学位論文要旨



No 112305
著者(漢字) サントス ロヘル アロンソ
著者(英字)
著者(カナ) サントス ロヘル アロンソ
標題(和) 島弧オフィオライトのクロムおよび白金族元素鉱化作用 : フィリピン,パラワンおよびデイナガットオフィオライトからの制約条件
標題(洋) Chromite and Platinum Group Element Mineralization in Arc-related Ophiolites : Constraints from Palawan and Dinagat Ophiolite Complexes,Philippines
報告番号 112305
報告番号 甲12305
学位授与日 1997.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3142号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 小澤,一仁
 金沢大学 教授 荒井,章司
 通商産業省工業技術院 研究調査官 平野,英雄
内容要旨

 近年のパラワンオフィオライト(Palawan Ophiolite Complex(POC))およびデイナガットオフィオライト(Dinagat Ophiolite Complexes(DOC))の噴出岩類の地球化学的研究に拠れば、これらはプレート沈み込み帯上部のオフィオライト(supra-subduction zone ophiolites)と分類されている。これらPOCおよびDOC両オフィオライトには、白金族元素の異常濃集を伴う、経済的にもきわめて顕著なクロマイト鉱床が存在するが、これら重要な2種類(クロムおよび白金族)の鉱床の成因について明らかにすることが急務となっている。

 後期白亜紀、あるいはレニウム(Re)-オスミウム(Os)同位体年代を考慮するとさらに古い時代かもしれないが、に形成されたと解釈されているこれらPOCおよびDOC両オフィオライトは、POCにおけるダイアベース岩脈群の層準の欠如、DOCにおける層状斑れい岩の層準の欠如を除き、ほぼ完全なオフィオライト層序を持っている。岩石化学的研究に拠れば、これら両オフィオライト岩体は共通な性質、すなわち、プレート沈み込み帯上部オフィオライト(スープラサブダクションオフィオライト)の性質、そしてテクトナイトユニットは残留マントルの性格を示している。

 これらPOCおよびDOC両オフィオライトのクロマイト(Crに富むスピネル)の化学組成は、典型的なアルパイン型クロマイト鉱床の特徴を示す、つまり、Cr#(Cr/Cr+Al)は広い組成幅を持つのにたいして、Mg#(Mg/Mg+Fe2+)はきわめて狭い組成幅を持ち、また、この両者は負の相関を持つ。POCのウエールライトのアクセサリクロマイトの化学組成は、この一般的な組成の傾向からはずれる。枯渇度の低い、単斜輝石を含有するハルツバージャイトに伴われるアクセサリクロマイトではCr#(Cr/Cr+Al)が相対的に低くなることが、クロマイトの化学組成による分類によく使われるCr#-Mg#プロットで明瞭である。このようなハルツバージャイトはクロマイトを含有するダナイトの岩体からやや距離があるものである。クロマイトを含有するダナイトの岩体に近接するハルツバージャイトでは単斜輝石が欠如し、クロマイトのCr#が上昇している。このような、クロマイトの化学組成、およびかんらん岩類の記載岩石学の空間的な変化は、クロマイトを晶出しつつあったメルトが壁岩であったかんらん岩(多くの場合ハルツバージャイト)と反応していったことを示している。また、クロマイトの化学組成は、一般にFe3+含有量が低く、クロマイト晶出における還元的な環境と、ボニナイト的なマグマの分化トレンドを示す。POCおよびDOC両オフィオライトで、クロマイト岩およびクロマイト岩を取り囲むダナイト中のアクセサリクロマイトでは、ハルツバージャイト中のアクセサリクロマイトに比べて、平均的にTiO2含有量が高くなっている。このようなTiや希土類元素といった液相濃集元素のクロマイト岩への濃集は、その形成に、大きな部分溶融度が重要な役割をはたしていた、というモデルには否定的である。これらの観察事実を説明するモデルには、クロマイトの晶出を含む壁岩と反応を起こした、外部からのメルトの導入が必要である。そのほかの化学的なさまざまなパラメータについて検討した結果によると、メルトはクロマイト/クロマイト岩をはい胎するマントルウエッジに直下に沈み込んだスラブの含水の状態での溶融に由来する、ボニナイト的な性質を呈すると解釈される。さらに、クロマイト中の包有物、化学組成について検討した結果、Ti、Cr、やアルカリに富んでいる含水メルトが壁岩のかんらん岩と反応した結果、クロマイトが晶出した、結論される。これらの指標は、クロマイト鉱床の形成が、沈み込み帯の環境で行われていた、という考え方と合致する。

