学位論文要旨



No 112268
著者(漢字) ダバイアン セイエド ハディ
著者(英字) Tabaian Seyed Hadi
著者(カナ) ダバイアン セイエド ハディ
標題(和) 鋼の相変態に影響をおよぼす酸化物の熱力学
標題(洋) Thermodynamic Properties of Oxides which Influence Iron Phase Transformations
報告番号 112268
報告番号 甲12268
学位授与日 1996.12.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3785号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 小川,修
 東京大学 助教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 光田,好孝
内容要旨

 本論文は5章からなり、鉄の組織制御に重要な役割を果たす鉄中の介在物の熱力学的性質を明らかにするために行われた研究についてまとめている。

 第1章では、本論文の研究背景として介在物を利用した鉄の組織制御方法の原理を説明し、関連研究をまとめている。鉄中の介在物を利用して組織制御(結晶粒の微細化等)を行う方法としてオキサイドメタラジーが広く知られている。これは、鋼の脱酸生成物または鉄の凝固冷却中に析出した酸化物上に硫化物(主にMnS)を析出させ、介在物周辺のマンガン欠乏相を形成させることにより-変態を促進させるものである。従って、MnSを効率よく析出させるための条件を見出すためには、MnO-SiO2系を主体とした酸化物の熱力学的性質を知る必要がある。中でも、相平衡や融体中の硫黄の熱力学的性質を知ることは重要であり、これまでにもMnO-SiO2-MnS系の相平衡やMnO-SiO2系融体の硫黄の吸収能を測定した研究は酸化物上へのMnSの析出機構の解明に役立っている。

 一方、チタン酸化物もその析出を促進する成分の一つとして知られており、Mn-Ti-Siを用いた脱酸を行った場合MnO-SiO2-TiOx系酸化物の生成が予測されるが、現在一部の研究者で同系の相平衡の測定が進められているものの、系統的な熱力学的報告はない。また、鋼の脱酸工程のような強還元雰囲気下ではチタンの価数の変化が生成介在物の相平衡に及ぼす影響も大きいことが報告されており、酸素分圧によるチタンのレドックス平衡も合わせて調査する必要がある。本研究では、これらの知見を踏まえてMnO-SiO2-TiOx系酸化物の熱力学的性質を明らかにすることを目的とした。

 第2章では、MnO-SiO2-TiOx系酸化物と溶融Mn-Si-Ti合金を平衡させることにより、それぞれの元素の分配比から酸化物融体中の各種酸化物成分の活量を求めることを念頭に置いて、種々の組成で1400℃での各元素の分配平衡を求めている。石英るつぼを用いることによりSiO2飽和組成のスラグで実験を行っている。まず、SiO2飽和MnO-SiO2系スラグとMn-Si合金を平衡させ平衡合金組成を決定し、TiOxを徐々に添加して合金組成の変化を測定した。合金中チタン濃度とスラグ中チタン濃度との関係は図1に示すように合金中チタン濃度が約10mass%まではほぼ直線的に増加し、それ以上ではスラグ中チタン濃度は急激に増加した。

図1.Ti-Mn-Si合金中のチタン濃度とTiOx-MnO-SiO2(sat.)スラグ中のチタンと濃度との関係図.2.スラグ中の全Ti量に対するTi3+量及Ti4+

 スラグ中のチタンを3価と4価に分別定量した結果、図2に示すようにTiO2飽和組成を除いて3価と4価のチタンの割合はほぼ一定(Ti4+/Ti3+=1.25)であることがわかった。

 合金中の他の成分に関しては図3にまとめて示す。マンガン濃度は直線的に減少したのに対し、シリコン濃度は直線的に増加している。また、酸素濃度は合金中チタン濃度が9mass%までは200から500ppmへと緩やかに上昇し、それをこえると急激に上昇しチタン13mass%では酸素濃度は3000ppmに達することがわかった。マンガン濃度の減少の理由として、スラグ中チタン濃度の増加に伴うMnOの急激な減少、合金中チタンによるマンガンの活量係数の増加が考えられる。またシリコン濃度の上昇はチタンとシリコンの強い親和力による合金中シリコンの活量係数の減少によるものと考えられる。これらを定量的に説明するためにとXTiの関係を調べると図4に示すようになり、チタン濃度の増加に伴う合金および酸化物融体中の各成分の活量係数の変化として説明された。

図3.チタン含有量に対する合金中のシリコン、マンガン及び酸素の濃度図4.合金中のチタンのモル分率に対するの値

 また、チタン添加に伴うスラグ中の組成変化はスラグ中MnO濃度の変化の関数として(1)、(2)式のように表されることが示されている。

 

 MnO-SiO2-TiO2融体中のTiO2の活量を測定するために、一定のCO分圧下でTiCと平衡する同融体中のTiO2濃度を測定している。グラファイトるつぼ中1300〜1400℃でスラグを保持し、るつぼとスラグ界面にTiCが析出することをEPMAにより確認している。図5に示すようにTiO2濃度が60時間ではほぼ平衡に達していることが判明した。

 この結果から47.8mass%MnO-38.8mass%SiO2-12.4mass%TiO2融体中のTiO2の活量は1.4x10-3と得られ、活量係数は0.013と非常に小さいことが判明した。

 第3章では第2章で得た分配比から酸化物融体中の活量を求めるための基礎となるMn-Si-Ti合金の熱力学的性質の測定を行うことを目的とした。高真空中で電子ビームを熱源とし、試料の汚染がないように水冷の銅るつぼ内で低チタン濃度の同合金を溶解し質量減少速度を測定した。自由蒸発を仮定すれば、この質量減少量からKnudsen-Hertzの式を用いて蒸気圧を計算する事ができる。2元系のSi-Ti合金の既存の熱力学的性質からチタンの分圧は無視できるものとし、測定値をすべてシリコンの蒸発とし計算を行った。図6に示されるような結果が得られている。また一部3元系の測定も行った。

 本結果と、Gibbs-Duhemの関係式から、合金中の各成分の活量が計算される。併せて、蒸発実験中の雰囲気内の金属蒸気圧を直接確認する方法も用いて、自由蒸発を仮定して得られた蒸気圧が妥当なものであることを確認した。これらの結果と第2章で求めたスラグメタル分配比を分配比を用いて、酸化物中のMnO、TiOxの活量を推定した。

図5.実験時間の違いによる試料中のTiO2の平衡濃度図6.Ti-Si合金の温度の違いによるシリコンの蒸気圧

 第4章ではこれまでの結果を総括し、スラブ凝固中、熱間圧延、冷間圧延後の連続焼鈍等の温度履歴における各種非金属介在物の析出挙動について熱力学的に考察し、オキサイドメタラジーにおける介在物組成の最適化について議論した。またそれと平衡する鉄中の各成分濃度の見積もりを行い、最終鋼の成分について考察した。

 第5章では、本研究に関する全ての結果を提示し、さらに得られた結果に関する考察を行いオキサイドメタラジーの意義について結論を示した。

審査要旨

 本論文は、鉄鋼中に不可避的に存在する非金属介在物の析出過程を理論的に解析する際に必要な熱力学的知見を明らかにするものである。従来、非金属介在物は鉄鋼の重大な欠陥であり、できるだけ排除することが望ましいとされてきた。しかし、これが鉄鋼の熱処理中の相変態核になることを利用して、鉄鋼の材質制御に利用できる可能性がある。本論文では、この介在物の析出過程の解析に必要な、チタン、シリコン及びマンガンの酸化物と固体鉄中の各元素との平衡を測定し、熱力学的な考察を行った成果を英文でまとめたものであり、全5章からなる。

 第1章は序論である。非金属介在物の生成温度によりその種類が3種類に分類されることを説明した。次に、オーステナイト・フェライト変態は、結晶粒界がその発生起因になるが、鉄鋼マトリックス中に存在する2次あるいは3次非金属介在物と鉄鋼との界面からも発生することを説明し、微細なフェライト粒を鉄鋼中に形成するには非金属介在物を微細分散すれば可能であることを示した。さらに、過去に行われた非常に少ない類似研究についての文献調査も行い、本研究の工学上の必要性を説明している。

 第2章は、チタン、シリコン、マンガンの酸化物からなる3元系融体について2つの方法を使い構成酸化物の熱力学について調査した。すなわち、まず3元系スラグを黒鉛るつぼ内で、一定のCO分圧下で平衡し、チタン炭化物とチタン酸化物の平衡から、チタン酸化物の活量を求めた。次に、シリコン酸化物飽和の条件で、石英るつぼ内で上記酸化物融体と溶融3元系金属を接触反応させ、元素の平衡分配比を組成の関数として求めた。チタン酸化物濃度10mass%まで変化し、スラグ中チタン濃度の上昇とともに溶融金属中のシリコンと酸素濃度は上昇し、マンガン濃度は減少することを明らかにした。また、スラグ中のチタンは3価と4価が存在し、分別分析を行った結果、石英飽和条件下ではこの比は、スラグ組成に大きく依存しないことを明らかにした。

 第3章では、蒸気圧測定法によりチタン・シリコン2元系溶融金属の熱力学的性質について調査した。まず、電子ビームを熱源とする真空溶解装置内で金属を溶融する際の温度測定について検討した。二色光高温計を用いることにより、温度分布を測定することが可能であることを示した。溶融物内の温度分布はある範囲で十分小さく、蒸発に寄与している面積はその部分であると評価することにより、純物質の融点とその蒸気圧を基準に合理的な系の温度を決定できることを示した。次にこの手法を用いて蒸発による重量損失と、質量分析計による直接測定から、シリコンの活量を計算で求めた。さらに、ギッブス・デューヘムの積分を実行してチタンの活量を求めた。なお、3元系融体についてリチャードソンのモデルにより推定した。

 第4章では、第3章までで得られた熱力学的な知見を元に固体鉄鋼中でのチタン・シリコン・マンガン系非金属介在物の析出挙動について調査、解析している。すなわち、(1)第3章で得られた金属の活量と第2章で得られた分配比を用いて酸化物の活量を推定する、(2)次に固体鉄中の各元素の活量を熱力学モデルを用いて融体データから変換し求める。これらの結果から、平衡状態における各元素の非金属介在物と鉄鋼中の平衡分配比を推定することができる。非金属介在物中の酸化物の活量はきわめて小さく、現実の鉄鋼中の分配比と比較すると、平衡状態では桁違いに酸化物生成側に偏る、すなわち介在物が析出する、はずであることを示した。

 以上を要するに、チタン・シリコン・マンガン3元系酸化物と溶融3元系金属についてスラグメタル平衡法を用いて、各元素の平衡分配比をもとめた。次に金属中のシリコンの活量を自由蒸発法を用いて測定し活量を推定した。熱力学的操作により他の成分の活量も推定した。次にこれら結果を総合して、固体鉄鋼中における酸化物析出の可能性について検討した。以上の結果は鉄鋼中に存在する非金属介在物の析出過程の理論的解析に必要な熱力学的知見を明らかにするものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格として認められる。

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