学位論文要旨



No 112262
著者(漢字) 林,遠球
著者(英字)
著者(カナ) リン,エンキュウ
標題(和) ランドマークの計測と設計
標題(洋)
報告番号 112262
報告番号 甲12262
学位授与日 1996.11.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3783号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 助教授 田浦,俊春
内容要旨

 ロボットの移動機能はマニュピュレーション機能とともに,作業能力を高める上で重要な役割を果たす要素の一つである.この移動機能を実現するためには,計画した経路に沿ってロボットを確実に移動させるナビゲーション技術の確立が不可欠である.

 環境を地図のようにモデル化し,その情報をもとにロボットの移動経路を計画し,実環境の中でロボットの自己を制御する手法はモデルベーストロボディックスといわれている.そのために,検出やすい目印を環境モデルとし,自己位置を認識する手法が求められている.

 そこで,環境内に,単純な形状の人工物を設置しておけば,位置・姿勢計算が容易になると考えられる.これを人工ランドマークという.人工ランドマークを設置することで,ロボットの機能の一部を環境側が補助することとなり,ロボットの負担は軽減されると考えられる.人工ランドマークの研究では,認識処理速度がかからないこと,計算アルゴリズムが簡単であること,などを理由とする多様な形状のランドマークが提案されてきた.しかし,位置・姿勢計測精度に対する計算法やランドマーク構成する形状についての研究は,まだ不十分である.

 本論文ではランドマークの設計と相対位置・姿勢計算法を研究内容とする.センサとしてはカメラを用いる.本研究では内界センサを用い,ランドマークのおよその位置はロボット内界センサから計算される.これにより,計測の際,ランドマークが画像面に収まることを仮定できる.

 本論文で主張したい点は,位置・姿勢計算に対しては,計測精度と計算時間の両方をともに考慮した計算法が必要であることである.まだランドマークの形状は位置・姿勢計測精度から考えた設計が重要と考えられる.これらの二つは従来の設計において明らかにしてされていなかった.

 本論文の研究手法は,まず(a)基礎実験よりランドマーク中に構成される特徴の設計を行う.本論文では計測方向の制限や検出精度などを考慮し,特徴は球型物体の中心点位置とする.つまり,ランドマークは点特徴群から構成される.一つの点特徴は,一つの球形物体から抽出されるとした.(b)計算時間,計測精度を考慮した実用的な計算法を求める.次に,(c)点特徴を用いた位置計測誤差の評価法を提案する.そして,点特徴検出時間を短縮するため,(d)探索領域を軽減する手法を工夫し,点特徴の配置問題を定式化し,点特徴群の配置問題を求める.ここでいうランドマーク形状の設計とは,位置・姿勢計測に生じる誤差を最小にする球形物体の配置の問題として扱う.

 以上の内容に基づくn個の点特徴から構成されたランドマークの設計を行った.本手法は,以下の長所を有しており,十分実用的である.

 ■ 本論文では,解析解が存在する高速計算法を考案し,位置計測誤差を最小にする位置・姿勢融合法を用いる.計算時間,安定性については反復計算法よりも効果がある.誤差の低減にも,従来に提案されてきた解析解法よりも効果がある.

 ■ 点特徴群は誤差の最大値が最小となる配置として求められるので,最大の位置・姿勢計測の誤差を,ある要求精度以上に保証することが可能である.計測距離1mから5mまでは平均0.06m以内の位置計測誤差に収めることが保証できる.

 ■ 時間については,DSPボード内の特徴の抽出時間は133ms,ホストコンピュータにおける複数の点位置の計算値から4つの点位置を決める時間は72ms,位置・姿勢の計算時間は962msであった.移動ロボットに対して実時間で計測可能である.

 本設計手法は実験によりその有効性が示される.実環境にランドマークを設置することにより,その相対位置・姿勢の計算精度をCCDカメラを搭載した移動ロボットを用いて基礎実験,廊下で44.3mの走行実験を行った.位置計算の相対誤差においては,平均1.52%,姿勢の計測誤差では2°以内に収めることができた.実験結果では,従来提案型のランドマーク(位置計算の相対誤差においては,平均2.2%〜3.0%,姿勢の計測誤差では4°〜6°)より良いこと,かつより実用性があることを示した.

審査要旨

 林遠球提出の本論文は「ランドマークの計測と設計」と題し,全8章よりなる.

