ポリオウイルス(PV)は霊長類に特異的に中枢運動神経の障害を起こすことが古くから知られている。これまでウイルスの種特異性について分子生物学的研究手法を用いた研究が行われてきたが、体内伝播経路について詳細な研究は殆どなされていない。本研究はPVの組織分布におけるポリオウイルス受容体(PVR)の役割、PVの血液脳関門(BBB)透過性に関するPVR及びウイルスcapsid蛋白が果たす役割、さらに、ワクチン株と強毒株間の中枢毒性の違いの支配要因を明らかにすることを目的として行われた。 本研究の実験材料として、PVR遺伝子導入トランスジェニックマウス(Tg21)及び対照群としてICRマウスを用いた。PVはMahoney(MMM)、Sabin-1(SSS)、及び組み換えウイルスとしてSSS型のcapsid geneとMMM型のnon-capsid geneを持つ株(MSM)、MMM型のcapsid geneとSSS型のnon-capsid geneを持つ株(SMS)を用いた。 始めにウイルスCapsid蛋白を[35S]-メチオニン標識したMMM、SSS、MSMをTg21及びICRに静脈内接種し、5時間後の組織対血液中濃度比(Kp,app)を測定しPVの組織分布特異性を調べた。いずれのウイルスにおいても、他組織に較べて大脳と小脳はKp,appで表される組織分布性が最も小さいことが示された。今まで、ウイルスの中枢選択的な感染性の原因として、初期分布に中枢組織特異性がある可能性も考えられてきたが、今回の結果からこの仮説は否定された。さらに、Tg21とICRの各組織への分布性はほぼ一致しており、初期分布にはPVRの影響はないことが示唆された。 次に、[35S]-メチオニン標識したMMM,SSS,MSMの中枢移行性を解析するために、静脈内接種後の血液中とそれぞれの中枢神経組織内ウイルス濃度の測定値をもとにintegration plotし、大脳についてPVの透過速度、capsidの役割及びPVRの役割をそれぞれ解析した。MMMについて大脳では0.164l/min/g brainの速度でBBBを透過することが示された。PV粒子の外径は30nmと非常に大きく、またこの値はBBBの透過速度が非常に小さいアルブミンに比べて100倍以上高いことから、PVのBBB透過は単なる非特異的な透過や細胞間隙透過では説明できないことが示された。さらに、MMM、SSS、MSMの三者で比較すると殆ど同程度にBBBを透過することが示された。この結果はワクチン株のSSSも強毒株のMMMと同様に中枢内に移行するということを示している。さらに、MMM、SSSについてICRとTg21間でのBBB透過速度を比較すると、両者はほぼ同じ値を示したことから、PVRがBBB透過性の支配要因でないことが示唆された。次に、capillary depletion法と呼ばれる方法で脳を毛細血管と実質部位に分離し、PVがBBBを透過して脳実質組織部位に到達するかどうかを検討した。また、PVはcapillaryで複製後BBBを透過するのか、intactのままで透過するかなど、ウイルスが脳内に入るメカニズムも検討した。実験結果から、いずれのウイルスも脳実質fractionに90%以上存在することが示唆された。さらに、sucrose density gradient遠心法を用い、実質fraction中のウイルス粒子の状態を調べ、大脳に移行したウイルスの大部分はintactのものであることが確認された。以上のことから、PVはintactのままBBBを透過して循環血液から脳実質組織へ移行していることが実証された。 ウイルス粒子の脳内での安定性は毒性発現の支配要因となることが考えられるため、最後にこれらの点について検討した。Tg21、ICRに脳内接種した後の各ウイルスの脳内濃度の経時変化を測定したところ、Tg21において、MMMは、非常に速い増殖性を示してたが、SSSの方は見かけ上減少していく結果が得られた。このようにnon-capsid geneに依存した脳内での増殖速度が毒性を支配する最も大きな要因と思われる。さらに、PVRが介しない状態で、すなわちICRマウス用い各ウイルスを脳内に接種後の脳内安定性を調べた。見かけ上MMMの脳内からの消失速度はSSSより小さく安定であることが示され、また、SSSとMSMの消失はほぼ等しい値が得られた。MSMとSSSはcapsidが同じであることから、脳内での安定性にはcapsidが支配的であり、Mahoney typeのcapsidがSabin typeに比べて約4倍安定であることが示された。 以上、速度論の手法を用いてPVの体内動態が解明された。PVR及びウイルスcapsid蛋白はPVの組織初期分布過程に関与していないことが明らかとなった。PVはPVRには依存しない機構により、大部分がintactな形で血液脳関門を透過することが明らかになった。さらに、PVの中枢毒性の違いの支配要因としてはnon-capsid geneによる脳内増殖速度の違いが最も重要な役割を果たすという結果が得られた。一方、capsid蛋白はウイルスの脳内での安定性の違いを支配する重要な要因であるが、Mahoney型のcapsid蛋白はSabin型に比べて約4倍程度安定であることが示された。本論文はPVの中枢選択的感染機構を強毒株と弱毒株間で比較解析したものであり、PV感染の体内伝播メカニズムに関する基礎的知見を与えるものと考えられ、博士(薬学)の学位を授与するのに値するものと認めた。 |