 POCおよびDOC両オフィオライトにおける白金族元素の挙動は、マントル環境下における白金族元素の分別がもっとも重要な支配要因である。イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)からなる融点の高い、リフラクトリな白金族元素は、高温下、低硫黄分圧下で硫化物や合金を生成しやすいために、マグマの分化の比較的初期に分別される。このグループの白金族元素(IPGE)はたいていの場合、クロマイトおよびマントル中で初期に形成した鉱物相中に包有された単独相として認められる。より液相に濃集しやすい白金族元素(PPGE)、すなわち白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、そして金(Au)は、部分溶融の過程でメルトに濃集していき、溶融度が上昇するとメルト中に濃集していく。しかし、溶融の初期に硫黄はマントルから抽出されてしまうので、マントルは硫黄に枯渇しており、PPGEの晶出の可能性は低いと考えられる。クロマイト/クロマイト岩の形成に必要な過程は白金族元素の運搬、濃集を随伴するが、その効果はたいていの場合局所的であったと思われる。

 POCのウエールライト中には、きわめて多様な白金族元素の濃集が認められる。ウエールライトが成因的に、マントル物質の溶融によって生じたメルトが分泌することによって生成することを考慮すると、このウエールライト中の、より液相に濃集しやすい白金族元素(PPGE)の含有量が、貫入をうけた、残留物からなる岩石にくらべて高いことが理解できる。冷却にともないメルトは固結し、メルトからの晶出相の分別により塊状に輝石の晶出-すなわち輝岩が形成される。同様の現象は、白金族のトレンドにより示される、枯渇している残留マントルにおいて、白金族が比較的分別されていない、という性状からも考えられる、つまり、メルトのインジェクション/インプレグネーションによって、リフラクトリな白金族(IPGE)を多く含む周囲の残留物からなる岩石よりも高いPPGE含有量をもったウエールライトが形成される。この結果、枯渇していないマントルと同一の白金族元素のトレンドが生じると考えられる。

 Re-Os同位体地球化学をPOCおよびDOC両岩体の代表的ないくつかの岩石および鉱石試料に応用した結果は、クロマイト岩とそのダナイト縁の形成にメルトーかんらん岩相互作用が重要な役割を果たしたことを支持する。このRe-Os同位体地球化学については本研究ではまだ予察的な段階ではあるが、その結果の重要性に鑑みて本論文に含めた。クロマイト岩の分析結果は、高い放射起源Os比(187Os/186Os=1.2535および1.2914)を示すのに対して、かんらん岩試料についての結果はコンドライト組成または地球全岩珪酸塩組成(BSE)に近い値(1.06-1.11)を持っている。この187Os/186Os比のコンドライト組成あるいはBSEからの偏差は、クロマイト岩生成に伴って放射起源のOsが混入してきたことを示唆する。放射起源のOs核種(187Os)は187Reの壊変によって生じることと、Reはマントルにおける溶融の際にはその高いインコンパテイビリテイーのために地殻物質へと分別されていくこと、の2点より、クロマイト岩のもつ高い放射起源Os含有量は、地殻物質すなわち沈み込んだスラブの溶融によって生じたメルトとかんらん岩との相互作用によって生じたものであると解釈され、顕微鏡観察結果や鉱物の化学組成などを考慮すると、熱水変質によってOs同位体比が変動したものではないと考えられる。かんらん岩類がコンドライトトレンドを持つことは、その起源物質がMORBマントルの部分溶融による生成物であることを示す。この値からの個々の試料における187Os/186Os比の変動は、メルトーかんらん岩相互作用フロントからの空間的関係に支配されている。すなわち、この反応の生成物(つまりクロマイト岩そのもの)から遠ざかるにつれ、つまり、かんらん岩内部に向かって187Os/186Os比はコンドライト組成に近づき小さくなっていく。また、この変動のためにアイソクロンは明瞭に現われないが、対応すべき試料ペアについて考えるとPOCのハルツバージャイトについては130Ma、それに対してクロマイト岩については180Maのアイソクロン年代が得られる。これらの年代値は、これまでPOCについて知られているなかで最も古い年代値、POCの斑れい岩の全岩K-Ar法による106Ma、よりもかなり古い。一方、DOCのハルツバージャイトのRe-Os同位体は、DOCのテクトニクス、構造発達史にてらして、非現実的に古いアイソクロン年代を与える。このような、対比できない年代値をもたらすRe-Os同位体は、試料がクロマイト岩、すなわち、メルトーかんらん岩の反応フロントの近傍に位置していたことによるものと考えられる。

