学位論文要旨



No 112235
著者(漢字) 藤田,敏之
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,トシユキ
標題(和) 地球環境対策に関する国際協力のゲーム理論的分析
標題(洋)
報告番号 112235
報告番号 甲12235
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3778号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏見,正則
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 助教授 松井,知己
内容要旨

 人為的汚染物質による地球環境問題は,現代社会における最も重要な問題の1つである.汚染物質の排出源,被害が1国の問題にとどまらないことから,その解決に向けて国際協力が必要であることはいうまでもない.しかし現状では先進国と途上国の立場の相違に起因する対立がみられ,地球環境保全のための条約交渉は困難になっている.

 これまで環境問題への対策を経済学的に分析する研究では,汚染物質排出とその削減の費用便益分析がなされている.汚染物質を削減するためには,生産水準を下げたり,省エネルギーや代替エネルギー開発のための投資をしなければならないので,ある程度のコストがかかる.しかし削減をしない場合には,汚染物質の蓄積によって長期的にはさまざまなダメージをこうむることになる.このような費用と便益のバランスを考慮することによって,社会的厚生を最大化するような汚染物質の最適管理政策が理論的に求まる.

 しかし地球環境問題を分析するとき,複数の意思決定主体が存在し,その決定が及ぼす相互的な影響を考慮することが必要であり,ゲーム理論の適用はそのための1つの有効な手段となる.地球環境対策をめぐる南北の対立は,ゲーム理論によって説明できる.

 本論文では,複数地域の汚染物質削減に関するゲームモデルを記述し,その解を求めることによって各地域の合理的な戦略を考察する.そして国際協調の条件を導き,全地域が合意に達するような国際協定を提案することを目的とする.

 本論文は5つの章からなるが,中心となるのは3章,4章である.

 1章では,上述した地球環境対策の問題点や,ゲーム理論適用の根拠,研究の対象といった背景についての説明を行った.

 2章では,地球温暖化問題,酸性雨問題を中心に,地球環境問題の原因,被害状況,対策についての一般的事項や,先行研究のいくつかを紹介した.

 3章では,地球環境問題の静的協力ゲームモデルを用いた分析について論述した.まず協力ゲームの定式化,提携,特性関数,そしてゲームの解の概念として,すべての提携の不満を調整する配分である仁について紹介した.そして協力ゲームの枠組にしたがって,地球環境対策に関するモデルを記述した.世界の各地域をプレイヤーとして,毎年の汚染物質排出量の(粗排出量からの)削減率を戦略とし,目的関数を将来の1時刻における削減コストと汚染によるダメージの和とおいた.協力解においては,プレイヤーが世界全体の目的関数を最小化するように行動をとることを仮定した.

 次に,具体的な問題として地球温暖化問題をとりあげ,数値計算を行った.つまり,汚染物質は温室効果ガス(GHG)であり,ダメージは温暖化による気候変動,海面上昇などによる被害である.世界を4分割し,第1地域を米国,第2地域をその他のOECD諸国,第3地域を中国,第4地域を残りの国々とした.既存の研究にならって,パラメーター値を設定した.またGHG削減コストは削減率の3乗に比例,温暖化によるダメージはGHG蓄積量増分の2乗に比例するとした.

 シミュレーションの結果,2050年における世界全体の目的関数の最小値は2000億ドル余りとなり,そのときの共同戦略はおよそ20-25%となった.またこの状態を実現するためには,主として第2地域から第3,第4地域への別払いが必要となることが示された.また各地域のただ乗り利益を,他の地域が共同戦略をとっているときに,自分だけが協定を抜けて最適戦略をとるとどれだけ得になるのかを示す変数として定義したが,その対GDP比では第3地域が際だって大きく,協定を抜ける可能性が高いのが第3地域であることがわかった.

