学位論文要旨



No 112263
著者(漢字) 前田,譲治
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ジョウジ
標題(和) 共振器内第二高調波発生システムの量子雑音特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112263
報告番号 甲12263
学位授与日 1996.11.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3784号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨

 光電場に非線形に応答する誘電体にコヒーレント光を照射すると、入射光周波数の2倍の周波数を持つ光が発生する。これが光第二高調波発生である。誘電体の微小な光非線形性を有効に利用するため、光共振器を用いて強度を高めたシステムは、光波長変換システムの中でも、最も歴史の長いものの一つであり、既に広く実用化されている。最近では、出力光の量子雑音特性が注目されており、スクイズド光と呼ばれる、ショット雑音限界を超える光の発生が、実験的にも確認されている。ところが、その詳細な特性については、現在なお、議論が尽きていない。

 本論文では、光共振器を用いた第二高調波発生システムの量子雑音特性、特にショット雑音限界を下回る特性(スクイージング)に関する知見の体系化を目指し、解析理論の整備と、特性劣化要因の探求を行った。

 研究の対象となるシステムは、第二高調波閉じ込めの有無と、基本波の供給法によって分類されるが、このうち、従来の理論に特に問題があるのは、基本波のみを閉じ込めた空洞共振器に、外部からレーザ光を導入するシステム(図1)である。

 従来の解析法では、共振器中の基本波と第二高調波との非線形結合を、低次の摂動展開によって採り入れていた。その結論は、基本波についてはショット雑音限界の33%まで、また、第二高調波については89%までのスクイージングが可能というものである。このうち、第二高調波の最大スクイージング量は、共振器場の強度が極めて大きい場合を想定して予見されている。ところが、この手法は、光強度が大きくなり非線形相互作用が顕著になる動作領域には適用不可能である。すなわち、この推論には仮定に矛盾がある。

図1:外部共振器・基本波閉じ込め型第二高調波発生システム

 筆者は、結晶内での光の発展を考慮した新しい解析法を提案し、これに基づいてスクイージング量の計算を行った。具体的には、共振器内における基本波振幅の変化が記述できるように場の変数を拡張し、これに基づいて共振器内の場の発展を計算する。得られた一周回前後の共振器場の関係が撞着しない解を導くのである。

 解析の結果、摂動展開による方法とは異なる、以下のような結論が導かれた:第二高調波出力の最大スクイージング量は基本波入力ミラーの透過率によって規定され、透過率が0に近付くほど100%に近付く。従来の摂動展開で得られていた結果は、本解析の低次近似に他ならない。図2(a)は、第二高調波出力のスクイージング特性を、共振器内基本波の振幅に比例するパラメータについて示したものである(図中実線)。ただし、入力ミラーの透過率を0.5%としている。図中には、摂動展開による結果を点線で示しているが、基本波の振幅が小さい領域以外では極めて大きな差が生じていることが分かる。

図2:外部共振器・基本波閉じ込め型第二高調波発生システムのスクイージング特性(直流付近の雑音密度)。(a):第二高調波T=0.5%,(b):基本波出力T=50%。ショット雑音レベルを0dBとした。

 一方、基本波出力の最大スクイージング量は、入力ミラーが全透過の場合、即ち、進行波型デバイスとして動作した時に得られ、基本波強度が増大するにつれ100%に近付く。この領域は、ミラーにおける共振器損失が極めて大きく、摂動展開そのものが不可能な領域でもある。得られた結果を図2(b)に示す。ただし、入力ミラーの透過率を50%としている。第二高調波出力の場合と同様、極めて大きい差が生じている。

 以上の結果より、低次の摂動展開による方法は、共振器損失が大きいシステムに関して、正しい予見を与えないことが明らかになった。このようなシステムでは、本論文で提案する解析法が不可欠である。

 今まで得られた結果は、第二高調波発生と、その逆過程である縮退パラメトリック増幅のみを考慮した結果である。しかし、発生した第二高調波は、基本波モードのみならず、その他の共振器モード(これを側波モードと呼ぶことにする)とも結合している。共振器の自由スペクトル間隔程度の周波数差では、結晶の屈折率変化は小さい。このため、位相整合条件(光子の運動量保存条件)を満足しているシステムでは、側波モードのパラメトリック増幅に対する位相整合条件もほぼ満足されている。もし、側波モードの損失をパラメトリック利得が上回れば、これらのモードが発振し、スクイージングは消滅する。

