学位論文要旨



No 112229
著者(漢字) 劉,憶軍
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,オクグン
標題(和) CVD法によるAlN/TiNナノ構造セラミックスの合成とその機械物性
標題(洋) Synthesis and Mechanical Properties of AlN/TiN Nano-Structured Composite Films by Chemical Vapor Deposition
報告番号 112229
報告番号 甲12229
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3772号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 講師 大久保,達也
 東京大学 講師 江頭,靖幸
内容要旨

 セラミックスは、金属と違い、強いイオン結合、共有結合を持つため、耐熱性、耐摩耗性、耐蝕性、高温強度に優れ、融点が高い、軽量であるなど、金属より、構造材料として利用される多くの優れた性質を有する。特に、エンジンやガスタービンなどの効率を高め得る省エネルギー材料としての期待がされてきた。しかしながら、"脆い"というのはセラミックスの宿命である。セラミックスは金属に比べ、靭性が低く、脆く、割れやすく、安全性及び信頼性に欠ける事が使用上の大きな問題となる。そこで、セラミックスの長所を失う事なくその靭性を向上させる事ができれば、もっと大きな役割を果たせるだろう。近年、微粒子、板状粒子、ウイスカー、繊維等との複合化で、クラックの湾曲、偏向、ウイスカー、繊維の架橋などの効果により、セラミックスの破壊靭性の向上に成果を上げているが、未だに充分とは言えない。また、結晶粒子のサイズのナノスケールへの微細化が脆性克服の手法の一つとして期待されている。結晶粒径のナノ化で、粒界が増え、粒子の自己では困難であり、工学的な体系化も充分になされていない。

 本研究は、AlN/TiN系を対象に、「CVDプロセス-材料の構造-機械物性」の関係を明らかにし、CVD法によるナノ/ナノ構造複合材料の作成技術を確立し、そこでの複合化とナノ化による機械物性への効果に関する基礎的知見を得ることを目的としている。さらに、実用化を念頭に、スケールアップ時に問題となる異常成長についても検討を行った。従って、本研究は以下の側面から「CVDプロセス-材料の構造-機械物性」の関係を明らかにした。

 (1)ナノ構造セラミックス材料の作成はCVDプロセスの制御とモデル化に基づいて行われた。

 (2)材料の機械物性はその微細構造の制御によって向上された。

 (3)実用化するにはその異常構造を抑制しなければならない。

 具体的には、以下のように、三つの部分に分けて述べている。

PARTI.CVD法によるAlN/TiNナノ/ナノ構造複合セラミックスの合成

 AlCl3,TiCl4とNH3を原料系として、熱CVD法によるAlN/TiNナノ/ナノ構造セラミックス膜の合成には、CVDプロセスにおける結晶粒子形成過程の考察に基づき、その成膜表面での融合・成長を抑制する手段として、非固溶系の複合化と高速成膜との二つの手法を提案し、ナノ/ナノ構造複合材料の作成への有効性を示した。

 非固溶系の複合化によって、結晶粒径それぞれ8nmと6nmのAlN/TiNナノ/ナノ構造セラミックス膜を合成した。これは、CVD法による数ナノメーターの結晶粒径を持つ高密度ナノ/ナノ膜を作成した初めての事例である。また、第2相TiNの添加により、膜のモルフオロジーを改善した。

PARTII.CVD法によるAlN/TiN複合系成膜反応機構の解析

 円管堆積法を用い、AlCl3/TiCl4/NH3反応系によるAlN/TiN膜の成膜機構を解明した。その結果、反応管の温度上昇部でAlCl3とNH3、TiCl4とNH3それぞれの気相反応で成膜種が生成し、それぞれの成膜種は拡散律速でAlNとTiN混晶膜を成膜するというメカニズムが示唆された。

 拡散律速の場合、拡散種の濃度と境膜拡散係数の制御によって成膜速度と膜組成とを制御することが可能である。また、(1)TiNの成膜種の生成が早いために均一温度領域より上流部分で成膜が生じること、(2)TiN成膜種の拡散係数がAlN成膜種の拡散係数より大きいことの2点を考慮すると、本実験で採用した反応系を用いて、大面積に均一な膜厚と膜組成で成膜を行うためには、回転円板型反応器のような型式が適していると考えられる。

PARTIII.AlN/TiNナノ/ナノ構造複合セラミックスの機械物性とその微細構造の関係

 複合化と微粒化により、機械物性が増強した。具体的には、非固溶系の複合化により、硬度と破壊靭性が向上した。硬度はAlN単独系膜の最高1.7倍に向上した。また、破壊靭性もAlN単元系膜より高かった。さらに、微粒化により、破壊靭性はかなり増強し、最大AlN単独系膜の1.7倍まで向上した。そのときの硬度はAlN単独系膜と同程度であった。

 一方、熱処理を行ったところ、このナノ結晶粒子が成長し、その熱的安定牲が悪い事が分かった。しかし、その機械物性は熱処理によって低下することがなかった。これは、結晶粒界の変化と残留応力の緩和の効果が相殺しているためと思われる。

 AlN/TiN厚膜を合成したところ、錐体構造が観察された。このような不均一構造は、セラミック材料の破壊の一つの原因となり、CVDプロセスの応用を障害する。そこで、錐体構造発生のメカニズムを解明し、錐体の発生は成膜表面にあるTi濃度による成長速度の違いによるものと分かった。それに基づき、このような異常成長を抑制する手法を提案し、錐体発生は著しく抑制された。

