原子力登電プラントの安全性、信頼性向上を目的として、異常発生時に運転員の異常同定作業を支援するシステムの研究が進められている。そこでは、運転員が異常原因の最終的な判断を行うことを前提に、迅速かつ誤判断を招く可能性の小さい情報の提供の可能な異常同定システムが求められている。現在までに、迅速性に優れているシステムがいくつか提案されているが、これらについてはなお、測定ノイズなどに対するロバスト性の向上とともに、予め考慮されていない異常を「知らない異常」として同定できる機能や、提供情報に確信度をつけることのできる機能について、向上が必要とされている。 本論文はこれらの要件を満たすことができるシステムを探索し、適応テンプレートマッチング法を用いた新しい同定手法を提案して、これに基づく異常同定システムを作成し、その性能を計算機実験で検証した研究の成果をとりまとめているもので、8章から構成されている。 第1章は、研究の背景および従来の異常同定手法の長短について考察し、望ましい異常同定システムの備えるべき要件を明らかにしている。 第2章は、入力が時系列データの場合について異常同定問題を数式化してロバストな同定の条件を示し、その実現方策について検討している。具体的には、従来手法が状態量の数を増やし異常軌跡間の距離を大きくする方策をとっているのに対し、過去の入力を再利用してノイズの分散を小さくする方が、また、軌跡上の有限個の点だけでなく連続的な軌跡をそのまま利用する方が、よりロバストな同定につながるとしている。 第3章は「知らない異常事象」を同定するための従来手法の問題点を分析し、改良の方針を述べている。具体的には、状態量の測定値からなるベクトルと既定の異常の軌跡の近さを表すには、予め用意した関数にそのベクトルを入力して近さを読み取る従来の手法に比べて、そのベクトルと軌跡の間の距離を直接検出する手法の方が効率的であるとしている。 第4章は、同定のロバスト性を向上させるため、第2章で述べた過去の入力を再利用する方策の一つの実現として、適当な状態量の時間積分を実時間の代わりに用いることを提案し、その有効性を例題を用いて示している。同時に、この場合、適当な状態量の存在が前提条件であり、また確信度の算出方法が明瞭でないという短所もあることを述べている。 第5章は、以上の検討結果を踏まえて提出された適応テンプレートマッチング法の概念とその実現のためのアルゴリズムについて述べている。これは多層型ニューラルネットワークを用いて異常の軌跡を近似した基準テンプレートを作成し、その時間軸を適応的に移動することで、過去の一定期間に入力された測定値の移動平均と基準テンプレートとの最短距離を実時間で検出する方式に基づくものであり、さらにこの手法を拡張した二次元適応テンプレートマッチング法により異常の程度をも推定するものである。 第6章は、前章で提案された手法に適する同定確信度の算出方法を検討しており、適応テンプレートマッチング法によって検出された最短距離を入力にして、知らない異常を含む異常同定の確信度を、測定ノイズの分散と誤同定許容値を考慮しながら0から1までの数値で算出するべく、異常を識別する変数、ある異常の軌跡と測定値との近さに関係する変数、それと一番類似な他の異常の軌跡との近さに関係する変数の三つのファジィー変数からなる論理式を提案している。 第7章は、本手法による異常同定システムの性能を確認するため、軽水炉の19種類の異常事象を対象に計算機実験を行った結果を従来の手法による結果と比べて述べているもので、雑音存在下でも迅速かつ正確に異常を同定できること、未学習の異常や知らない異常も正確に同定できることから、提案した手法の有効性が立証されたとしている。第8章は結論で、以上を要約している。 以上のように、本論文は、原子力発電プラントの異常同定システムについて、既存システムの特性分析に基づいて設計要件を検討し、これを満たす手法の探索と提案を行い、提案の手法を用いた異常同定システムが要求性能を満足することを計算機実験で確認しているもので、時系列信号のパターン認識に関する学術と運転支援システム機能の高度化、ひいては原子炉安全工学に有益な寄与をなすもので、システム量子工学の進歩に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |