学位論文要旨



No 112273
著者(漢字) 鮮于,悳
著者(英字)
著者(カナ) サンウウ,ダック
標題(和) 医療資源の生産力効果に関する研究 : Reinhardt型生産関数を用いて
標題(洋)
報告番号 112273
報告番号 甲12273
学位授与日 1996.12.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1133号
研究科 医学系研究科
専攻 保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒記,俊一
 東京大学 教授 開原,成允
 東京大学 教授 丸井,英二
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 助教授 西垣,克
内容要旨 I.緒論

 国民経済に負担となるほどに増えていく医療費に対する抑制が先進諸国を始め、韓国にも主な医療政策となっている。医療機関の面からみると、医師、看護婦などの医療従事者や医療設備費、医薬品の価格など生産要素の価格上昇、あるいはそのような生産要素の量の増加によって全体医療費が騰ると考えられる。この背景からみれば、そのような生産要素の非効率的な活用、あるいは非効率的な生産構造によって医療費が増加する可能性がある。それで、医療サービスの生産構造に関する分析が全体医療費、あるいは該当地域医療費の格差要因を説明することに役に立てると思われる。一方、医療サービスの超過需要を満たす方法としては絶対的な供給量の増加以外に既存の医療資源の効率的な活用、即ち、その医療資源の生産性をふやすこともあげられる。

 本論文で経済分析によく活用される生産関数を用いて、医療資源の医療サービス生産力を測定し、都・農の間における生産構造の差を比較した。そして、その限界的な生産力に基づいて医療資源ストックの蓄積状態を地域別に分析した。また、医療資源の非効率的な投入度と医療費支出との関係を分析した。

II.研究方法

 本論文で用いられた分析モデルの基本型は次のとおりである。この関数は超越(transcendental)生産関数の性質に基づいて変形させたReinhardt型関数である。

 

 この関数型に含まれているX(=X1,X2,...,Xn)の生産要素はアウトプット(Q)を生産するために必ず投入すべきインプットを表し、Y(=Y1,Y2,...,Yn)の生産要素はアウトプット(Q)を生産するために必ずしも投入しなくてもいいインプットを表す。特に関数g(Y;c)は非線形の型に構成されている。その理由は限界生産性が増加と減少を同時に表すためである。この式に基づいて実際的な推定モデルを定式化したのが次のとおりである。

 

 ここで、VISITpは年間患者延べ数、あるいは推計患者数でアウトプットにあたり、PHYpは歯科医を含む医師数、BEDpは医院病床も含む総病床数、NURpは准看護婦(士)も含む看護職員数、TECHpは助産婦、薬剤師、医療技術員を含むその他医療関係職員数でインプットにあたり、a、b、c、dはパラメタである。そして、EPVは訪問日当たり医療費、Dは地域の特性を表すダミー変数であって、アウトプットの生産過程に影響すると判断された要素である。分析対象は韓国の場合、140個の中医療圏を、日本の場合はデータの事情のために47個の都道府県という地域とした。そして、韓国の場合は1993年度、日本の場合は1990年度のデータを利用した。

III研究結果1.地域別における医療資源の生産力効果

 都市型医療圏集団の平均生産力効果は農村型に比べて24%高かった。一方、平均生産関数によって推定された平均水準に比べて、もっと効率的な生産技術を表す地域(中医療圏)の生産力がすべての医療圏を対象として推定したモデルによる生産力に比べて9.6%高いこと示された。

2.各々の医療資源の生産力効果

 全般的に医師数の生産力が一番高く、看護・その他医療関係職員数の生産力は互いに似ている水準に現れたが、病床数の生産力はマイナスであることが示された。しかし、都市型医療圏集団(都市地域)だけを分析対象とした場合は、医師数よりも、看護職員数の生産力が一番高く、病床数の生産力はやはりマイナスであることが示された。なお、農村型医療圏集団(農村地域)だけを分析対象とした場合は補助的な医療従事者の生産力が医師数に比べてもっと高いことが示された。また、病床数の生産力もあることが示された。一方、医療資源の「規模の経済」程度を見ると、0.5〜0.6の範囲だったので、韓国での医療資源の投入費用は逓減的ではないと考えられた。

3.各々の医療資源の限界生産性

 各々の医療資源に対する限界生産性の大きさは全般的にその他医療関係職員数、医師数、看護職員数、病床数の順になっていた。病床数の場合には平均的に負の値に現れたが、正の値を持つ医療圏も140個の中で67個に達していた。しかし、都市地域にはその大きさが医師数、看護職員数、その他医療関係職員数、病床数の順になっていた。病床数の場合にはやはり平均的に負の値に現れたが、正の値を持つ中医療圏の数は64個の中で20個に達していた。そして、農村地域にはその大きさがその他医療関係職員数、医師数、看護職員数、病床数の順になっている。病床数の場合にも正の値に現れたが、反対に負の値を持つ医療圏の数は76個の中で17個に達していた。

