分子生物学の発展により生物のゲノムには多数のDNA反復配列が存在していることがあきらかにされた。この数年間の多くの研究により、反復配列の一種であるSTRs(Short Tandem Repeats)の異常増幅により遺伝性疾患が多数発病することが確認されている。ヒトの全ゲノムの3分の2を占めていながらもタンパクをコードすることには直接関係してないと思われている反復配列の持つ役割と生物学的意味は現時点では明らかにされてない。反復配列の異常増幅による発病と増幅の傾向との関係に関する研究、そして患者ではない一般集団での増幅の程度を調べることは、集団遺伝学的側面ならびに医学の基礎データとしての面から重要な意義がある。本研究では遺伝性神経関連疾患の座位4ヶ所(HD,MJD,SCA1,SBMA)に存在している3塩基反復配列の一般集団での多型を調べた。材料としては110人の中国の漢族、168人のモンゴル人(Khalkha族)、114人のエベンキ族(ハイラル市在住)、82人のオロチョン族(ヘイホー在住)、37人のフィリピン・ネグリト(Aeta)、120人の日本人、138人の韓国人、そして多数の地域から収集した85人のコーカソイド(コントロールとして)のDNAを用いた。方法は蛍光色素を一方のプライマーの5’側につけてからPCRを行い、373DNA Sequencerを使用、電気泳動像を373DNA Sequencer中に設置されてある672GENESCAN software programにより発光しているPCR産物の長さを測った後Genotypersoftware programに結果のファイルを入れてAlleleを決めた。この方法にはゲルの後処理がなくてもデータを半永久的保存できる点、多数のサンプルを少ない量で機械の一律的な測定ができる点などの利点があり、データの信頼性が高くなる。 Huntington’s Diseaseの発病と関連あるHuntingtingeneのTriplet反復配列については、CAG Repeatと近傍に位置しているCCG Repeat両方を調べ、それらのハプロタイプを決めた。得られたデータは各locus別にalleleの分布の集団間の差をみるためKruskal-Wallis,ANOVAにより分析したところ、中国の漢族、モンゴル人(Khalkha族)、エベンキ族、オロチョン族(ヘイホー在住)、日本人、韓国人を含めたモンゴロイドと、対照群として用いたコーカソイドの間には4loci共に明らかな集団差があった。多数の研究により従来南方系モンゴロイドとして考えられているネグリト(Aeta)は、Huntington’s Diseaseの関連locusでのデータによるとCAG,CCG Repeat共に他のどの集団と逆の分布を示した。さらに他の3lociでもネグリト特有の分布を呈し、本研究で使われた他の東北アジア集団とは違った系統であることを示唆する結果を得た。しかしネグリトは全体的にモンゴロイドに含まれることを示唆する分布をみせた。東北アジア集団の中ではエベンキ族、オロチョン族が互いに近い分布をみせた。モンゴル人はlocusによってはエベンキ族、オロチョン族に近い分布を示したが、Alleleの分布はどの集団より広い傾向があった。そして各alleleの頻度をもとにDsw、、DA、Dstd、Dmin、の5種類の遺伝距離を算出し、Neighbor-joining法で系統図を作成した結果、エベンキ族とオロチョン族が一個のクラスター、中国の漢族と日本人、韓国人が一個のクラスターを形成し、モンゴル人はこの2タイプのいずれかに遺伝的に近い関係にあることを示した。DA、Dstdの遺伝距離を用いた系統図ではモンゴルが、Dsw、、Dminによる系統図ではエベンキ族が、コーカソイドに近いことを示した。興味あることに、ネグリトは他のどの集団からも離れているが、コーカソイドよりはモンゴロイドに遺伝的距離に近いことがわかった。しかし、アジア集団のなかでは、本研究で用いた東北アジア集団とはかなりことなる特異的な位置にあった。 全体的に集団間の差はかなりあることが確認され、疾患関連3塩基反復配列は集団遺伝学研究に有効だと判断できた。そして、本研究のように多数の一般諸集団につきその正常値範囲幅を明確にしたことは、医学の基礎データとしての価値があると考えられる。また、locusによっては今回のデータが初めて一般集団で調べられたという点でも本研究の意義があると考える。 