学位論文要旨



No 112230
著者(漢字) 仝,継紅
著者(英字)
著者(カナ) トン,ジィホン
標題(和) 回転円盤抽出塔を利用した逆ミセルによるタンパク質の抽出に関する研究
標題(洋) Study on Protein Extraction by Reversed Micellar Systems Using a Rotating Disc Contactor
報告番号 112230
報告番号 甲12230
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3773号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 鈴木,栄二
 東京大学 助教授 関,実
内容要旨

 バイオテクノロジーの進展に伴い、タンパク質などの様々なバイオプロダクトの生産が可能になってきた。しかし、その生産物の分離、精製工程に要するコストが製品製造工程の全コストの半分以上を占める場合が多い。従って、簡便で効率的な分離精製方法が望まれている。液-液抽出法は操作が簡便で多量の培養液などを処理するのに適した分離法と考えられる。しかしながら、タンパク質の抽出溶媒への溶解性の低さや、活性低下の問題のために、液液抽出法は工業的なバイオセパレーション技術としてはあまり利用されてこなかった。近年、逆ミセルを含む有機相を利用することで、タンパク質などの生化学物質が活性を保持した状態で抽出されることが明らかになり、逆ミセル抽出法は新規なバイオセパレーション方法として注目を集めている。

 逆ミセルは、炭化水素などの非極性溶媒に界面活性剤などの両親媒性分子が、臨界ミセル濃度より多く添加された際、自発的に形成される分子集合体である。その内側に直径数nmの微水相を保持することができる。逆ミセルによる抽出操作は、目的物質を含んだ水相と逆ミセル有機相を接触させることにより行われ、両相間での目的物質の分配に基づく抽出操作である。従来の液-液抽出操作と同様に、連続操作への展開が比較的容易と考えられ、工業的規模で用いられる分離操作としての発展が期待されている。

 逆ミセルによるタンパク質の抽出についての工学的研究は現在までのところ充分であるとは言えない。特に逆ミセル抽出法を実用化するための抽出装置の研究は少ない。一方、回転円盤抽出塔(RDC)は石油工業、核燃料再処理過程及び食品工業などによく利用されている連続抽出装置であり、処理量が大きく、操作性が安定で、物質移動が効率よく、しかも省エネルギー的であるなどの利点がある。また、分相性がよく、スケールアップも容易である。しかも、懸濁物質等を含む培養液に対して直接的な処理ができる。従って、RDCのバイオセパレーション分野の利用が有望であると考えられる。

 本研究では、逆ミセルによるタンパク質抽出の基礎研究に基づいて、本抽出法の実用化の研究を目指すことを目的とする。即ち、連続操作のできる回転円盤抽出塔(RDC)を設計、制作し、RDCを利用した逆ミセルによるタンパク質の抽出挙動を研究し、操作条件を工学的に解明する。また、逆ミセル抽出法を実用化するための抽出装置の設計指針を示し、評価を行う。

 本実験では、界面活性剤として陰イオン性の両親媒性分子ジ(2-エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム(AOT)を用い、有機溶媒はイソオクタン、ケロシン及びシリコンオイルの3種類を用いて逆ミセル有機相を形成し、またpHを調整したKCl水相を実験系とした。

 逆ミセル抽出に利用する回転円盤抽出塔を設計するためには、RDC内の逆ミセル分散相の液滴サイズ及び滴径分布に関する知見が不可欠である。本研究では、直径38mmの回転円盤抽出塔(RDC)を用い、小さい界面張力が特性である逆ミセル実験系のRDC内の分散相液滴平均径及び滴径分布を実験的に検討した。実験装置図をFig.1に示す。

Fig.1 Experimental apparatus 1,RDC;2,motor;3,flowmeter;4,reservoir of the aqueous phase feed;5,raffinate phase reservoir;6,reservoir of the reversed micellar phase feed;7,extract phase reservoir;8,pump;9,camera;10,inter face

 本研究では、液滴平均径を体積-面積平均径d32で表すことにした。まず、逆ミセルを形成するAOTの濃度のd32への影響を調べた。本実験条件の下で、3種類の逆ミセル系のいずれも、AOTの濃度の増加と共にd32は小さくなることがわかった。これは、主に界面張力の減少が原因であると考えられる。次に、各実験系のd32の回転円盤速度への依存性を検討した。その結果をFig.2に示す。RDCの操作条件、RDCの寸法及び両相の物性などを無次元化し、実験データを用い、多元線形最小二乗法によってd32の相関式を得た:

 

Fig.2 Dependence of d32 on rotor disc speed. open keys:[AOT]=20mM,close keys:[AOT]=50mM.A=AOT;k.=kerosene;s.=silicone oil;i.=isooctane:data=Vd/Vc

