学位論文要旨



No 112264
著者(漢字) 川口,浩
著者(英字)
著者(カナ) カワグチ,ヒロシ
標題(和) プロスタグランジンを介するエストロゲン欠乏性骨粗鬆症のメカニズム
標題(洋) Mechanism of Estrogen-Deficient Osteoporosis through Prostaglandin Production in Bone
報告番号 112264
報告番号 甲12264
学位授与日 1996.11.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1130号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨 【緒言】

 骨は、常に骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収によって再構成を繰り返している組織であり、骨量はこの2つの異なる細胞系列間の機能的平衡状態により維持されている。そこには複雑な調節機構が存在しているが、プロスタグランジン(PG)はこの調節機構における重要な調節因子として古くから注目されてきた。PGは骨、特に骨芽細胞で合成される強力な骨吸収促進因子として知られており、閉経後骨粗鬆症に代表されるエストロゲン欠乏による骨粗鬆症への関与も指摘されている。卵巣摘出(OVX)動物由来の培養頭蓋骨からのPG産生は対照動物に比べて亢進していること、このPG産生はエストロゲン存在下に培養することによって抑制されること、またin vivoでOVX動物の骨量減少がPGの合成阻害剤である非ステロイド系消炎鎮痛剤の投与によって抑制されることなどが報告されており、さらに近年、OVXマウスの骨髄液が偽手術(sham)マウスの骨髄液に比べて骨器官培養系で有意に骨吸収促進作用を示し、その作用はPG産生を介することが指摘されている(J Bone Miner Res 10:1365-1373,1995)。

 PGの合成は、従来から知られている酵素であるprostaglandin G/H synthase-1(PGHS-1、別名cyclooxygenase-1;COX-1)およびphospholipase A2(PLA2)によって調節されていると考えられていたが、我々はこの2つの酵素よりむしろ、近年新たに発見されたprostaglandin G/H synthase-2(PGHS-2;COX-2)が骨における主たるPG合成調節酵素であることを骨芽細胞様細胞培養系および骨器官培養系を用いて報告した(J Biol Chem268:25643,Endocrinology135:1157)。

 本研究では、このPGを介するエストロゲン欠乏性骨粗鬆症のメカニズムを解明することを目的として、OVXおよびエストロゲン補充マウスの骨での上記の酵素の発現に基づくPG合成の調節機構を検討するとともにそれを誘導する骨髄液中の因子の特定を試みた。

【方法】

 8週齢CD-1マウスにOVXまたはsham手術を行い、OVXマウスの半数に17-estradiolのslow-releasing pellet(10g/3週)を、残りのOVXマウスおよびshamマウスには、placebo pelletを背部皮下に移植し、それぞれOVX+E,OVX,SHAMの3群とした。3週後に屠殺し、1)体重、子宮重量を測定すると共に近位脛骨骨密度(DEXA,DCS-600R)を測定した。これらのマウスより脛骨および大腿骨を摘出し、2)これらの骨を骨組織と骨髄組織に分けて、それぞれよりmRNA(in vivo mRNA)を抽出した。また骨髄細胞数を測定すると共に骨髄細胞の組成を特殊染色によって検討した。3)骨髄をBGJb mediumでflush outしてその上清(骨髄液)を各群毎に集めた。7日齢CD-1マウス頭蓋骨を、同mediumで希釈した上記骨髄液存在下で4時間培養した後、培養骨よりmRNA(in vitro mRNA)を抽出した。これらin vivo,in vitro mRNAより、PGHS-2,PGHS-1,cytosolicPLA2(cPLA2)および各種サイトカインのmRNAレベルをNorthern blottingで測定した。Northern blottingで定量不可能であった微量のRNAレベルの測定は、目的とするcDNAとprimerを共有する合成competitorを用いたcompetitive reverse transcriptase(RT)-PCR(Endoc Res20:219)を用いた。この方法のポジティブコントロールとして、ショック誘因物質であるlipopolysaccharide(LPS)を注射して2時間経過した11週齢マウスの骨より抽出したmRNAを用いた。骨髄液中および新生児マウス頭蓋骨培養medium中のPGE2またはサイトカインレベルはそれぞれRIAまたはELISAにて測定した。

【結果および考察】

 SHAM,OVX,OVX+Eマウスの3群間で体重の有意差は見られなかった。しかしながらOVXマウスにおいて、子宮重量が約80%、骨密度が約20%、それぞれSHAMおよびOVX+Eマウスより減少していた(すべてP<0.01)。OVX+Eマウスの子宮重量および骨密度はSHAMマウスと同程度であった。以上より、本実験においてOVXによるエストロゲン欠乏およびslow releasing pellet移植によるエストロゲン補充の効果が確認されたと同時に、マウスにおいてエストロゲン欠乏による骨量減少が3週間で起こることが示された。3群間で骨髄細胞の数に有意差は見られなかったが、細胞の組成に差が見られた。OVXマウスでは、他の2群に比べて顆粒球の割合が減少している反面、リンパ球の割合が有意に増加していた。単球/マクロファージ細胞系細胞の割合については3群間で有意差は認められなかった。

