学位論文要旨



No 112279
著者(漢字) 随,清遠
著者(英字)
著者(カナ) ズイ,セイエン
標題(和) 金融仲介活動と日本経済
標題(洋)
報告番号 112279
報告番号 甲12279
学位授与日 1997.01.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第105号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀内,昭義
 東京大学 教授 植田,和男
 東京大学 教授 伊藤,正直
 東京大学 教授 伊藤,元重
 東京大学 教授 井堀,利宏
内容要旨 第1章

 この章は、金融仲介理論およびメインバンク関係に関する議論が本研究と関連する部分を概観し、本研究の要約をまとめたものである。

 金融機関の存在意義は、非対称情報問題を効率的に解決するところにある。日本におけるメインバンク関係は歴史的・制度的要因と深く関わりながら、仲介理論の延長として解釈することができる。

第2章メインバンク関係と中小企業融資

 メインバンク関係は企業にどのような影響を及ぼしているであろうか?情報の経済学を応用すれば、メインバンク現象を理論的に正当化できる。しかし、実際の銀行=企業関係は理論の展開で示唆された通りの役割を果たしたどうかは別問題である。

 Hoshi et.al.(1991)は統計的な手法に基づき、メインバンク関係を持たない企業の投資行動がメインバンク関係を持つ企業より投資の流動性制約を強く受けていることを検出した。この結果は、しばしばメインバンク関係が企業に重要な競争優位をもたらしているとして評価される。

 しかし、企業の情報問題は発展とともに変化するので、メインバンク関係の重要性も企業の発展に従って変化するので、メインバンク関係が企業への影響は必ずしも一様ではない。

 第2章では、メインバンク関係が企業の情報非対称性の度合に応じてどう変わるかをテストする。計測の結果、企業の投資行動に関して言えば、メインバンク関係は情報非対称性問題の大きい企業に対してより促進する結果がえられた。

 この結果は、メインバンクのような銀行=企業関係の機能ないし役割は無条件的なものではなく、期限付きあるいは条件つきであることを示唆する。

第3章メインバンク関係と企業の交渉力

 金融仲介理論をそのまま拡大解釈すれば、銀行は独占的に融資を供給したほうが、もっとも効率的な情報生産形態である。しかし、周知の通り、日本企業の最大融資銀行のシェアは平均的には2-3割程度しかない。第3章では、バーゲインニング・アプローチに基づいてなぜ企業はメインバンク関係を維持しながら、複数の銀行から借入をするかを議論する。

 市場になんらかの不完全性が存在するとき、実現される資源配分は最適な状態でも次善解しか得られない。最善解と比べて、損失の源泉の一つは企業の努力意欲の後退である。企業は交渉力を高めるために、自分の状態をより多くの情報生産者に調べてもらう必要がある。しかし、より多くの銀行に情報生産をしてもらうほど、企業にとって情報費用の負担も増大するであろう。企業は、交渉力維持による収益の増加と複数の銀行審査による費用増加と比較しながら、最適な状態を選択するであろう。

 一方、銀行にとって、情報生産量は企業の安全度に応じて変化するであろう。潜在的によりデフォルトの可能性の大きい企業に対して、それに対する監視の必要性も高くなるであろう。これらの議論から、次の仮説をたてることができる。すなわち、もし複数の銀行と取引することは、企業の交渉力維持にとって重要であれば、銀行の情報生産水準が企業収益の安全性と負の相関を持ち、より安全性の低い企業ほど、より集中的にメインバンクから融資してもらう傾向をも持つことになる。

 実証部分では、銀行の融資シェアを企業収益の安全性を代表する指標に回帰した結果、より収益の高い企業ほど、メインバンクの融資シェアはより大きくなる。企業は複数の銀行から借り入れするという現象は、銀行のリスク分散とともに、企業側の交渉力維持も重要な要因であることが言える。

第4章開発銀行の情報生産機能

 開銀の機能に関する議論はメインバンクと共通するところがある。すなわち、資本市場を通してあるいは民間機関による情報問題の解決が不完全であれば利潤動機を持たない政府機関が市場の情報生産を刺激する余地がある。