 第1章では,本研究の背景,及び目的について述べている.ロボットの移動機能を実現するためには,計画した経路に沿ってロボットを確実に移動させるナビゲーション技術の確立が不可欠である.そこで,環境内に,単純な形状の人工物を設置しておけば,位置・姿勢計算が容易になる.これを人工ランドマークという.これにより,ロボットの機能の一部を環境側が補助することとなり,ロボットの負担を軽減させることができる.いままで提案されてきたランドマークは,位置計測精度,ランドマークの設計法,運用法などの研究がまだ不十分である.本論文では,これらの問題を解決するため,系統的なランドマークの設計法を考え,より実用的なランドマーク,位置計算法,利用法などの提案を目的とする.

 第2章では,従来までに提案されてきたランドマークに関連する研究を紹介している.これまでの人工ランドマークの設計思想は,センサ処理がやりやすい形状という評価基準に基づいたものがほとんどであり,それゆえ,ランドマーク形状の決定は天下りであると指摘している.これまでの研究成果では,位置計算時間が1秒間程度,位置計測精度は100mm〜150mmであり,ロボットの位置同定には不十分であることを示した.

 第3章では,ランドマークの概念設計について述べている.まずランドマークの設計指標,要求仕様などについて述べ,設計仕様によってランドマーク設計問題を分解し,ランドマーク設計の構成法について述べている.具体的には,特徴の設計,位置計算手法,点特徴群の配置設計よりランドマークの設計法を提案している.

 第4章では特徴の設計について述べている.まず,抽出誤差や抽出時間を分析し,球型物体をランドマークを構成する特徴として適当であるとして選択している.また,球形物体の中心位置の抽出方法と抽出誤差について述べている.最後に,球物体の隠れ問題について言及し,球形物体に関する実験について考察している.本章の結論では,ランドマークは複数の黒色円形物体から構成する.

 第5章では,特徴群を用いた位置の計算法について述べている.まず,3つの点特徴を用いた位置の計算法を述べてから,n点へ拡張する手法を提案している.本手法はn点中の3点についての測定結果を加重平均をとる方法であり,特徴から得られた重み行列の計算法,近似共通解の計算アルゴリズムなどについて述べている.誤差,計測時間に関して,妥当な点特徴の利用法を議論し,解析的手法,最小二乗法と本手法の三者を計算時間と計算精度について比較し,提案手法の有効性を示している.本計算法が,実時間性が高く,かつ精度を有するランドマークの測定方法として適するものであることを明らかにしている.

 第6章では,特徴群の配置について述べている.配置問題では,まず設置場所と計測領域の違いからランドマークのタイプを分類し,次にランドマークの評価法を考え,球形物体配置問題を定式化している.また,シミュレーションを用いて,ランドマークの評価を行い,4個球形物体から構成されたランドマークが設計仕様に最も適合することを示している.

 第7章では,移動ロボットの走行実験について述べている.移動ロボットはランドマークを2回計測し,初期位置からゴールまで全走行距離44.3mの走行した.提案したランドマークの計測により,距離や位置は1.52%,姿勢は2°以内の精度を確保することができた.これは従来の研究での位置姿勢測定精度より良い.計算時間については,本手法を用いるとほぼ1秒間程度で計算出来るとしている.

 第8章では,結論として,次のように述べている.すなわち,ランドマークの運用手法,利用の目的,ランドマークの設置位置,特徴の配置領域,移動ロボットの計測領域によって誤差が最小となる複数点特徴の最適配置設計法によりランドマークを設計した.提案した位置計算法やランドマークの有効性を実験より確認した.本研究はランドマークの設計を計測方法と計測範囲から最適化したものであり,ランドマークの利用に大きく道を開くものである.また,自然界に存在する特徴をランドマークとして選択利用する方法論を提供するものであり,応用も広いことを明らかにした.

 以上を要するに,視覚系で走行する移動ロボットの機能実現にとって欠くことの出来ない技術である自己位置姿勢の測定技術を環境側から向上することを目的として,人工的なランドマークの設計法を提案した論文である.本設計法は,走行実験における位置姿勢精度から見て,実用性が十分ある.またこの技術は人工物の開発設計にも応用可能であることから,この論文は精密機械工学のみならず,工学全体の発展に寄与することが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認める.

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