総括

 本研究で提案したナノ化手法-非固溶系の複合化と高速成膜により、数ナノメーターの緻密なAlN/TiNナノ/ナノ構造複合膜の作成をCVD法で初めて達成した、しかも、1.2mm/hの高速膜速度で合成するのが可能であった。また、ナノ構造複合膜の成膜は、AlCl3とNH3、TiCl4とNH3それぞれの気相反応で成膜種が生成し、それぞれの成膜種は拡散律速で成膜するとモデル化した。そして、複合化と微粒化により機械物性を向上でき、複合化では、硬度はAlNの最高1.7倍に向上し、微粒化では、破壊靭性はAlNの1.7倍まで増強した。このようなナノ構造の熱的安定性は悪いが、その機械物性は不変であった。最後に、基板表面組成を制御すれば錐体成長を抑制できる事が示された。

審査要旨

 本論文は「Synthesis and Mechanical Properties of AlN/TiN Nano-Structured Composite Films by Chemical Vapor Deposition」(CVD法によるAlN/TiNナノ構造セラミックスの合成とその機械物性)と題し、セラミックスの機能向上のための微細構造制御プロセスの開発に関するものである。セラミックスは、強い化学結合を持つため構造材料として多くの優れた性質を有する。特に、エンジンやガスタービンなどの効率を高め得る省エネルギー材料として期待されてきたが、金属に比べ、脆く、割れやすく、安全性及び信頼性に欠ける事が実用上の大きな問題となっている。近年セラミックスの機械的物性向上の努力がなされているが、その成果は充分とは言えない。多成分化、複合化などとならんで、結晶粒子径の微細化が脆性克服の手法の一つとして期待されている。その機構は、結晶粒径の微細化によって粒界が増し、拡散が促進される事によって粒界すべりが促進され、塑性変形を起こし易くなると考えられている。こうした効果は十nm以下で期待されるが、数nmの領域で微粒化する制御性良いプロセスは確立されていない。本研究は、CVD法により、AlN/TiN系を対象に、ナノメーターレベルで粒界サイズ制御が可能なプロセスを開発し、生成したナノ構造セラミックスの機械物性を明らかにすることを目的としている。

 第1章は序論であり、セラミックス機械物性改良の必要性、そのための製造プロセスとしてのCVD法の特徴について論じている。

 第2章は、CVD法によるAlN/TiNナノ/ナノ構造複合セラミックスの合成に関する。CVD法においては柱状構造が発生しやすいが、高速成長により粒界構造体の合成が可能であるとの報告、単一成分のナノ構造体はたとえ合成できても熱安定性に欠けるであろうという想定に基づき、非固溶系であるAlN/TiN2成分系の合成を目的として、AlCl3、TiCl4とNH3を原料系とする熱CVD実験を行った。その結果、広い操作条件で、AlN、TiNそれぞれの粒界サイズが100nm以下のナノセラミックスの合成に成功した。最小値はそれぞれ8nmと6nmまで実現できた。この成果は、数ナノメーターの結晶粒径を持つ高密度ナノ/ナノ膜を1段プロセスで作成した初めての事例である。

 第3章は、上記AlN/TiN複合系成膜反応機構の解析に関する。円管内壁に堆積させ、堆積速度の管軸方向の分布を解析する円管内壁堆積法を用い、AlCl3/TiCl4/NH3反応系の成膜機構を研究した。その結果、反応管の温度上昇部でAlCl3とNH3、TiCl4とNH3それぞれの気相反応で成膜種が生成し、それぞれの成膜種は独立に基板上に拡散してAlNとTiNとなり混晶膜を成膜する、律速は成膜種の気相拡散であるというメカニズムを明らかにした。

 第4章はAlN/TiNナノ/ナノ構造複合セラミックスの機械物性とその微細構造の関係に関する。

 複合化と微粒化により、機械物性が改良された。具体的には、AlN単独系膜と比較し、硬度は1.7倍、破壊靭性は1.1倍にまで向上した。さらに、高速成膜による微粒化により、破壊靭性がAlN単独系膜と比し最大1.7倍まで向上した。また、ナノ構造の熱的安定性を検討するため熱処理実験を行った。ナノ結晶粒子が最大AlNで2倍、TiNで4倍まで成長したが、機械物性の低下はみられなかった。結晶粒界の変化と残留応力の緩和の効果が相殺しているためと推測した。

 第5章はCVD法によるAlN/TiN複合系成膜過程における錐体構造の抑制に関する。CVDプロセスにおいては異常構造の発生がしばしばみられ、プロセス上の障害となっている。本系では錐体が発生した。錐体発生のメカニズムを、成膜表面でのTi濃度の分布による成長速度の差違によるものと想定し、表面処理を行う抑制法を提案した。実際に、基板をTiN被覆する事により錐体を抑制する事に成功した。

 第6章は本論文の結論である。本研究は、非固溶系の複合化と高速成膜を特徴とするナノ構造膜作製CVDプロセスを提案し、実際にAlN/TiN系においてその有効性を実証した。また、成膜過程に対して、AlCl3とNH3、TiCl4とNH3それぞれの気相反応で成膜種が生成し、それぞれの成膜種が拡散律速で成膜するというモデルを提案した。複合化と微粒化により機械物性を向上できた。熱処理により2〜4倍にまで粒界の成長がみられたが、その機械物性は不変であった。さらに、異常構造としての錐体発生のメカニズムを想定し、基板表面組成を制御により錐体発生を抑制できる事を示した。

 以上、要するに本論文は、CVD法によるナノセラミックス合成に関し、基本的指針を提案、実証し、機械物性との関連を明らかにしたものであり、化学工学の発展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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