内容要旨 | | 可燃性混合気が加熱した固体表面に接触すると,ある条件のもとではみずから伝播する能力のある火炎を生じさせることができ,これを熱面点火と呼ぶ.熱面点火が重要な意味を持ってくる燃焼現象が鉱山での爆発事故や内燃機関などに見られる.熱面点火を利用したものとしてはディーゼルエンジンのグロープラグを例として挙げることができ,また火花点火機関のノッキングも熱面点火が関係している.実用的な面以外にも,熱面点火は防災学および燃焼学の基礎的な観点からも重要である. これまで行われてきた熱面点火に関する研究例は決して少なくはないが,それでも依然として熱面点火の基礎的な機構は充分に解明されているとは言えない.熱面点火の機構解明を阻んでいる理由としては,次の三つの影響が挙げられる.まず,自然対流の影響である.熱面点火においては,熱面を加熱してから予混合気が点火するまでにはある程度の時間遅れがあるため,高温熱面が引き起こす自然対流の影響が無視できない.次は,触媒反応による熱面温度の上昇の影響である.熱面として白金線を用いた場合は,白金線を設定温度まで加熱した直後から表面で激しい発熱を伴う触媒反応が起こるため,白金線の温度は一定にはならず,徐々に上昇し,やがて予混合気が点火する.最後は,熱面点火に及ぼす酸化の影響である.メタン-空気予混合気を熱面点火するためには約1400K以上の高温熱面が必要である.貴金属である白金は高温でも酸化されにくいが,ニッケルは温度が高くなるにしたがって酸化が激しくなる. 以上の観点から,本研究ではメタン-空気予混合気の熱面点火に関する実験的および数値解析的研究を行い,熱面点火の機構を解明することを目的とする.まず,第2章では,通常重力場において,電気的に加熱されたニッケル板および白金板を点火源として,熱面点火実験を行い,点火遅れおよび点火温度と当量比の関係を調べる.点火温度の当量比依存性に及ぼすニッケルの高温酸化および白金の触媒作用の影響について実験的に調べる.熱面温度を制御しない熱面点火実験には,表面反応による発熱効果および反応物の消費効果が共存する.また,実験にあたっては,初期条件を明確にし,解析をできるだけ容易にするために,熱面温度の制御が必要になる.第3章では,熱面点火装置を次のように改良した.きわめて短時間で熱線をあらかじめ決められた設定温度まで加熱し,加熱完了後は予混合気が点火するまで熱線の温度をその設定温度に保つよう加熱量を制御する熱線温度制御装置を設計した.この実験装置を用い,通常重力場および微小重力場において熱面点火実験を行い,熱面点火に及ぼす自然対流の影響を調べる.熱面として触媒効果がないニッケルおよび代表的な触媒である白金を用いて実験を行い,触媒作用が熱面点火に与える影響を実験的に調べる.また,ニッケルの高温酸化が熱面点火に与える影響を調べるために,酸素中でニッケル線を加熱してその表面を酸化させた熱線を用いて点火実験を行う.微小重力場において定温度熱線を用いて予混合気を点火すると,現象は熱線を対称軸とした軸対称となる数値シミュレーションを用いた解析が容易になる.これを利用して第4章では,詳細な化学反応モデルおよび多成分拡散を考慮した数値シミュレーションを行い,微小重力場で得られた実験結果と比較する.白金を用いた場合は,数値計算において白金の表面反応モデルを入れて数値計算を行った.ニッケル線の場合は,数値計算の中で表面反応がない状態,すなわち,不活性表面と仮定した.さらに,ニッケルの酸化反応モデルを入れて数値計算を行い,熱面点火に及ぼすニッケルの高温酸化の影響について考察する. 本研究の結果をまとめると,次の四つのことを挙げられる.まず一番目は,定容容器内での熱面点火現象は非定常現象であることに着目し,点火遅れの設定温度依存性および点火遅れの概念が入っている点火温度の当量比依存性について調べた.二番目は,点火温度の当量比依存性および予混合気の濃度変化により熱面点火に及ぼす白金の触媒作用の影響について調べた.三番目は,定容容器内での熱面点火に及ぼす自然対流の影響について調べた.四番目は,熱面としてニッケル線および酸化ニッケル線を用いて熱面点火実験を行い,ニッケルの酸化程度によって点火遅れおよび点火温度の当量比依存性が変わることがわかった.不活性表面およびニッケルの酸化反応モデル入れた酸化表面での数値計算を行い,熱面点火に及ぼすニッケルの酸化の影響について調べた.以上の四つのことを中心にして本研究の実験結果および数値計算結果をまとめる. これまで行われてきた定容容器内での熱面点火に関する研究の大部分が点火しやすさの評価方法として点火温度を採用している.第2章で行われた実験は熱面温度を制御しなかったため,熱面温度が点火遅れにより増加し,点火遅れによる点火温度の変化は大きくなかった.第4章で行われた数値計算の結果から,点火遅れによる点火温度の変化は点火遅れが長くなるにしたがって小さくなることがわかった.それらの結果から,熱面点火の非定常現象を説明するためには,第3章で行われた実験のような加熱時間が短い熱線温度制御装置を用いる必要がある.第3章での実験結果から,点火温度は点火遅れが長くなるにしたがってほぼ線形的に高くなる.点火温度の点火遅れ依存性はニッケル線よりも白金線を用いた方が強い.それは,白金の表面反応による反応物の減少のためである.通常重力場および微小重力場において定温度熱線を用いた実験結果から,点火遅れが長くなるにしたがって点火温度に及ぼす自然対流の影響が強くなる.その影響はニッケル線よりも白金線で大きい.CowardとGuestの実験結果のなかで白金線での点火温度が本実験結果よりも強いピークを持つのは点火遅れの違いためであると考えられる. 熱面温度を制御しなくて行われた熱面点火実験で,白金触媒の表面温度の履歴から,表面反応の発熱により熱面温度が増加することを確認した.定温度熱線を用いた熱面点火の実験および数値計算結果から,触媒作用を持つ白金を用いると,点火温度は高くなり,点火遅れが長くなることがわかった.点火温度の当量比依存性に関する結果から,理論混合比の付近で点火温度は一番高くなることがわかった.数値計算結果から,白金の表面反応により反応物が減少し,それが触媒作用により熱面点火を抑制する理由であることがわかった.ニッケル線および白金線での点火温度を比較すると,点火遅れが短い領域でも点火温度の差は大きい.これは,数値計算結果で反応物の時間的変化から表面反応による反応物の減少は早く起こるためである. 定容容器内での熱面点火に関する研究の大部分が通常重力場で行われているので,自然対流の影響はそれらの研究結果を理解するために重要である.まず,通常重力場および微小重力場においてニッケル線を用いて得られた点火温度を比較すると,自然対流により点火温度は高くなることがわかった.この結果から,自然対流が起こす流動により熱線から予混合気が受ける熱量は減ることが言える.点火遅れが長くなるとニッケル線における自然対流の影響は強くなる.これは自然対流が熱伝達に及ぼす影響だけではなく,ニッケルの酸化に及ぼす影響が大きいためである.自然対流がニッケルの酸化に影響を及ぼすのは,自然対流による点火温度の増加と当量比の関係からわかる.白金線の場合でも,自然対流により点火温度は高くなることがわかった.この結果から,自然対流が起こす流動により反応物が熱線に供給され表面反応が活発になり,熱線周りにある点火領域での反応物の減少が大きくなることを考えられる.自然対流による点火温度の増加と当量比の関係から,表面反応が活発である理論混合比では,自然対流の影響は短い点火遅れでも強いことがわかる.理論混合比から離れた当量比の場合,点火遅れが短い領域では自然対流の影響が理論混合比の方より弱いが,点火遅れが長くなるにしたがって強くなる. 反応性が低い燃料であるメタン-空気予混合気を熱面点火するために,ニッケル線は熱面温度1400K以上になり,高温酸化が起こる.熱面として酸化ニッケルを用いて点火実験を行った結果,酸化状態によって表面温度および点火遅れが変化した.さらに,その結果を用いて各当量比における点火遅れが0.3秒のときの点火温度を整理すると,ニッケル線での点火温度は当量比0.7付近で最小値を持つが,酸化ニッケル線では点火温度の最小値が当量比0.9付近に変化する.酸化ニッケル線の成分分析から,ニッケルの酸化により酸素がニッケル線に吸収されたことがわかった.数値計算で表面反応がない不活性表面を用いて得られた点火温度は理論混合比付近で一番低く,その点火温度の当量比依存性は酸化ニッケル線での実験結果と似ている.ニッケル線を用いた実験においては,ニッケルの酸化により熱線周りの酸素が消費され,点火領域にある予混合気の当量比が高くなると思われる.それで,酸化ニッケル線の成分を分析し,酸素消費率の設定温度依存性から酸化反応式での活性化エネルギーを求めた.ニッケルの酸化反応を考慮した数値計算を行った.その結果,ニッケルの酸化反応による点火領域での当量比の変化を確認した.点火温度の当量比依存性に関して,酸化反応を考慮した数値計算の結果は微小重力場で得られたニッケル線での実験結果と比較してよく一致した. |