 骨髄液中のPGE2濃度は全群で0.1nM以下であったが、新生児頭蓋骨培養medium中のPGE2濃度は2-20nMであったため、PGは骨髄細胞ではなく主として骨細胞で産生されると推測された。そこで、in vivoにおいて骨細胞のPG合成がエストロゲン欠乏で調節されているのかを調べるために、骨髄を除いた脛骨骨組織におけるPGHS-1および-2のin vivo mRNAレベルをcompetitive RT-PCRを用いて定量した。その結果、OVXマウスではPGHS-2 mRNAがSHAMマウスの約2倍に増加していた。PGHS-1mRNAレベルには群間の差は見られなった。ポジティブコントロールであるLPS注射マウスの脛骨骨組織では、PGHS-2mRNAレベルが対照マウスの約16倍,PGHS-1mRNAレベルが約2倍に促進されていた。以上より、エストロゲン欠乏によって骨細胞においてPGHS-2の誘導を介してPG合成が亢進することが示唆された。

 このメカニズムを更に詳細に検討するために、in vitroの新生児マウス頭蓋骨培養モデルを用いた。SHAM,OVX,OVX+Eマウスからの骨髄液はどれも培養頭蓋骨のPGHS-2,PGHS-1,cPLA2のin vitro mRNAレベルおよびmedium中のPGE2濃度を上昇させた。しかしながら、PGHS-2mRNAおよびmedium中のPGE2レベルに対する促進効果には3群の骨髄液間で差があり、OVXマウスの骨髄液(20-60%)はどの濃度でも、これらのレベルを他の2群の骨髄液の2-3倍に促進した(図1)。OVX+EとSHAMの骨髄液によるこれらの誘導は同程度であった。PGHS-1およびcPLA2 mRNA誘導能は3群の骨髄液間で差はなかった。したがってin vitroの系でも、骨髄液中には骨細胞に作用してPGHS-2誘導を介してPG合成を促進する因子が存在しており、その合成または作用はエストロゲン欠乏で増強しエストロゲン補充によって減弱することが示された。

 そこで、この骨髄中の因子を特定するために、頭蓋骨培養系において、PG合成阻害剤であるindomethacin、および骨粗鬆症の病因への関与の可能性が報告されているサイトカイン;interleukin(IL)-1,IL-1,tumor necrosis factor(TNF)-,IL-6,IL-11、に対する抗体を用いた中和実験を行った。Indomethacin(1M)をこの培養系に加えたところ、PGE2産生は完全に抑制され、各骨髄液による各酵素mRNAの誘導を部分的に抑制したが、OVXマウスと他の2群の骨髄液によるPGHS-2mRNA誘導能の差は保たれたままであった。我々は、この頭蓋骨培養系において、PG自身がこれらの酵素の誘導を促進することを過去に報告してきた(J Bone Miner Res 10:406)。本検討で見られた各骨髄液によるmRNAレベルの促進作用は、少なくともその一部は培養中に産生された内因性のPGによる自己誘導作用によるものと推測された。

 IL-1receptor antagonist(1g/ml)および抗IL-1抗体(10g/ml)は、全群の骨髄液による各mRNAおよびPGE2の誘導を対照培養のレベルまで抑制し、PGHS-2 mRNAレベルとPGE2濃度に見られた群間の差を打ち消した(図2)。一方、抗IL-1抗体、抗TNF-抗体、抗IL-6抗体、および抗IL-11抗体(すべて10g/ml)はどれもほとんど抑制効果を示さなかった。以上より、OVXによって骨細胞でPG合成を誘導する骨髄中の因子はIL-1と深く関与していることが明らかとなった。そこで、この因子がIL-1そのものである、この因子が骨細胞に作用してIL-1の合成を促進する、この因子はIL-1の合成ではなくIL-1の作用を増強する、の3つの可能性について検討した。

 骨髄液中および新生児頭蓋骨培養medium中のIL-1濃度をELISAで測定したが、3群間に差は見られなかった。さらに骨髄細胞および培養頭蓋骨のIL-1mRNAレベルも、3群間で差がなかった。したがってこの骨髄因子は、IL-1そのものでも、骨細胞に作用してIL-1産生を誘導する因子でもなく、IL-1の作用を増強する因子であると推測された。

