学位論文要旨



No 112280
著者(漢字) 佐田,豊
著者(英字)
著者(カナ) サタ,ユタカ
標題(和) 3次元粒子追跡流速計の高性能化と高機能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 112280
報告番号 甲12280
学位授与日 1997.01.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3786号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
内容要旨

 乱流の促進,低減技術は流体と関わりのある全ての分野で極めて重要な技術である.乱流を効率的に制御するためには,乱流運動の生成,消滅のメカニズムを支配する乱流運動の準秩序構造の理解が必要であり,そのためには広い領域内における瞬時流速の分布情報が不可欠である.しかしながら,熱線・膜流速計,レーザドップラ流速計などの既存の流体計測手法はいずれも一点計測手法であり,上述の情報の取得は原理的に非常に困難である.一方,複数台のビデオカメラを用いて流れ場に投入した微小なトレーサ粒子の3次元運動を追跡する3次元粒子追跡流速計(Three-Dimensional Particle Tracking Velocimetry,3-DPTV)は,広い3次元空間内の流速3成分の同時計測が可能,3次元性の強い流れ場への適用が可能といった特徴を有し,上述の既存の流速計に伴う欠点を克服できる新たな流体計測手法である.現在までに開発された3-DPTV手法では,(1)測定の空間解像度が十分に高くない,(2)乱流統計量の算出には多大な労力と時間が必要,(2)気流などの高速流への適用が困難といった課題が残されているが,これらの課題を克服することによって,本手法は上述のような流れの空間情報を取得するための有力なツールとなり得る.また,3-DPTVで得られる情報は原則として速度3成分のみであるが,例えば,温度や濃度分布,界面の変形・運動などのその他の情報が同時に得られれば,本手法の応用はさらに拡大すると考えられる.特に,後者の情報は生体工学,流体関連振動,MEMSなどの分野で非常に有効である.

図1 計測システム

 本研究では,3-DPTVの高性能化,高機能化を図り,本手法を実用的な流体計測手法として確立することを目的とした.具体的には,まず,既存の計測システムを改良して計測の高空間解像度化,処理の高速化を達成し,次に高速気流計測への本手法の適用を試みた.さらに,3-DPTVを応用して,運動・変形する物体の形状とその周囲流体の同時計測手法を開発した.

 図1に3-DPTVの計測システムを示す.システムは3台のTVカメラ,3台の光ディスクレコーダ,光源,デジタル画像処理装置,EWSなどから構成される.実験時には3台のTVカメラを用いて任意の方向より被測定領域を観察し,各カメラの出力する同時刻の画像を30Hzまたは60Hzで光ディスクに記録する.データ処理時には光ディスクの再生画像を画像処理装置でA/D変換した後,EWSへ転送し,トレーサ画像座標計算,トレーサ3次元追跡の処理を実行して流速3成分を求める.光ディスクレコーダ,画像処理装置はEWSによって制御することが可能で,実験,データ処理の完全な自動化が達成されている.本システムと後述する計測処理手法の導入により,100セットの画像データの処理を約15分で実行できた.

 計測処理はカメラ較正と流速計算の処理に大別される.後者の処理では,トレーサ画像座標計算,トレーサ3次元位置計算,トレーサ3次元追跡の手続きを実行して流速ベクトルを求める.トレーサ3次元追跡では最大4時刻ステップ間にわたるトレーサ追跡法を開発した.この手法は,図2に示すように,まず,時刻前のトレーサの位置情報より時刻後のトレーサ位置を推定し,推定位置の周りに設定した探索領域内にトレーサを探索してその軌跡を認定する.この探索領域の大きさは全てのトレーサ運動を追跡できる範囲で可能な限り小さいことが望ましいが,本研究では,探索領域の大きさ,及びトレーサ位置推定に用いられるパラメータが,連続する画像の時間間隔と測定対象である乱流場のLagrangeスペクトルから決定できることを示した.

図2 トレーサ粒子多時刻追跡法

 開発した手法の有効性を数値シミュレーションにより検証した.本計測手法は具体的な計測条件の下で,900個以上の瞬時速度ベクトルを計測することが可能であり,また,計測条件によらず,虚偽速度ベクトルの発生率は非常に小さい.さらに,確率モデルを用いた解析により,トレーサ像の合体,虚偽トレーサ位置の発生,トレーサ軌跡の交差が計測の空間解像度に与える影響を定量的に評価し,効率的な計測を行うための計測条件を明らかにした.

 3-DPTVの高速気流への適用では,まず一般的な気流用トレーサに対して,周囲流体への追従性,画像の鮮明さ,取り扱いの容易さといった点から検討を加え,プラスチックカプセル(以下,プラスチック粒子),及びHeを封入したバブル(以下,バブル)をトレーサとして選択した.プラスチック粒子は直径が約100mと小さく,鮮明な画像が得られるものの,乱れの高周波数成分に対する追従性は十分でない,静電気力により壁面に付着するといった欠点がある.一方,バブルは乱れの高周波数成分に対しては高い追従性を有するものの,直径が約1mmと大きく,小さなスケールの乱流運動に対する追従性が十分でない.上述のように,本研究で使用したトレーサはいずれも乱れの高周波数成分,または小さなスケールの運動に対する追従性は十分ではないが,後述する実験条件下では,乱れエネルギーの大部分が保有されるスケールの大きい,低周波数な運動に対しては十分な追従性を有しており,少なくとも2次までの乱流統計量の計測には適用可能と判断した.

