学位論文要旨



No 112240
著者(漢字) 花城,清彬 ロドルフ
著者(英字) Hanashiro,Rodolfo Kiyoaki
著者(カナ) ハナシロ,キヨアキ ロドルフ
標題(和) ラットのエンドトキシン誘発ぶどう膜炎におけるCINC FAMILYの役割
標題(洋) THE ROLE OF CYTOKINE-INDUCED NEUTROPHIL CHEMOATTRACTANT(CINC)FAMILY IN RAT MODEL OF ENDOTOXIN-INDUCED UVEITIS
報告番号 112240
報告番号 甲12240
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1128号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
 東京大学 助教授 新家,眞
内容要旨 研究目的

 エンドトキシン起因性ぶどう膜炎(endotoxin-induced uveitis:EIU)はグラム陰性悍菌のリポポリサッカライド(LPS)を動物の足蹠に注射することにより惹起される眼内炎症である。その発症機序については、これまでケミカルメディエーターの関与、T細胞の関与、さらにはインターロイキン1、6、8、TNFなどのサイトカインの関与が報告されているが、炎症を惹起する物質、すなわちLPSに焦点をあてた研究は少ない。LPSは多様な生物活性を持つが、これまでの研究から、その責任部位のほとんどはリピッドA(LA)部位であることが明らかにされている。EIUにおいても、LAの投与により眼内炎症を惹起しうることが報告されているが、その詳細な研究はなされていない。そこで、今回、LAにより惹起されるEIUについて前眼部炎症の程度を定量的に調べ、LPSで惹起されるEIUと比較検討したところ、LAでは、より炎症細胞(主に好中球)が前房内に見られることを見いだした。そこで、好中球に対して遊走能を持つサイトカインであるCINC familyに着目し、両モデルにおけるCINC familyの動態を調べ、EIUにおける役割について検討した。

方法実験1.LPS注射とリピッドA注射によるEIUの比較

 動物は、7から9週齢の雌のルイスラットを用いた。ぶどう膜炎を惹起させる物質として、Escherichia coliのLPSと合成リピッドAを用いた。ラットの足蹠にそれぞれ異なる量のLPSまたはLAを注射し、眼内炎症の程度を調べた。炎症の程度は前房水を採取し、その蛋白濃度と炎症細胞数を測定することで評価した。房水中の炎症細胞の種類を検討するため、塗沫標本を作り、Diff Quick染色をして細胞数を数えた。血液中の白血球数は自動血球測定装置にて調べた。

実験2.両モデルにおけるCINC familyの関与

 1)両モデルについて血清中および房水中のCINC family(CINC-1,CINC-2alpha,beta,CINC-3)を、ELISAキットを用いて測定し、その経時変化を調べた。2)ボイデンチャンバーを用いて、LPS投与群またはLA投与群から採取した前房水の、多核白血球に対する遊走能の有無とその程度を検討した。さらに、房水に抗CINC-1または抗CINC-3中和抗体を反応させた後、遊走能に及ぼす抑制効果を調べた。3)LPS投与群およびLA投与群における血管内皮細胞を対象として、抗CINC-1抗体を用いた免疫染色を行いCINC-1の存在の有無を検討した。4)LA投与群に対し、LAを注射した後にCINC-1を静脈内投与し、その前房内炎症に対する効果を調べた。

結果

 1.LA投与群の眼内炎症は、前房水内の蛋白量と浸潤細胞水を指標として調べると、LA100mg/kgの量でプラトーに達したが、これはLPS投与群の約1/10の量であった。そのピーク時間は注射後30時間で、LPS投与群の24時間に比べてやや遅かった。ピーク時の前房内の炎症の程度は、蛋白濃度は両モデルで差がなかったが、炎症細胞数についてはLA投与群は22875±3724/mlでLPS投与群の4866±670/mlに比べ、約5倍多かった。このことは、臨床的にLA投与群では前房蓄膿がみられたことと一致していた。房水中の炎症細胞は好中球が主体で単核球とリンパ球が少数観察されたが、その割合は両群で明らかな差はなかった。