Huntington’s Disease(HD)の関連座位のCAG RepeatのAllele分布は、ネグリトは18回反復したAlleleがピークをみせたが他の集団は全部17でピークを示して、CCG RepeatのAllele分布はネグリト人は10回反復したAlleleがピークをみせたが他の集団は全部7でピークを示した。CAG RepeatのAllele分布では中国の漢族、日本人、韓国人の分布がピーク17を中心にし17以下に急傾斜の分布をみせる反面、コーカソイド集団は17以上で多く散在している分布をみせている。エベンキ族、オロチョン族は26回反復したAlleleで小さいピークを示した。モンゴル人も低いが24回反復したAlleleで小さいピークを示した。CCG RepeatのAlleleの数はCAG Repeatでの数より少なく全部の集団が7回、10回反復したAlleleでピークをみせるが、コーカソイド集団は7回、10回でのピーク差が大きい反面、モンゴロイドでは、日本人集団の7と10の差がある以外は7回、10回でのピーク差が少なかった。ハプロタイプデータによると、CCG 7回反復のAlleleが多く反復したCAG Alleleを持つ傾向があり、この結果は従来の報告と一致していて、この現象はネグリトでも同一であった。但しこのような結果はモンゴロイドよりコーカソイドで一層著しかった。 Machado-JosephDisease(MJD)のAlleleの分布は集団によって3〜5個のピークを持つ独特な分布をしている。ネグリトを含めてモンゴロイドは14回CAG反復したAlleleが著しく高いピークをみせて、ピークの数としては中国の漢族、日本人、韓国人、ネグリトが比較的少ない3個、エベンキ族、オロチョン族は5個、モンゴル人は4個と低い5番目のピークをみせた。エベンキ族、オロチョン族は14回CAG反復したAlleleが他のモンゴローイドに比べ高くなかった。コーカソイド集団は3(4)個のピークをみせ(但し、ピークをみせたAlleleは14回CAG反復したAlleleはモンゴロイドとコーカソイドで異なる傾向がある)。そしてモンゴロイドでよくみられる19回CAG反復Alleleがコーカソイドでは一個の染色体にも検出されなかった点から、ある集団がモンゴロイドとコーカソイドのどちらに近いかを確かめるのに有効な標識となると思われる。 Spinocerebellarataxia type1(SCA1)のAlleleの分布はモンゴロイドとコーカソイド共に一個のピークをみせるsingle-modal型の分布をしているが、ネグリトを含めたモンゴロイド全部の集団が28回CAG反復したAlleleでピークをみせてる。その反面、コーカソイドは全集団が29回CAG反復したAlleleでのピークを持つ。ネグリトは28回ピーク以外に33回CAG反復されたAlleleで少々高いピークをもっていて、他のモンゴロイド集団では27回のピークがかなり低い反面、ネグリトでは比較的高い27回のAlleleピークをみせている。 Spinal and bulbar muscular atrophy(SBMA)は正規分布に近いsingle-modal型の分布をして、集団ごとに大きな差はない。しかし、CAG反復の平均長さはSCA1での結果と逆に、モンゴロイドの方がコーカソイドより若干長かった。そしてSBMA Locusでは他のlocusとは違って少々高いHeterozygosityを表わしている。 Dsw、、DA、Dstd、Dmin、の5種類の遺伝距離を算出Neighbor-joining法で系統図を作成した結果、エベンキ族、オロチョン族はクラスターを形成していてモンゴル人はこのクラスターから一番近かった。Dstdでは中国の漢族、日本人、韓国人からなるもう一個のクラスターに近かった。中国の漢族、日本人、韓国人もクラスターを形成している。DA、Dstdの遺伝距離を用いた系統図ではモンゴル人が、Dsw、、Dminによった系統図ではエベンキ族がコーカソイドに近いことを示している。ネグリトはモンゴロイドとコーカソイドのどちらからも遺伝的に遠かった。全体的に他の方法によった結果よりDsw、を使用した系統図が各locus、集団別に調べたデータからの結果と一致する傾向をみせた。このような結果は、Alleleの数が多い場合にその対立遺伝子間のリピートの数を考慮して作ったDsw、の式の影響が反映されたことと判断される。 これらの反復配列を指標とした結果は、現在まで報告された他のDNA座位、血清蛋白、HLAなどの多型の研究と比較して矛盾することはなかった。 |