学位論文要旨



No 112236
著者(漢字) 野瀬,哲郎
著者(英字)
著者(カナ) ノセ,テツロウ
標題(和) セラミックスの破壊靭性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112236
報告番号 甲12236
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3779号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 セラミックスには構造材料として優れた特性を有するものが多く、高い耐熱性、耐磨耗性、耐食性、高比剛性などの特徴を持つことが知られている。これらの特徴は、セラミックスの化学結合様式が共有性もしくはイオン性の強いことに起因しているが、一方でこれらの結合様式故にすべりを伴った塑性変形が起こりにくく脆いと言う特性も併せて有している。セラミックスはこの脆性的な特質により、部材中に許容される欠陥寸法が小さく、強度のばらつきが大きく、耐衝撃性に劣ると共に、難加工性を示すなど、構造部材としての利用技術上の制約を受けている。上述のセラミックスの優れた特徴を活かしつつ強度部材として広く実用化するためには、この脆さの問題を克服する必要があり、そのためには、脆さのめやすともなる破壊靭性を的確に評価可能とし、そして破壊靭性を高め、信頼性の高い部材とすることが必要である。

 本研究では、まずセラミックスの破壊靭性値を的確に評価する新しい試験方法を提案し、その標準化を試みた。さらに、セラミックス中に異種セラミックス粒子を分散することにより靭性が向上する場合があることが知られているが、この高靭化挙動を理論的に解明し、同理論の実験的検証を試みた。

 材料の脆さ(もしくは、ねばさ)は、き裂の不安定成長開始に対する抵抗値で表わされる。破壊力学パラメータ、応力拡大係数Kを用いた平面歪み破壊靭性値KICは、材料の選択、材料設計、信頼性評価などの最も基本的な値であり、脆性材料であるセラミックスにおいてはセラミックスに適した試験法の確立と標準化が切望されていた。しかし、従来提案されていた種々の試験法には一長一短があって標準化には至っていなかった。そこで本研究では、布村らが超硬合金等で試行していた脆性予き裂導入法をセラミックスに応用した新しい破壊靭性試験法としてSEPB法(Single Edge Precracked Beam法)を提案した(図1参照)。本方法では脆性き裂進展を停止させて予き裂として用いるため、金属材料における疲労予き裂と同等のき裂先端曲率手径を実現し、簡便かつ破壊力学的に妥当な破壊靭性評価が行える。まず、予き裂導入時のき裂の進展・停止条件を破壊力学的およびFEM解析を用いて検討し、予き裂導入治具を完成させると共に、安定き裂進展を伴った場合のR曲線挙動について考察し、KICを的確に評価するためにはpop-inき裂を予き裂として導入する必要があることを示した。次いで、測定値に及ぼす予き裂面開閉口応力の影響、予き裂形状の影響等の詳細な検討結果を踏まえて、標準化に値する試験方法として体系化した。本方法を用いると他方法に比べてバラツキの少ない精度の高い測定値が得られる(図2参照)。同方法を日本ファインセラミックス協会にて実施されていたJIS規格選定のための調査研究委員会に提案し、室温用破壊靭性試験JISとして制定させることができた(H2年2月制定:JIS-R1607)。

 高温構造材料としての利用が期待されるセラミックスにおいては、室温のみならず高温域においても機械的性質を正しく評価する必要があり、高温破壊靭性試験法の確立とその標準化も切望されていた。高温における破壊靭性試験の際には、材料によって巨視的な安定き裂成長、もしくはき裂先端の鈍化が起こる場合があり、破壊靭性値を一義的に定義するのは難しい。そこで本研究では、高温破壊靭性評価の問題点を整理すると共に、測定値の有効/無効の判定条件を、曲げ破壊試験中に起こる安定き裂成長と、それに付随して生じるコンプライアンス変化に着目して検討し、破壊力学的に有効とみなせる測定値を得るための望ましい試験条件の提言を試みた。き裂面の酸化による融着を防ぐためには不活性雰囲気中での評価が必要であること、安定き裂成長長さの許容範囲としては、その長さaが少なくともき裂先端塑性域寸法を超えるものではないとの条件からa0.02aの範囲であること、さらにコンプライアンス変化の許容範囲は、a0.02aを満足する必要があるとの考えを踏襲し、簡便な判定条件式としてa/a0.1a/Wを提案した(図3参照)。これら安定き裂成長に関する制限を盛り込んだSEPB法を高温用試験法調査研究委員会に提案し、室温同様にH6年4月に新しい高温用JIS(JIS-R1617)として制定された。