 実際に高度成長期に開銀融資の情報効果があったかどうか?もしあるとすればどのような形で観察されるか?これら問題を企業ベースのデータに基づいて検証するのは第4章の目的である。企業の投資関するないし借入れ関数をメインバンクのある企業とメインバンクのない企業との間に比較した結果,開銀融資の促進効果は後者に関して大きく観察される。開銀融資には情報生産が伴っていることが観察される。

 しかし、直接介入による社会的費用を評価していないので、この研究の結果は必ずしも開銀などの政府金融機関の存在そのものを正当化するものではない。

第5章金融仲介とマクロ経済

 教科書的な議論では、ほとんどのマクロモデル分析では情報生産に基づく金融仲介は登場しない。情報の経済学に基づく金融仲介分析は、マクロ経済にとってどんな意味を持つだろうか?とくに間接金融の割合が相対的に大きい日本では、この問題は重要な意味を持つ。

 第5章は、企業の資金調達に情報生産が重要である場合、その諸性質がマクロ集計量の水準で観察されるかどうかを、銀行サイドと企業サイドから検証する。

 実証結果では、銀行の資産運用面においては、短期的には金融環境の変動に対して貸出よりは証券保有で調節されること、貸出面では、対中小企業貸出は対大企業貸出より金融環境変動に対する感応度が小さいこと、また大企業の在庫調整がそれまでの短期銀行借入に大きく依存し、中小企業の在庫調整が銀行借入に対する依存がほとんどないことが観察されている。これらの結果は、金融仲介は実体経済の景気循環に影響を及ぼす可能性を示唆している。

審査要旨 1:提出論文の概要

 近年の金融理論は、ミクロ経済分析、とくに情報の経済分析、契約理論、あるいはゲーム理論の応用という側面で顕著な発展を見せている。著者である随清遠氏は、そうした金融理論の発展を踏まえて、日本の金融仲介構造を情報生産という視点から分析している。

 学位申請論文は第1章「序」、第2章「メインバンク関係と中小企業」、第3章「メインバンク関係と企業の交渉力」、第4章「開発銀行の情報生産機能」、そして第5章「金融仲介活動と景気変動」の5つの章から構成されているが、いずれの章も基本的な分析視点は金融仲介に伴う情報生産に据えられている。以下、申請論文の概要を紹介し、次いで論文の評価を述べることにする。

第1章「序」

 この序論では、金融仲介機関の機能に関するGurley and Shaw(1960)以来の理論的分析を、銀行が貸付と情報生産を結合することの合理性に焦点を当てて展望し、第2章以下の議論の土台を示している。展望の中で、とくに強調されている論点は、(1)金融機関、とくに銀行は最終的な資金供給者と調達者の間の不完全情報(非対称情報)の困難を排除する役割を担うが、それ自身が情報の不完全性問題を抱えており、それを解決する手段として貸付と情報生産を結合している、(2)日本において見られる、いわゆる「メインバンク関係」も金融仲介過程において必要な情報生産の一形態として説明できること、の2点である。

第2章「メインバンク関係と中小企業」

 この章は、貸し手(銀行)と借り手(企業)の間に存在する非対称情報を解消、ないし緩和する仕組みとしてのメインバンク関係の機能を実証的に確かめることを目的としている。申請者の方法は標本企業(機械産業)を、単純に密接なメインバンク関係をもつ企業と、メインバンク関係から独立している企業に二分するのではなく、さらに非対称情報が深刻な企業と、それが深刻でない企業とにも分割する方法を用いている。申請者の考えでは、東証一部上場企業はいわば「名声」を確立した有力企業であり、非対称情報の困難から免れている。一方、二部上場企業は比較的「未成熟」企業であり相対的に情報問題に悩まされていると考えられる。具体的には、標本企業を一部企業で安定したメインバンク関係をもつ「系列」グループと「独立」グループ、二部企業で「系列」グループと「独立」グループの4種類に分割する。統計的手法はFazzari,Hubbard,and Petersen(1988)が用いた流動性制約を伴う投資関数を上記の4種類の標本企業に関して別々に計測し、それらの間に流動性制約の強さに差異があるか否かを確かめる方法が採用されている。投資関数のスペシフィケーションはトービンのQタイプのモデルと加速度モデルの二つである。

