学位論文要旨



No 112288
著者(漢字) 崔,允聖
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ユンソン
標題(和) 抗エイズウイルス作用を有する硫酸化リボオリゴ糖・多糖の合成及び生理活性
標題(洋) Synthesis and Anti-AIDS Virus Activity of Sulfated Oligo-and Polysaccharides
報告番号 112288
報告番号 甲12288
学位授与日 1997.02.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3790号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 千鯛,眞信
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 助教授 荒木,孝二
 北海道大学 助教授 吉田,孝
内容要旨

 当研究室では無水糖モノマーの開環重合による立体規則性多糖や天然多糖を硫酸化した硫酸化多糖が高い抗エイズウイルス作用を持つことを見出している。そこで、多糖構造と機能との関係を考察するため、遺伝子の構成物質であるD-リボースに着目し、新規構造を有する多糖、オリゴ糖を合成し、抗エイズウイルス作用と構造との関係を調べた。主な研究を以下に述べる。

1.硫酸化リボオリゴ糖の完全化学合成と抗エイズウイルス活性化に関する研究

 無水リボース誘導体の重合はこれまでに報告されているが、天然に存在しない中分子量のオリゴ糖を効率よく合成出来たという報告はない。触媒、溶媒、重合温度等を詳細に検討し、BF3・OEt2触媒、塩化メチレン溶媒で希薄濃度条件下、24時間重合させると、分子量9千程度の立体規則性リボースポリマー(1、5-構造)が得られることを見出した。保護基を脱保護し、アセチル化を行い分子量5千の中分子量オリゴ糖を得た。リボオリゴ糖の還元末端に長鎖アルキル基を結合させた。長鎖アルコールとルイス酸触媒の組み合わせによりほぼ定量的に還元末端にアルキル基を導入される条件を見出した。脱アセチル化、硫酸化を経て、種々のアルキル化度、硫酸化度を持つ中分子量アルキルリボオリゴ糖を合成できた。抗エイズウイルス作用は、アルキル化度の違いによって大きく異なり、アルキル化度が高いと高分子量硫酸化多糖と同じ高い抗エイズウイルス作用を持ち、アルキル化度が低いと活性も低くなることが明らかになった。毒性及び抗凝血性は、高分子量硫酸化多糖に比べはるかに低く、アルキルリボオリゴ糖の有用性が示された。

Table.Anti-HIV and Anticoagulant Activities of Sulfated Octadecyl Ribofuranana)50% Effective concentration.b)50% Cytotoxic concentration.c)Dextran sulfate H-039,22.7 units/mg.d)Degree of polymerization calcuated by the MW/molecular weight of sugar unit.e)Sulfated ribofuranan.f)Minimum effective concentration for 100% inhibition of the AIDS virus infection.g)Standard curdlan sulfate.h)Weight average molecular weight.Fig.1.400MHz1H NMR Spectrum of acetylated octadecyl ribofurana(CDCl3 as solvent)(n=0.6×104,n=26.7,the degree of alkylation=88%)Fig.2.600MHz1H NMR apectra of (A)(1→5)-a-D-ribofuranan(B)octadecyl ribofuranan,and(C)sulfated octadecyl ribofuranan(D2 as solvent at 40℃)
2.モノデオキシ多糖の合成と生理活性

 2-または3-デオキシ無水リボースの単独重合及び1、4-無水リボース誘導体との共重合を行うことにより水酸基の数及び硫酸化度が制御された分子量5800-2万程度の新規硫酸化多糖を合成し、硫酸化度と生理活性との関係を調べた。モノデオキシリボース誘導体モノマーの単独重合で得られる硫酸化度1の硫酸化多糖の抗エイズウイルス作用(EC50)は1000g/ml以上と低く、デオキシユニットの割合が少なくなるほど抗エイズウイルス作用が高くなることが明らかとなった。すなわち、ある程度の分子量を持つ硫酸化多糖の抗エイズウイルス作用は硫酸化度及びその構造、硫酸基の位置などに強く依存することが分かった。

