近年のパラワンオフィオライト(Palawan Ophiolite Complex(POC))およびデイナガットオフィオライト(Dinagat Ophiolite Complexes(DOC))の噴出岩類の地球化学的研究に拠れば、これらはプレート沈み込み帯上部のオフィオライト(supra-subduction zone ophiolites)と分類されている。これらPOCおよびDOC両オフィオライトには、白金族元素の異常濃集を伴う、経済的にもきわめて顕著なクロマイト鉱床が存在するが、これら重要な2種類(クロムおよび白金族)の鉱床の成因について明らかにすることが急務となっている。 後期白亜紀、あるいはレニウム(Re)-オスミウム(Os)同位体年代を考慮するとさらに古い時代かもしれないが、に形成されたと解釈されているこれらPOCおよびDOC両オフィオライトは、POCにおけるダイアベース岩脈群の層準の欠如、DOCにおける層状斑れい岩の層準の欠如を除き、ほぼ完全なオフィオライト層序を持っている。岩石化学的研究に拠れば、これら両オフィオライト岩体は共通な性質、すなわち、プレート沈み込み帯上部オフィオライト(スープラサブダクションオフィオライト)の性質、そしてテクトナイトユニットは残留マントルの性格を示している。 これらPOCおよびDOC両オフィオライトのクロマイト(Crに富むスピネル)の化学組成は、典型的なアルパイン型クロマイト鉱床の特徴を示す、つまり、Cr#(Cr/Cr+Al)は広い組成幅を持つのにたいして、Mg#(Mg/Mg+Fe2+)はきわめて狭い組成幅を持ち、また、この両者は負の相関を持つ。POCのウエールライトのアクセサリクロマイトの化学組成は、この一般的な組成の傾向からはずれる。枯渇度の低い、単斜輝石を含有するハルツバージャイトに伴われるアクセサリクロマイトではCr#(Cr/Cr+Al)が相対的に低くなることが、クロマイトの化学組成による分類によく使われるCr#-Mg#プロットで明瞭である。このようなハルツバージャイトはクロマイトを含有するダナイトの岩体からやや距離があるものである。クロマイトを含有するダナイトの岩体に近接するハルツバージャイトでは単斜輝石が欠如し、クロマイトのCr#が上昇している。このような、クロマイトの化学組成、およびかんらん岩類の記載岩石学の空間的な変化は、クロマイトを晶出しつつあったメルトが壁岩であったかんらん岩(多くの場合ハルツバージャイト)と反応していったことを示している。また、クロマイトの化学組成は、一般にFe3+含有量が低く、クロマイト晶出における還元的な環境と、ボニナイト的なマグマの分化トレンドを示す。POCおよびDOC両オフィオライトで、クロマイト岩およびクロマイト岩を取り囲むダナイト中のアクセサリクロマイトでは、ハルツバージャイト中のアクセサリクロマイトに比べて、平均的にTiO2含有量が高くなっている。このようなTiや希土類元素といった液相濃集元素のクロマイト岩への濃集は、その形成に、大きな部分溶融度が重要な役割をはたしていた、というモデルには否定的である。これらの観察事実を説明するモデルには、クロマイトの晶出を含む壁岩と反応を起こした、外部からのメルトの導入が必要である。そのほかの化学的なさまざまなパラメータについて検討した結果によると、メルトはクロマイト/クロマイト岩をはい胎するマントルウエッジに直下に沈み込んだスラブの含水の状態での溶融に由来する、ボニナイト的な性質を呈すると解釈される。さらに、クロマイト中の包有物、化学組成について検討した結果、Ti、Cr、やアルカリに富んでいる含水メルトが壁岩のかんらん岩と反応した結果、クロマイトが晶出した、結論される。これらの指標は、クロマイト鉱床の形成が、沈み込み帯の環境で行われていた、という考え方と合致する。 POCおよびDOC両オフィオライトにおける白金族元素の挙動は、マントル環境下における白金族元素の分別がもっとも重要な支配要因である。イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)からなる融点の高い、リフラクトリな白金族元素は、高温下、低硫黄分圧下で硫化物や合金を生成しやすいために、マグマの分化の比較的初期に分別される。このグループの白金族元素(IPGE)はたいていの場合、クロマイトおよびマントル中で初期に形成した鉱物相中に包有された単独相として認められる。より液相に濃集しやすい白金族元素(PPGE)、すなわち白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、そして金(Au)は、部分溶融の過程でメルトに濃集していき、溶融度が上昇するとメルト中に濃集していく。しかし、溶融の初期に硫黄はマントルから抽出されてしまうので、マントルは硫黄に枯渇しており、PPGEの晶出の可能性は低いと考えられる。クロマイト/クロマイト岩の形成に必要な過程は白金族元素の運搬、濃集を随伴するが、その効果はたいていの場合局所的であったと思われる。 POCのウエールライト中には、きわめて多様な白金族元素の濃集が認められる。ウエールライトが成因的に、マントル物質の溶融によって生じたメルトが分泌することによって生成することを考慮すると、このウエールライト中の、より液相に濃集しやすい白金族元素(PPGE)の含有量が、貫入をうけた、残留物からなる岩石にくらべて高いことが理解できる。冷却にともないメルトは固結し、メルトからの晶出相の分別により塊状に輝石の晶出-すなわち輝岩が形成される。同様の現象は、白金族のトレンドにより示される、枯渇している残留マントルにおいて、白金族が比較的分別されていない、という性状からも考えられる、つまり、メルトのインジェクション/インプレグネーションによって、リフラクトリな白金族(IPGE)を多く含む周囲の残留物からなる岩石よりも高いPPGE含有量をもったウエールライトが形成される。この結果、枯渇していないマントルと同一の白金族元素のトレンドが生じると考えられる。 Re-Os同位体地球化学をPOCおよびDOC両岩体の代表的ないくつかの岩石および鉱石試料に応用した結果は、クロマイト岩とそのダナイト縁の形成にメルトーかんらん岩相互作用が重要な役割を果たしたことを支持する。このRe-Os同位体地球化学については本研究ではまだ予察的な段階ではあるが、その結果の重要性に鑑みて本論文に含めた。クロマイト岩の分析結果は、高い放射起源Os比(187Os/186Os=1.2535および1.2914)を示すのに対して、かんらん岩試料についての結果はコンドライト組成または地球全岩珪酸塩組成(BSE)に近い値(1.06-1.11)を持っている。この187Os/186Os比のコンドライト組成あるいはBSEからの偏差は、クロマイト岩生成に伴って放射起源のOsが混入してきたことを示唆する。放射起源のOs核種(187Os)は187Reの壊変によって生じることと、Reはマントルにおける溶融の際にはその高いインコンパテイビリテイーのために地殻物質へと分別されていくこと、の2点より、クロマイト岩のもつ高い放射起源Os含有量は、地殻物質すなわち沈み込んだスラブの溶融によって生じたメルトとかんらん岩との相互作用によって生じたものであると解釈され、顕微鏡観察結果や鉱物の化学組成などを考慮すると、熱水変質によってOs同位体比が変動したものではないと考えられる。かんらん岩類がコンドライトトレンドを持つことは、その起源物質がMORBマントルの部分溶融による生成物であることを示す。この値からの個々の試料における187Os/186Os比の変動は、メルトーかんらん岩相互作用フロントからの空間的関係に支配されている。すなわち、この反応の生成物(つまりクロマイト岩そのもの)から遠ざかるにつれ、つまり、かんらん岩内部に向かって187Os/186Os比はコンドライト組成に近づき小さくなっていく。また、この変動のためにアイソクロンは明瞭に現われないが、対応すべき試料ペアについて考えるとPOCのハルツバージャイトについては130Ma、それに対してクロマイト岩については180Maのアイソクロン年代が得られる。これらの年代値は、これまでPOCについて知られているなかで最も古い年代値、POCの斑れい岩の全岩K-Ar法による106Ma、よりもかなり古い。一方、DOCのハルツバージャイトのRe-Os同位体は、DOCのテクトニクス、構造発達史にてらして、非現実的に古いアイソクロン年代を与える。このような、対比できない年代値をもたらすRe-Os同位体は、試料がクロマイト岩、すなわち、メルトーかんらん岩の反応フロントの近傍に位置していたことによるものと考えられる。 |