この論文の主題は超準解析学(Nonstandard Analysis)に関するものである。一般に、自然数論や実数論のように無限個の対象をもつ理論は、必ず素朴なモデルの他のモデルをもつ、つまりその体系で成立する文章の全体として設定された公理系は、常にもとのモデルのみによって満たされる訳ではない。このようなモデルを非標準モデル(nonstandard model)または超準モデルという。 例を、自然数論にとれば、自然数論の超準モデルの対象の全体N*は、自然数の全体N={0,1,2,…}と一致しない、つまり無限大の"自然数"を対象としてもつ。このような対象を超準自然数という。つまりN⊂N*である。 このような超準モデルはどのように構成されるのであろうか。完全性定理(completeness theorem)によるというのも一つの方法である。これも間接的には極大フイルターが用いられている。 例えば、自然数の全体N={0,1,2,…}を離散位相空間と考えれば、当然コンパクトな位相空間ではない。この空間の極大コンパクト化、つまりストーン空間N*は、Nの極大フィルター(maximal-filter)、または超フィルター(ultrafilter)と呼ばれるものゝ全体のなす位相空間である。 主フィルター(principal-filter)としてN自身はN#の稠密な部分開空間である。非主ウルトラフィルター(non-principal ultra filter)、u∈N#-Nに対して、無限集合A∈uに対し、それを実数の単位閉区間[0,1]の元の2進法展開とみて、その値を〈A〉と記すると、〈A〉∈[0,1]である。このとき、[0,1]の部分集合 はいわゆる0,1-lawによってルベーグ非可測集合である。 超準解析学においても写像*:N→N*を考えれば、超準自然数mに対して によって定まる非主ウルトラフィルターは、必然的にルベーグ非可測集合の存在を導くものである。 ボレル集合や解析集合は当然ルベーグ可測集合であるから、超拡大モデルは常にその根底に非可算な構成要素を内在しているのである。極大フィルターは2値の有限加法的測度の別名であるから、広い意味では積分の作用を意味しているのである。 超準解析学には当然、無限小(infinitesimal)の概念や、有限(finite)という概念が含まれる。例えば、任意の有限の超実数は実数Rの唯一つの元と無限小数の差を除いて一致する。これを標準部分(standard part)という。 数学の定理を超準解析を用いて証明する場合、対象の存在証明は標準部分をとることによるのである。標準部分の概念を集合にまで及ぼしたものが、当該論文の主題である標準化原理である。論文題目 Standardization principle between nonstandard universes (超準宇宙間の標準化原理) に言う通り、この原理は超準解析学の根底を成すものである。 これらの拡大原理は、ネルソンのISTや、河合のNSTのように、上記のような構成の関係を形式論理学を用いて構文的に超準モデルを取り扱うことも有効な方法である。構文的取扱では拡大原理を二回繰り返した場合の逆作用である標準化の原理は自明ではなく、改めて公理的に要請しなければならない。ここに構成可能性の問題と無矛盾性の問題がある。 これらの過程がうまく機能するための一般的条件は何か、そのための必要十分な条件を議論している。 得られた結論は、超準宇宙のかなり一般的な表現である有界超層においては、完備ブール代数の超フィルターのルディン・フロリック順序がそれであるということである。 また、同時に有界超層間に有界初等的埋め込み(elementary embedding)が存在することが、完備ブール代数の超フィルターのルディン・キースラー順序の存在で特徴づけられることを証明した。これら二つの結果はこの論文の中心をなす結果である。 無限離散位相空間のコンパクト化、つまりストーン空間の内部構造の研究は、数理論理の形式的体系と構造的体系をその中で展開できるという意味でも、非常に大切な研究対象である。 本論文の内容は数理論理学と解析学を結び付ける超準解析学の深い内容の結果である。よって、論文提出者 村上雅彦 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 |