 パラメーター値の変化が結果に与える影響を調べるために,実験計画法を用いて感度分析を行った.考慮した因子はダメージ係数(先進国地域と途上国地域に分ける),GHG吸収率,GHG残存率,コスト関数,ダメージ関数の指数の計6つであり,それらを2水準に変化させ,一部実施を行い,因子の計算結果に与える効果を推定した.ここで計算結果としては,協力解における世界全体の損失の和と平均削減率,必要となる先進国から途上国への別払いの金額をとった.さらに先進国と途上国のダメージ係数,ダメージ係数とダメージ関数の指数のあいだに交互作用があることを仮定した.またその効果が有意であるかどうかを,分散分析により検定した.

 感度分析により,計算結果が幅広い値をとること,GHG残存率,GHG吸収率というGHGの挙動を表す因子が結果に大きな影響を与えることなどが示された.ダメージ関数の指数の影響はそれほど大きくないが,先進国地域のダメージ係数との交互作用が有意になった.ただしこれらは因子の水準の選び方,割付けの方法にある程度依存していることも考えられるので,さらに慎重な分析が必要となるであろう.

 4章では,地球環境問題を動的非協力ゲームを用いて分析した.

 まず一般的な動的ゲームの定式化と,そのフィードバック均衡の定義,解法について紹介した.動的ゲームでは,ゲームの状態変数が定義され,状態変数はプレイヤーの戦略に依存して変化していく.

 次に,動的ゲームの枠組を用いた地球環境対策のモデル化について説明した.ここでのプレイヤー,戦略,目的関数などの考え方は3章とほぼ同じである.ゲームの状態変数は,GHG蓄積量である.3章での分析との大きな相違点は,3章でのモデルが,プレイヤーの戦略決定が1回限りの静的ゲームであるのに対し,この動的モデルではプレイヤーが各時刻ごとに,その時刻でのGHG蓄積量を観測し,それに応じて戦略を決定することと,このゲームが非協力ゲームであるということである.このゲームのNash均衡(基準ケース),それからある国が他の国の削減の一部を負担する国際援助を考えた場合(技術援助ケース,経済援助ケース)の均衡の求め方,さらにこのゲームが協力ゲームである場合のPareto最適な協力解の求め方について説明した.

 数値計算を行うにあたり,再び地球温暖化問題をケーススタディとしてとりあげ,シミュレーションを行った.2060年までの長期的なシミュレーションによって,さまざまなケースについての均衡解,協力解を求めた.その結果,先進国が途上国に対してGHG削減技術援助を行う技術援助ケースでは,途上国地域での削減率が上昇し,基準ケースに比べて最大14%世界全体の損失が減少した.しかし協力解との間には多少の差がみられた.一方経済援助ケースでは,損失は最大でも1.4%しか低下せず,効果に限界がみられた.なお基準ケースの均衡解では,世界全体の削減率は10.1%,協力解では15.3%であった.

 3章と同様,実験計画法による感度分析を行った.計算にかかる時間を考慮して地域数は2とおき,第1地域を先進国地域,第2地域を途上国地域とした.因子としては,3章でとりあげたものと,割引パラメーターの7種類を選んだ.計算結果としては,基準ケースにおける世界全体の損失の和と,技術援助ケースの最適解における損失の減少率,その最適解での世界全体の平均削減率をとった.ここでも因子のなかではGHG残存率の効果が最大となった.最後に今後の研究課題として,モデルの拡張についてコメントした.

 本論文の結論は5章に記されている.本論文の分析によって得られた一般的な知見は次のようにまとめられる.

 1.汚染物質削減に関する国際協定を成立させるためには,地域間の別払いの譲渡が必要である.別払いが行われない場合,ただ乗りをする地域が出てくる可能性がある.

 2.汚染物質削減コストが相対的に低い地域から高い地域への技術援助によって,効率的な削減がなされ,すべての地域の長期的な損失が低減する状況が実現される.これは経済的な援助の場合よりも,高い効果をあげることが期待できる.

 さらに地球温暖化問題に特定した場合,次のようなことが明らかになった.