 気流計測用のシステムの構成は,上述のものとほぼ同様である.ただし,連続する画像におけるトレーサの移動量を適切とするために,2台のストロボスコープをTV信号の垂直帰線期間の前後で発光させることにより,1枚のTVフレームを構成する奇・偶数フィールドに任意の時間間隔で隔たる2枚のトレーサ画像を記録するように改良を行った.

 開発した手法の有効性を評価するために,選択した2種類のトレーサを用いて正方形断面管内乱流を計測し,熱線流速計による計測結果と比較した.正方形管はl辺Dが70mmであり,約5mの助走部,テストセクション,圧力回復部から構成される.被測定領域は管1/4断面である.水力直径と管中心流速で定義されるレイノルズ数は23,000であった.図3は本手法,及び熱線流速計による管路壁面の垂直2等分線上における流れ方向の変動速度のrms値である.ここで,管中心を原点とし,y軸を鉛直上向きとした.プラスチック粒子によるy軸上の分布は下壁面近く(y<-0.8)の領域で明らかに異常な分布を示す.プラスチック粒子を用いた実験では下壁に付着,堆積した多量のトレーサが画像のノイズとして作用するため,下壁面近傍では正しいトレーサ追跡が行えない.しかしながら,バブルによる結果,及び下壁面近傍を除くプラスチック粒子の結果はいずれも熱線流速計による結果と非常に良い一致を示している.図4は管断面内の2次流れベクトルである.このような2次流れは主流速度の1%程度と極めて弱い運動であるが,両トレーサによる結果は定量的に良く一致している.従って,上述のように,乱れエネルギーの多くを保有するマクロな流体運動に対してトレーサの追従性が十分であれば,低次の乱流統計量の計測に対しては本手法が有効であると結論できた.

図3 壁垂直2等分線上のurmsの分布

 また,3-DPTVの原理を応用して,運動・変形する物体の形状とその周囲流体の同時計測手法を開発した.ここで,物体形状はその表面上に設けた多数の参照点の3次元運動を追跡して計測する.物体形状を再構成するためには全計測時間にわたり全ての参照点の運動を正しく追跡する必要がある.本研究では,参照点像の認定手法,およびニューラルネットワークのアルゴリズムであるボルツマンマシンを応用した参照点の3次元追跡手法を開発した.前者の処理では,最小値フィルタ,輝度対数変換,ラプラシアンフィルタの組み合わせによる画像強調を行い,動体形状によって変化する参照点の輝度によらず,同一の輝度しきい値を用いて参照点像を認定することが可能である.参照点3次元追跡の処理では,まず,トレーサ3次元追跡と同様の方法で参照点の軌跡の候補を探索し,図5に示すようなニューラルネットワークを生成して,それぞれのニューロユニットに参照点の軌跡を代表させる.次に,人の視覚運動情報処理系をモデル化してネットワークのエネルギー関数を作成し,シミュレーティッド・アニーリングを実行して,正しい参照点の軌跡を認定する.この手法は参照点の推定位置精度が低下する場合でも,シミュレーティッド・アニーリングの回数を大きくとることで正しい参照点の追跡が行える.

図4 正方形管断面内の2次流れ(左:バブルによる結果,右:プラスチック粒子による結果)図5 ニューラルネットワークの生成

 開発した手法の有効性を検証するため,手法を乱流中に設置された旗の形状とその周囲流体の同時計測に適用した.旗は41.5mm×40.2mmの絹製で,黒地に計61個の白点がプリントされている.この旗を幅80cmの2次元チャネル乱流中に挿入し,さらに適切な揺らぎを得るため,旗の上流に幅30mmの平板を挿入した.チャネル半幅とチャネル中心流速で定義されるレイノルズ数は3,044であった.トレーサ粒子としては直径約270mのナイロン12粒子を用いた.

 図4はある時刻における旗の形状とその周囲の流速ベクトルをコンピュータグラフィクスの手法を用いて表示したものである.本実験では,開発した参照点追跡手法を用いて全ての計測時間にわたり参照点を正しく追跡することができ,また,その周囲に最大186個,平均約120個の瞬時流速ベクトルを取得することができた.

図6 ある時刻における旗の形状と周囲の流速ベクトル
審査要旨

 本論文は,「3次元粒子追跡流速計の高性能化と高機能化に関する研究」と題し,5章より成っている.

 乱流の促進,低減技術は流体と関わりのある全ての分野で極めて重要な技術である.乱流の効果的な制御にはその力学的機構,特に準秩序構造の理解が必要であり,そのためには広い領域における瞬時の速度分布情報が不可欠である.しかしながら,既存の流体計測手法はほとんどが一点計測手法であり,上述の情報の取得は原理的に困難である.流れ場に投入した微小なトレーサ粒子の画像から流体速度を計測する粒子画像流速計(PIV)は,広い領域内の流速の多成分の同時計測が可能という特徴を有し,従来の流速計の抱える弱点を克服できる新たな流体計測手法である.そこで,本論文ではPIV手法の一つである3次元粒子追跡流速計(3-DPTV)の高性能化,高機能化を達成し,本手法を実用的な流体計測手法として確立することを目的としている.

