学位論文要旨



No 112287
著者(漢字) 八島,正明
著者(英字)
著者(カナ) ヤシマ,マサアキ
標題(和) 可燃性物質表面に沿って燃え拡がる火炎の伝ぱ機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 112287
報告番号 甲12287
学位授与日 1997.02.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3789号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 鶴田,俊
内容要旨

 これまでに燃え拡がり現象を把握し、その燃え拡がり機構を明らかにするために多くの研究がなされてきたが、燃え拡がりの際の火炎先端の性質については、重要な問題でありながら、あまり明確な説明がなされてこなかった。そこで本研究では、可燃性物質表面に沿って火炎先端が移動(伝ぱ)できる機構を明らかにし、そのときの火炎先端の性質について調べた。

 第1章では、炎の危険性と燃焼制御が未だに不完全であるため、火災による人的被害が減少しない実状を挙げ、火災の拡大を抑えるには燃え拡がり現象そのものを把握する必要性を説いた。そして、これまでの可燃性物質表面に沿った燃え拡がり研究に関して、文献調査をおこない、本研究の方向性を定めた。

 第2章では、実際に空間を伝ぱする火炎先端の性質を明らかにするために、燃え拡がり現象を燃焼とともに気化領域が移動する現象としてシュミレートできるような移動実験装置を考案し、その装置と実験方法を示した。その移動装置を使い、凝縮相の熱移動を制御した実験計画を立て、第3章から第6章で実験を、愛7章では理論解析をおこない、第8章では、これらの実験と理論解析により総合的な考察のもとで、火炎の伝ぱ機構を検討した。

 第3章では、PMMA片を可燃性物質として用い、そのPMMA片移動(気化領域の移動)に対する火炎先端の追従性を調べた。その結果、PMMA片の移動が定常であれば、その速度が30cm/s〜40cm/s以下の範囲では、火炎先端は移動速度とともに後退するが、常にPMMA片の前端より先行していること、さらに、移動速度が30cm/sから40cm/s以上になると、火炎先端は不安定になり、火炎先端がPMMA片の移動に追従できなくなることを明らかにした。このような火炎先端の性質について、火炎帯に対して可燃性気体と酸化剤が逆方向から拡散流入する対向流拡散火炎と単一液滴まわりに形成する拡散火炎の性質と比較し、それらの火炎先端の強制対流に対する安定限界の類似性から、本実験における火炎先端が拡散火炎の性質と同じであることを推察した。

 第4章では、3章と同じ気化領域を持つ小型の容器を製作し、異なる性質を持つ可燃性液体を用いて、容器移動(気化領域の移動)への火炎先端の追従性を調べた。その結果、可燃性液体についても、火炎先端が容器の移動速度に追従できなくなる速度があり、それが45cm/s以下にあること明らかにした。さらに、移動速度が増加すると吹き飛び、消炎に至る速度が可燃性液体ごとに存在することがわかった。種々の可燃性液体を用いた結果、形成する火炎先端の位置が、可燃性気体の分子拡散速度に基づいていること、火炎からの熱伝達にともなう可燃性気体の供給速度(質量燃焼速度)が伝ぱの際には重要な役割を果たしていることを明らかにした。特に、ケロシンとデカンは静止時の燃え拡がり速度が小さいものであるが、移動させた実験でも、容器に追従し、吹き飛び、消炎に至る速度が小さいことがわかり、それらの質量燃焼速度が小さいこととの関係から、伝ぱできる速度がどれだけ可燃性気体が火炎先端に供給されるかということに関わっていることを推察した。

 第5章では、3章と4章のように、火炎からの熱伝達によって可燃性気体が発生するということと切り放し、可燃性気体の吹き出し速度(供給速度)を制御した実験をおこなった。実験では、3章と4章と同じ気化領域を持つ焼結金属からなる多孔質燃焼器を製作し、メタン、プロパン、そしてメタン-空気予混合気を吹き出させ、火炎先端の燃焼器移動(吹き出し領域の移動)への追従性を調べた。その結果、可燃性気体のみを吹き出させた場合と可燃性予混合気を吹き出させた場合では、移動時の火炎先端の挙動が異なることを明らかにした。3章と4章における火炎先端の挙動は、可燃性気体のみを吹き出させた場合と同様であり、気化領域の移動に追従できる限界の速度は同じ程度であった。また、移動速度の増加とともに火炎先端が前方へ変位するようになるとき、火炎帯の前後に循環流が発生していることがわかった。このような循環流が、火炎先端の保持に寄与していると思われるが、循環流の発生がない移動速度でも火炎が伝ぱすることから、循環流の発生が火炎の伝ぱに必要な条件ではないことを推察した。本実験では吹き出しのみを制御したことから、移動速度と火炎先端への可燃性気体の供給速度の関係を明らかにすることができた。

 第6章では、凝縮相内の前方への熱移動がともなう場合について、伝ぱ火炎の可燃性物質移動への追従性を調べた。可燃性固体としては、熱的に薄いものと厚いものの代表として用いられることが多いろ紙とPMMA板を用いた。その結果、熱的に薄い固体では、移動とともに火炎が表面に近づき、表面への熱流束が増加し、燃え拡がり速度が増加すること、熱的に厚い固体では、移動とともにすぐに火炎先端は後退するが、吹き飛び、消炎に至らず、保持され、振動的な動きで燃え拡がりを継続することがわかった。このような事実は、同じ熱流束を表面に与えた場合、熱的に薄いものは燃焼反応が継続できるのに十分な可燃性気体の発生があるものの、熱的に厚い場合には可燃性気体の発生が不十分になる場合があることを示唆するものである。従って、燃え拡がり速度が凝縮相内の熱移動速度に依存するという従来の解釈のほか、燃え拡がり速度が可燃性気体の火炎先端への供給速度に依存するという解釈ができることがわかった。

 さらに、可燃性液体についても調べた。主に引火点以下の一様燃え拡がり速度を持つ領域について、静止時の燃え拡がり速度を可変するために異なる液体を用い、液相内の流動が可能な細長い容器を用いた実験をおこなった。その結果、液相内の流動、循環流の挙動が、液面に沿った燃え拡がりにおいて重要であることを明らかにした。気相の現象として見た場合、液面に沿った火炎先端は見かけ上、10cm/s以下の容器の移動速度で後退するが、静止空間から見ると、その場合でも前方へ燃え拡がりを続けていることがわかった。火炎先端は静止空間を対向気流を受けて、伝ぱしているが、このような伝ぱができる速度の限界は、静止時の燃え拡がり速度に近いことを推測できた。また、液体を用いても、凝縮相内の性質に依存することがガラスビーズに浸潤させた場合の実験から明らかになり、火炎先端は固体表面に沿った時と類似した挙動を示すことがわかった。

 第7章では、火炎面モデルを使った理論解析をおこない、時間あたりの濃度変化により火炎先端の形成位置が移動することを示し、そのことが拡散火炎の性質を持つ場合の火炎先端の伝ぱであることを説明した。

 第8章では、可燃性物質表面に沿った伝ぱ機構を検討し、異なる可燃性物質を用いても、移動できる限界が概ね40cm/s以下である事実を挙げ、その速度までが拡散火炎の性質を持って伝ぱできる限界であることを説明した。それ以上の速度では、火炎先端位置と吹き出し位置の変位に見られるように、火炎先端への可燃性気体の拡散供給する速度が追いつかずに、拡散火炎の性質をもつ火炎先端が不安定になったり、あるいは火炎反応帯において可燃性気体が過剰に供給され、燃焼が完結できずに消炎に至ることになる。可燃性物質表面に沿った燃え拡がりにおいて、固体の燃え拡がり速度は、通常40cm/sよりも十分に小さいことから、拡散火炎先端の性質で伝ぱするものと考えられる。液体では、引火点よりも低く、燃え拡がりが液相の熱移動の影響を受る場合、(振動伝ぱにおいてはいまだ議論の余地があるものの)、予混合火炎の性質がなくとも、火炎先端が拡散火炎の性質を持って伝ぱできるものと考えられる。

 第9章では、総括として、1章から8章の研究を振り返り、新たな課題となる疑問点を挙げ、将来への展望を示した。そして、本研究の結論として、これまで明らかにされてこなかった、拡散火炎の性質を持つ火炎先端が伝ぱする現象を明らかにすることができ、このような知見をもとに身の回りで発生する現象への適用を試みた。

審査要旨

 本論文は、「可燃性物質表面に沿って燃え拡がる火炎の伝ぱ機構に関する研究」と題し、火災の拡大の経緯を把握し、火災性状の予測をおこなう上で不可欠な、可燃性物質表面に沿って燃え拡がる火炎の伝ぱ機構を解明する目的で、移動する拡散火炎の先端付近の熱流体力学的特性を調べた結果についてまとめたもので、9章からなっている。

 第1章は、「序論」で、燃え拡がり現象に関する研究の必要性、これまでに行われてきた研究成果の概要および残された問題点について述べ、本研究の位置づけを行っている。

 可燃性固体表面に沿っての燃え拡がりに関する研究は、火災の基礎研究として、これまで数多くおこなわれてきた。それらの研究により、可燃性固体の厚さと燃え拡がり速度の関係を初め多くのことが明らかにされたが、燃え拡がり機構については、まだ定説がない。特に、燃え拡がり時の火炎すなわち伝ぱしている拡散火炎の先端が、予混合火炎の特性である気相を伝ぱする性質を有しているかどうかが、現在の燃え拡がり機構に関する論議の争点である。このような背景のもとで計画された本研究では、空気中で種々の可燃性物質の拡散火炎を形成させ、それを任意の速度で移動させるという独特の実験方法で、燃え拡がり時の火炎をシミュレートし、条件を広い範囲で変化させて、その先端の性質を解明することを目的とした。

 第2章は、「各実験に共通する実験装置と各実験の概要」で、本研究で用いた実験装置、実験方法、計測装置、計測方法、可燃性物質付近の流れの場などについて述べ、本研究で得られたデータの信頼性を検討している。

 第3章、第4章および第5章は、それぞれ「PMMA片移動時の火炎先端の挙動」、「可燃性液体の入った容器移動時の火炎先端の挙動」および「可燃性気体吹き出し領域の移動と火炎先端の挙動」で、本実験に使用した装置によって調べた、固体、液体および気体の可燃性物質が空気中で燃焼する際形成される拡散火炎が移動する場合の火炎先端の挙動について調べた結果について述べている。

 可燃性物質が固体のPMMAである場合、移動速度が30から40cm/sになると、火炎先端は移動に追従できず、不安定となる。また、可燃性物質が液体である場合、液体の性質が異なっても、火炎先端が追従できなくなる移動速度は、45cm/s以下である。これらの結果は、可燃性物質表面に形成される拡散火炎が移動する場合には、火炎先端が追従できる限界の速度があることを示している。このことを、可燃性気体を多孔質平板表面から吹き出したときに形成される拡散火炎を移動しておこなった、広い条件範囲での実験により、確かめている。

 第6章は、「伝ぱ火炎の可燃性物質移動への追従性」で、伝ぱ中の火炎が可燃性物質の移動に伴って変化する様子、特にその追従性について調べた結果をまとめている。可燃性物質が固体であっても液体であっても、火炎先端の挙動は、その前方の可燃物質への熱移動に強く依存することを指摘している。

 第7章は、「火炎先端付近の数値解析」で、可燃性物質表面上を燃え拡がる火炎先端の性質を明らかにするために、火炎面モデルによる簡単な数値解析をおこない、火炎先端付近の火炎形状と濃度場、温度場の様子を調べた結果について述べている。この数値解析の結果に基づき、濃度変化により火炎が移動できることを指摘している。

 第8章は、「可燃性物質表面に沿って燃え拡がる火炎の伝ぱ機構」で、本研究で得られた結果に基づき、可燃性物質の表面に沿っての燃え拡がり機構について検討している。可燃性物質表面に沿って燃え拡がる場合、火炎はその付着点においても拡散火炎に近い性質を有していることを指摘し、火炎先端の前方に燃焼範囲の可燃性混合気が形成されていなくても、熱分解領域や蒸発領域の前進などにより、火炎先端背後における可燃性気体の濃度勾配の増加が誘起され、火炎は前方に移動するという、火炎の伝ぱ機構を論理的に導いている。

 第9章は、「総括」で、本研究で得られた結果を総括している。

 以上要するに、本研究は、可燃性物質表面に沿って燃え拡がる火炎の伝ぱ機構について、火災科学上これまで曖昧であった部分に、信頼できる新しい知見を加え、火災性状予測や防火対策など、火災による損失低減のための活動に役立つ基礎知識の蓄積に寄与したものであり、火災科学ならびに化学システム工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54549