近年、高純度の希土類化合物が入手容易となり、有機合成化学における利用が活発に検討されている。我々は、希土類の高酸素親和性および高フッ素親和性に着目し、この特性を活用する新規反応の開発を検討した。その結果光学活性な-アミノアルデヒドを基質とするジアステレオ選択的ニトロアルドール反応と、これまでに報告された方法では合成困難なタイプのグリコシル化反応において特筆すべき結果を見いだすことに成功した。 1.LaLi3tris((R)-binaphthoxide)錯体(LLB)を触媒として用いるジアステレオ選択的ニトロアルドール反応の開発 我々は、LaLi3tris((R)-binaphthoxide)錯体(LLB)を用いる触媒的不斉ニトロアルドール反応の応用として、抗エイズ薬として注目されているKNI-272(Fig.1)の重要合成中間体である(S,S)-3-アミノ-2-ヒドロキシ-4-フェニル酪酸(erythro-AHPA,2)の効率的合成法を検討した。Table 1に示すように、この反応では96%eeの-アミノアルデヒド誘導体を用いているが、通常の塩基(Entries4,5)で見られる出発物質のラセミ化は、(R)-体のBINOLより調製したLLB錯体を用いた場合の反応においては認められず、非常に高い選択性で目的のニトロアルドール体を得ることに成功した。不斉源やリチウムを含まないLa(O-i-Pr)3や,(S)-LLB錯体を用いて反応を行った場合の選択性は満足のいくレベルに達しておらず、ランタン錯体の穏和な塩基性と、基質にマッチした不斉環境によって高い選択性が得られたことを示している。本合成法は、既存の方法では合成の困難なerythro配置のAHPA合成法として非常に効率の高いものであり、企業化の検討が進められている。 Figure1Table.1 Synthesis of erythro-AHPA2.希土類塩を用いる新しいグリコシル化反応の開発 糖質化学は、生命現象の多様性を理解する上で重要であり、さらに、糖質は医薬および農薬への新たな展開が多いに期待されている。しかし、糖質合成の根幹をなすグリコシル化反応の簡便かつ反応性および立体選択性の向上を含む高効率化は、有機合成化学における未解決の課題の一つとなっている。 フッ化糖は、他に糖供与体としてのハロゲン化糖(塩化糖、臭化糖)に比べて格段に安定であり、近年活発に利用されている。しかし、プロモーターとしてSnCl2-AgClO4,Cp2MCl2-AgClO4(M=Ti,Zr,Hf)など高価な金属塩が用いられており、基質によっては選択性も満足のいくものではなかった。我々は、フッ素と希土類との強い親和性に着目し、プロモーターとして安価な希土類トリフラートを、グリコシルドナーとしてフッ化糖を用いる新しいグリコシル化反応について検討を行い、溶媒や塩基を適宜選択することによって好結果を得ることが出来た。すなわち、反応溶媒としてEt2O、塩基として炭酸カルシウムを用いると、-体が高選択的に得られ、溶媒としてCH3CN、塩基として炭酸カリウムを用いれば、逆に-アノマーが高選択的に得られる(Table2)。 また、安価なLa(ClO4)3を用いて様々な糖誘導体のシリルエーテルとの反応を試みた結果、触媒的グリコシル化反応の端緒も見い出している(Table3)。反応メカニズムについては、用いた反応剤と基質の19F-NMRを測定することにより、ランタンとフッ素の親和性によってオキソニウムカチオンが生じた後、La-F結合より強固なSi-F結合が生成してLa(ClO4)3の触媒サイクルが成立した可能性を見いだしている。更に、プロモーターとして希土類過塩素酸塩とスズ(II)トリフラートの複合系を用いる事により、これまでに報告されている方法では満足のいく結果の得られていないシアル酸誘導体のグリコシル化反応(Table4)や、-マンノース誘導体の直接的グリコシル化反応においても良好な結果を得ることに成功した。 Figure2. Glycosyl Donors,Acceptors and Synthesized Glycosides.Table2.Glycosidation Reactionsa Using Rare Earth Metal Salts Table3.Glycosidation Reactions by La(ClO4)3.nH2O(30mol%) Table4.Synthesis of the Neuraminosyl-galactoses Using the Fluoro Dervative 上記の結果における収率、選択性には、まだ改善の余地を残してはいるものの、これまでの方法論と比較すると反応効率は格段に向上しており、出発物質の安定性および生成物の分離の容易さも考慮すると、今後糖質の医薬化学研究において有用な方法論になるものと考えている。 |