学位論文要旨



No 112256
著者(漢字) 小室,巌
著者(英字)
著者(カナ) コムロ,イワオ
標題(和) ヒト単球由来マクロファージと肺胞マクロファージのカタラーゼによるアポトーシスの抑制機構
標題(洋) Role of catalase in prevention of apoptotic cell death in human monocyte-derived macrophages and alveolar macrophages
報告番号 112256
報告番号 甲12256
学位授与日 1996.10.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1129号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 教授 金ヶ嵜,士朗
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 福地,義之助
 東京大学 助教授 浅野,喜博
内容要旨 要旨

 これまでにヒト末梢血単球は、CSFの種類により異なった性質を示すマクロファージ(M)に分化することが知られている。即ちGM-CSF誘導性M(GM-M)では単球の形質であるCD14,M-CSF受容体(c-fms)の発現が低下し、zymosan刺激による活性酸素の産生能が低く、その形質は肺胞M(A-M)に類似している。一方M-CSF誘導性M(M-M)は単球の形質を保持し、ヒツジ赤血球等粒子の受容体を介した貧食能に優れ、zymosan刺激による活性酸素の産生能が高い。

 学位申請者は、M-MがH2O2に感受性が高く、GM-及びA-MはH2O2に抵抗性であることを明らかにした。H2O2に対する感受性の相違は、CSFによるMの分化と並行していると考えられた(図1)。一方培養液からCSFを除去した場合M-Mにのみ細胞死を認めた(図2)。このCSF除去後のM-MはGM-及びA-Mの培養上清またはカタラーゼを添加すると、細胞死を免れた。さらに抗カタラーゼ抗体で前処理したGM-またはA-Mの培養上清ではM-Mの細胞死を誘導したことから(図3A)、培養上清中の活性はカタラーゼによるものであることが明らかになった。さらにGM-CSF存在下に培養したGM-及びA-Mに抗カタラーゼ抗体を添加すると、これらのMにおいても細胞死が誘導されたことから(図3B)、Mの生存にはカタラーゼが関与していると考えられた。M-CSFを加えずに培養したM-Mの培地中のカタラーゼ活性は、これを加えて培養したものより低かった。一方GM-及びA-Mの培養では培地中のカタラーゼ活性は、CSFがあるなしにかかわらず同じレベルであった(図4)。培地中のカタラーゼ濃度は前者の場合CSFに依存し、CSFを除いて培養したM-Mの細胞死は培地中のカタラーゼ活性が低いことによるものと考えられた。

 細胞内のカタラーゼ活性及びカタラーゼmRNAの発現は、M-MではGM-及びA-Mと比較して有意に低かった(図5)培地中のカラターゼによる細胞死の救済は、神経系・リンパ球系細胞や被子植物の種子においても認められている。一方H2O2を生成するSODは、CSFを除いたMの細胞死を救済することなく、むしろその添加により細胞死を促進した。M-Mの培養上清中におけるSOD活性は、M-CSFの添加により増強し、GM-及びA-Mと比較して有意に高かった。またSODの細胞内活性及びそのmRNA発現は、CSF存在下でのM-MにおいてGM-及びA-Mと比較して有意に高かった(図5)。即ちカタラーゼの細胞内発現量の相違は、GM-及びA-MがH2O2の消去に優れ、一方M-MはH2O2の消去に劣ることを示していた。これに対してSOD活性はM-Mのほうが高く、チオール化合物については両者のレベルが一致していた。

 培養上清中に存在する濃度でのPDGF,M-及びGM-CSFには、M-Mの細胞死を防ぐ直接的な働きを認めなかったことから、これらのサイトカインの細胞救済への効果はなかったと考えられる。また培養液中のGSH,L-cysteine等のチオール化合物は、神経系・リンパ球系細胞の細胞死を防ぐために中心的役割を果たしていると報告されているが、GM-及びM-Mにおいては、SH基反応性酸化剤(40M)存在下で培養してもその影響は一部に止まり、大部分の細胞は生存した。したがって培養上清中のチオール化合物の関与は部分的なものと考えられた。これらの化合物は、培養上清中及び細胞内に一定量存在し、Mの種類およびCSFの有無に依らず一定であった(図5)。