審査要旨

 本論文では、フィリピン、パラワンオフィオライト(Palawan Ophiolite Complex(POC))およびデイナガットオフィオライト(Dinagat Ophiolite Complexes(DOC))に伴われている、白金族元素の濃集を伴っているクロマイト鉱床の成因について論じられた。

 本論文は、9章からなり、第1章で研究の目的、第2章で分析などの手法を記した後、第3章でPOCおよびDOC両オフィオライトの地質および発達史の概略が述べられた。それによると、POCにおけるダイアベース岩脈群の層準の欠如、DOCにおける層状斑れい岩の層準の欠如を除き、ほぼ完全なオフィオライト層序を持っている。第4章では、これら両オフィオライト岩体の造岩鉱物の化学組成に基づいて、両オフィオライトが共通な性質、すなわち、プレート沈み込み帯上部オフィオライト(スープラサブダクションオフィオライト)の性質、そしてテクトナイトユニットが残留マントルの性格を持つことが示された。

 第5章では、POCおよびDOC両オフィオライトのクロマイトの化学組成、珪酸塩鉱物包有物の詳細が記載、議論され、本論文の主要部分である。クロマイトのCr#(Cr/Cr+Al)は広い組成幅を持つのに対して、Mg#(Mg/Mg+Fe2+)の組成幅はきわめて狭く、この両者は負の相関を持ち、典型的なアルパイン型クロマイト鉱床の特徴を示す。POCのウエールライトのアクセサリクロマイトの化学組成は、この一般的な組成の傾向からはずれる。枯渇度の低い、単斜輝石を含有するハルツバージャイトに伴われるアクセサリクロマイトではCr#(Cr/Cr+Al)が相対的に低く、このようなハルツバージャイトはクロマイトを含有するダナイトの岩体からやや距離があるものである。クロマイトを含有するダナイトの岩体に近接するハルツバージャイトでは単斜輝石が欠如し、クロマイトのCr#が上昇している。このような、クロマイトの化学組成、およびかんらん岩類の記載岩石学の空間的な変化は、メルトが壁岩であったかんらん岩と反応しながら、クロマイトを晶出していったことを示している、とされた。クロマイトの化学組成は一般にFe3+含有量が低く、還元的な環境と、ボニナイトマグマの分化トレンドを示す。POCおよびDOC両オフィオライトで、クロマイト岩およびクロマイト岩を取り囲むダナイト中のアクセサリクロマイトでは、ハルツバージャイト中のアクセサリクロマイトに比べて、TiO2含有量が高くなっている。このようなTiや希土類元素といった液相濃集元素のクロマイト岩への濃集は、その形成に、大きな部分溶融度が重要な役割をはたしていた、というモデルには否定的で、外部からのメルトの導入を示唆している。さらに、クロマイト中の包有物、化学組成について検討した結果、Tiやアルカリに富んでいる含水メルトの関与が示唆され、クロマイト鉱床の形成が、沈み込み帯で行われていた、という考え方を論じた。

 第6章および第7章ではPOCおよびDOC両オフィオライトにおける白金族元素、親銅元素の記載、成因が論じられた。イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)からなる融点の高い、リフラクトリな白金族元素(IPGE)は、クロマイトおよびマントル中で初期に形成した鉱物相中に包有された単独相として認められた。より液相に濃集しやすい白金族元素(PPGE)、すなわち白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、そして金(Au)は、マントルが硫黄に枯渇しているので、晶出の可能性は低いと考えられた。POCのウエールライト中の、PPGEの含有量は高いが、メルトのインプレグネーションによって、IPGEを多く含む周囲の残留物からなる岩石よりも高いPPGE含有量をもったウエールライトが形成されたと考えられた。

 第8章では、教養学部鈴木勝彦博士の指導(試料準備、処理方法や測定など技術的な指導)で行なっているRe-Os同位体地球化学をPOCおよびDOC両岩体の代表的な試料に応用した結果を報告した。本研究ではまだ予察的な段階ではあるが、新しい研究手法を応用しつつあることや、その重要性も鑑みて評価した。第9章は結語である。

 審査委員会では、関連分野の研究の引用なども十分であり、鉱物化学的データ、クロマイト岩の岩石化学、包有物の鉱物化学、白金属元素の記載など、本論文で論じられた内容の多くが積極的に評価できることなどを総合的に判断した結果、審査委員会では博士(理学)の学位を授与できる、との結論に至った。

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