4.日本における医療資源の生産力効果および限界生産性(1)各々の医療資源の生産力効果

 全般的には医師数と看護職員数の生産力が似ていて、その他医療関係職員数の生産力が低い水準に現れた。しかし、病院部門には病床数の生産力が一番高く、医師数と看護職員数の生産力がマイナスであることが見られた。なお、診療所部門には特に医師数のほうの生産力が一番高かった。一方、「規模の経済」程度をみると、0.8〜1.12の範囲だったが、診療所データの場合は1.12であったので、日本で診療所への医療資源の投入費用は逓減的だと考えられた。

(2)各々の医療資源の限界生産性

 全般的に限界生産性の大きさが医師数、看護職員数、その他医療関係職員数、病床数の順になっていた。平均的にはすべてのインプットの限界生産性が正の値をもっているが、医師数の限界生産性が負の値に現れた地域が4県含められていた。病院部門にはその大きさがその他医療関係職員数、病床数、医師数、看護職員数の順になっていた。その他医療関係職員数の限界生産性が一番高く、そして医師数と看護職員数の限界生産性は平均的に負の値に推定された。なお、医師数の場合、その限界生産性がむしろ正の値に推定された地域が27県であった。そして、診療所部門にはその大きさが医師数、看護職員数、その他医療関係職員数、病床数の順になり、すべての医療資源が正の限界生産性を見せていた。その中で、医師数の限界生産性が一番高く、病床数の限界生産性が一番低く推定された。医師数の場合は負の値に推定された地域が1県あった。

5.インプット効率性と医療費との関係

 生産性インデックス(アウトプットの観測値/予測値)と費用インデックス(該当地域の人口一人あたり医療費の実測値/一人あたり医療費の予測値)との組み合わせによって算定されたインプット効率性インデックスと医療費支出程度を表す費用インデックスとの関係を相関分析によって推定した結果、インプット効率性が高ければ高いほど、一人あたり医療費は低くなることが示された。

IV.考察及び結論

 1番目に、都・農の間における生産力の差を見ると、確実に都市地域にある医療資源のほうがより高かったので、都市地域にある医療機関の医療サービス技術が比較的に高いと言える。従って、都・農の間、あるいは特定地域間に各々の医療資源を適切に配分して活用する場合、追加的な医療資源の増加なしで、ある程度の増加効果をもたらすことができるので、これから配分的な効率性(allocative efficiency)の分析が必要である。2番目に、人的資源の中で、都市地域では医師・看護職員のほう、農村地域では医師を除いた補助的な医療従事者のほうの生産力が比較的に高く、その医療従事者数のストックが不足したことが示されたので、その結果から見ると、都・農の間における医師の傾斜的な配置が医療サービス生産面においてむしろ公平的な配分になることができる。また、物的資源の病床数の生産力は都・農ともに人的資源に比べて低かったので、病床増設に関する政策は慎重に行われるべきである。特に「規模の経済」が働いていないことが示されたので、さらにそのような慎重さが必要である。3番目に、医師・看護職員数のストックの全国的な過小状態は都市地域での過小に起因しているし、その他医療関係職員数の場合は農村地域での過小に起因している。その反面、病床数のストックの場合は分析結果によれば、絶対的な過剰状態にあると解釈できる。しかし、その現象は病床ストックに活用度が比較的に低い診療所病床と、いつも一定のベッドを確保・維持すべき特殊病床も含まれているからだと思われた。従って、今後の分析は一般病床に絞って行われることも必要である。4番目に、参考に日本の事情を調べた結果、生産力は病院では病床数のほうが、そして診療所では医師数のほうが高かったので、医療サービスの生産構造が病・診の間において異なっていることがわかった。また、医療資源ストックの蓄積状態を見れば、全国的に医師・看護職員数のストックは相対的に過小状態にあるが、その中で医師数の過小状態は診療所での過小に起因している。その反面、病床数のストックは相対的に過剰状態にあることが示されていたが、それは病院での過剰に起因していることが知られた。5番目に、地域内に所在する平均的な医療機関のインプット投入効率性と医療費との関係から判断すると、地域内にある病院など、医療機関の人的および物的資源の非効率的な配分は医療費の望ましくない増加につながることができると思われた。最後に、日本の県別デー夕に基づいた分析は解釈の限界があるけれど、診療所への医師の拡大が求められ、病院に比べて診療所での医療費がより安いので、診療所の育成が医療費増加の抑制政策に役に立つと考えられた。

