学位論文要旨



No 112234
著者(漢字) 土橋,喜
著者(英字)
著者(カナ) ドバシ,コノム
標題(和) 概念ネットワークの自動生成による問題構造の可視化支援
標題(洋)
報告番号 112234
報告番号 甲12234
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3777号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 助教授 溝口,博
内容要旨

 本研究は、概念ネットワークの自動生成による問題構造の可視化支援に関する研究をまとめたものである。

 人間の問題解決における思考過程のひとつに仮説生成がある。この仮説生成を効果的に支援するためには、問題とその構成要素の関連構造を理解しやすい形に表現し、可視化することが有効であると考えられる。例えば地球環境問題のような大規模で複雑な問題解決を考えてみると、非常に多くの要因が関連しており、その関連構造をわかりやすく可視化して表現することができれば、問題解決の有効な支援につなげることができるものと期待される。本研究ではこのような視点から、人間の思考過程における仮説生成の支援を目的に、問題構造を可視化するため、概念ネットワークを動的に自動生成する手法について提案し、試作システムの開発と実験による評価を行っている。

 本研究では仮説生成を大きくとらえ、人間の問題解決の思考過程における「思いつき]や「着想」、例えば何度も文章を読んだ後で「わかった」と感じるような場合、あるいは問題の新たな視点に「気づく」ような時の仮説の生成が支援の対象である。仮説生成の一部は論理学的にはアブダクション(abduction)と呼ばれる推論方法に対応するが、問題解決における意志決定を支援するうえで、演繹推論や帰納推論と並ぶ基本的な思考方法として極めて重要な役割を果たしている。

問題構造の可視化支援

 問題解決において、解決策をいろいろ模索するような場合、問題とその構成要素の関連構造をさまざまな視点から考え、思考を巡らす作業が重要である。問題解決における仮説生成を支援するためには、問題構造を説明するための、素材となる情報を提供することが一つの方法であると考える。そのため文献の中から問題構造を説明するために必要な情報として、専門用語を抽出して利用する方法を採用した。研究開発の中心的な課題となるのは、抽出した専門用語を利用して、問題とその構成要素における関連構造を、分かりやすく可視化することができる手法を開発することにある。このような観点から本研究におけるシステムでは、問題構造を可視化する方法として、概念ネットワークの動的な自動生成手法を開発した。この手法と発想支援におけるKJ法とを連結し、さらにMosaicを利用したディジタル・ライブラリ機能と密接に結合させることによって、仮説生成支援を目標にした、問題構造を可視化支援するための、統合的な発想支援システムを構築した。

概念ネットワークの自動生成

 本研究では地球環境問題を例として取り上げているが、このような大規模複雑な問題解決における、問題とその構成要素の関連構造を表現する方法として、概念ネットワークを利用している。概念ネットワークは、問題とその構成要素から構成されるもので、ネットワーク形式を基本とする知識の表現方法と定義する。本システムにおける概念ネットワークは、文献から専門用語を抽出し、専門用語の組み合わせで自動的に生成される。大規模で複雑なネットワークも専門用語の組み合わせを多数連結して生成している。地球環境問題の文献を対象に、生成した概念ネットワークを分析してみると次のようなことが言える。

 (1)組み合わせの出現頻度の高い部分は、著者によって頻繁に利用された専門的な用語の組み合わせであり、領域の専門家にとっては広く知られた専門用語のつながりであることが多い。

 (2)逆に出現頻度の低い部分は、わずかな可能性を求めてシステムが組み合わせを生成したものが多く、著者が文献中で言及した回数が少ない部分であり、相対的に重要性の低い部分と言える。しかし、新たな着想のきっかけになるような部分は、この頻度の低い部分に含まれている可能性が高いと言える。

 生成された概念ネットワークは、2次元空間に概念間のつながりを線分で連結してマップし、関連構造の可視化を試みている。利用頻度の高い専門用語を含む文献から、概念ネットワークを生成すると、非常に多くの組み合わせを生成することになるので、生成した概念ネットワークを出現頻度、特定の専門用語などから自由に絞り込んで、ネットワークを見やすくする工夫をしている。また、概念ネットワークは発想支援法のKJ法と連結しており、マップされた2次元空間において概念ネットワークを操作することによって、問題解決を行なうための、さまざまな思考をめぐらすことができる。