 1.温暖化対策に関する協定では,中国がただ乗りによって得られる利益が大きく,中国の今後のGHG削減の政策が重要になることが示された.

 2.GHG削減技術を先進国から途上国に移転することによって,世界全体の長期的損失を15%ほど低減させることができる.温暖化によるダメージを回避することができるので,援助を行う先進国の損失も低下する.

 3.GHGの最適な削減率は20%ほどであり,現在提案されている目標よりもずっと低い.本論文でおいた仮定が正しいならば,GHG排出(絶対)量の削減やGHG濃度の安定化といった実現不可能に近い目標を,現段階で議論するのはあまり合理的でないことになる.技術援助などが円滑に行われるためのシステムづくりの方が重要であろう.

 4.不確実性をもつパラメーターの中で計算結果に最も大きい影響を与えるのは,GHG蓄積に関するパラメーターであった.今後これらのパラメーターについての研究が不可欠になる.

審査要旨

 人類による汚染物質の排出等のために生じた地球環境問題は,高度技術社会における最も重要な問題の一つである.この問題の解決のためには,国際的な協力が不可欠であるが,先進国と発展途上国の立場の相違に起因する意見の対立があり,条約の締結は困難になっている.本論文は,このような状況を踏まえて,地球環境対策の問題をゲーム理論の立場に立って分析したものであり,5章からなる.

 第1章は「序論」であり,研究の背景や関連する既存の研究の紹介をするとともに,本論文の研究の目的を述べている.

 第2章は「地球環境問題についての一般的事項」と題し,地球温暖化問題,酸性雨問題を中心にして,原因,被害状況,対策についての一般的事項を述べ,関連する先行研究を紹介している.

 第3章は「静学的分析」であり,協力ゲームの理論を用いて地球温暖化問題を分析している.まず温暖化の主要原因である二酸化炭素等の温室効果ガス(GHG)の大気中蓄積量の経年変化のモデルを記述している.また,GHGの削減コストおよび温暖化によるダメージについては,先行研究の結果を利用して,前者は削減率の3乗に比例し,後者はGHG蓄積量の増加分の2乗に比例するとしている.つぎに,世界を4地域(米国,米国以外のOECD諸国,中国,その他の国々)に分け,これらをプレイヤーとして,削減率を戦略とし,削減コストとダメージの和を目的関数として,協力ゲームの解のひとつである仁を2050年までの数値計算によって求めている.その結果,協力解を実現するための世界全体のGHGの平均削減率は25%程度であり,また協力を実現するためには,主に第2地域から第3および第4地域への援助が必要であること,第3地域は協定を抜ける可能性が高いこと,等を示している.最後に,モデルのパラメタの値には不確実性があることを考慮して,実験計画法を利用して感度分析を行っている.

 第4章は「動学的分析」であり,前章と同様の仮定のもとに温暖化対策を動的ゲームとして記述し,その非協力均衡解であるNash均衡解(基準ケース)と,協力ゲームであるとしたときのPareto最適解を,2060年までのシミュレーションによって求めている.その結果,世界全体の削減率は,基準ケースの均衡解では10%,協力解では15%程度となること,先進国が途上国に対して行う援助の形態としては,技術援助の方が経済援助より効果的であり,前者の援助ケースでは,基準ケースに比べて最大14%世界全体の損失が減少することなどを示している.また,前章と同様に感度分析も行っている.

 第5章は「結論」であり,本研究によって得られた知見と今後の課題を述べている.

 以上を要するに,本論文は現在最も重要な世界的規模の問題のひとつである地球環境問題に対して,国際協力体制の重要性を考慮してゲーム理論の立場に立って分析を行い,データの不確実性にも配慮しつつ膨大な数値計算を行ってひとつの結論を導いたものである.モデルの精緻化,データの精度の改善等,今後検討すべき課題も残されてはいるが,先端的かつ学際的な研究として評価できる点も多い.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54546