 第1章は序論であり,従来の関連研究を概観し,本研究の目的を述べている.まず,PIV手法を自己相関型PIV,相互相関型PIV,流跡線法,2-DPTV,3-DPTVに分類し,3-DPTVの特徴を明らかにしている.複数台のビデオカメラを用いてトレーサ粒子の3次元運動を追跡するこの手法の長所として,流速3成分の同時計測が可能,被測定領域が3次元空間である,3次元性の強い流れ場への適用が可能といった点が記されている.一方,その欠点としては,測定の空間解像度が低い,高速流,高Re数流れへの適用が困難,計測処理に長時間を有するといった点が指摘されている.また,PIV手法で得られる情報は原則として流速情報のみであるが,温度や濃度分布,界面の変形・運動などの情報が同時に取得できれば,本手法の応用はさらに拡大すると述べられている.このような背景から,本論文では,3-DPTVシステムの高空間解像度化,計測処理の高速化を達成し,次に比較的早い流速の気流計測へ適用を図ること,並びに運動・変形する物体の形状とその周囲流れの3次元同時計測手法を開発することにより高機能化を図ることを目的としたことが述べられている.

 第2章では,3-DPTVの計測処理の高速化、高空間解像度化に関する詳細が述べられている.計測処理の高速化に対しては,高性能なEWSを有する計測システムの構築と計測アルゴリズムの高速化により,従来の手法と比較して処理時間を1/7に短縮している.また,高空間解像度化を目的として,合体したトレーサ粒子像の分離アルゴリズム,連続する4時刻ステップにわたるトレーサ追跡アルゴリズムを開発し,さらに乱れのLagrangeスペクトルを用いてトレーサ追跡条件の最適化を行っている.これらの手法の有効性は数値シミュレーションにより検証され,具体的な計測条件の下で900個以上の瞬時速度ベクトルの計測が可能であることが示されている.また,数値シミュレーション,確率モデルを用いた解析により,トレーサ像の合体,虚偽トレーサ位置の発生,トレーサ軌跡の交差が計測の空間解像度に与える影響を定量的に評価し,効率的な計測の条件を明らかにしている.

 第3章では,3-DPTVの高速気流計測への適用が述べられている.一般的な気流用のトレーサ粒子に対して検討を加え,プラスチック中空微粒子(プラスチック粒子)及びHeを封入したバブル(バブル)をトレーサとして選択している.また,前章の計測システムに対して,連続する2枚のトレーサ画像の時間間隔を1/60s以下で任意に設定できるように改良を加えている.さらに,本手法を正方形断面管内乱流の計測に適用し,乱流統計量を求め,熱線流速計による結果と比較している.本実験条件下ではプラスチック粒子は乱れの高周波数成分に対する追従性が,バブルは小さなスケールの運動に対する追従性は十分ではないが,両トレーサによる結果と熱線流速計による結果はいずれも良く一致することが示されており,乱れエネルギーの大半を保有するマクロな流体運動に対して追従性が十分であれば,低次の乱流統計量の計測に対してこの手法が有効であると結んでいる.

 第4章では,運動・変形する物体の形状とその周囲流れの3次元同時計測手法の開発が述べられている.この手法では3-DPTVによって流体速度を計測すると同時に,物体表面に設けた多数のマーカを3次元的に追跡して物体の形状を計測する.全ての参照点を完全に追跡するために,参照点画像の認識の手続きにおいて,対数変換とラプラシアンフィルタを用いた画像強調処理を取り入れている.また,参照点の3次元追跡の手続きでは,ニューラルネットワークの基本的なアルゴリズムであるボルツマンマシンを応用し,隣接する参照点の相対運動を考慮した新たな追跡手法を開発している.この追跡手法によれば,参照点の運動が急変する場合でも正しい追跡が可能であることが数値シミュレーションによって示される.さらに,乱流中の旗の揺らぎとその周囲の流れの同時計測へ本手法が適用される.計測は2次元ダクト中央に参照点の設けられた旗を設置し,上流に流れを撹乱させるための平板を挿入して行っている.計測の結果,全計測時間にわたり参照点を完全に追跡することに成功し,その周囲に平均約120個の瞬時速度ベクトルを取得している.また,これらの結果より,平均的な旗の形状とその周囲の平均速度,変動速度のrms値の分布が示されている.

 第5章は,結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

 以上要するに,本論文は,瞬時速度3成分の空間分布情報の取得に有効である3-DPTVを実用的な流体計測手法として発展させるために,計測処理の高速化,計測の高空間解像度化を達成し,高速の気流計測へ適用することによって手法の高性能化を実証している.さらに,本手法の応用として物体の運動・変形とその周囲流れの同時計測手法を開発し,手法の高機能化を達成している.従って,本論文は流体工学及び乱流工学の上で寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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