 2.血清中と房水中のCINC familyについて経時的に調べた。両群の房水中ではCINC-1とCINC-3が検出され、CINC-2は両群とも測定限界値以下であった。CINC-1濃度はいずれのモデルでも18時間で最大となったが、その値はLPS投与群のほうが高かった(79vs41ng/ml)。CINC-3の値もLPS投与群の方が高かった(24vs4ng/ml)。血清中においてもCINC-1とCINC-3が検出されたが、両群ともその値は6時間で最大となり、その値はLPS投与群のほうがCINC-1では約20倍(73vs4ng/ml)、CINC-3では約9倍(658vs79pg/ml)高かった。ボイデンチャンバーで両モデルから採取した前房水の持つ白血球遊走能を調べると、LPS投与群は遊走率45%で、LA投与群の24%に比べて、活性が高かった。免疫染色により、LPS投与群の血管内皮細胞はCINC-1抗体に強く染色されたが、LA投与群では反応が弱かった。LPS投与群では過剰な全身のCINC-1が前房内への細胞の浸潤に抑制的に働いている可能性を調べるためLA投与群にCINC-1を静脈内投与し、前房炎症の程度を調べた。その結果、CINC-1の投与用量に依存して、前房内炎症細胞数が減少した。

考按

 LA注射により、ぶどう膜炎が惹起されることが確認された。また、LA投与群ではLPS投与群に比べ、多数の炎症細胞が前房内に出現することが明らかになった。本研究では、これらモデルの前房内細胞浸潤が好中球主体であることから、好中球遊走に関与するCINC familyについて検討した。その結果、両モデルともCINC-1とCINC-3が血清中と房水中に検出され、血清中では6時間、房水中では眼内炎症のピーク時の少し前に最大値をとった。LPS投与群の房水中のCINC-1およびCINC-3量はLA投与群より多く、また房水に対する好中球の遊走活性もLPS投与群の方が高いことから、前房内へ好中球を浸潤させる遊走因子の活性はLPS投与群の方が強いと考えられた。このことは、LA投与群の方が前房内の好中数が多いことと矛盾する結果であり、眼局所に限定した検討のみでは説明できない。一方、血清中のCINC-1値はLPS投与群ではLA投与群に比べ、はるかに高かった。CINC-1は高濃度で存在すると、炎症局所への好中球浸潤を抑制するとの報告があるので、LPS投与によるEIUでも血清中の高濃度のCINC-1が前房内細胞浸潤に抑制的に働いている可能性が考えられた。そこでLA投与群にCINC-1を静脈内投与したところ、CINC-1の投与用量に依存して前房内炎症細胞数の減少がみられた。未刺激の末梢血好中球が血管内皮細胞との接触なしにCINC-1に暴露されると、好中球の細胞膜上のL-SelectinのSheddingやMac-1の活性化が起こり、血管内皮細胞との相互作用が不可能になるという報告があり、LPS投与郡でも、同様の機序が働いていることが考えられた。LPS投与郡で血清中のCINC-1値が高濃度であった理由として、LPSの精製過程中に除去されなかったエンドトキシン蛋白の関与が示唆された。エンドトキシン蛋白はTNFおよびIL-1をコードする遺伝子の発現を誘導すること、また両サイトカインの刺激により末梢血好中球、単球および血管内皮細胞からIL-8(CINC-1)の産生を誘発することも報告されている。

 以上の結果から、EIUではLPSまたはLAの投与によりCINC familyが眼内で産生され、これが前房局所への細胞遊走に重要な役割を持つことが考えられた。また、LPS投与郡ではLPS注射により、全身的に過剰なCINC-1が産生され、それが前房内への細胞の遊走に却って抑制的に働いている可能性が示唆された。

