本論文は"Synthesis and Anti-AIDS Virus Activity of Sulfated Oligoand Polysaccharides"(「抗エイズウイルス作用を有する硫酸化リボオリゴ糖・多糖の合成および生理活性」)と題し、5章より成る。 第1章は序論で、生理活性を有する人工多糖に関するこれまでの研究がまとめられている。本論文に関連する無水糖の開環重合による多糖合成、多糖の硫酸化による抗エイズウイルス活性を持つ硫酸化多糖への変換、および抗エイズウイルス活性の硫酸化アルキルオリゴ糖が主に議論されている。 第2章では、無水リボース誘導体の開環重合による硫酸化アルキルリボオリゴ糖の合成とその抗エイズウイルス活性について述べられている。立体規則性の中分子量1,5--リボフラナンを作り、その還元末端にオクタデシル基を付けたオクタデシルリボフラナンへ導く反応を見出した。多糖の還元末端に選択的に90%以上の長鎖アルキル基が結合したのは、これが初めてである。また、フラナン型多糖の還元末端が高い反応性を持つことも分った。糖鎖部分の水酸基を硫酸化して得られた目的物の硫酸化オクタデシルリボフラナンは、3,000〜9,000という中分子量であるにも拘らず、50%感染阻害濃度EC50=0.6〜2.5g/mlという高い抗エイズウイルス活性を示した。この化合物は、硫酸化オリゴ糖の片末端に長鎖アルキル基が結合した化学構造を持つので、その硫酸化オリゴ糖部分がエイズウイルスのエンベロープ糖タンパクgp120の正電荷集中部位と相互作用を行い結合する。それによって、オリゴ糖の反対側に結合している長いアルキル基はウイルス表面を疎水性に変化させ、ウイルスが細胞のレセプタータンパク質へ結合出来なくなることにより高い抗エイズウイルス活性を発現した、と考えられている。また、長鎖アルキル基が、それと似た構造をもつエイズウイルスのエンベロープ二分子膜と何らかの相互作用を持つことも示唆されている。硫酸化多糖が通常示す抗凝血性は、この化合物では低かったので、エイズウイルス薬としては望ましいことである。通常、オリゴ糖誘導体は、多糖の加水分解等で作られる分子量の揃ったオリゴ糖を出発原料として合成されるので、本研究で得られた抗エイズウイルス活性を持つ硫酸化アルキルオリゴ糖は、モノマーの重合から出発して目的物まで作られた最初の例である。 第3章には、1,4-アンヒドロ-デオキシリボース誘導体の開環共重合による抗エイズウイルス活性を持つ硫酸化デオキシリボフラナンの合成について述べられている。まず、それぞれ水酸基1個および2個を持つ1,4-アンヒドロ-2-デオキシ(または3-デオキシ)-リボースと1,4-アンヒドロ-リボース誘導体の開環共重合により、組成の異なるフラナン型のポリ(デオキシリボース-リボース)を合成した。次に、そのポリマー中に存在する水酸基を硫酸化する反応を行って、ユニット当り硫酸基数の異なる硫酸化デオキシリボフラナンへ変換した。硫酸化デオキシリボフラナンの抗エイズウイルス活性は、デオキシ糖ユニットの減少と共に増加し、最高活性物のEC50値は0.6g/mlという高活性に達した。これにより、硫酸化多糖の抗エイズウイルス活性に影響を及ぼす主な要因は、硫酸基の位置ではなく糖ユニット当りの硫酸基数であることが分った。 第4章では、無水糖誘導体の開環重合によるブロックコポリサッカライドの合成が述べられている。1,4-アンヒドロ-リボース誘導体の開環カチオン重合は、活性末端が生きている所謂「リビング重合性」を持つことに着目し、二段階の重合で2種類の1,4-無水糖モノマーからABブロックコポリサッカライドを合成している。まず、t-ブチルジメチル化1,4-アンヒドロ-リボース(ADSR)とベンジル化1,4-アンヒドロ-リボース(ADBR)のブロック共重合により共にフラナン構造をとるコポリ(ADSR-block-ADBR)を合成した。ADSRおよびADBRブロックの数平均重合度は113および221であった。分子量分布はやや広くであった。同様の重合方法を用いて、各ブロックが異なる立体構造を持つ、コポリ(リボピラナン-block-リボフラナン)を合成している。また、ブロックヘテロ多糖のコポリ(キシロフラナン-block-リボフラナン)も合成された。重合生長性を有する第一番目のポリマーの活性末端に第二番目モノマーが付加し生長反応が継続されたことによって、ブロック多糖が形成された。 第5章は、2〜4章で合成された新しい多糖・オリゴ糖の将来の応用展開について記述されている。 本研究で得られた多糖・オリゴ糖は種々の生理活性糖鎖分子の研究および工学的応用に繋がると思われる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |