled reactor LOCA analysis code)を開発した。SCRELAはブローダウン解析モジュールと再冠水解析モジュールより構成されている。ブローダウン解析モジュールの熱水力解析には平衡均質流(HEM)モデルを採用し、破断口からの流出流量と健全ループからの流入、流出流量のバランスから圧力変化を計算する。この計算で最も重要なものは臨界流モデルである。亜臨界圧下の二相流領域ではMoodyモデルを使用し、超臨界圧下では擬臨界温度以上の場合には亜臨界圧下の過熱蒸気領域での相関式を、擬臨界温度以下の場合には亜臨界圧下の液相領域での相関式を使用した。

 再冠水解析モジュールの熱水力解析には平衡均質流相対速度モデルを使用した。その場合、二相流領域での運動量保存式に気液相対速度の相関式を用いる。再冠水過程においてはクエンチ点付近で急激な熱伝達係数の変化が起きる。このような急激な熱伝達係数の変化は数値不安定を引き起こすので、これを防止するためクエンチ点付近の計算ノードを通常の1/100の大きさまで細かく分割して計算した。クエンチ点の上昇速度は山内の相関式で計算した。

 検証のために日本原子力研究所で開発されたREFLA-TRACコードとSCRELAの計算を比較した。SCLWRコールドレグ100%破断時のブローダウン過程における原子炉圧力の比較を図1に、再冠水過程における被覆管温度の比較を図2に示す。両者の計算結果は良く一致しており、SCRELAのLOCA解析の妥当性が検証された。

図1.Cold-Leg破断時の原子炉圧力の比較図.2再冠水時被覆管の温度の比較

 次に、SCRELAを用いて熱中性子炉(SCLWR)のLOCAを解析した。ブローダウン過程初期には蓄熱の再分配と熱伝達の劣化によって被覆管温度は急激に上昇するが、それ以降は、あまり上昇しない。特にホットレグ破断の場合には、炉心下部から上部へ向かう流れが生じ、被覆管温度は定常状態の温度以下に低下する。再冠水過程でもECCSから破断口へ向かう流れが形成されて炉心は冷却されると予想される。従って、本研究ではより厳しい結果を与えるコールドレグ破断についてのみ再冠水過程の解析を行なった。図3に被覆管温度の計算結果を示す。破断後約60秒後に最高温度約1000。Cが炉心中央部に現われる。これはステンレス鋼被覆管の安全制限値1260℃より十分低い。

 さらに、高速増殖炉(SCFBR)のLOCA解析を行なった。当初はSCLWRと同じECCSを仮定して解析したが、その結果は安全制限値を満足しなかった。SCFBRはSCLWRの燃料格子を稠密にしたもので、そのために熱伝達の劣化が生じて再冠水が遅れる。そこで、被覆管の温度上昇を抑制するために蓄圧注入系を新たに設計し、自動減圧系の動作遅延時間も調整した。自動減圧系の動作遅延時間を短くすると、破断口径が小さい場合にはブローダウンが早期に終了するとともに蒸気の出口が確保されるため炉心冷却が良くなる。本研究では感度解析により自動減圧系の動作遅延時間を決定した。以上のように改良された安全系に基づいたSCFBRのLOCA解析の結果を図4に示す。最高被覆温度は1230。Cでステンレス鋼被覆管の安全制限値1260℃より低い。この結果では最高被覆温度が制限値に近く余裕の少ないものとなっているが、本計算には燃料から制御棒などへの輻射を計算しておらず、これを考慮すると最高被覆温度は本計算結果よりも低下すると考えられる。

図.3SCLWRのLOCA事故時被覆管温度図.4SCFBRのLOCA事故時被覆管温度

 これまでの超臨界圧軽水冷却炉に関する安全性の研究では、冷却材喪失事故や冷却材流量喪失事故などの個別事象を決定論的な方法によって解析するものであった。そこで、超臨界圧軽水冷却炉の安全系のバランスや特徴を検討するために、確率論的な方法を用いて安全性の評価を行なった。しかしながら、この原子炉はまだ概念設計の段階であるので、簡略化確率論的安全評価(Simplified PSA)の方法を用いた。米国と日本の従来の研究を参考にして、初期事象として、大破断LOCA、小破断LOCAおよび外部電源喪失事故を選定した。事故緩和の基準シナリオでは、これまでの解析の結果に基づいて、冷却材喪失事故には低圧安全系たけで、外部電源喪失事故では高圧安全系と低圧安全系による緩和シナリオを仮定した。イベントッリーを作成し、初期事象の発生確率と安全系の信頼度には米国と日本の従来の分析データを検討して使用した。基準シナリオによる炉心損傷確率の評価結果は、従来のプラントの評価結果よりやや高かった。そこで、いくつかの改良案についても評価を行ない、従来の確率と同程度まで低下させることができることを確認した。また、小破断LOCAの際の高圧安全系による事故緩和シナリオが最終的な確率に大きな影響があるが、これまでの研究では事故緩和シナリオがまだ確立されておらず、今後の研究課題である。