 ここでは地球環境問題を例に取り上げ、研究者が文献を読みながら、研究テーマの設定や政策の策定などに思考をめぐらす状況を考え、ディジタル・ライブラリの機能を参考に実験システムの設計を行った。環境問題の文献を集めて構築した知識ベースは、全文のほか、文献に含まれている図表や引用文献リストなども含んでいる。実験システムはNCSA Mosaicを知識ベースのブラウザに利用しており、一種の電子図書館の機能を備えている。

仮説生成支援の実験

 開発した実験システムは、問題解決における仮説生成などの人間の知的活動を支援することを目標にしている。したがって、その評価は、開発した実験システムを使うことによって、知的活動をどのように改善し、発展させることができるかという観点から行なわねばならない。発想支援システムをどのように評価するかについては、知的活動の総合的な評価基準を考えねばならず、非常に難しい問題を含んでおり、評価方法自体が研究テーマになると言われている。本研究でも、発想支援システムの評価方法を開発すること自体を新たな研究テーマとしてとらえ、心理学や認知科学などで行なわれている実験方法を参考に実験全体を計画している。

 実験の全体的な方針として、実験システムを使わない状態での作業結果と、実験システムを使って行った作業結果の比較を行い、実験システムが被験者に与える効果を客観的に把握することを目標にする。そのため、本実験では問題解決における仮説の作成作業を、次のように2回に分けて同じ課題を被験者に行ってもらうことにした。

 (実験1)Mosaicのみを使った作業

 (実験2)開発した実験システムを使って行う作業

 最初に被験者はMosaicの機能だけで仮説の作成作業を行い、質問用紙に与えられた課題に対する回答をまとめる。次に実験1の回答が終了した被験者に、開発した実験システムの操作説明を行い、実験1と同じ課題を実験2で再度行ってもらうことにした。被験者の仮説がどのように変化したかを調べるため、実験1と実験2では同じ課題を被験者に用意した。2つの異なるシステムを使い、同じ問題解決を試みることによって、実験1のMosaicだけでは被験者が気づかなかった、新たな視点や関連性が見いだせるかどうかを調べる。そして実験1と実験2の比較を行うことによって、被験者の回答における仮説の変化を分析し、実験システムの性能評価に利用する。

実験の評価

 発想支援システムに最も期待される効果は、思考作業の結果として、新たな視点や新たな考えが思い浮かぶと言った量の増加と、アイデアがより精緻化されるなどの質の改善と向上にある。そのため発想支援システムを定量的かつ客観的に評価するため、本実験ではどの程度発想が行われたかを定量的な分析によって試み、また発想の内容がどのように変化したかを定性的に分析する新たな試みを提案している。

 実験2で仮説の追加あるいは修正などを行った場合は、数量的な変化として現れるはずである。定量的分析として、被験者のアンケートの回答や、被験者が回答した仮説の分析から、数量的に仮説の変化を測定することを試みている。そのため、被験者が作成した仮説の量を、文章の行数、専門用語の出現回数、文字数全体の変化という観点から分析した。

 これらの数量的な分析から、仮説の量的な増加傾向が示されていることが確認された。全体的に見れば、仮説の作成作業において、実験1の内容に対して、文や単語の形で修正や追加が行われ、文章をまとめることに対する支援効果をとおして、仮説生成における発想支援的な効果があったことを明らかに示している。

 定性的分析として、開発した実験システムを用いて、被験者が作成した仮説を分析し、概念ネットワークを生成してマップし、仮説の内部における重要語の関連性(つながり)の変化を可視化する新たな試みを行なっている。被験者が作成した仮説から、実験システムで行っている方法に近いやり方で、専門用語を中心に重要な用語を抽出し、概念ネットワークを生成するための用語の組み合わせを生成する。実験1と実験2における被験者の概念構造がどのように変化したかを、マップすることによって可視化する。

 被験者の大部分は、仮説の追加や削除などの修正を行なっており、被験者の仮説における概念構造が変化していることを可視化して、確認することができる。このような被験者の仮説における概念構造の変化を確認できたことは、システムの支援効果があったことを明らかにしている。

 本研究では、文献から概念ネットワークを自動的に生成し、問題の関連構造を可視化支援するためのシステムを開発した。本システムによって、人間の問題解決過程における仮説生成が支援可能であることが示され、問題解決において新たな発想が得られるという効果が得られた。