 計測結果は、安定したメインバンク関係は二部企業の流動制約をかなり大幅に緩和するのに対して、一部企業についてはその緩和効果は比較的小さい。著者はさらに、融資最大銀行の融資シェアと内部資金の交叉項を計測式に加えることによって、強固な銀行=企業関係(融資シェアの大きさで測定される)が流動性を緩和する程度が、一部企業と二部企業とで異なるかを計測している。標本期間を70年代、80年代前半、80年代後半の3つに区分すると、内部資金と融資シェアの交叉項は70年代においてのみマイナスで有意となっている。また融資シェアが増加することによる内部資金制約緩和効果は、二部企業においてより強いことが示されている。この結果は、大企業の金融における非対称情報問題は70年代には深刻であったが、80年代以降は重要な問題ではなくなったこと、また二部企業の方が銀行との取引関係によるプラスの効果をより大きく享受したことを示唆していると申請者は解釈している。

第3章「メインバンク関係と企業の交渉力」

 銀行が取引先企業をモニターし、情報を集めることによって非対称情報の困難を軽減する機能を発揮していることは、今や通説となっている。しかし、この通説の下では、銀行が取引先企業の情報を独占する可能性があり、そのことが銀行による企業の「収奪」と、それに対応する企業の側の経営努力水準の低下をもたらす危険があることも理論家によって指摘されている(Sharpe(1990)、Rajan(1992)など)。申請者はこの問題を、日本の企業が通常、複数の銀行(メインバンク以外の銀行)から資金を借り入れているという現象と結び付けて理論的、実証的に考察している。

 申請者の理論モデルの基本的なアイディアは次のようである。企業にとっては、単一の銀行から融資を受けることは、自らの経営内容にかかわる情報の独占者を生みだし、融資継続の交渉を不利にしてしまう。したがって銀行には、複数の銀行から融資を受けることによって自らの交渉力を高めようとする動機が存在する。一方、メインバンクと競合して融資を行おうとする銀行にとっては、とくに企業が経営に失敗して清算される場合に受け取る清算価値を確保するために、一定水準以上のモニタリングが必要である。そこでは、その銀行の融資比率と経営破綻の確率によって規定される銀行の受け取るペイオフの期待値が、モニタリング・コストを上回っていなければならない。申請者の分析では、メインバンク以外の銀行の融資比率を所与とするとメインバンクと伍してモニタリングを行う誘因は、当該企業が破綻する確率が高いほど、つまり企業の営業リスクが高いほど強くなる。逆に言えば、安全な企業ほどメインバンク以外の銀行から多くの融資を受けて、それらの銀行のモニタリングの誘因を高めなければならない。上の様な議論の結果、申請者はリスクの小さい企業ほどメインバンク以外の銀行などから高い比率の融資を受けて、自分の交渉力を高めようとするという結論を導き出している。 実証分析は非常に単純で、まず個々の企業(機械産業に属する)のメインバンクからの融資比率(対資産総額比率で定義される)を被説明変数とし、企業の経営リスク(対資産営業利益率の標準偏差)、あるいは自己資本比率を説明変数とするOLS手法で、これらの企業リスクの程度を代理する説明変数が、メインバンクからの借入比率と正の相関を示すことを確認している。また、メインバンクからの融資比率と第2位の銀行の融資比率の格差を被説明変数とする計測を試みている。これは、この格差が大きいほどメインバンクの情報独占力は強くなるので、安全性の高い企業ほどこの格差を小さくするよう努力するであろうという理論的結論を確かめるための計測である。計測の結果は、申請者の理論的仮説を支持している。

