本論文は5章からなり、鉄の組織制御に重要な役割を果たす鉄中の介在物の熱力学的性質を明らかにするために行われた研究についてまとめている。 第1章では、本論文の研究背景として介在物を利用した鉄の組織制御方法の原理を説明し、関連研究をまとめている。鉄中の介在物を利用して組織制御(結晶粒の微細化等)を行う方法としてオキサイドメタラジーが広く知られている。これは、鋼の脱酸生成物または鉄の凝固冷却中に析出した酸化物上に硫化物(主にMnS)を析出させ、介在物周辺のマンガン欠乏相を形成させることにより-変態を促進させるものである。従って、MnSを効率よく析出させるための条件を見出すためには、MnO-SiO2系を主体とした酸化物の熱力学的性質を知る必要がある。中でも、相平衡や融体中の硫黄の熱力学的性質を知ることは重要であり、これまでにもMnO-SiO2-MnS系の相平衡やMnO-SiO2系融体の硫黄の吸収能を測定した研究は酸化物上へのMnSの析出機構の解明に役立っている。 一方、チタン酸化物もその析出を促進する成分の一つとして知られており、Mn-Ti-Siを用いた脱酸を行った場合MnO-SiO2-TiOx系酸化物の生成が予測されるが、現在一部の研究者で同系の相平衡の測定が進められているものの、系統的な熱力学的報告はない。また、鋼の脱酸工程のような強還元雰囲気下ではチタンの価数の変化が生成介在物の相平衡に及ぼす影響も大きいことが報告されており、酸素分圧によるチタンのレドックス平衡も合わせて調査する必要がある。本研究では、これらの知見を踏まえてMnO-SiO2-TiOx系酸化物の熱力学的性質を明らかにすることを目的とした。 第2章では、MnO-SiO2-TiOx系酸化物と溶融Mn-Si-Ti合金を平衡させることにより、それぞれの元素の分配比から酸化物融体中の各種酸化物成分の活量を求めることを念頭に置いて、種々の組成で1400℃での各元素の分配平衡を求めている。石英るつぼを用いることによりSiO2飽和組成のスラグで実験を行っている。まず、SiO2飽和MnO-SiO2系スラグとMn-Si合金を平衡させ平衡合金組成を決定し、TiOxを徐々に添加して合金組成の変化を測定した。合金中チタン濃度とスラグ中チタン濃度との関係は図1に示すように合金中チタン濃度が約10mass%まではほぼ直線的に増加し、それ以上ではスラグ中チタン濃度は急激に増加した。 図1.Ti-Mn-Si合金中のチタン濃度とTiOx-MnO-SiO2(sat.)スラグ中のチタンと濃度との関係図.2.スラグ中の全Ti量に対するTi3+量及Ti4+量 スラグ中のチタンを3価と4価に分別定量した結果、図2に示すようにTiO2飽和組成を除いて3価と4価のチタンの割合はほぼ一定(Ti4+/Ti3+=1.25)であることがわかった。 合金中の他の成分に関しては図3にまとめて示す。マンガン濃度は直線的に減少したのに対し、シリコン濃度は直線的に増加している。また、酸素濃度は合金中チタン濃度が9mass%までは200から500ppmへと緩やかに上昇し、それをこえると急激に上昇しチタン13mass%では酸素濃度は3000ppmに達することがわかった。マンガン濃度の減少の理由として、スラグ中チタン濃度の増加に伴うMnOの急激な減少、合金中チタンによるマンガンの活量係数の増加が考えられる。またシリコン濃度の上昇はチタンとシリコンの強い親和力による合金中シリコンの活量係数の減少によるものと考えられる。これらを定量的に説明するためにとXTiの関係を調べると図4に示すようになり、チタン濃度の増加に伴う合金および酸化物融体中の各成分の活量係数の変化として説明された。 図3.チタン含有量に対する合金中のシリコン、マンガン及び酸素の濃度図4.合金中のチタンのモル分率に対するの値 また、チタン添加に伴うスラグ中の組成変化はスラグ中MnO濃度の変化の関数として(1)、(2)式のように表されることが示されている。 MnO-SiO2-TiO2融体中のTiO2の活量を測定するために、一定のCO分圧下でTiCと平衡する同融体中のTiO2濃度を測定している。グラファイトるつぼ中1300〜1400℃でスラグを保持し、るつぼとスラグ界面にTiCが析出することをEPMAにより確認している。図5に示すようにTiO2濃度が60時間ではほぼ平衡に達していることが判明した。 この結果から47.8mass%MnO-38.8mass%SiO2-12.4mass%TiO2融体中のTiO2の活量は1.4x10-3と得られ、活量係数は0.013と非常に小さいことが判明した。 第3章では第2章で得た分配比から酸化物融体中の活量を求めるための基礎となるMn-Si-Ti合金の熱力学的性質の測定を行うことを目的とした。高真空中で電子ビームを熱源とし、試料の汚染がないように水冷の銅るつぼ内で低チタン濃度の同合金を溶解し質量減少速度を測定した。自由蒸発を仮定すれば、この質量減少量からKnudsen-Hertzの式を用いて蒸気圧を計算する事ができる。2元系のSi-Ti合金の既存の熱力学的性質からチタンの分圧は無視できるものとし、測定値をすべてシリコンの蒸発とし計算を行った。図6に示されるような結果が得られている。また一部3元系の測定も行った。 本結果と、Gibbs-Duhemの関係式から、合金中の各成分の活量が計算される。併せて、蒸発実験中の雰囲気内の金属蒸気圧を直接確認する方法も用いて、自由蒸発を仮定して得られた蒸気圧が妥当なものであることを確認した。これらの結果と第2章で求めたスラグメタル分配比を分配比を用いて、酸化物中のMnO、TiOxの活量を推定した。 図5.実験時間の違いによる試料中のTiO2の平衡濃度図6.Ti-Si合金の温度の違いによるシリコンの蒸気圧 第4章ではこれまでの結果を総括し、スラブ凝固中、熱間圧延、冷間圧延後の連続焼鈍等の温度履歴における各種非金属介在物の析出挙動について熱力学的に考察し、オキサイドメタラジーにおける介在物組成の最適化について議論した。またそれと平衡する鉄中の各成分濃度の見積もりを行い、最終鋼の成分について考察した。 第5章では、本研究に関する全ての結果を提示し、さらに得られた結果に関する考察を行いオキサイドメタラジーの意義について結論を示した。 |