Table. Anti-HIV and Anticoagulant Activities of Sulfated 3-deoxy and 2-deoxy copolymera)50% Effective concentration.b)50% Cytotoxic concentration.c)Dextran sulfate H-039,22.7 units/mg.d)Measured in water at 25℃(c1%).e)Sulfated ribofuranan.f)Minimum effective concentration for 100% inhibition of the AIDS virus infection .g)Standard curdlan sulfate.h)Weight average molecular weight.Fig.3. 100 NHz 13C NMR of sulfated 2-deoxy (A)copolymer and(B)homopolymerFig.4. 100 NHz 13C NMR of sulfated 3-deoxy(A)copolymer and(B)homopolymer
3.無水糖誘導体のリビング重合とブロック多糖の合成

 これまでに無水糖誘導体のリビング重合の報告はない。リビング性が見出されれば、ブロック多糖など新規構造を持つ機能性多糖の合成法が確立され、多糖の構造と機能との関係を知る上で重要である。そこで、無水糖モノマーのポリマーへの転化率と分子量との関係を調べたところ、直線性があることが分かり、また重合は1時間でほぼ完結した。このことよりリビング性があることが示唆されたので、初めの無水リボースモノマーを重合させ、1時間後に次の無水糖モノマーを加えて重合を行ったところ、分子量分布を保ったままで分子量が増加し、NMRスペクトルからブロック構造を有するブロック共重合多糖が得られたことが明らかとなった。さらに、キシロースとリボースモノマーからヘテロブロック多糖を合成することができた。

Fig. 5. 100 MHz 13C NMR spectra of (A)random and (B)block copoly(ADSX&ADBR)2(CDCL3 as solvent).Fig. 6. 100 MHz 13C NMR spectra of (A)random and (B)block copoly(ABRP&ADBR)2(CDCL3 as solvent).Fig. 7. 100 MHz 13C NMR spectra of (A)random and (B)block copoly(ADSX&ADBR)2(CDCL3 as solvent).Fig. 8. 100 MHz 13C NMR spectrum of block copolysaccharide concisting of 37.1of 37.1for 1,5-〓-O-〓 and 10.5 for 〓 〓(D2O as solvent).

 ‖発表状況‖

 1)Y.S.Choi,T.Yoshida,T.Mimura,Y.Kaneko,H.Nakashima,N.Yamamoto,T.Uryu,"Synthesis of sulfated octadecyl ribo-oligosaccharides with potent anti-AIDS virus activity by ring-opening polymerization of a 1,4-anhydroibose derivative",Carbohydr.Res.,282,113-123(1996).

 2)Y.S.Choi,T.Yoshida,T.Uryu,"Synthesis of Block Copolysaccharide By Living-Like Ring-Opening polymerization of Anhydro Sugar Derivatives",Marcromolecules,revised.

 3)Y.S.Choi,T.Yoshida,T.Mimura,Y.Kaneko,H.Nakashima,N.Yamamoto,T.Uryu,"Synthesis and Anti-AIDS Virus Acttivity of Sulfated Deoxyribofuranans",Polym.J.,in preparation.

審査要旨

 本論文は"Synthesis and Anti-AIDS Virus Activity of Sulfated Oligoand Polysaccharides"(「抗エイズウイルス作用を有する硫酸化リボオリゴ糖・多糖の合成および生理活性」)と題し、5章より成る。

 第1章は序論で、生理活性を有する人工多糖に関するこれまでの研究がまとめられている。本論文に関連する無水糖の開環重合による多糖合成、多糖の硫酸化による抗エイズウイルス活性を持つ硫酸化多糖への変換、および抗エイズウイルス活性の硫酸化アルキルオリゴ糖が主に議論されている。

 第2章では、無水リボース誘導体の開環重合による硫酸化アルキルリボオリゴ糖の合成とその抗エイズウイルス活性について述べられている。立体規則性の中分子量1,5--リボフラナンを作り、その還元末端にオクタデシル基を付けたオクタデシルリボフラナンへ導く反応を見出した。多糖の還元末端に選択的に90%以上の長鎖アルキル基が結合したのは、これが初めてである。また、フラナン型多糖の還元末端が高い反応性を持つことも分った。糖鎖部分の水酸基を硫酸化して得られた目的物の硫酸化オクタデシルリボフラナンは、3,000〜9,000という中分子量であるにも拘らず、50%感染阻害濃度EC50=0.6〜2.5g/mlという高い抗エイズウイルス活性を示した。この化合物は、硫酸化オリゴ糖の片末端に長鎖アルキル基が結合した化学構造を持つので、その硫酸化オリゴ糖部分がエイズウイルスのエンベロープ糖タンパクgp120の正電荷集中部位と相互作用を行い結合する。それによって、オリゴ糖の反対側に結合している長いアルキル基はウイルス表面を疎水性に変化させ、ウイルスが細胞のレセプタータンパク質へ結合出来なくなることにより高い抗エイズウイルス活性を発現した、と考えられている。また、長鎖アルキル基が、それと似た構造をもつエイズウイルスのエンベロープ二分子膜と何らかの相互作用を持つことも示唆されている。硫酸化多糖が通常示す抗凝血性は、この化合物では低かったので、エイズウイルス薬としては望ましいことである。通常、オリゴ糖誘導体は、多糖の加水分解等で作られる分子量の揃ったオリゴ糖を出発原料として合成されるので、本研究で得られた抗エイズウイルス活性を持つ硫酸化アルキルオリゴ糖は、モノマーの重合から出発して目的物まで作られた最初の例である。

 第3章には、1,4-アンヒドロ-デオキシリボース誘導体の開環共重合による抗エイズウイルス活性を持つ硫酸化デオキシリボフラナンの合成について述べられている。まず、それぞれ水酸基1個および2個を持つ1,4-アンヒドロ-2-デオキシ(または3-デオキシ)-リボースと1,4-アンヒドロ-リボース誘導体の開環共重合により、組成の異なるフラナン型のポリ(デオキシリボース-リボース)を合成した。次に、そのポリマー中に存在する水酸基を硫酸化する反応を行って、ユニット当り硫酸基数の異なる硫酸化デオキシリボフラナンへ変換した。硫酸化デオキシリボフラナンの抗エイズウイルス活性は、デオキシ糖ユニットの減少と共に増加し、最高活性物のEC50値は0.6g/mlという高活性に達した。これにより、硫酸化多糖の抗エイズウイルス活性に影響を及ぼす主な要因は、硫酸基の位置ではなく糖ユニット当りの硫酸基数であることが分った。

 第4章では、無水糖誘導体の開環重合によるブロックコポリサッカライドの合成が述べられている。1,4-アンヒドロ-リボース誘導体の開環カチオン重合は、活性末端が生きている所謂「リビング重合性」を持つことに着目し、二段階の重合で2種類の1,4-無水糖モノマーからABブロックコポリサッカライドを合成している。まず、t-ブチルジメチル化1,4-アンヒドロ-リボース(ADSR)とベンジル化1,4-アンヒドロ-リボース(ADBR)のブロック共重合により共にフラナン構造をとるコポリ(ADSR-block-ADBR)を合成した。ADSRおよびADBRブロックの数平均重合度は113および221であった。分子量分布はやや広く112288f01.gifであった。同様の重合方法を用いて、各ブロックが異なる立体構造を持つ、コポリ(リボピラナン-block-リボフラナン)を合成している。また、ブロックヘテロ多糖のコポリ(キシロフラナン-block-リボフラナン)も合成された。重合生長性を有する第一番目のポリマーの活性末端に第二番目モノマーが付加し生長反応が継続されたことによって、ブロック多糖が形成された。

 第5章は、2〜4章で合成された新しい多糖・オリゴ糖の将来の応用展開について記述されている。

 本研究で得られた多糖・オリゴ糖は種々の生理活性糖鎖分子の研究および工学的応用に繋がると思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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