 結論として、本研究によって超臨界圧軽水冷却炉の大破断LOCA時の安全性を決定論的な方法により確認するとともに、確率論的な方法によるプラントの安全性の評価も行ない、その成立性を示した。

審査要旨

 軽水炉や高速増殖炉のコスト低減は大きい課題でありその可能性のある新概念炉を検討する意義は大きい。本研究は超臨界圧水を冷却材とした原子炉の冷却材喪失事故の解析と確率論的安全評価を行ったものである。論文は6章より成っている。

 第1章では本研究の目的と背景が述べられている。

 第2章では超臨界圧軽水冷却炉の冷却材喪失事故(LOCA)解析コード、SCRELAの開発について述べている。超臨界圧軽水冷却炉のLOCA挙動は既存軽水炉と異なった特徴がある。まず、LOCA時のブローダウン過程は超臨界圧力から始まる。これは既存のLOCA解析コードでは扱うことができない。また、LOCA発生時には冷却材ループが隔離弁によって遮断されるが、この原子炉は直接サイクルではあるが、再循環ループを持たない貫流型であるため、既存の軽水炉で生じるような両端破断にはならず片端破断になる。

 SCRELAはブローダウン解析モジュールと再冠水解析モジュールより構成されている。ブローダウン解析モジュールの熱水力解析には平衡均質流(HEM)モデルを採用している。計算で最も重要な臨界流モデルについては、亜臨界圧下の二相流領域ではMoodyモデルを、超臨界圧下では擬臨界温度以上の場合には亜臨界圧下の過熱蒸気領域での相関式を、擬臨界温度以下の場合には亜臨界圧下の液相領域での相関式を使用している。

 再冠水解析モジュールの熱水力解析には平衡均質流相対速度モデルを使用し、二相流領域での運動量保存式に気液相対速度の相関式を用いている。再冠水過程ではクエンチ点付近で急激な熱伝達係数の変化が数値不安定を引き起こすので、これを防止するためクエンチ点付近の計算ノードを通常の1/100の大きさまで細かく分割して計算している。これらの工夫によりSCRELAはワークステーション上で安定な計算を実行でき、設計研究に用いるのに適当なコードとなっている。

 検証のために日本原子力研究所でPWR用に開発されたREFLA-TRACコードの計算と比較している。超臨界圧からのブローダウンでも2秒程度で亜臨界圧となるので、それ以降の両者の計算結果を比較し、よい一致を得て、SCRELAのLOCA解析の妥当性が検証されたとしている。

 第3章ではSCRELAを用いて熱中性子炉(SCLWR)のLOCA解析を行っている。ブローダウン過程初期には蓄熱の再分配と熱伝達の劣化によって被覆管温度は急激に上昇するが、それ以降は、あまり上昇しない。特にホットレグ破断より厳しい結果を与えるコールドレグ破断についても破断後約60秒後に最高温度約1000℃が炉心中央部に現われるが、これはステンレス鋼被覆管軽水炉の制限値1260℃より低いとしている。

 第4章では高速増殖炉(SCFBR)のLOCA解析を行っている。まずSCLWRと同じECCSを仮定して解析しているが、その結果は安全制限値を満足しなかった。これはSCFBRは稠密燃料格子であるので、熱伝達の悪化が生じて再冠水が遅れるためであるとしている。そこで被覆管の温度上昇を抑制するために蓄圧注入系を新たに設計し、自動減圧系の動作遅延時間も調整している。改良された安全系に基づいてSCFBRのLOCA解析を行い、最高被覆温度は1230℃でステンレス鋼被覆管の制限値1260℃より低いことを示している。

 第5章では、超臨界圧軽水冷却炉の安全系のバランスや特徴を検討するために、イベントツリーを用いる簡略化確率論的安全評価を行っている。安全系を検討して、改良型沸騰軽水炉の安全系と似た構成の安全系を採用している。米国と日本の確率論的安全評価研究結果を参考にして、初期事象確率やシステムの不作動確率を求め、初期事象として、四つのLOCA事象と外部電源喪失事故を選定して解析を行い、炉心損傷確率が日本の従来のBWRの評価と同じ程度となることを示している。

 第6章は結論であり、本研究結果の要旨を取りまとめている。

 以上のとおり、本論文における研究成果は超臨界圧軽水冷却炉の大破断LOCA時の安全性を決定論的な方法により確認するとともに、確率論的な方法によるプラントの安全性の評価を行いその成立性を示しており、システム量子工学研究に対する寄与は少なからぬものであると評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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