修士(経営システム科学)土橋喜提出の論文は、「概念ネットワークの自動生成による問題構造の可視化支援」と題し、本文13章および付録から成る。 近年、地球環境問題に代表されるような、既存の学問の枠内だけでは議論できない、大規模かつ複雑な問題に対する取り組みが、大きな課題となっている。そのような問題に取り組んでいる研究者は、できるだけ多くの情報に接し、既存の学問の枠を越えて、新しい仮説を構築し、それを検証していかなければならない。そのような仕事のための情報の入手方法として、インターネット上のデータベースや電子図書館に対する期待が近年高まっているが、残念ながら現状では、それらから得られる情報は、何の構造も持っていないため、仮説構築のような仕事に用いることができない。そこで、本論文では、データベース中にあらわれる概念どうしの結合関係を概念ネットワークという形に計算機が自動的に構成し、それを用いて、問題の構造を可視化するシステムを提案している。このシステムを用いることにより、巨大なデータベースの中に埋もれて見えなかった問題の構造が見えるようになる。地球環境問題の専門家と情報工学の専門家を被験者として実験を行うことにより、システムの有効性を検証している。実験の結果、本システムは、専門外のユーザが与えられた問題を解く時と、専門領域のユーザが新しい問題を発見する時に、有効であるということが明らかにされている。 第1章は序論であり、研究の目的、研究の背景と位置づけ、研究の基本的手法、および論文の構成と概要について述べている。 第2章では、問題構造の可視化に関わる従来研究を概観している。 第3章では、概念ネットワークの自動生成の手法を提案している。概念ネットワークの定義を与え、それをデータベース中の情報から自動的に構成する方法を考えている。本論文で扱うデータベースは、地球環境問題に関わる論文本文の集まりである。まず専門用語辞書を作成し、その辞書を用いて論文中の用語を切り出す。論文中の用語の共出現関係を分析することにより、概念ネットワークを自動的に構成する。 第4章では、3章で作成した概念ネットワークを発想支援システムに結合する方法を与えている。ここでは、発想支援法として古くから用いられているKJ法を採用し、概念ネットワークをKJ法の手法に従って操作するためのシステムを構築している。 第5章では、第3章と第4章で与えたシステムをデータベースシステムおよびインターネット上のWWW(World Wide Web)ブラウザと結合して、仮説生成支援システムとして統合している。ユーザは、自由に文献検索を行いながら、同時にそれらの文献の背後に隠れている問題の構造を概念ネットワークの形で空間表示させることができる。 第6章では、作成したシステムの有効性を検証するための実験の方法について検討している。従来、このようなシステムの評価は難問とされ、あまり実験が行われていなかった。ここでは、地球環境問題の専門家と情報工学の専門家を被験者として、システムを使った場合と使わない場合の差をできるだけ定量的に評価するための方法を与えている。 第7章では、実験の第1段階として被験者の初期状態の把握を行っている。それぞれの被験者がコンピュータシステムにどのような経験をもっているか、地球環境問題にどれくらいの知識と経験をもっているかなどを調査している。その上で、開発したシステムを用いずに、従来のWWWブラウザだけを用いて、仮説作成の作業を被験者に行わせている。 第8章では、本論文で提案したシステムが問題構造の可視化をどれくらい有効に行えたかを、実験により確認している。単一の文献から得られる情報を可視化する場合と複数の文献から得られる情報をまとめて可視化する場合との比較調査などを行っている。 第9章では、本論文のシステムを用いることにより、被験者の認知構造がどのように変化したかを調べている。被験者の操作履歴などを調べることにより、被験者の問題把握の変化の様子を分析している。 第10章では、「地球温暖化の原因と対策は何か」というような課題を与えた時に、開発したシステムがどのような効果を被験者にもたらすかを、定量的および定性的に調べている。地球環境問題の専門家と非専門家の両方に解の精緻化の効果をもたらすことが示されている。さらに、与えられた課題を解く場合は、専門家よりも非専門家に,より大きな効果があることが示されている。 第11章では、自由に新しい問題を発見せよという課題を与えた時の、システムの効果を調べている。新しい問題を発見するという課題の場合は、第10章の実験結果とは逆に、非専門家よりも専門家に、より大きな効果をシステムが与えることが明らかにされている。 第12章では、実験の結果をまとめ、システムの評価を行っている。 第13章は、結論であり、本研究の成果をまとめ、将来への展望を示している。 付録には、実験結果のデータを与えている。 以上を要するに、本論文は、データベースの中に隠れている情報の構造を自動的に可視化することにより、研究者の問題把握の作業を支援するシステムを作製し、その有効性を実験により検証したものであり、工学上、寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と詔められる。 |