内容要旨 | | ダイヤモンドは、シリコンやゲルマニウムと同じ結晶構造をとるため、その粒界構造も似たものになると予想される。最近の幾つかの研究によると、一般的な構造や整合双晶粒界については類似性が見いだされている。しかし、<110>傾角粒界(70.5°<<180°)におけるダングリングボンド再構成構造の詳しい原子配列などについては、小さな格子定数と、電顕の分解能が限られていることを理由に未だに明らかにされていない。本論文では、原子構造と電子構造の相関、およびダイヤモンド特有の電子構造に議論の重点をおき、詳細な構造を決定する新手法について報告する。実験の項は二部に分けられる:HREMによる原子構造の直接観察とEELSによる電子構造の測定である。 ダイヤモンド薄膜は、ECR-CVD法によってシリコン単結晶の(110)表面に約1000Kで成長させた。膜厚は約2mである。アルゴンイオンミルにより電顕観察用薄片化を行った。その結果、穴の周辺での試料厚は10nm以下となった。 高分解能観察にはJEM-4000EX(Cs=1.0mm,Cc=1.7mm)等HREMを使用した。試料の<110>結晶軸が電子線に平行になるように調整して観察を行った。観察された数種類の3と9対応格子(CSL)粒界格子像がMultislice法でシミュレションした像と比較し、原子構造を確定する。 EELS分析には、FEGとPEELSを備えたJEM-2010F分析電顕を用いた。実際のプローブ径は1nmと見積もられた。これはダイヤモンド中では1400個の炭素原子を含む約8nm3の相互作用体積に相当する。また粒界構造の損傷を防ぐために各スペクトルの測定時間は約15秒に抑えた。 測定時間が短いことと相互作用体積が小さいことから、粒界からのシグナルはきわめて微弱であり、試料表面のアモルファス層からの寄与と区別するのが困難になる。そこで本研究では「スペクトル差引法」を用いて解析を行った。この方法では、粒界を含む領域と、そこから数nm離れた粒界を含まない領域からのスペクトルをそれぞれ測定する。両者のエネルギー補正と強度の規格化を行った後、前者から後者を差し引く。こうして得られたスペクトルには、粒界からの寄与によるextra statesがはっきりと現れることになる。 観察されたダイヤモンド{112}3CSL(対応格子)粒界は、鏡映対称性を持つことが分かった。 二つの粒の{111}面は粒界をはさんで正確に連続している。構造モデルがの"ダングリングボンド"が存在している。 これに関して、シリコンの{112}3粒界構造には、<111>と<112>両方向に大きな並進が見られ、ダングリングボンドの再構成が起こり反発を解消する。この並進によって粒界原子構造は非対称なものとなる。これはダイヤモンドにおける本研究の結果とはきわめて対照的である。しかしながら、<110>方向のダングリングボンドの再構成は、本研究におけるHREMの分解能では決定することが出来ない。 ダイヤモンド薄膜中の9CSL粒界で最も頻繁に観察されたのは、{114}9粒界であった。これはシリコン中で{221}9粒界がよく見られることと対照的である。この{114}9粒界はすべり対称性を有している。HREM像から推定された原子モデルの構造単位胞は、四配位でないの原子を含む、5-,7-,6員環から構成される。 非四配位の原子を含んでいると考えられる数種類の粒界について、再現性のあるEELSの結果が得られた。図1と図2は{112}3と{114}9の対応粒界についての結果である。それぞれに粒界と、粒界から少し外れた領域のスペクトルを示す。それぞれの差分も図中に示してある。 この二つの粒界には共通する特徴がみられる。まず、両方の差分スペクトルの285eV付近のピークより、粒界のために1s電子が*準位に遷移することが分かる。もう一つは、これも差分スペクトルからいえることだが、295から320eVにかけての範囲で単結晶のダイアモンドとは別の構造を示している。これは粒界構造がダイアモンドの状態密度(DOS)の形に影響を与えたものである。しかし、DOSは構造上のいかなる摂動によっても変動するため、これが「ダングリング・ボンド」と直接関係があるとは言えない。 ダイアモンドのバンドギャップにおける状態の変化は「ボンドの欠陥」(非四配位の粒界構造)の存在を示す。実験結果より、シリコンの粒界でみられるような<111>方向に全てのダングリング・ボンドが再配列するようなモデルはダイアモンドでは成立しない。 ダイアモンドの粒界において、非四配位原子を含む粒界構造は結合を導入することで安定になることが説明できる。このタイプのボンドは、非四配位原子だけでなく、隣接する通常の四配位の原子の両方に関係するため、広い範囲に拡大する可能性がある。電子構造が粒界の特性に直接影響を与えることを考えると、このようなボンド、すなわち粒界の積極的な応用が期待される。 図1。{112}3CSL粒界のEELS結果図2。{114}9CSL粒界のEELS結果 |