図3:入射基本波、直交偏波モードの偏波方向の関係

 ここで注意すべき点は、基本波モードと側波モードも非線形結合して、両者の周波数を足し合わせた周波数成分とエネルギーの授受を行う(和周波発生)点である。この結合は側波モードの損失となる。即ち、側波モードは非線形結合を介して、増幅と損失を同時に受けることになる。側波モードがパラメトリック発振を生じるためには、パラメトリック利得が、和周波発生による損失をも上回らなければならない。

 他方、結晶の位相整合のうち、二種の異なる基本波偏波状態を用いて実現されるType-IIでは、入射基本波と同じ周波数で偏波の異なるモード(図3の「直交偏波モード」)も非線形結合する。しかも、この偏波モードは基本波とは原理的に独立であるから、和周波発生は生じない。このため、パラメトリック発振の可能性が大きくなる。

 摂動展開による方法、自己無撞着条件を用いる方法の両者による解析の結果、位相整合の取り方によって、発振の可能性が著しく異なることが、いずれの方法でも予見された。即ち、基本波に単一の偏波のみを要求するType-I位相整合では、和周波発生による損失がパラメトリック利得を常に上回るため、側波モードの発振は起こりにくい。ところが、Type-II位相整合を用いた場合には、直交偏波モードのパラメトリック発振が避けられない。換言すれば、パラメトリック発振は、Type-II位相整合を用いたシステムのスクイージング量を、特徴的に規定する。

 同様の議論を、基本波・第二高調波の両者を閉じ込めるシステムについても展開し、数値シミュレーションによる確認を行った。

 このシステムでは、ある有限のパワーで最大のスクイージング(理想的には100%)を得られることが知られているが、これは振幅が自励振動する状態への移行点で生じるものである。一方、側波モードのパラメトリック発振は、これまで共振器損失とパラメトリック利得のみによって議論されており、その結論は自励振動現象は達成しにくいというものであった。即ち、基本波モードと側波モードの共振器損失が同一、かつ位相整合条件が満足されている場合には、パラメトリック発振の閾値が自励振動の開始点よりも下回るとされていた。

 ところが、位相整合条件が満足されている場合には、基本波モードと側波モードの和周波も共振することになり、これらのモード間のエネルギー授受が無視できなくなる。そこで本論文では、従来の解析では無視されていた和周波発生を考慮したモデルを提案し、解析を試みた。その結果、側波モードの発振閾値は和周波モードの損失分だけ上方に修正されることが分かった。しかも、高調波モードと和周波モードの共振器損失が同一の場合には、自励振動の開始点と一致することが示された。

 以上の結果より、和周波発生が、側波モードのパラメトリック発振閾値に大きな影響を与えることが明らかになった。スクイージングの限界を与えることになる、この発振現象を正しく評価するためには、和周波発生への配慮が不可欠である。本解析の結果、側波モードの発振抑圧に要求される条件は、従来の予測に比べ緩和されることが明らかになった。

 表1に、現在までに得られている共振器内第二高調波発生システムの最大スクイージング量、および、パラメトリック同時発振の可能性をまとめる。これらの結果より、共振器を用いた第二高調波発生システムが、振幅のスクイージングに極めて有望であることが、あらためて確認された。特に、基本波閉じ込め型システムのスクイージング特性に、本質的な限界が存在しないとする結論は、安定性に問題のある二重閉じ込め型以外に、高スクイージング量を実現するシステムの選択肢を与えるものである。今後のより一層の実験的な展開が期待できる。

表1:第二高調波発生システムの最大スクイージング量と不安定性†は本論文で新たに明らかにされた項目。×:発振せず、○:発振のおそれあり、△発振(定常分岐)のおそれあり
審査要旨

 本論文は「共振器内第二高調波発生システムの量子雑音特性に関する研究」と題し、光共振器を用いた第二高調波発生システムの量子雑音特性、特にショット雑音限界を下回る特性(スクイージング)に関する知見の体系化を目的として、解析理論の整備と特性劣化要因の探求を行っている。

 誘電体にコヒーレント光を照射したとき、入射光の2倍の周波数を持つ光が発生する現象を光第二高調波発生という。誘電体の微小な光非線形性を有効に利用するため光共振器を用いて強度を高めたシステムは、光波長変換システムの中でも最も歴史の長いものの一つであり、既に広く実用化されている。最近では、このようなシステムからの出力光の量子雑音特性が注目されており、スクイズド光と呼ばれるショット雑音限界を超える光の発生が、実験的にも確認されている。しかし、その詳細な特性については、現在なお十分な解明がなされていない。本論文では光共振器を用いた第二高調波発生システムの量子雑音特性を解析する新しい手法を提案し、これを用いて本システムにおけるスクイージングによる量子雑音限界を解明した。