第4章「開発銀行の情報生産機能」

 この章では、政府金融機関としての日本開発銀行が借手企業の経営を監視する情報生産者として有効に機能してきたか否かという問題が、とくに民間銀行の情報生産機能との関連で分析されている。一部の専門家は、日本開発銀行の融資と、それに伴う審査が、民間銀行の追加的審査という情報生産活動を節約する効果を指摘している(日向野(1986))。申請者は開発銀行の融資を一つのイベントとみなすイベント・スタディーを通じて、この仮説の妥当性を検証しようとしている。まず開銀融資の開始が市場に当該企業にとってのポジティブなニューズであるならば、それは株価上昇の結果をもたらすはずである。また開銀融資の開始によって、当該企業が適切にモニターされる企業であると金融・資本市場によって認識されるならば、その企業の資本コストは低下し、企業の投資支出は、そうでない場合に比較して増加するであろうし、外部資金調達も相対的に増加するであろう。単純な記述統計を用いたイベント・スタディーは、開銀融資がそのような効果をもっているという結果を示している。(ただし、株価の反応は有意ではないが、この点について、申請者は立ち入った考察を示していない。)

 さらに重要な点は、開発銀行の融資を通じる情報生産が、第3章までに申請者の強調してきた民間銀行の情報生産と競合する代替的な財ではないかという問題である。もしそうだとすれば、何らかの理由で民間銀行が的確な情報生産を行えないような状況を除けば、企業向け融資と情報生産は民間金融機関の手に委ねることができるはずであるという重要な政策的含意が導き出される。申請者はこの問題を検討するために、標本となる企業を安定的なメインバンクをもっている企業と、そうでない企業に分割し、それぞれについて、開発銀行の融資開始が企業の設備投資額や民間からの借入額にポジティブな効果を発揮しているか否かを調べている。開発銀行の情報生産が民間銀行のそれと代替的ならば、安定したメインバンク関係をもつ企業に対する開銀融資の効果は有意ではないでと推測される。申請者による計測(パネル分析)は、実際そのような結果を示している。つまり開発銀行からの融資は、民間銀行によって積極的に情報生産がなされていないとみなされる企業に関してはポジティブな効果を示しているが、民間銀行が情報生産をきちんとしていると思われる企業に関しては有意な効果を示していないのである。

第5章「金融仲介活動と景気変動」

 随氏は第4章までにおいて、銀行融資と企業の経営(とくに投資活動)の関係をミクロ経済分析の視点から分析してきた。学位申請論文の締めくくりとなる第5章は、これまでの視点を若干変えて、マクロ経済分析の観点から金融仲介活動(とくに銀行融資の機能)を分析している。マクロ経済分析の観点から金融仲介メカニズムの機能を分析する手法としては、銀行部門の債務によって構成される貨幣供給量と資産項目である貸付額のいずれの変化が名目(あるいは実質)GNPの変化をより正確に説明できるかという時系列分析が標準的手法となってきた。申請者は、(1)金融仲介において情報生産を伴うもの(主に銀行融資)とそうでないもの(典型的には、証券市場を通じる資金調達と供給)とを明確に区分して分析する必要がある、(2)情報生産を伴う金融仲介は、情報の生産が必要であるが故に硬直的になる、(3)資金調達者の側にも情報生産の必要な主体(たとえば中小、零細企業)と、そうでない主体がある点を明確に区別すべきである、という理論的理由から標準的手法に批判している。

 申請者の分析の狙いは、以上の批判的視点に立脚してマクロ経済における金融仲介構造の重要性を時系列分析に基づいて浮き彫りにすることである。具体的には、以下の3つの問題を統計的に考察している。

 (a)景気循環過程において銀行の貸出と証券投資のいずれが硬直的か。申請者が前章までにおいて強調してきたことは、銀行貸出が情報の生産を伴っており、それ故に硬直的であるという仮説である。この仮説が銀行部門の集計された貸付額と証券投資額の変動の相違によって確かめられるか否かが分析のポイントである。

 (b)借手企業の規模の違いが貸手の情報生産費用の相違となっているか。第2章における申請者の議論が示唆しているように、中小企業は大企業に比較して不完全情報の問題をより深刻に抱えていると考えられる。したがって、中小企業向け貸付は、大企業向け貸付に比較して、その変動が硬直的になると考えられる。申請者の狙いは、この仮説を時系列分析によって確かめることである。