審査要旨 | | 本論文は,HREM(高分解能電子顕微鏡)観察とEELS(電子線エネルギー損失スペクトル)の測定を実験手段として,CVD(化学的蒸着)法で作製したダイヤモンド薄膜に生成した結晶粒界の原子構造とそこにおける電子構造を研究した成果を英文でまとめたもので,全6章からなる. 第一章,第二章は序論である.第一章では,原子構造とは原子の配列の幾何学的状態であり,電子構造とは原子構造に付随する電子の状態密度とその占有状態であること説明して,HREMとEELSを適用することによってこれらに対して直接的な結論を下すことのできる可能性を論じている.次いで,材料としてのCVDダイヤモンドの特徴を述べ,これを半導体材料として応用するときにはその中の結晶粒界における電子構造が重要な材料特性因子となることを指摘して,本研究の材料工学上の意義を説明している. 第二章では,結晶粒界の原子構造の研究の歴史を概観して,この原子構造の記述法の基本概念を説明している.(hkl)/(HKL)n境界という記述は,隣接する2つの結晶粒の結晶格子から見た境界面のミラー指数が(hkl)と(HKL)であり,2つの結晶粒に共通の格子が存在して,この共通格子の単位胞体積が結晶格子のそれのn倍であることを示す.(hkl)と(HKL)が等価であるときには,(hkl)のみを記述する.ついで,ダイヤモンドと同族の半導体であるシリコンとゲルマニウムの結晶粒界について知られている構造の特徴を述べ,本研究の前に行われた非常に少ないダイヤモンドに関する研究をレビューしている. 第三章は,HREMによる観察を述べている.最初に実験法として,観察試料の作製,電子顕微鏡操作条件・結像原理・像の計算機シミュレーション法について説明している.HREMによって,原子配列に直接対応する像が得られるが,それから原子配列を決定するには像のシミュレーションによる検討が必要である.低倍率の観察によると,薄膜試料は,その中に多数の子結晶を含む親結晶の集まりである.1つの親結晶粒内の子結晶粒は互いに双晶関係にあって,薄膜の結晶方位の配向の故に,膜面に垂直な<110>結晶軸を共有している.親結晶粒間の粒界のほとんどすべては不規則粒界である.<110>結晶軸を界面内に含む双晶粒界の内,(111)3,(112)3,(111)/(115)3,(001)/(221)3,(111)9境界について,高倍率の観察像とシミュレーション像を対比して原子構造の決定を行った. 第四章は,EELSによる測定を述べている.最初に実験法として,EELSの原理,炭素原子での測定対象のスペクトルの特徴,空間差分スペクトル法について説明している.EELSは薄膜試料を透過した電子線の強度を透過前後のエネルギーの減少量の関数として測定する実験法である.空間差分法は,粒界を含む微小領域からのスペクトルとそれに隣接する粒界を含まない微小領域からのスペクトルの差を取ることによって,粒界という極微小領域の電子構造の情報を得る方法である.この測定によって,前章で原子構造を決定した界面から得られるスペクトルにおいて,グラファイトの平面編目構造を特徴づけるようなピークが出現することを示した. 第五章では,前2章で得られた結果を吟味している.最初に,HREMによって決定した原子構造から予期される電子構造について議論して,これとEELSによって得られた電子構造の情報が定性的には一致することを説明している.さらに,定量的に議論することを困難にしている実験条件上の制約について検討している.次に,同種の界面の原子構造のシリコンとダイヤモンドにおける差異を述べて,この原因が炭素原子ではダイヤモンド構造とそれ以外の構造との電子構造のエネルギーの差が比較的小さいのに対応していわゆるダングリングボンド(dangling bond)が形成されないのに対して,シリコン原子ではこのエネルギー差が大きくダングリングボンドを生成することによって界面のエネルギーを低下させることにあると述べている. 第六章は,総括である. 以上を要するに,本論文は,化学的蒸着法で作製したダイヤモンド薄膜の中の結晶粒界を調べ,薄膜は,内部に互いに双晶関係にある子結晶粒を含む親結晶粒の集合体であることを示した.さらに,子結晶粒の間の双晶粒界の内9種の粒界について高分解能電子顕微鏡によって原子構造を決定して,それらから予期される電子構造が電子線エネルギー損失スペクトル測定結果と定性的にではあるが一致することを示した.これは,化学的蒸着法製ダイヤモンド薄膜の内部構造の知見の増加と結晶粒界の解析法の進歩へ寄与するところ大である.特に,電子線エネルギー損失スペクトル測定によって粒界の電子構造が議論できることを示したことは,材料の微細構造解析法に新たな知見を加えたものである. よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |