炭素イオン(C+)の出す遠赤外[CII]158m微細構造線(以下、[CII])は中性星間雲の支配的冷却源であり、銀河系で最も明るい輝線の一つである。炭素の電離ポテンシャルは11.3eVであり、水素の電離ポテンシャル13.6eVより小さいため、宇宙空間ではHII領域の外側まで放射された星からの紫外光によって、広く[CII]領域が存在すると考えられている。[CII]が放射される領域のガスの物理状態は、温度T〜102K、密度n〜103-6cm-3であり、主に大質量の星形成が活発に行なわれているような温かい星間雲や銀河中心から特に強く放射されていることが、いくつかの観測から明らかになってきた。理論的には[CII]線の観測からHII領域を持たないようなB型星を検出することができるが、このような天体の明らかな[CII]の観測例はこれまでない。またごく最近の観測から、[CII]領域は一般の星間空間を含む銀河系全体に広く分布していることが明らかになった(拡散[CII]成分)。しかし、この拡散[CII]光の起源についてはまだわかっていない。この意味においても、[CII]線で銀河系全体を観測することは、宇宙空間におけるエネルギー分布やエネルギーの流れ、さらには銀河系全体の進化を解明するうえで極めて重要である。 へびつかい座暗黒星雲は太陽系に近く(160pc)、我々の銀河系の中でも活発な低質量星形成領域の一つであり、現在までにいろいろな波長による非常に数多くの観測、研究が行なわれている。この分子雲中にはO型星は全く含まれていないため、B型星の周りの[CII]領域を研究する非常に良い観測対象である。しかもこの領域の星間ガスの励起源は容易に特定できるため、星間空間におけるエネルギー分布や励起源からのエネルギーの流れを解明することが比較的容易であると予想される。そこで我々は世界で初めてへびつかい座暗黒星雲からの詳細な[CII]線の観測を行った。 158mの遠赤外線は地上からは大気の吸収のため観測は不可能である。従って飛翔体を用いた上空からの観測を行う必要がある。そこで我々は独自に、[CII]サーベイ専用気球望遠鏡を開発し観測を行った。我々はこの望遠鏡に、主要なノイズ源である背景放射光のゆらぎを可能な限り小さく押さえるため、軸外し、オーバーサイズの光学系を採用し、全放射率を極めて低く下げることに成功した。望遠鏡のニュートニアン・ナスミス焦点には独自で開発した、超流動液体ヘリウム冷却ファブリ・ペロー分光器を搭載した。この分光器の速度分解能は175kms-1で、検出器には圧縮型Ge:Ga量子型検出器を用いた。望遠鏡のビームサイズは12’.4(FWHM)でビーム立体角1.5×10-5srに相当する。観測中のシステムNEPは6×10-16WHz-1/2であった。観測モードには波長スキャンを採用し、波長スキャンは2.7Hz、速度範囲は±260kms-1で行った。また、同時に空間スキャンを高度一定で水平方向に12’s-1で行った。絶対位置の決定は可視のスターセンサーを用い、へびつかい座暗黒星雲領域では4個の星を参照して決定した。絶対位置の誤差は6’rmsである。 気球のフライトは1991年6月12日に合衆国テキサスにあるNASA気球基地で行われた。飛翔高度は37km、飛翔時間は8時間で、へびつかい座暗黒星雲の観測時間は約30分であった。スペクトルのライン強度は、空間的に3’の格子に落としたものを平均し、データのない個所については内挿を行った。結果はFWHMで6’のガウシアンでスムージングし、それぞれの観測プロファイルをリニアのベースラインとローレンツィアンでフィッティングして得た。観測領域は約9・×5・で、16h10mより西側のIRAS衛星による100m連続波の強度が80MJysr-1以下の領域では[CII]の放射を0としている。[CII]のフラックスはM17で較正し、誤差は±30%である。最終的な空間分解能は15’、検出限界は1.5×10-5ergss-1cm-2sr-1である。 へびつかい座暗黒星雲からの[CII]のピーク強度は1.0×10-4ergss-1cm-2sr-1で、その周辺の広がった成分の平均強度は3×10-5 ergss-1cm-2sr-1である。観測領域からの全[CII]放射量は、7.4×10-8 ergss-1cm-2である。COBE衛星が観測した同じ領域からの[CII]放射量は2×10-7ergss-1cm-2で、我々の値より2倍近く大きい。しかし、彼らのビームが我々の観測領域より大きく[CII]放射が空間的に広がっていることを考慮すると、我々の結果と食い違わない。 へびつかい座暗黒星雲の[CII]の空間分布はIRAS100mの連続光と似ているが、COのラインや電波の連続波とは非常に異なる。COのラインのピークは中心部の密度の高いコアに付随しているが、[CII]と100m連続光のピークはHD147889と一致する。この星はコアで最も明るいB型星であり、この星が分子雲を片側から照らしているためピークがずれていると考える。HD147889は、HII領域を持たないが[CII]領域をもつB型星の初めての明らかな観測例である。南西に延びている[CII]の放射はScoまわりのHII領域に付随している。100m連続光も同様の広がりを示している。これらは、Scoに照らされている中性ガスから放射されている。 [CII]と全放射エネルギーの強度の比(I[CII]/Ibol)は、ガスの加熱効率のよい指標となる。へびつかい座暗黒星雲でのI[CII]/Ibolの値は0.33%で、これは他のO型星がある活発な星生成領域に付随する[CII]領域での値に比べてはるかに大きい。[CII]放射領域での主要なガスの加熱機構は光電子加熱であり、その効率は入射したUV光の密度(G0)と局所的な電子密度(ne)との比、G0/ne、の減少関数である。へびつかい座暗黒星雲ではG0がO型星の周りの値より2〜4桁小さく、neはO型星の周りでの値と同様であるので、G0/neが小さくガスの加熱効率が高い。 へびつかい座暗黒星雲では分子雲全体に[CII]放射が広がっているため、UV光が分子雲全体に満ちていることを明確に示している。コア部(1pc×2pc)の平均密度は104cm-3で、この時励起星からのUV光は0.1pcの距離でほとんど減光される。これは観測された[CII]のスケールよりはるかに小さい。そこで、コア部は密度一様ではなく非常に高密度なクランプの集合であると考えると、UV光は励起星の周りからクランプの間を抜けて分子雲広がっていくことができ、各々のクランプの表面に暖かい光解離領域を形成し、それらの領域から、強く空間的に広がった[CII]が放射されると説明できる。 以上のように、我々はO型星を持たない低質量星形成領域からの[CII]放射を初めて詳細に検出した。この結果、紫外光の放射強度が大きい大質量星形成領域に比べ、紫外光強度の小さいへびつかい座暗黒星雲の方が、星間ガスの加熱効率が高いことが明らかになった。また、極めて広い領域から[CII]放射が検出されたことから、この領域ではガスは一様密度で分布しているのではなく、非常に高い密度を持つコンパクトな多くの分子雲として存在することが示唆される。このような構造のため、星から放射された紫外光は分子雲ですべて吸収されることなく、一部は分子雲の外側まで漏れだしていると考えられる。おそらくこのような紫外光が、銀河系全体にわたって観測されている拡散[CII]光の起源のひとつと予想される。 |