エンドトキシン起因性ぶどう膜炎(endotoxin-induced uveitis:EIU)はグラム陰性悍菌のリポポリサッカライド(LPS)を動物の足蹠に注射することにより惹起される眼内炎症モデルである。本研究は、LPSの持つ多様な生物活性の責任部位とされているリピッドA(LA)部位に焦点をあて、LAにより惹起されるEIUについてその炎症の特徴を調べ、さらに、好中球に対して遊走能を持つサイトカインであるCINC familyについてその動態を調べたもので、以下の結果を得ている。 1.ルイスラットを用いて、LPS注射とLA注射によるEIUの比較を行ったところ、LA投与群の眼内炎症は、100mg/kgの量でプラトーに達し、これはLPS投与群の約1/10の量であった。そのピーク時間は注射後30時間で、LPS投与群の24時間に比べてやや遅かった。ピーク時の前房内の炎症の程度は、蛋白濃度は両モデルで差がなかったが、炎症細胞数についてはLA投与群はLPS投与群に比べ、約5倍多かった。房水中の炎症細胞は好中球が主体で単核球とリンパ球が少数観察されたが、その割合は両群で明らかな差はなかった。 2.両モデルにおけるCINC familyの関与を調べるために、血清中および房水中のCINC family(CINC-1,CINC-2 , ,CINC-3)を、ELISAキットを用いて測定した。両群の房水中からCINC-1とCINC-3が検出され、CINC-2 、 は測定限界値以下であった。CINC-1濃度は両モデルとも18時間で最大となったが、その値はLPS投与群のほうが高かった(79vs41ng/ml)。CINC-3の値もLPS投与群の方が高かった(24vs4ng/ml)。血清中においてもCINC-1とCINC-3が検出されたが、両群とも6時間で最大となり、LPS投与群のほうがCINC-1では約20倍(73vs4ng/ml)、CINC-3では約9倍(658vs79pg/ml)高かった。 3.ボイデンチャンバーを用いて、LPS投与群またはLA投与群から採取した前房水の、多核白血球に対する遊走能の有無とその程度を検討した。LPS投与群は遊走率45%で、LA投与群の24%に比べて、活性が高かった。このことから、前房内へ好中球を浸潤させる遊走因子の活性はLPS投与群の方が強いと考えられた。このことは、LA投与群の方が前房内の好中球数が多いことと矛盾する結果であり、眼局所に限定した検討のみでは説明できなかった。CINC-1は高濃度で存在すると、炎症局所への好中球浸潤を抑制するとの報告があるので、LPS投与によるEIUでも血清中の高濃度のCINC-1が前房内細胞浸潤に抑制的に働いている可能性が考えられた。 4.LA投与群に対し、LAを注射した後にCINC-1を静脈内投与し、過剰量のCINC-1が前房内炎症に与える影響を調べた。その結果として、CINC-1の投与用量に依存して、前房内炎症細胞数が減少した。未刺激の末梢血好中球が血管内皮細胞との接触なしにCINC-1に暴露されると、好中球の細胞膜上のL-SelectinのSheddingやMac-1の活性化が起こり、血管内皮細胞との相互作用が不可能になるという報告があり、LPS投与郡でも同様の機序が働いていることが考えられた。LPS投与郡で血清中のCINC-1値が高濃度であった理由として、LPSの精製過程中に除去されなかったエンドトキシン蛋白の関与が示唆された。エンドトキシン蛋白はTNF およびIL-1 をコードする遺伝子の発現を誘導すること、また両サイトカインの刺激により末梢血好中球、単球および血管内皮細胞からIL-8(CINC-1)の産生を誘発することも報告されている。 以上の結果から、EIUではLPSまたはLAの投与によりCINC familyが眼内で産生され、これが前房局所への細胞遊走に重要な役割を持つことが考えられた。また、LPS投与郡では全身的に過剰なCINC-1が産生され、それが前房内への細胞の遊走に却って抑制的に働いている可能性が示唆された。2つの眼内炎症モデルを通して、眼内炎症におけるCINC familyの役割が示され、また眼炎症の全身との関わりにおけるひとつの型が提示されたことから、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。 |