『子息気質』刊行以降の浮世草子のうち、 (A)気質題 (B)(1)短編集、(2)一定の身分・職業や芸道という枠組、(3)主人公は町人層、(4)三都の今が舞台、(5)対照や誇張の手法を多用、(6)主人公は現実が見えず周囲と軋轢、(7)主人公の偏執・逸脱を笑う笑い話 上の(A)、または(B)のうち(1)(2)(7)を中心とする幾つかの要素を満たす作品を、「気質物」と称する。 本稿は、其磧の『子息気質』・『娘容気』・『親仁形気』の気質物の祖型となった3作や、南嶺・秋成・亀友らの後続気質物について、手法・素材・文章等を検討し、それぞれの作品の価値や気質物の小説史上の意義を考察する。気質物の研究は西鶴作品の享受の実態や、浮世草子と後続文学の関係を知る上でも、重要である。 其磧の気質物には西鶴からの剽窃が非常に多く、従来作品の大きな瑕瑾とされて来た。しかし、其磧自身としては、そこに積極的な趣向としての意図があったと考えられる。即ち、文章の上では、西鶴の諸作の文章を巧妙に組み合わせるレトリックを見せる。構成の上では、話の前半部で文辞を借りる典拠を、後半部で筋立てを大きく転じて見せるという、「わやく」(=悪戯)と言っても良い趣向を講じている。殊更に西鶴の文辞をそのまま取るのには、自らのかかるレトリックや趣向を読者に示唆する狙いがあったのだろう。 従来演劇との関連を指摘されることのなかった『娘容気』にも、近松に大きく拠りかかって構成を成す章が存在するなど、演劇よりの影響が認められる。なお、近松を取る際にも、話の顛末を逆転させている。 気質物と咄との関係は深い。『娘容気』は刊行直前に急遽増補がなされたが、その際全体の統一を崩してまで、噺本的な話を挿入している。『子息気質』・『娘容気』・『親仁形気』の3作に亘って、モチーフの上で噺本と相似する。気質物の主人公の造型は、噺本のモチーフ分類で言えば、性癖譚や状況愚人譚に当たる。加えて、文章への、辻咄等の話芸の影響も想定される。噺本は、気質物創出のための柱の1つであった。 其磧の文章は、口語調に徹する会話文の多用が特色。登場人物の心理・感情を活写すべく、細かな配慮が加えられている。役者評判記や演劇(特に歌舞伎)、話芸などが、其磧の文体へ影響を与えたとも考えられる。 『親仁形気』は、気質物中、最も現実感を伴う作。普遍的な老人像や世態をある程度形象し得た、気質物の代表作である。佳作たる理由を、典拠利用の態度から説明することができる。趣向に走る意識が減じて、文も想も自然な作となったのである。 秋成が自作の気質物に込めた"新しさ"は、先行作には見られぬ人物造型の広がりと、凝った趣向の二つに要約できよう。前者は『妾形気』のお春・藤野の2編の話、後者は「和訳太郎」のペンネームが、如実に示している。秋成は、(1)作中詐欺譚の形で描かれる「わやく」、(2)挿絵に仕組まれる「わやく」、(3)典拠に対する「わやく」、(4)モデルへの「わやく」、(5)読者への「わやく」、と実に複雑な趣向を講じている。秋成の「わやく」は、世相批判の"毒"を持つものであった。 『妾形気』のお春の編の、未だ指摘のなかった典拠を二、三紹介する。とりわけ怪異小説『和漢乗合船』は、利用の度合いが大きく、『雨月物語』とも関連する。『雨月』以前の段階で既に秋成に怪異志向があったことを、具体的に示すものとして重要である。 亀友の作は、微温性・日常性が特色。『赤鳥帽子都気質』が、気質物らしい佳作。世態・心理描写の妙味があるものの、凡策も多く、浮世草子衰退の流れを止めることはできなかった。 総じて、気質物の果たした意義は、西鶴の"人心"への関心と描写を受け継ぎ、後続の文学への橋渡しをしたことにあろう。 |