老化は動物が成長した後に退行していく過程であり、古くから人々の関心を集めてきた。最近では医療技術の進歩によって人の寿命が飛躍的に伸び、先進国では高齢化社会を迎えようとしているため、さらに社会的な関心ももたれるようになってきている。リポフスシンの蓄積は動物の代表的な老化兆候であり、その生成機構に関する研究は老化機構解明の糸口となる可能性がある。 本研究は培養細胞に蓄積するリポフスシン様蛍光物質の生成機構を解明することによって、生体の老化におけるリポフスシンの生成機構に迫ろうと試みたものである。 先ず一章においてリポフスシンの蛍光特性について明らかにしている。最初にこれまでのリポフスシン研究で行われてきたように動物の組織を単純に可溶化した場合、脳と副腎では目の色素上皮細胞のリポフスシンでの報告とは異なり、蛍光検出機の波長依存的な感度の補正を行っても顕微鏡観察の結果と一致したスペクトルは得られない事を示している。その上で、組織切片上のリポフスシンの蛍光スペクトルを測定し、顕微鏡観察と矛盾しない蛍光スペクトルを得ている。脳のリポフスシンは明るい黄白色であり、そのスペクトルには540-570nmに大きなピークと480-520nm、620-660nmに小さな肩があった。副腎のリポフスシンはくすんだオレンジ色であり、640-660nmに大きなピークと530-580nmに肩があった。さらにそれらの比較から、リポフスシンがいくつかの蛍光物質によって構成され、その構成比が組織によって異なることによってその色が異なることを推察している。 二章においては、リポフスシン研究に有用であると考えられる株化培養細胞を用いたモデル系を検索している。リポフスシンを短期間に蓄積する株化培養細胞を用いたモデル系は、リポフスシン生成機構のみならずその他のリポフスシン研究にも有用であると考えられる。NG108-15細胞での細胞分化にともなうリポフスシン様蛍光物質の蓄積はこれまでに報告が無く、株化培養細胞が神経細胞様に分化することによってリポフスシンを蓄積するようになるのでは、という発想から発見した初めての実験系である。NG108-15細胞に蓄積するリポフスシン様蛍光物質とリポフスシンとの相同性について、これまでに報告されているリポフスシンの特徴と一章で明らかにした脳のリポフスシンの蛍光特性との比較等も交えて検討を加えている。 三章では、二章で発見した株化培養細胞によるリポフスシン蓄積モデルを用いてリポフスシン生成機構について研究している。これまでにリポフスシンの蓄積に影響があるとされる薬剤を培地に添加し、細胞分化に伴う蛍光物質の蓄積に影響があるか否かを検討した。その結果、酸化反応に関連した薬剤には何の効果もみられず、チオールプロテアーゼの阻害剤であるロイペプチンとE-64のみが顕著に蛍光物質の蓄積を促進した。そこで、リソソームの主なチオールプロテアーゼであるカテプシンB、C、Lの活性を測定した。当初それらの活性は細胞が分化するにつれて低下すると予想されたが、むしろ有意に増加していた。また、細胞全体の蛋白質量も分化にともなって増加しており、その増加はE-64を培地に添加することによってさらに顕著となった。以上の結果から、NG108-15細胞では神経細胞様に分化するにつれてプロテアーゼ活性の上昇を上回る分解されるべき蛋白質の増加がおこり、分解され残ったものがリソソーム内に蓄積した結果、蛍光顆粒として観察されるものと考察している。 今後、加齢以外の要因で蓄積するリポフスシン様蛍光物質についてもその蛍光スペクトルを明らかにすることは、それらの蛍光物質を分類する意味でも、リポフスシンとの異同について検討する上でも重要であると考えられる。また、リポフスシンが脂質過酸化物であって、老化に伴う酸化傷害の蓄積の証であると考えるには、まだ解決されなければならない問題が多く、蛋白質分解活性との関係も考慮されなければならないであろう。これまでのリポフスシン生成機構についての研究は、様々な薬剤処理の効果からそれを推測してきたに過ぎず、実際の生成機構については何一つ明らかにしていない。本研究で行ったように、先ず単純な培養細胞系のリポフスシン生成機構を一つ一つ明らかにしていくことは、その生体での解明への近道となるのかもしれない。 以上の研究によって本論文提出者、望月康弘は博士の学位を受ける資格があるものと認める。なお印刷公表論文は共著であるが、全て第一著者であり、かつ全ての論文において本論文提出者が主として研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、博士の学位を授与できると認める。 |