本論文は、ヴァレリーのマニフェスト的テクスト『レオナルド・ダ・ヴィンチ方法序説』(1895年発表)を対象として、作家ヴァレリーの基本姿勢の提示を試みると同時に、青年期ヴァレリーの実像解明のための手掛かりの提示をも企図するものである。 第1部では参照体系(レフェランス)研究の観点から「読む」ヴァレリーの具体相を明らかにする。先人のテクスト場の「力線」を自らの精神の磁場に取り込んで大胆に「ヴァレリー化」するのが作家ヴァレリーの、ものを「読む」基本姿勢である。ヴァレリーはポー読書によって「同一化」をはじめとする様々な方法概念を学び、レオナルド読書において想像力による「同一化」あるいは「ヴァレリー化」を劇的に実践する。自然科学系諸論文(特にマクスウェルとトムソン)を読む場合でも「力学的モデル」を「ヴァレリー化」して『序説』の根本的方法に生かすという大胆な読書を実践している。 第2部では生成研究(ジェネティック)の観点からフランス国立図書館所蔵の『序説』草稿を主な資料体として『序説』を「書く」ヴァレリーの具体的な姿を追う。構想ノート≪Figura≫には、理論的考察メモを記す一方で時折詩的テクストを書き付けるヴァレリーの高揚した姿が如実に看取され、冒頭部テクストの執筆の変遷には自らの立場を鮮明化すると同時に問題の地平を一般性・抽象性のレベルへと遡るヴァレリーの基本姿勢が顕著である。さらに、草稿テクストの随所に「読者」と高いレベルで連帯しようとするヴァレリーの姿もまたはっきりと窺うことが出来る。 第3部ではテーマや書きぶりの内的連鎖の観点から『序説』の基本姿勢の他の初期テクスト群における展開を探る。青年期ヴァレリーの「定数」的要素がテーマや書きぶりの反復によって鮮明になると同時に、各テクストの独自性も明らかとなる。『序説』の基本的枠組を否定する『テスト氏』でヴァレリーは独自の「天才」論を完結させ、「ボナパルト論」と『ドイツ的制覇』では「同一化」的想像・「歴史」排除・≪No glory≫・一般性志向といった『序説』的批評方法を反復強化している。また『アガート』ではメタ意識による「通常の思考」の観察や思考の法則をめぐる成就されない「欲望」のテーマを反復しつつ「内面のドラマ」の一般性の度合を高めると同時に理論的かつ詩的なテクストの実験を極端にまで進めている。 [読む」ヴァレリーは、先達のテクスト場の「力線」を自己の実存を賭けて取り込み「ヴァレリー化」する。「書く」ヴァレリーは、自らの立場を鮮明にし、自己革新を試みながら、「読者」を自らの磁場に巻き込む。『序説』以後のテクストにおいてもヴァレリーは、基本的「力線」を反復強化しつつ、常に新しい試みを展開していく。ヴァレリー自身にとって出発点となったテクスト『序説』は、作家ヴァレリーの問題性の凝縮された、極めてプロブレマティックなテクストであると言うことが出来る。 |