 本論文は、6章からなる。

 第1章は"序論"であり、本研究の背景を概説し、位置づけを行っている。

 第2章は"第二高調波発生と光の量子雑音"と題し、第二高調波発生システムを第二高調波閉じ込めの有無と基本波の供給法によって分類し、本研究の対象を明確にしている。

 第3章は"二光子損失モデルによる基本波閉じ込め型システムの解析"と題し、従来の解析法とその結果をまとめるとともに問題点を指摘している。従来の理論に特に問題があるのは、基本波のみを閉じ込める空洞共振器に外部からレーザ光を導入するシステムの解析である。本章では、これを詳細に検討することにより、その問題点を明らかにしている。

 この解析法では、共振器中の基本波と第二高調波との非線形結合を低次の摂動展開によって採り入れており、その結論は基本波についてはショット雑音限界の33%まで、また第二高調波については89%までのスクイージングが可能というものである。このうち第二高調波の最大スクイージング量は、共振器場の強度が極めて大きい場合に予見されている。ところがこの解析手法は、光強度が大きくなり非線形相互作用が顕著になる動作領域には適用不可能であるため、この推論の仮定には矛盾がある。

 第4章は"非線形光学結晶内の発展と基本波閉じ込め型システムの解析"と題し、結晶内での光の発展を考慮した新しい解析法を提案し、これに基づいてスクイージング量の計算を行っている。具体的には、空間的変化が記述できるように拡張された場の変数を用いて共振器内の場の発展を計算し、得られた一周回前後の共振器場の関係が矛盾しない解を導いている。解析の結果、従来の結果とは異なる以下のような結論が導かれた。第二高調波出力の最大スクイージング量は基本波入力ミラーの透過率によって規定され、透過率が0に近付くほど100%に近付く。一方基本波出力の最大スクイージング量は、入力ミラーが全透過の場合、即ち進行波型デバイスとして動作した時に得られ、基本波強度が増大するにつれ100%に近付く。以上の結果より、低次の摂動展開による方法は共振器損失が大きいシステムに関して、正しい結果を与えないことが明らかになった。

 第4章では第2に、発生した第二高調波と空の共振器モードとのパラメトリック相互作用による不安定化を検討している。基本波に単一の偏波のみを要求するType-I位相整合では、和周波発生による損失がパラメトリック利得を常に上回るため、側波モードの発振は生じにくい。ところがType-II位相整合を用いた場合には、直交偏波モードのパラメトリック発振が避けられない。すなわち、パラメトリック発振は、Type-II位相整合を用いたシステムに特徴的に発生することが明らかになった。

 第4章では第3に、レーザ内部で高調波を発生するシステムを解析している。このシステムは50%までのスクイージングが可能であるが、この値はシステムのパラメータによらず、励起率が極めて大きい時には必ず達成されると予測されていた。ところが空間発展を考慮した解析の結果、達成可能なスクイージング量はシステムによって異なることを見いだし、その原因がシステムの飽和現象と密接に関連していることを明らかにした。

 第5章は"パラメトリック同時発振による二重閉じ込め型システムのスクイージング特性劣化"と題し、基本波・第二高調波の両者を閉じ込めるシステムのスクイージング特性と、側波モードのパラメトリック発振との関係を解析している。このシステムでは、ある有限のパワーで最大のスクイージング(理想的には100%)が得られることが知られているが、これは振幅が自励振動する状態への移行点で生じるものである。一方側波モードのパラメトリック発振は、これまで共振器損失とパラメトリック利得のみによって議論されており、その結論は自励振動が発生する以前に発振が開始してしまうというものであった。これに対し本論文では、基本波モードと側波モードの和周波の共振を考慮した、より厳密なモデルを提案した。その解析の結果、側波モードのパラメトリック発振閾値は自励振動への移行点に近付くことが分かった。すなわち、従来懸念されていたよりも良好なスクイージング特性が得られることが明らかになった。

 第6章は"結言"であり、論文のまとめと将来展望について述べている。

 以上のように本論文は、共振器を用いた第二高調波発生システムの新しい解析手法を提案し、基本波閉じ込め型システムが優れた安定性およびスクイージング特性を持つことを理論的に示したもので、電子工学への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1877