 (c)企業規模の違いが在庫調整と内部資金の関係に有意な影響を及ぼしているか。企業の在庫調整は景気循環の具体的な様相を規定する重要な要因であるが、言うまでもなく企業による投資支出調整の一形態である。したがって理論的には、不完全情報による影響は在庫調整にも影響を及ぼすはずであり、申請者は標本企業を大企業と中小企業とに分割し、後者の在庫調整が内部資金の影響を強く受けているか否かを統計的に検討している。

 統計分析は集計された時系列に依拠しており、申請者は主として以下の結果を得ている。第一に、市場金利(コールレート)の変化に対する銀行貸出と銀行の証券投資のインパルス応答関数を調べると、申請者が理論的に推測しているように、銀行貸出の反応は証券投資額に比較して硬直的である。第二に、大企業向け貸出と中小企業向け貸出の調整ラッグをHansenのGMM法によって計測すると、中小企業向け貸出の調整ラッグが有意に大きい。第三に、在庫投資の調整関数を大企業と中小企業にわけて計測すると、中小企業の在庫調整には内部資金が重要な影響を与えている。

2提出論文の評価

 この学位申請論文は、最も先端的な金融理論(とくにミクロ的分析)を日本の金融に応用したものであり、そこでそこで取り上げられているトピックスはいずれも、学術的観点からばかりではなく、実際的(あるいは政策的)観点からも重要であると思われる。その意味では、提出論文は非常に意義のある論考の成果と評価できる。しかし同時に、いくつかの問題点を抱えていることを率直に指摘しなければならない。

 第2章の投資関数における流動性制約の分析は、比較的完成度が高いと評価できるが、実証研究の戦略としては不満な面がある。とくに申請者は、不完全情報を深刻に抱える企業とそうでない企業の区分を重視しているわけであるから、標本企業を一部上場企業と二部上場企業に区分するだけではなく、創業開始からの年限の短い企業と長い企業の区分などを行う工夫が必要であったと思われる。

 もっとも重要な問題点として、分析が十分に徹底されているかどうか明らかでない箇所が見られることを指摘しなければならない。たとえば、メインバンク関係と企業の交渉力を論じた第3章の理論モデル(40〜44ページ)は、非常に興味深い分析の萌芽を示してはいるが、理論分析としてはやや説明が不足している。たとえば、銀行がモニタリング費用をかけてより完全な金融取引を実現する場合に、企業がプラスの純余剰を確保できず、むしろモニタリング費用をかけない金融取引が選択される可能性がありうることをきちんと明らかにしておくべきであろう。また複数の銀行がモニターする場合の複占的競争の構造が必ずしも明確になっていない。申請者が強調する複数銀行による重複的な情報生産は、情報生産が重複的でないケースに比べて非効率的であるようにみえる。たとえば、銀行間の情報生産の重複を避けるメカニズムとして一種の協調融資としてのメインバンク関係を説明するSheard(1994)のモデルと、もっと明示的な比較がなされるべきであろう。

 第5章においては、中小企業向け貸出と大企業向け貸出のオーバータイムの変動が異なるという重要な仮説を情報生産コストの差異によって説明しようと試みられている。これは非常に重要な、興味深い試みであり、通説となっている(しかし疑問を呈している専門家も少なくない)「融資循環の二重性」仮説に対抗する論考である。したがって、その議論を、より深く、より注意深く検討し展開することが望まれる。申請論文においては、そのように重要で、豊かな含意をもつテーマが、少々あっさりと片づけられてしまっているという印象を与える。

 以上に述べたように、申請論文にはいくつかの物足りない箇所が散見される。しかし冒頭に紹介したように、この論文は最先端の理論的研究を日本の企業金融についての実証分析に応用しようとする野心的な試みである。膨大な統計資料の解析は申請者の真摯な研究姿勢をうかがわせるに十分である。この申請論文で取上げられているテーマの一部については、今後さらに興味深い分析は発展させられる可能性をもっている。その意味で申請者の的確な問題意識は高く評価されるべきである。以上のような理由から、審査委員会は申請論文が博士(経済学)の学位にふさわしいものと評価する。

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