脚延長術は,長管骨を軟部組織とともに長軸方向へ延長する技術で,軟骨無形成症のような高度の低身長及び外傷や先天奇形による高度の脚長差に対するもっとも効果的な治療法である。 現在主として行われている脚延長術である仮骨延長法は、延長予定の骨を骨切りし、骨切り部をはさんで上下に立てられた金属ピンを創外固定器の支柱上で上下に引き離すことによって、骨切り部の間隙を徐々に拡大する方法である。その際、骨を延長すると同時に、ピンと支柱を利用して,骨または関節の変形を矯正することも多い。 脚延長も変形矯正もピンを固定器の上で毎日一定距離を動かすことにより行われるのであり、骨の毎日の移動量は固定器の支柱上で測定し調節される。したがって、固定器と骨との連結がきわめて重要である。しかし,骨と固定器との関係が明らかに変化する場合がある。その原因として,支柱やピンのたわみ以外に、ピンが骨の中で移動したためではないかと考えられる症例は臨床上経験することがある。ピンが骨内で移動するのであれば、骨と固定器との位置関係を一定にすることは困難になる。 脚延長では,延長にともなって数十kgもの組織の張力が長期間にわたり存在する。骨組織に一定方向の圧力が長期間加わる場合に、圧迫された骨が徐々に吸収される現象は臨床的にしばしば観察されるので、骨内に刺入したピンによって数十kg超の圧力が一定方向に数カ月以上にわたって加わり続けた場合、圧迫を受ける側の骨組織が徐々に吸収される可能性がないとはいえない。 脚延長術においてピンが骨内を移動するかどうかは次の2点で重要である。第一は,骨の移動を高精度で管理する際に、骨内のピンの移動を予定する必要があるかどうかという実際上の問題である。第二は,骨膜や歯根膜または腫瘍組織のような介在組織を持たない金属ピンが及ぼす持続的な圧力によって、骨が吸収されるかどうかという問題である。 本研究の目的は、以上のような観点から脚延長術においてピンが骨の中を移動するか否かを知ることである。 生体内のピンと骨との関係を観察するにはX線写真を利用せざるを得ない。本研究では、骨とピンとの関係を精確には比較できるように、まず、X線の照射中心と方向とを骨に対して一定にして撮影するため、X線撮影時に延長肢を固定する撮影用スタンドを作製した。次に、作製したスタンドで骨を固定して撮影した際に、管球の位置設定によってピンの位置にどの程度の測定誤差が生じるかを知るための予備実験を行った上,感染等によりピンのゆるみのない下腿延長中の症例7例を用い、脚延長術においてピンが骨の中を移動するか否かを検討した。 作製したスタンドは,30×25cmの長方形の底板、支柱部、ピン把持部、X線の中心を指示する中心指示板からできており、スタンド全体の重量は4.8kgであった。 予備実験では、固定器とピンをとりつけたヒト左脛骨の模型を、基準となる方法で撮影した後,撮影距離を上下5mmずつ,入射角度を近遠位に2.5゜ずつ,照射中心を近位、遠位、内側、外側にそれぞれ5mmずつ移動し撮影した。最後に再度基準撮影を行った。撮影したフィルム上で、ピンに設けた計測点と足関節に設けた基準点との間の距離を測定し、計測値を比較した。結果は,測定誤差は入射角度すなわち管球の回旋によるものが0.33-0.55mmともっとも大きかったが、実際の撮影では機械の操作の関係で管球の回旋は起こり得ないと考えられた。撮影距離の差および照射中心のズレによる誤差は最大0.2mm未満、再現性の実験では誤差は0.04mmであった。撮影時に管球の位置決めを注意して行えば、誤差は0.1mm以内になると考えられた。 対象患者は男性3人、女性4人の計7人で,疾患は5人が軟骨無形成症、2人が原発性小人症であった。固定器は高精度駆動創外固定器であるHIFIXATORを使用し、ピンはすべてが直径6mmのステンレス製であった。撮影は予備実験における基準撮影法で行い、計測点と基準点との間の距離をピンの内側部と外側部で独立して測定した。初回撮影時の計測値を各計測点の基準値とし、基準値と第二回以後の撮影時の計測値との差をピンの各計測点における移動量とした。測定日間の移動量と日数からピンの移動速度を計算した。また、ピンの移動に関係があり得る因子として、延長量、延長速度、下腿の張力も記録し、ピンの移動量と検討した。 観察期間中に感染したピンはなく、X線写真上で弛みを示唆する骨吸収や骨硬化を示したピンもなかった。 ピンの内側と外側で計480の測定値が得られた。ピンが遠位へ動く方向をプラスとすると、測定値のうちプラス値は402,ゼロまたはマイナスは78であった。また、0.1mm以上のプラスは271,-0.1mm以下のマイナスは17,絶対値0.1mm未満は192であった。プラスの最大値は3.32mm(症例1,左内側,延長開始後195日)、マイナスの最小値は-0.53mm(症例1,左外側,同27日)であった。 ピンの内側移動量(M値)と外側移動量(L値)は、全体としては延長量の増大とともに増大する傾向があった。すなわち、14肢42本ピンの計84個の測定点中54個がそうであった。しかし、延長量の増大とともにM値とL値が減少した例、いったん減少したのち増大した例や測定値がプラス方向とマイナス方向とへ交互に向いていた例があり、また,延長量の増大がつづいているにもかかわらずM値、L値の増大傾向が緩和した例もあった。 同時に測定した同肢の3本のピンのM値とL値の標準偏差すなわちばらつきはほぼ予備実験でわかった測定誤差の0.1mm以内であった。そのため、3本のピンのM値とL値はおよそ同様に変化したと考え,以下では、ある時点における同肢の3本のピンのM値とL値の平均値である値と値を、それぞれその肢のその時点におけるピンの内側移動量と外側移動量の代表値として用いた。 との移動方向は必ずしも同じではなかったが,大部分の症例では脛骨の内側におけるピンの移動量の絶対値は外側のよりも有意に多かった。との絶対値の差の最大値は1.13mmで、絶対値の差は延長量と有意の相関はなく(相関係数=0.29),値の絶対値と弱い正の相関があり(相関係数=0.63),値の絶対値と強い正の相関があった(相関係数=0.89)。 延長量の増大とともに値が有意に増加したのは全14肢中8肢、値が有意に増加したのは全14肢中7肢であった(p<0.05)。延長量の増大とともに、が増加する傾向があり,測定値の推移が左、右間および、間で相似性のある肢が多かった。 値と値は延長速度とは有意の相関関係はなかった(p<0.05)。 ピンの内側における移動速度は,症例1右、同3左、同7右で延長量の増加に伴って有意に減少した(p<0.05)が、その他の肢では延長量とは有意の相関関係はなかった。ピンの外側の移動速度は各肢において延長量と有意の相関関係はなかった。 張力を連続測定した3例では、症例2右、左,同5左右は張力の変化との有意の正の相関関係(p<0.10)が認められたが、その他の部位では有意の相関関係はなかった。 本研究の結果として,1)ピンは骨肉で移動した。2)その方向は、大部分が張力に抗する方向であった。3)移動量のピン間の差は少なかったが、肢間の差が大きかった。4)ピン移動量の個人差も大きかった。 |