 ここで、DRは回転円盤の直径、Reはレイノルズ数、Weはウェーバー数、Pcは連続相の密度、△は連続相と分散相との密度差である。式(1)により、d32は回転速度の-1.16乗及び界面張力の1.02乗と比例することがわかった。本実験系の界面張力は既往の研究と比べると小さいが、d32の回転速度及び界面張力に対する依存性は比較できる。一方、本実験条件下で、逆ミセル分散相のhold-upは小さく、界面活性剤の添加により液滴同士間の合一が抑制されたため、両相の流速比率及びhold-upのd32への効果はあまり見られなかった。既往の研究と比べて、逆ミセル実験系のd32は逆ミセルのない系のd32より10倍程度小さかった。

 回転速度の滴径分布に及ぼす影響を検討した。回転速度を増加させると、滴径分布は狭くなり、分布曲線のピークは大きくなると共に、滴径の小さい方向へ移動した。即ち、より均一な液滴分布をより高回転速度において実現することができた。

 Simplex最適化方法で実験データとのフィッティングにより、Mugele-Evans分布関数が逆ミセル分散相滴径分布を最もよく表現できる分布関数であることがわかった。更に、実験で得られたd32からMugele-Evans関数のパラメータを決定し、滴径分布を計算する方法を提案した。

 一方、タンパク質の可溶化の逆ミセル分散相液滴平均径に及ぼす影響を検討した。タンパク質の存在する実験系で得られた逆ミセル分散相d32の回転速度に対する依存性をFig.3に示す。各逆ミセル系で得られたd32は物質移動がない場合のそれぞれの対応した結果と比べると、ある程度小さくになった。そこで、式(1)のd32相関式を用い、本実験条件下のd32を計算した。この計算値も実験値より大きかった。しかし、物質移動の有無によらず、液滴平均径の回転速度に依存した傾きはほぼ同じことにより、式(1)は次の式(2)に変えられ、タンパク質の存在する実験系のd32の計算ができた。

 

Fig.3 Dependence of d32 on rotor disc speed N with and without lysozyme

 Lysozymeは逆ミセルのwater pool中に可溶化するのではなく、逆ミセルを形成する界面活性剤の界面に可溶化されることが報告されている。その可溶化状態によって逆ミセル同士、逆ミセルと油滴界面との衝突などの現象が起こり、油滴界面がある程度に不安定になる。従って、RDC内の乱流によって、逆ミセル有機相液滴は分裂し易くなると予想される。即ち、d32の減少はタンパク質の可溶化によるものと考えられる。逆ミセル系の特性では、両相を接触させるとき、界面に界面活性剤が規則正しく配列することにより、界面の流動性を低下させる。これは物質移動が行われるときによく起こる界面撹乱を抑制する。従って、物質移動過程のd32の減少に与える影響も小さいと考えられる。

 回転円盤抽出塔(RDC)を用い、3種類の逆ミセルにおけるlysozymeの抽出挙動を検討し、混合拡散モデルの解析によって、RDC内の両相の混合拡散係数及び総括物質移動係数を決定し、RDCの操作性能を評価した。また、正、逆抽出したlysozymeの活性についても検討した。

 Fig.4にRDC中の両相のlysozymeの濃度分布の実測値を拡散モデルによる解析によりフィッティングした結果の一例を示す。軸方向混合の影響で、両相のRDC入口に濃度のジャンプがあった。これは両相の物質移動推進力を減少し、RDCの分離効果を低下した。この図をみると、コンプレックス最適化方法を用いて拡散モデルの解析結果は実測した濃度分布とよく一致したことがわかった。ここで、両相の混合拡散係数と水相基準の総括物質移動係数を同時に求めた。

Fig.4 Comparison of the simulated lysozyme concentration profiles with the experimental data of the two phases in RDC

 一方、既往の研究の相関式を用いて、逆ミセル系におけるタンパク質の総括物質移動係数を予測した。その結果と拡散モデルの解析結果と比較したものはFig.5に示す。既往の研究から得られた両相物質移動係数の相関式を組み合わせて予測した結果は拡散モデルの結果と若干差があったが、ほぼ近い範囲内に入った。逆ミセルによるタンパク質の抽出過程において、総括物質移動係数は10-3程度であった。タンパク質が水相から逆ミセル有機相に移動する際に、次の3つのステップを経過する。(1)タンパク質が水相中に界面層に拡散する。(2)タンパク質が界面にある界面活性剤と相互作用し、微量の水相に伴われて逆ミセルを形成する。(3)タンパク質を含む逆ミセルが有機相液滴中に移動する。(1)と(2)は物質移動過程の率速段階であると考えられる。既往の研究の相関式で予測した総括物質移動係数は(2)の物質移動抵抗を考慮していないので、今回の結果と差がでた原因であろう。

Fig.5 Comparison of the overall mass transfer coefficients obtained from the diffusion model and previous correlations

 3種類の逆ミセル系によるlysozymeの正、逆抽出後の酵素活性についての実験結果をみると、AOT/isooctane系におけるlysozymeの活性はほぼ100%を保持することができたが、AOT/kerosene系の場合は一番低いlysozyme活性を示した。3種類の逆ミセル系に対して、いずれも回転速度の活性に与える影響は見られなかった。

 この一連の結果により、回転円盤抽出塔(RDC)抽出装置の逆ミセルによるタンパク質などの生化学物質の分離精製工程への利用可能性が示唆され、RDCを設計するための基礎データが得ることができた。

審査要旨

 発酵生産物からのタンパク質の分離は、バイオテクノロジーにおいて重要な課題である。特に、工業生産においては、低コストで簡単なプロセスにより分離を行うために分離装置の研究は不可欠である。発酵生産物からタンパク質の分離を行う際には、まず粗分割によって分離対象物の量を減らし、その後に精密分離を行うのが通常の手法である。粗分割においては溶媒抽出法も有力な手段である。本論文はStudy on Protein Extraction by Reversed Micellar Systems Using a Rotating Disc Contactor(回転円盤抽出塔を利用した逆ミセルによるタンパク質の抽出に関する研究)と題し、タンパク質を可溶化する逆ミセル有機系を溶媒とする抽出および抽出装置について検討したもので全6章からなっている。

 先ず第1章では、逆ミセルおよび逆ミセル抽出に関する既往の研究を紹介し、その展望ならびに問題点を述べた。また、逆ミセル抽出のための装置について議論し回転円盤抽出塔の有用性を示し、さらに検討すべき問題点を指摘した。

 第2章においては、界面活性剤としてジー2-エチルヘキシルスルホコハク酸ナトリウム(商品名AOT)を用い、また溶媒としてイソオクタン、シリコンオイル、およびケロシンを使用した場合の逆ミセルの性質を調べた。さらに、タンパク質としてリゾチームおよびシトクロムcを抽出するときの逆ミセルの挙動を検討した。これらの系のうち、溶媒としてシリコンオイルおよびケロシンを用いる系についての検討は、本研究がはじめてであるが、イソオクタンを用いる場合と同様にAOTの臨界ミセル濃度以上で逆ミセルを形成し、リゾチームおよびシトクロムcを有機相中に可溶化できることを界面張力の測定および有機相中への水の溶解度の変化の測定結果を用いて示すことができた。さらに、これらの抽出平衡は直線関係(ヘンリー型)であることも示した。

 第3章においては、回転円盤抽出塔において有機相(分散相)がタンパク質を含まない場合の液滴径について検討した。一般に液滴径は界面張力と界面における乱れのバランスから定まるが、実験の結果から体面積平均径をレイノルズ数とウェーバー数の関数で表わす相関式を提案し、実験値をよく説明できることを示した。また、液滴径の分布をいくつかの相関式とSimplex法を用いて比較しMagule-Evansの式で最もよく表現できることを得て、その式定数を定めた。さらに、体面積平均径から液滴径分布を求める関係式を提案した。

 第4章においては、前章で得た関係をさらにタンパク質が存在するときへの適用について検討した。タンパク質が存在すると界面張力などが変化するが、その効果を前章で提案した式に適用しても実測値は計算値よりも若干小さくなることが見出だされた。ただし、レイノルズ数とウェーバー数の指数は変わらなかった。このことから、液滴径を決定する機構は変わらないが、タンパク質が逆ミセルの界面活性剤相に存在するために逆ミセルを含む有機相液滴の水相との界面が不安定になり、このため液滴の分裂が起こりやすく、滴径が小さくなるものと考察した。

 第5章は本論文の骨格をなすものであり、回転円盤抽出塔における物質移動現象について検討したものである。本章では、リゾチームを用いてAOT-イソオクタン系、AOT-シリコンオイル系およびAOT-ケロシン系を対象に検討を行った。物質移動のモデルとしては、拡散モデルを適用し混合拡散係数と総括物質移動係数の値をComplex法を用いて、塔内の水相と有機相双方のリゾチーム濃度分布に関する実験データとの比較から推定した。この推定値を、既往の各種の相関式と比較したところ、混合拡散係数は宮内らの式を用いて推算した値に近いことを示した。総括物質移動係数は界面における反応抵抗を無視し、液滴内の流れはない(固体球)として、液滴内ではNewmanの関係式、液滴外ではRanz-Marshallの式を適用できることを示した。以上の結果から、回転円盤抽出塔における抽出挙動を理論的に推定できることが示された。また、抽出されたリゾチームの活性には影響のないことも示された。

 最後に第6章は、本論文の総括を述べている。

 以上、本論文は逆ミセルで抽出できるタンパク質の代表例としてリゾチームを分離対象に取り上げ、回転円盤抽出塔を用いる抽出法の検討を行い、その結果から抽出平衡などの物性値および装置内物質移動特性の2つの情報を用いて塔の抽出性能が推定できることを示したもので、タンパク質の分離精製法に対する寄与が極めて大きいということができる。その成果はまた、生物化学工学とりわけ生物分離工学の発展に対して大きな貢献ということができる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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