 一方、セラミックスの強靭化法の一つとして粒子分散法が知られており、き裂湾曲、マルテンサイト変態誘起、き裂偏向、残留応力、弾性不均一性、等の靭性向上機構が報告されてきている。しかし、これら理論解析はいずれもマトリックス材料の靭性値に対する複合化による靭性値の増分を各高靭化機構について個別に論じているものが多く、KICの向上を体系的に論じた解析となっていない。そこで本研究では、複合材料の巨視的なエネルギー解放率に及ぼす内部応力乱れの効果に着目し、強靭化複合則を理論的に解析した。分散粒子の存在に伴う内部応力乱れとしては、母相と分散相の熱膨張係数差に起因した、外部応力に依存しない熱残留応力分と、弾性係数差に起因した、外部応力に依存する内部応力乱れの2種類を検討した。これら内部応力乱れはEshelbyの等価介在物法を用いて解析し、体積分率の効果はMori-Tanakaの平均場理論を応用した。また、分散粒子径の効果についても、残留応力の効果と同時に検討し、最終的に巨視的なエネルギー解放率から破壊靭性値KICを算出可能とした。本研究により提案された内部応力乱れを考慮した複合則の理論式を用いると、さまざまな物性をもつ材料同士の任意の体積分率からなる粒子分散複合材料のKICを推定することが可能となった(図4参照)。

 解析結果の妥当性を検討する目的で、実際の粒子分散材料を供試材として、靭性の評価を行った。供試材としては、充分に緻密化させたSiC-Al2O3p系およびAl2O3-SiCp系粒子分散材料を用いた。前者は母相中に微視的な圧縮残留応力が生じ、後者は母相中に引張残留応力が生じる典型的な材料である。靭性の評価に当たっては、前述の本研究にて開発されたSEPB法を用いた。両材料ともに、体積分率と分散粒子径の増大に伴って靭性の向上が認められ、それらの実験結果は本解析による推定値と良く一致していた。実験値と理論値に差が認められる場合があるが、これはき裂偏向、破面間架橋等に依るものと考えられた。また靭性値は試験温度の上昇に伴い漸減する傾向にあったが、これは熱残留応力が試験温度の上昇に伴い減少することと良く対応していた。また、理論解析結果は、上記材料のみならずさまざまな材料において実験値と比較的良く一致することが確認できた。一例としてEndoらによる文献値と本研究による推定値の比較結果を図5に示す。図より明らかなように、TiC粒子の体積分率の全域にわたって本理論が良い推定を与えていることがわかる。また、本理論から推定される高強度、高靭性材料も開発し、その特性を確認した。

図1 SEPB法の概要図2 各種試験法による靭性の評価例図3 安定き裂成長に伴うコンプライアンス変化の許容範囲(高温破壊靭性評価における測定値の有効/無効判定条件の提案)図4 粒子分散複合材科の靭性の推定(靭性に及ぼす種々の物性値の効果)図5 粒子分散複合材料の理論による靭性推定値と実験値の比較(SiC-TiC複合材料の例)
審査要旨

 セラミックスの脆性の克服を目的とし、脆さのめやすともなる破壊靭性を的確に評価可能とする試験方法の確立および高い靭性を有する粒子分散複合材料の設計指針を得るための研究を行い、以下の知見を得ている。

 第1章は緒論であり、本研究の背景及び研究の目的と意義が述べられている。

 第2章においては、セラミックスにおける新しい破壊靭性試験法の確立とJIS化について述べられている。従来提案されていた種々の試験法の問題点を克服し、標準化に値する体系化された試験法の確立を目的とし、脆性予き裂導入法をセラミックスに応用した新しい破壊靭性試験法としてSEPB法(Single Edge Precracked Beam法)を提案した。まず、予き裂導入時のき裂の進展・停止条件を破壊力学的およびFEM解析を用いて検討し、予き裂導入治具を完成させると共に、安定き裂進展を伴った場合のR曲線挙動について考察し、KICを的確に評価するためにはpop-inき裂を予き裂として導入する必要があることを示した。次いで、測定値に及ぼす予き裂面開閉口挙動の影響、予き裂形状の影響等の詳細な検討結果を踏まえて、標準化に値する試験方法として体系化したことを示した。そして本方法をJIS規格選定のための調査研究委員会に提案し、室温用破壊靭性試験法JIS-R1607として制定させることができたことを示した。

 さらに、SEPB法を高温用に適用すべく以下の検討を行った。まず高温破壊靭性評価の問題点として特に応力負荷速度依存性に着目し、応力負荷速度依存性が発現される場合の測定値の有効/無効の判定条件を、曲げ破壊試験中に起こる安定き裂成長と、それに付随して生じるコンプライアンス変化に着目して検討し、破壊力学的に有効とみなせる測定値を得るための望ましい試験条件の提案を試みた。き裂面の酸化による融着を防ぐためには不活性雰囲気中での評価が必要であること、安定き裂成長長さaの許容範囲としてはa≦0.02a(aは予き裂長さ)を満足すること、さらにコンプライアンス変化の許容範囲として≦0.1a/W(Wは試験片幅)を満足する必用性を示した。これら安定き裂成長に関する制限を盛り込んだSEPB法が高温用規格JIS-R1617として採用されたことを示した。また、SEPB法は、韓国、ドイツの国家規格にも採用され、ISO国際規格化も推進中であることを示した。

 第3章では,粒子分散セラミックスの強靭化挙動の理論解析と実験的検証について述べている。粒子分散セラミックスの強靭化挙動については、分散粒子の存在に伴う2種類の内部応力乱れの効果に着目し、1)熱膨張係数差に起因した熱残留応力の効果、及び、2)弾性係数差に起因した内部応力乱れの効果、を同時に考慮した新しいエネルギー解放率の複合則をEshelbyの等価介在物法を用いて理論的に導出し、得られた巨視的なエネルギー解放率の複合則から破壊靭性値KICが算出可能であることを明らかにした。また提案された理論式により、さまざまな物性をもつ材料同士の任意の体積分率からなる粒子分散複合材料のKICを推定することが可能であることを示した。

 理論解析結果の妥当性を検証する目的で、充分に緻密化させたSiC-Al2O3系(母相中に微視的な圧縮残留応力が生じる)およびAl2O3-SiC系(母相中に引張残留応力が生じる)粒子分散材料の靭性評価を行い、両材料ともに体積分率と分散粒子径の増大に伴って靭性の向上が認められ、それらの実験結果は理論解析による推定値と比較的良く一致することを明らかにした。また、SiC-TiC複合材料の文献値と本研究による推定値の比較検討を行い、推定値が文献による実験値と良く一致することを示した。

 上記の結果に基づき、粒子分散セラミック複合材料の設計においては、複合化した際の靭性に大きな影響を与える内部応力乱れが最も有効に作用するようにマトリックスと分散粒子の諸特性(靭性、ヤング率、熱膨張係数、分散粒子径)の組合せを最適化することが重要であることを示した。

 第4章においては、本論文で得られた成果の総括を述べた。

 以上、本研究では、セラミックスの破壊靭性に関し、まず、新しい破壊靭性試験法としてpop-in予き裂を用いたSEPB法を提案すると共に、測定値に及ぼす種々の影響因子の詳細な検討を通じて、標準化に値する試験方法として体系化し、室温用および高温用のJIS規格制定に貢献している。さらに粒子分散複合セラミックスの靭性に及ぼす組織因子について、巨視的なエネルギー解放率の複合則の分散粒子の存在による変化を解析し、高靭性粒子分散材料の設計指針を与える重要な知見を示しており、材料工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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