バイオテクノロジーの進展に伴い、タンパク質などの様々なバイオプロダクトの生産が可能になってきた。しかし、その生産物の分離、精製工程に要するコストが製品製造工程の全コストの半分以上を占める場合が多い。従って、簡便で効率的な分離精製方法が望まれている。液-液抽出法は操作が簡便で多量の培養液などを処理するのに適した分離法と考えられる。しかしながら、タンパク質の抽出溶媒への溶解性の低さや、活性低下の問題のために、液液抽出法は工業的なバイオセパレーション技術としてはあまり利用されてこなかった。近年、逆ミセルを含む有機相を利用することで、タンパク質などの生化学物質が活性を保持した状態で抽出されることが明らかになり、逆ミセル抽出法は新規なバイオセパレーション方法として注目を集めている。 逆ミセルは、炭化水素などの非極性溶媒に界面活性剤などの両親媒性分子が、臨界ミセル濃度より多く添加された際、自発的に形成される分子集合体である。その内側に直径数nmの微水相を保持することができる。逆ミセルによる抽出操作は、目的物質を含んだ水相と逆ミセル有機相を接触させることにより行われ、両相間での目的物質の分配に基づく抽出操作である。従来の液-液抽出操作と同様に、連続操作への展開が比較的容易と考えられ、工業的規模で用いられる分離操作としての発展が期待されている。 逆ミセルによるタンパク質の抽出についての工学的研究は現在までのところ充分であるとは言えない。特に逆ミセル抽出法を実用化するための抽出装置の研究は少ない。一方、回転円盤抽出塔(RDC)は石油工業、核燃料再処理過程及び食品工業などによく利用されている連続抽出装置であり、処理量が大きく、操作性が安定で、物質移動が効率よく、しかも省エネルギー的であるなどの利点がある。また、分相性がよく、スケールアップも容易である。しかも、懸濁物質等を含む培養液に対して直接的な処理ができる。従って、RDCのバイオセパレーション分野の利用が有望であると考えられる。 本研究では、逆ミセルによるタンパク質抽出の基礎研究に基づいて、本抽出法の実用化の研究を目指すことを目的とする。即ち、連続操作のできる回転円盤抽出塔(RDC)を設計、制作し、RDCを利用した逆ミセルによるタンパク質の抽出挙動を研究し、操作条件を工学的に解明する。また、逆ミセル抽出法を実用化するための抽出装置の設計指針を示し、評価を行う。 本実験では、界面活性剤として陰イオン性の両親媒性分子ジ(2-エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム(AOT)を用い、有機溶媒はイソオクタン、ケロシン及びシリコンオイルの3種類を用いて逆ミセル有機相を形成し、またpHを調整したKCl水相を実験系とした。 逆ミセル抽出に利用する回転円盤抽出塔を設計するためには、RDC内の逆ミセル分散相の液滴サイズ及び滴径分布に関する知見が不可欠である。本研究では、直径38mmの回転円盤抽出塔(RDC)を用い、小さい界面張力が特性である逆ミセル実験系のRDC内の分散相液滴平均径及び滴径分布を実験的に検討した。実験装置図をFig.1に示す。 Fig.1 Experimental apparatus 1,RDC;2,motor;3,flowmeter;4,reservoir of the aqueous phase feed;5,raffinate phase reservoir;6,reservoir of the reversed micellar phase feed;7,extract phase reservoir;8,pump;9,camera;10,inter face 本研究では、液滴平均径を体積-面積平均径d32で表すことにした。まず、逆ミセルを形成するAOTの濃度のd32への影響を調べた。本実験条件の下で、3種類の逆ミセル系のいずれも、AOTの濃度の増加と共にd32は小さくなることがわかった。これは、主に界面張力の減少が原因であると考えられる。次に、各実験系のd32の回転円盤速度への依存性を検討した。その結果をFig.2に示す。RDCの操作条件、RDCの寸法及び両相の物性などを無次元化し、実験データを用い、多元線形最小二乗法によってd32の相関式を得た: Fig.2 Dependence of d32 on rotor disc speed. open keys:[AOT]=20mM,close keys:[AOT]=50mM.A=AOT;k.=kerosene;s.=silicone oil;i.=isooctane:data=Vd/Vc ここで、DRは回転円盤の直径、Reはレイノルズ数、Weはウェーバー数、Pcは連続相の密度、△は連続相と分散相との密度差である。式(1)により、d32は回転速度の-1.16乗及び界面張力の1.02乗と比例することがわかった。本実験系の界面張力は既往の研究と比べると小さいが、d32の回転速度及び界面張力に対する依存性は比較できる。一方、本実験条件下で、逆ミセル分散相のhold-upは小さく、界面活性剤の添加により液滴同士間の合一が抑制されたため、両相の流速比率及びhold-upのd32への効果はあまり見られなかった。既往の研究と比べて、逆ミセル実験系のd32は逆ミセルのない系のd32より10倍程度小さかった。 回転速度の滴径分布に及ぼす影響を検討した。回転速度を増加させると、滴径分布は狭くなり、分布曲線のピークは大きくなると共に、滴径の小さい方向へ移動した。即ち、より均一な液滴分布をより高回転速度において実現することができた。 Simplex最適化方法で実験データとのフィッティングにより、Mugele-Evans分布関数が逆ミセル分散相滴径分布を最もよく表現できる分布関数であることがわかった。更に、実験で得られたd32からMugele-Evans関数のパラメータを決定し、滴径分布を計算する方法を提案した。 一方、タンパク質の可溶化の逆ミセル分散相液滴平均径に及ぼす影響を検討した。タンパク質の存在する実験系で得られた逆ミセル分散相d32の回転速度に対する依存性をFig.3に示す。各逆ミセル系で得られたd32は物質移動がない場合のそれぞれの対応した結果と比べると、ある程度小さくになった。そこで、式(1)のd32相関式を用い、本実験条件下のd32を計算した。この計算値も実験値より大きかった。しかし、物質移動の有無によらず、液滴平均径の回転速度に依存した傾きはほぼ同じことにより、式(1)は次の式(2)に変えられ、タンパク質の存在する実験系のd32の計算ができた。 Fig.3 Dependence of d32 on rotor disc speed N with and without lysozyme Lysozymeは逆ミセルのwater pool中に可溶化するのではなく、逆ミセルを形成する界面活性剤の界面に可溶化されることが報告されている。その可溶化状態によって逆ミセル同士、逆ミセルと油滴界面との衝突などの現象が起こり、油滴界面がある程度に不安定になる。従って、RDC内の乱流によって、逆ミセル有機相液滴は分裂し易くなると予想される。即ち、d32の減少はタンパク質の可溶化によるものと考えられる。逆ミセル系の特性では、両相を接触させるとき、界面に界面活性剤が規則正しく配列することにより、界面の流動性を低下させる。これは物質移動が行われるときによく起こる界面撹乱を抑制する。従って、物質移動過程のd32の減少に与える影響も小さいと考えられる。 回転円盤抽出塔(RDC)を用い、3種類の逆ミセルにおけるlysozymeの抽出挙動を検討し、混合拡散モデルの解析によって、RDC内の両相の混合拡散係数及び総括物質移動係数を決定し、RDCの操作性能を評価した。また、正、逆抽出したlysozymeの活性についても検討した。 Fig.4にRDC中の両相のlysozymeの濃度分布の実測値を拡散モデルによる解析によりフィッティングした結果の一例を示す。軸方向混合の影響で、両相のRDC入口に濃度のジャンプがあった。これは両相の物質移動推進力を減少し、RDCの分離効果を低下した。この図をみると、コンプレックス最適化方法を用いて拡散モデルの解析結果は実測した濃度分布とよく一致したことがわかった。ここで、両相の混合拡散係数と水相基準の総括物質移動係数を同時に求めた。 Fig.4 Comparison of the simulated lysozyme concentration profiles with the experimental data of the two phases in RDC 一方、既往の研究の相関式を用いて、逆ミセル系におけるタンパク質の総括物質移動係数を予測した。その結果と拡散モデルの解析結果と比較したものはFig.5に示す。既往の研究から得られた両相物質移動係数の相関式を組み合わせて予測した結果は拡散モデルの結果と若干差があったが、ほぼ近い範囲内に入った。逆ミセルによるタンパク質の抽出過程において、総括物質移動係数は10-3程度であった。タンパク質が水相から逆ミセル有機相に移動する際に、次の3つのステップを経過する。(1)タンパク質が水相中に界面層に拡散する。(2)タンパク質が界面にある界面活性剤と相互作用し、微量の水相に伴われて逆ミセルを形成する。(3)タンパク質を含む逆ミセルが有機相液滴中に移動する。(1)と(2)は物質移動過程の率速段階であると考えられる。既往の研究の相関式で予測した総括物質移動係数は(2)の物質移動抵抗を考慮していないので、今回の結果と差がでた原因であろう。 Fig.5 Comparison of the overall mass transfer coefficients obtained from the diffusion model and previous correlations 3種類の逆ミセル系によるlysozymeの正、逆抽出後の酵素活性についての実験結果をみると、AOT/isooctane系におけるlysozymeの活性はほぼ100%を保持することができたが、AOT/kerosene系の場合は一番低いlysozyme活性を示した。3種類の逆ミセル系に対して、いずれも回転速度の活性に与える影響は見られなかった。 この一連の結果により、回転円盤抽出塔(RDC)抽出装置の逆ミセルによるタンパク質などの生化学物質の分離精製工程への利用可能性が示唆され、RDCを設計するための基礎データが得ることができた。 |