 今後は経年的(time-series)なデータ、入院・外来別、医科・歯科別にデータの具備によって各々の医療資源に関する生産力の変化とか、その生産力増加の要因を測定することができる。あわせて医療資源の地域別の価格データの具備ができれば、地域別の最適な投入程度が図られる。また、これからの医療費分析は都・農地域のグループ別、また病・診のグループ別に分けて行われることも望ましい。

審査要旨

 本研究は都市地域と農村地域との間、あるいは病院部門と診療所部門との間における各々の医療資源の生産力効果の差を推定し、医療資源の投入に対する効率性と医療費支出との関係を分析したものである。分析モデルとしては経済分析の道具の一つである生産関数を用い、その分析によって各々の医療資源の平均生産力および限界生産力を測定して、その結果による各々の医療資源の蓄積程度の解釈と、そして医療資源の投入に対する効率性と医療費支出との関係の解釈を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.分析対象の中心とした韓国の場合、都市型医療圏集団(都市地域)は農村型医療圏集団(農村地域)に比べて医療資源の総生産力が24%高く、五つの広域地域の中で、CC地域の総生産力がほかの地域に比べて高いことが示された。また平均水準に比べてもっと効率的な生産技術を表す医療圏集団はすべての医療圏集団に比べて医療資源の総生産力が9.6%高いことが示された。

 2.そして、各々の医療資源のアウトプット弾力性に基づいて医療資源ごとの生産力を推定した結果、全般的には医師数の生産力が一番高く、病床数の生産力はマイナスとなったことが示された。しかし、都市型医療圏集団だけを分析対象とした場合は、医師数と看護職員数の生産力が比較的に高く、農村型医療圏集団だけを分析対象とした場合は補助的な医療従事者の生産力が医師数に比べてもっと高いことが示された。一方、医療資源の弾力性に基づいた「規模の経済」程度をみた結果、0.5〜0.6の範囲だったので、韓国での医療資源の投入費用は逓減的ではないことが示唆された。

 3.また、各々の医療資源に対する限界生産力を推定した結果、全般的にはその他医療関係職員数が一番高くことが示された。都市型医療圏集団を分析対象とした場合、医師数のほうが一番高く、農村型医療圏集団を分析対象とした場合その他医療関係職員数が一番高くことが示された。したがって、都市型医療圏集団では医師数のほうが相対的に過小状態、農村型医療圏集団では医師数よりも、その他医療関係職員数が相対的に過小状態にあることが示唆された。なお、各々の医療圏別にもみた結果、その限界生産力がマイナスとなった地域が現れたので、そのような過小・過剰傾向が地域別にも見られた。

 4.一方、参考に分析対象とした日本の場合、各々の医療資源のアウトプット弾力性に基づいて医療資源ごとの生産力を推定した結果、全般的には医師数・看護職員数の生産力が高く、その他医療関係職員数のほうは比較的に低いことが示された。しかし、病院部門の場合は病床数の生産力が一番高くが、診療所部門の場合は医師数の生産力がもっと高いことが示された。一方、医療資源の「規模の経済」程度をみた結果、0.8〜1.12の範囲だったので、医療資源の投入費用は逓減的だことが示唆された。

 5.また、各々の医療資源に対する限界生産力を推定した結果、全般的には医師数のほうが一番高くことが示された。病院部門の場合は医師数と看護職員数のほうがマイナスとなって、診療所部門の場合は医師数のほうが高いことが示された。したがって、医療機関特性によっても、医療資源の過剰、あるいは過小状態が示唆された。即ち、病院部門は相対的に医師数の過剰状態、診療所部門には相対的に医師数の過小状態にあることが示唆された。

 6.一方、インプット(即ち、医療資源)効率性と医療費との関係をみた結果、お互いに高い相関関係が示されたので、インプット効率性が高ければ高いほど、一人あたり医療費は低くなることが示唆された。

 以上、本論文は医療資源の生産力効果分析を通してみた結果、各々の医療資源が地域別に、あるいは医療施設別に分布されている程度がその特性によって、異なっている点が明らかにした。そして、都市地域には比較的にもっと多くの医師数を配置し、農村地域の場合はその地域特性を勘案して準医療従事者(paramedic)をもつと多く活用したほうが医療マンパーワ政策面で望ましく、また日本の事情からみた場合には診療所への医師数の増加政策が必要である点が明らかにした。なお、各々の医療資源を適切に配置・活用すると、多くの追加的な増大なしで、ある程度、患者の診療を充足させることができ、また医療資源の非効率的な配置・活用は医療費増加にも繋がることができて、今後の医療マンパーワ政策に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられた。

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