 CSF非存在下ではH2O2により誘導されたM-Mの細胞死は、組織・生化学的検索からアポトーシスであることが明らかとなった。また抗カタラーゼ抗体添加時にもM-及びGM-Mでアポトーシスを認めたことから、細胞外H2O2がアポトーシスの誘導に関与していることが示唆された。

 今回の研究成果が示す様に、M-MはGM-Mと比較してH2O2やTNF,IL-1等の炎症性サイトカインを放出しやすいばかりでなく、H2O2に対して耐性能力が低い。一方GM-及びA-Mは刺激によるH2O2や炎症性サイトカインの産生能力が低いことに加えて、H2O2に対して耐性能力が高い。これらのGM-及びA-Mの性質はMが定常状態で生存するのに役立ち、肺組織に障害を与えにくくなっており、合目的なものであると考えられた。

Fig.1Fig.2Fig.4Fig.3AFig.3BFig.5
審査要旨

 本研究はヒト単球をCSFで分化誘導して得たマクロファージと肺胞マクロファージの細胞の生死に関する機構を解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.M-CSFで分化誘導したマクロファージ(M-M)は過酸化水素(H2O2)に感受性が高く、GM-CSFで分化誘導したマクロファージ(GM-M)及び肺胞マクロファージ(A-M)はH2O2に感受性が低く、両者の感受性の差は約100倍に達した。

 2.CSFを除いた培地で培養した場合、M-Mにのみ細胞死を認め、GM-MとA-Mは生存した。

 3.GM-MとA-Mより得た培養上清を添加するとCSFを除いた後もM-Mは細胞死を免れた。

 4.培養上清を抗カタラーゼ抗体で中和後M-Mに添加した場合に、培養上清は細胞を救済する活性を失い、CSFを含まない培地にカタラーゼを添加することによりM-Mは細胞死を免れたことから、GM-MとA-Mより得た培養上清中の活性はカタラーゼによるものと考えられた。

 5.M-Mの救済に対してSOD,PDGFおよび還元型チオール化合物は、カタラーゼと比較して重要ではないことを示した。

 6.CSFを加えた培地で培養したGM-MとA-Mにおいても、抗カタラーゼ抗体の添加により細胞死を認めたことから、培養上清中に存在するカタラーゼはGM-MとA-Mの生存にも重要な役割を演じていると考えられた。

 7.細胞内でのカタラーゼ活性およびカタラーゼmRNA発現はGM-MとA-Mで高くM-Mで低かった。これに対して、細胞内でのSOD活性およびCu/Zn-SODmRNA発現は、M-Mで高くGM-MとA-Mで低かった。この事実はGM-MとA-MはH2O2の消去に優れ、一方M-MはH2O2の消去に劣ることを示していた。

 8.M-CSFを除いた培地で培養したM-Mの細胞死と培地に抗カタラーゼ抗体を添加して誘導されるGM-(A-)Mの細胞死は組織化学的な検索からアポトーシスであることが示された。

 以上、本論文では、M-MはGM-Mと比較してH2O2やTNF,IL-1等の炎症性サイトカインを放出しやすいばかりでなく、H2O2に対して耐性能力が低いこと、一方GM-M及びA-Mは刺激によるH2O2や炎症性サイトカインの産生能力が低いことに加えて、H2O2に対して耐性能力が高いこと、その機構にはカタラーゼが深く関わっていることを明らかにしている。本論文はMの誘導法の違いにより活性酸素に対する感受性が異なることを見い出し、その機構を解明したもので、活性酸素による肺組織障害を理解するうえで重要な貢献を果たしていると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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