審査要旨

 修士(経営システム科学)土橋喜提出の論文は、「概念ネットワークの自動生成による問題構造の可視化支援」と題し、本文13章および付録から成る。

 近年、地球環境問題に代表されるような、既存の学問の枠内だけでは議論できない、大規模かつ複雑な問題に対する取り組みが、大きな課題となっている。そのような問題に取り組んでいる研究者は、できるだけ多くの情報に接し、既存の学問の枠を越えて、新しい仮説を構築し、それを検証していかなければならない。そのような仕事のための情報の入手方法として、インターネット上のデータベースや電子図書館に対する期待が近年高まっているが、残念ながら現状では、それらから得られる情報は、何の構造も持っていないため、仮説構築のような仕事に用いることができない。そこで、本論文では、データベース中にあらわれる概念どうしの結合関係を概念ネットワークという形に計算機が自動的に構成し、それを用いて、問題の構造を可視化するシステムを提案している。このシステムを用いることにより、巨大なデータベースの中に埋もれて見えなかった問題の構造が見えるようになる。地球環境問題の専門家と情報工学の専門家を被験者として実験を行うことにより、システムの有効性を検証している。実験の結果、本システムは、専門外のユーザが与えられた問題を解く時と、専門領域のユーザが新しい問題を発見する時に、有効であるということが明らかにされている。

 第1章は序論であり、研究の目的、研究の背景と位置づけ、研究の基本的手法、および論文の構成と概要について述べている。

 第2章では、問題構造の可視化に関わる従来研究を概観している。

 第3章では、概念ネットワークの自動生成の手法を提案している。概念ネットワークの定義を与え、それをデータベース中の情報から自動的に構成する方法を考えている。本論文で扱うデータベースは、地球環境問題に関わる論文本文の集まりである。まず専門用語辞書を作成し、その辞書を用いて論文中の用語を切り出す。論文中の用語の共出現関係を分析することにより、概念ネットワークを自動的に構成する。

 第4章では、3章で作成した概念ネットワークを発想支援システムに結合する方法を与えている。ここでは、発想支援法として古くから用いられているKJ法を採用し、概念ネットワークをKJ法の手法に従って操作するためのシステムを構築している。

 第5章では、第3章と第4章で与えたシステムをデータベースシステムおよびインターネット上のWWW(World Wide Web)ブラウザと結合して、仮説生成支援システムとして統合している。ユーザは、自由に文献検索を行いながら、同時にそれらの文献の背後に隠れている問題の構造を概念ネットワークの形で空間表示させることができる。

 第6章では、作成したシステムの有効性を検証するための実験の方法について検討している。従来、このようなシステムの評価は難問とされ、あまり実験が行われていなかった。ここでは、地球環境問題の専門家と情報工学の専門家を被験者として、システムを使った場合と使わない場合の差をできるだけ定量的に評価するための方法を与えている。

 第7章では、実験の第1段階として被験者の初期状態の把握を行っている。それぞれの被験者がコンピュータシステムにどのような経験をもっているか、地球環境問題にどれくらいの知識と経験をもっているかなどを調査している。その上で、開発したシステムを用いずに、従来のWWWブラウザだけを用いて、仮説作成の作業を被験者に行わせている。

 第8章では、本論文で提案したシステムが問題構造の可視化をどれくらい有効に行えたかを、実験により確認している。単一の文献から得られる情報を可視化する場合と複数の文献から得られる情報をまとめて可視化する場合との比較調査などを行っている。

 第9章では、本論文のシステムを用いることにより、被験者の認知構造がどのように変化したかを調べている。被験者の操作履歴などを調べることにより、被験者の問題把握の変化の様子を分析している。

 第10章では、「地球温暖化の原因と対策は何か」というような課題を与えた時に、開発したシステムがどのような効果を被験者にもたらすかを、定量的および定性的に調べている。地球環境問題の専門家と非専門家の両方に解の精緻化の効果をもたらすことが示されている。さらに、与えられた課題を解く場合は、専門家よりも非専門家に,より大きな効果があることが示されている。

 第11章では、自由に新しい問題を発見せよという課題を与えた時の、システムの効果を調べている。新しい問題を発見するという課題の場合は、第10章の実験結果とは逆に、非専門家よりも専門家に、より大きな効果をシステムが与えることが明らかにされている。

 第12章では、実験の結果をまとめ、システムの評価を行っている。

 第13章は、結論であり、本研究の成果をまとめ、将来への展望を示している。

 付録には、実験結果のデータを与えている。

 以上を要するに、本論文は、データベースの中に隠れている情報の構造を自動的に可視化することにより、研究者の問題把握の作業を支援するシステムを作製し、その有効性を実験により検証したものであり、工学上、寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と詔められる。

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