審査要旨

 エンドトキシン起因性ぶどう膜炎(endotoxin-induced uveitis:EIU)はグラム陰性悍菌のリポポリサッカライド(LPS)を動物の足蹠に注射することにより惹起される眼内炎症モデルである。本研究は、LPSの持つ多様な生物活性の責任部位とされているリピッドA(LA)部位に焦点をあて、LAにより惹起されるEIUについてその炎症の特徴を調べ、さらに、好中球に対して遊走能を持つサイトカインであるCINC familyについてその動態を調べたもので、以下の結果を得ている。

 1.ルイスラットを用いて、LPS注射とLA注射によるEIUの比較を行ったところ、LA投与群の眼内炎症は、100mg/kgの量でプラトーに達し、これはLPS投与群の約1/10の量であった。そのピーク時間は注射後30時間で、LPS投与群の24時間に比べてやや遅かった。ピーク時の前房内の炎症の程度は、蛋白濃度は両モデルで差がなかったが、炎症細胞数についてはLA投与群はLPS投与群に比べ、約5倍多かった。房水中の炎症細胞は好中球が主体で単核球とリンパ球が少数観察されたが、その割合は両群で明らかな差はなかった。

 2.両モデルにおけるCINC familyの関与を調べるために、血清中および房水中のCINC family(CINC-1,CINC-2,,CINC-3)を、ELISAキットを用いて測定した。両群の房水中からCINC-1とCINC-3が検出され、CINC-2は測定限界値以下であった。CINC-1濃度は両モデルとも18時間で最大となったが、その値はLPS投与群のほうが高かった(79vs41ng/ml)。CINC-3の値もLPS投与群の方が高かった(24vs4ng/ml)。血清中においてもCINC-1とCINC-3が検出されたが、両群とも6時間で最大となり、LPS投与群のほうがCINC-1では約20倍(73vs4ng/ml)、CINC-3では約9倍(658vs79pg/ml)高かった。

 3.ボイデンチャンバーを用いて、LPS投与群またはLA投与群から採取した前房水の、多核白血球に対する遊走能の有無とその程度を検討した。LPS投与群は遊走率45%で、LA投与群の24%に比べて、活性が高かった。このことから、前房内へ好中球を浸潤させる遊走因子の活性はLPS投与群の方が強いと考えられた。このことは、LA投与群の方が前房内の好中球数が多いことと矛盾する結果であり、眼局所に限定した検討のみでは説明できなかった。CINC-1は高濃度で存在すると、炎症局所への好中球浸潤を抑制するとの報告があるので、LPS投与によるEIUでも血清中の高濃度のCINC-1が前房内細胞浸潤に抑制的に働いている可能性が考えられた。

 4.LA投与群に対し、LAを注射した後にCINC-1を静脈内投与し、過剰量のCINC-1が前房内炎症に与える影響を調べた。その結果として、CINC-1の投与用量に依存して、前房内炎症細胞数が減少した。未刺激の末梢血好中球が血管内皮細胞との接触なしにCINC-1に暴露されると、好中球の細胞膜上のL-SelectinのSheddingやMac-1の活性化が起こり、血管内皮細胞との相互作用が不可能になるという報告があり、LPS投与郡でも同様の機序が働いていることが考えられた。LPS投与郡で血清中のCINC-1値が高濃度であった理由として、LPSの精製過程中に除去されなかったエンドトキシン蛋白の関与が示唆された。エンドトキシン蛋白はTNFおよびIL-1をコードする遺伝子の発現を誘導すること、また両サイトカインの刺激により末梢血好中球、単球および血管内皮細胞からIL-8(CINC-1)の産生を誘発することも報告されている。

 以上の結果から、EIUではLPSまたはLAの投与によりCINC familyが眼内で産生され、これが前房局所への細胞遊走に重要な役割を持つことが考えられた。また、LPS投与郡では全身的に過剰なCINC-1が産生され、それが前房内への細胞の遊走に却って抑制的に働いている可能性が示唆された。2つの眼内炎症モデルを通して、眼内炎症におけるCINC familyの役割が示され、また眼炎症の全身との関わりにおけるひとつの型が提示されたことから、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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