本論文は「Synthesis and Mechanical Properties of AlN/TiN Nano-Structured Composite Films by Chemical Vapor Deposition」(CVD法によるAlN/TiNナノ構造セラミックスの合成とその機械物性)と題し、セラミックスの機能向上のための微細構造制御プロセスの開発に関するものである。セラミックスは、強い化学結合を持つため構造材料として多くの優れた性質を有する。特に、エンジンやガスタービンなどの効率を高め得る省エネルギー材料として期待されてきたが、金属に比べ、脆く、割れやすく、安全性及び信頼性に欠ける事が実用上の大きな問題となっている。近年セラミックスの機械的物性向上の努力がなされているが、その成果は充分とは言えない。多成分化、複合化などとならんで、結晶粒子径の微細化が脆性克服の手法の一つとして期待されている。その機構は、結晶粒径の微細化によって粒界が増し、拡散が促進される事によって粒界すべりが促進され、塑性変形を起こし易くなると考えられている。こうした効果は十nm以下で期待されるが、数nmの領域で微粒化する制御性良いプロセスは確立されていない。本研究は、CVD法により、AlN/TiN系を対象に、ナノメーターレベルで粒界サイズ制御が可能なプロセスを開発し、生成したナノ構造セラミックスの機械物性を明らかにすることを目的としている。 第1章は序論であり、セラミックス機械物性改良の必要性、そのための製造プロセスとしてのCVD法の特徴について論じている。 第2章は、CVD法によるAlN/TiNナノ/ナノ構造複合セラミックスの合成に関する。CVD法においては柱状構造が発生しやすいが、高速成長により粒界構造体の合成が可能であるとの報告、単一成分のナノ構造体はたとえ合成できても熱安定性に欠けるであろうという想定に基づき、非固溶系であるAlN/TiN2成分系の合成を目的として、AlCl3、TiCl4とNH3を原料系とする熱CVD実験を行った。その結果、広い操作条件で、AlN、TiNそれぞれの粒界サイズが100nm以下のナノセラミックスの合成に成功した。最小値はそれぞれ8nmと6nmまで実現できた。この成果は、数ナノメーターの結晶粒径を持つ高密度ナノ/ナノ膜を1段プロセスで作成した初めての事例である。 第3章は、上記AlN/TiN複合系成膜反応機構の解析に関する。円管内壁に堆積させ、堆積速度の管軸方向の分布を解析する円管内壁堆積法を用い、AlCl3/TiCl4/NH3反応系の成膜機構を研究した。その結果、反応管の温度上昇部でAlCl3とNH3、TiCl4とNH3それぞれの気相反応で成膜種が生成し、それぞれの成膜種は独立に基板上に拡散してAlNとTiNとなり混晶膜を成膜する、律速は成膜種の気相拡散であるというメカニズムを明らかにした。 第4章はAlN/TiNナノ/ナノ構造複合セラミックスの機械物性とその微細構造の関係に関する。 複合化と微粒化により、機械物性が改良された。具体的には、AlN単独系膜と比較し、硬度は1.7倍、破壊靭性は1.1倍にまで向上した。さらに、高速成膜による微粒化により、破壊靭性がAlN単独系膜と比し最大1.7倍まで向上した。また、ナノ構造の熱的安定性を検討するため熱処理実験を行った。ナノ結晶粒子が最大AlNで2倍、TiNで4倍まで成長したが、機械物性の低下はみられなかった。結晶粒界の変化と残留応力の緩和の効果が相殺しているためと推測した。 第5章はCVD法によるAlN/TiN複合系成膜過程における錐体構造の抑制に関する。CVDプロセスにおいては異常構造の発生がしばしばみられ、プロセス上の障害となっている。本系では錐体が発生した。錐体発生のメカニズムを、成膜表面でのTi濃度の分布による成長速度の差違によるものと想定し、表面処理を行う抑制法を提案した。実際に、基板をTiN被覆する事により錐体を抑制する事に成功した。 第6章は本論文の結論である。本研究は、非固溶系の複合化と高速成膜を特徴とするナノ構造膜作製CVDプロセスを提案し、実際にAlN/TiN系においてその有効性を実証した。また、成膜過程に対して、AlCl3とNH3、TiCl4とNH3それぞれの気相反応で成膜種が生成し、それぞれの成膜種が拡散律速で成膜するというモデルを提案した。複合化と微粒化により機械物性を向上できた。熱処理により2〜4倍にまで粒界の成長がみられたが、その機械物性は不変であった。さらに、異常構造としての錐体発生のメカニズムを想定し、基板表面組成を制御により錐体発生を抑制できる事を示した。 以上、要するに本論文は、CVD法によるナノセラミックス合成に関し、基本的指針を提案、実証し、機械物性との関連を明らかにしたものであり、化学工学の発展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |