半導体単結晶表面に金属を蒸着すると、表面にはバルクには合金を形成しない物質が表面合金として安定化され、特異な原子配列と電子状態が形成される場合がある。このような系のうち金属が吸着したシリコン表面は、これまでの電子回折や光電子分光などにより、その構造と電子状態がかなり詳細に調べられてきた系である。しかしながら、これら表面構造と電子状態が、表面附近での電気伝導にどのように関与しているかについては、これまでは、あまり詳しく研究されていなかった。最近になって、表面にいくつかの種類の金属を蒸着したシリコン(111)面を持つ試料の電気伝導が超高真空中で測定され、金属の膜厚の変化による表面構造変化と電気伝導との関係が議論され始めている。本論文では、貴金属が蒸着されたSi(111)-×銀表面に現われる超構造とその電子状態、さらにこの表面をもつ試料の電気伝導を室温から数10Kまでの範囲で測定し、これらの関係について議論したものである。 本論文は、5章から構成されている。第1章は序論であり、表面電気伝導についてこれまでの研究がまとめられている。第2章では、反射高速電子回折と走査トンネル顕微鏡(STM)によって、貴金属が蒸着された表面構造を60K程度までの温度域で測定した結果が記述されている。第3章では同じ試料の室温での光電子分光測定により表面電子状態が調べられ、第4章では電気伝導の測定結果が述べられている。第5章は2、3、4章の実験結果に基づいて、構造や電子状態と電気伝導の関係が議論されている。以下に本論文において得られた主な成果を記述する。 (1)Si(111)-×銀表面にさらに銀が蒸着された表面でどのような超構造が、どの温度域と蒸着量で観測されるかを明らかにした。特に、室温以下で観測される×構造については、STMによる観察を60Kで行い、その原子配列が、金を室温でSi(111)一×銀表面に蒸着した場合に観測される×構造と類似であることを明らかにした。 (2)Si(111)-×銀表面にさらに金および銅が蒸着された×超構造をもつ表面のフェルミ面附近の電子状態を、室温で角度分解光電子分光より調べ、Si(111)-×銀表面表面固有の表面電子準位バンドに加えて、さらに金や銅が蒸着されたために、新しい表面電子準位バンドが形成されていることを見出した。また、X線光電子分光により、シリコン2p内殻準位シフトを測定し、表面附近のバンド湾曲が金や銅を蒸着したために変化することを明らかにした。 (3)Si(111)-×銀表面にさらに銀が蒸着された表面をもつ試料の電気抵抗を測定し、×表面超構造が現れる場合には他の構造をもつ場合に比べて試料の抵抗が低いことをみいだした。この表面構造は150K以下で安定であるが、それ以上の温度でも短時間この構造が観測され、それに対応して試料の抵抗も小さくなることをあきらかにした。また、Si(111)-×銀表面に金および銅が蒸着された表面をもつ試料でも、室温で×表面超構造が現れることと対応して、試料の抵抗が他の構造をもつ場合と比べて減少していることをみいだした。 審査委員会は、これらの研究において、超高真空中における困難な測定が十分注意深く行なわれ、その解析及び考察がおおむね適切な手法でなされていると判断した。現段階では、電気伝導の機構を決定するための十分な測定結果が揃ってはいないが、電子状態と電気伝導との関係を議論するための重要な実験事実を明らかにしたことの意義は大きい。このように、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として合格に相当するものと認めた。 なお、本研究は、井野正三教授(指導教官)および長谷川修司助教授との共同研究となる部分を含むが、著者が研究計画から実験及び解析・考察のすべての段階で主導的な役割を果たしており、主体的寄与があったものと認められた。 |