【結論】

 マウスを用いたin vivoおよびin vitroの検討により、閉経後骨粗鬆症などのエストロゲン欠乏性骨粗鬆症の病因のひとつとして、エストロゲン欠乏により亢進した骨髄細胞由来の因子がIL-1の作用を増強させ、骨細胞に作用してPGHS-2の発現を誘導しPG合成を高め、骨吸収を促進するというメカニズムが示された(図3)。

図1.新生児マウス頭蓋骨培養系におけるSHAM,OVX,OVX+Eマウス由来の骨髄液(40%および60%に希釈)によるPGHS-2,PGHS-1,cPLA2のin vitro mRNAレベルおよびmedium中のPGE2濃度に対する効果Significant difference from control;aP<0.05,bP<0.01.Significant difference from SHAM in each concentration;cP<0.01.図2.新生児マウス頭蓋骨培養系における各群骨髄液(20%に希釈)による各in vitro mRNAレベルおよびmedium中のPGE2誘導能に対する抗IL-1抗体の抑制効果Significant difference from control;aP<0.01.Significant effect of anti-IL-1 antibody;bP<0.05,cP<0.01.図3.本研究より示唆されたプロスタグランジンを介するエストロゲン欠乏性骨粗鬆症のメカニズム
審査要旨

 本研究は、閉経後骨粗鬆症に代表されるエストロゲン欠乏性骨粗鬆症発症におけるプロスタグランジン(PG)の関与とそのメカニズムを明らかにすることを目的として、卵巣摘出およびエストロゲン補充マウスの骨でのPG合成酵素(PGHS-1,PGHS-2,およびcPLA2)の発現に基づくPG産生の調節機構をin vivoおよびin vitroの系を用いて検討するとともにそれを誘導する骨髄液中の因子の特定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.In vivoにおいて骨の細胞のPG合成がエストロゲン欠乏で調節されているのかを調べるために脛骨骨組織におけるPGHS-1および-2のin vivo mRNAレベルをcompetitive RT-PCRを用いて測定したところ、卵巣摘出マウスではPGHS-2mRNAが偽手術マウスの約2倍に増加していた。PGHS-1mRNAレベルには群間の差は見られなった。以上より、エストロゲン欠乏によって骨の細胞においてPGHS-2の誘導を介してPG合成が亢進することが示された。

 2.In vitroの新生児マウス頭蓋骨培養系において、卵巣摘出マウスの骨髄液は、PGHS-2mRNAレベルおよびPGE2産生を他の2群(偽手術マウスおよびエストロゲン補充マウス)の骨髄液の2-3倍に促進した。PGHS-1およびcPLA2mRNA誘導能は3群の骨髄液間で差はなかった。以上より、骨髄液中には骨細胞に作用してPGHS-2誘導を介してPG合成を促進する因子が存在しており、その合成または作用はエストロゲン欠乏で増強しエストロゲン補充によって減弱することが示された。

 3.この骨髄中の因子を特定するために、骨粗鬆症の病因への関与の可能性が報告されているサイトカインに対する抗体を用いた中和実験を行った。IL-1receptor antagonistおよび抗IL-1抗体は、全群の骨髄液による各mRNAおよびPGE2の誘導を対照培養のレベルまで抑制し、PGHS-2mRNAレベルとPGE2濃度に見られた群間の差を打ち消した。一方、抗IL-1抗体、抗TNF-抗体、抗IL-6抗体、および抗IL-11抗体はどれもほとんど抑制効果を示さなかった。以上より、卵巣摘出によって骨細胞でPG合成を誘導する骨髄中の因子はIL-1と深く関与していることが明らかとなった。

 4.骨髄液中および新生児頭蓋骨培養上清中のIL-1濃度をELISAで測定したが3群間に差は見られなかった。さらに骨髄細胞および培養頭蓋骨のIL-1mRNAレベルも3群間で差がなかった。したがってこの骨髄因子は、IL-1そのものでも、骨細胞に作用してIL-1産生を誘導する因子でもなく、IL-1の作用を増強する因子であると推測された。

 以上、本論文におけるマウスを用いたin vivoおよびin vitroの検討により、閉経後骨粗鬆症などのエストロゲン欠乏性骨粗鬆症の病因のひとつとして、エストロゲン欠乏により亢進した骨髄細胞由来の因子がIL-1の作用を増強させ、骨細胞に作用してPGHS-2の発現を誘導しPG合成を高め、骨吸収を促進するというメカニズムが示された。本研究は近年骨代謝研究の中でも最大関心事の一つであるエストロゲン欠乏性骨粗鬆症発症におけるサイトカインネットワークの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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