本研究は、性風俗産業に従事する来日タイ人女性(TFCSW)および客となる日本人男性の間のエイズ予防対策について検討するため、TFCSWの性行動の実態および客となる日本人男性との関わりを中心に詳細に把握することを目的としたものである。対象者と同国人である著者の対象者への面接によって得た主な結果と、それに基づく考察及び結論は、次のようなものであった。 1)来日の背景; 対象者の多くは20歳代の独身者であり、半数以上が小学校卒業までの学歴である。仕事の仲介料として、8割以上が経営者に350-400万円の借金を返済しなければならない。また、来日直前に性風俗産業に従事していた者はごく少ないが、来日時点までに従事する経験があった者は全体の約4分の1であった。この結果は、来日タイ人女性の間のHIV感染率(約3%)は、タイ国内の性産業従事者の感染率(約20%)より低いという実態の説明になりうると示唆された。 2)来日後の生活; 対象者は約2年前後日本に滞在しており、日本語を十分に理解できず、暇なときに外出する者は3割以下である。また、約3分の2は2-22人(平均6人)のTFCSW同士で同居している。以上から、この集団に対するエイズ予防キャンペーン活動の方法は、出張相談(out-reach)や同僚教育(peer education)が、一番適していることが示唆された。 3)HIV/AIDSに関する知識及び情報源; 8-9割以上の者が自分の職業に関連したHIV感染予防のための必要不可欠な知識は持っているが、仕事と直接関係のない知識をも持ち合わせるものはそれほど高くなかった。したがって、今後の予防教育内容には、より詳しいHIV/AIDSに関する情報を盛り込む必要があると考えられた。また、彼女達の主な情報源は来日前には、タイでのマスコミやポスター、パンフレットなどであるが、来日後の情報源は日本のテレビ及びタイ人の同僚であり、これからも日本における同僚教育は効果的な方法であることが示唆された。 4)HIV抗体検査の受検; 74%が定期的に検査を受けており、8割弱は少なくとも3ヶ月に1回受検している。検査を受けない者の理由の多くは、経営者から受検できる場所の情報が得られないことである。この結果から、不法滞在者である多くの来日外国人が訪ねやすく、しかも系統だった相談を含む匿名・無料の検査を提供すること、および経営者にエイズに関する情報を提供することが必要であると考えられた。 5)売春行動の実態; 1週間に相手をする客の数は平均6人程度であるが、個人差が大きく、15人以上というケースも7%ほどある。また、60%がいつも客にコンドーム使用を依頼しているが、実際に常時コンドームを使用できる者は3割強である。しかし、客にコンドーム使用を頼めば多く(84%)の客が応じてくれるが、その内訳をみると「しぶしぶ使う」という客が半数もいる。またコンドーム使用を頼まない理由や、頼んでも客が応じてくれない理由として彼女達が主に認識しているのは、客がコンドーム使用を好まないということである。より安全な性行為を行うためには、客側の協力が必要であることから、買春する日本人男性客に対しても、無防備な性行為に対する危険性及びHIV感染に対する認識を高める対策が必要であると考えられた。 以上、本論文の意義については、審査員全員が認めており、特にニクン・ジッタイ氏が対象者に直接面接を行い、既存の研究を超えたことを評価し、学位の授与に値するものと判断した。 |