学位論文要旨



No 112341
著者(漢字) 小池,元
著者(英字)
著者(カナ) コイケ,ハジメ
標題(和) 両生類の胚発生における重力の変化の影響
標題(洋) Embryonic Development of Amphibians under Altered Gravity
報告番号 112341
報告番号 甲12341
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第98号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 跡見,順子
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨

 宇宙環境の利用が推進されるようになり宇宙環境が生体に与える影響に関心が持たれている。宇宙環境と言ってもその特徴は様々なものがあるがその中でも最も大きな影響を与えるものは微小重力であろう。

 微小重力が生体に与える影響の中でも微小重力下での胚発生は最も興味の持たれているところである。両生類卵は地上で自然に重力定位を示すので重力の効果が簡単に観察できる。両生類の卵は重力に対して様々な方向を向いたまま減数分裂を行ない総排出腔から産卵される。受精が行なわれた後、卵の周りに囲卵腔という隙間ができると卵は受精膜の中で定位を取るようになる。これは卵の内容物に偏りがあるためであり、白く卵黄の多い側(植物極)を下に、黒い色素がある側(動物極)を上に向けるようになる。これは定位回転と呼ばれ、この回転により卵内の卵黄を中心とした物質の再編成が重力という一定方向の力の影響を受けるようになり卵の細胞質が再編成されると言われており、胚発生において何らかの影響を与えていると考えられる。

 初期発生のうちだけが重力に反応するのではなく、発生が進んで器官形成が行なわれるようになると重力感受器官として平衡器官(耳石器官と半器官)が内耳に形成されてくる。耳石器官は重力のような直線加速度に反応し、半器官は回転加速度に反応している。耳石器官は両生類では卵形嚢(Utricle)、球形嚢(Saccule)および聴斑(Lagena)の三つあり、それぞれ重力を用いて体平衡を感知し保つための器官である。耳石器官の中で耳石と呼ばれる結晶が繊毛の上に載っている。体の傾きはこの炭酸カルシウムから成る耳石が繊毛の上で偏ることにより感知される。重力を用いているのであるから、宇宙特有である微小重力環境が重力感受器官である平衡器官(耳石器)に与える影響は少なくないものと推測される。そこでまず重力感受器官の地上での発生を画像工学的に解析することを試みた。この耳石の粒の塊の成長過程を観察することによって重力感受器官の発生を調べた。イモリはIML-2(1994年に行なわれたスペースシャトルを用いた国際共同実験)で重力感受器官である耳石器官の発生が調べられた。形成された平衡器官へ微小重力が与える影響でなく、形成開始から形成途上にある平衡器官へ与える影響が調べられた。

 この実験では耳石の発生を調べるに当って画像工学的に解析することを試みた。これはエックス線撮影と画像処理技術を応用して導入したものである。耳石は炭酸カルシウムの結晶であることからエックス線吸収の差を画像上に写し出すことによって耳石を識別することが可能である。エックス線の透過量から石灰化の度合を求めて平衡器官の発生について調べた。エックス線撮影の利点は幼生を殺さずにすむことと同一個体の発生を経時的に追うことのできることにある。この利点によりスペースシャトルでの実験にもこの方法が用いられた。

[材料と方法]

 微小重力が動物の発生にどのような影響を及ぼすかについてアフリカツメガエル(Xenopus laevis)と日本産アカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)の胚を使用して調べた。微小重力下での発生を調べる上で重力感受器官である耳石器官の発生を発生を調べるために、耳石の形成を追うことで器官形成に対する重力の影響を調べた。耳石器官の撮影には拡大エックス線撮影が使われた。エックス線の発生にはMicro Focus Tube(MFT:Pony Atomic Technology Co.,P70-II Type)が使われ、エックス線のエネルギーを一時的に保持するセンサーとして高感度のImaging Plate(IP:Fuji Photo Film Co.UR type)が使われた。Imaging Plate上の潜像をBioImage Analyzer(Fuji Photo Film Co.,BAS3000)を用いて読み取り、耳石の経時的な石灰化をエックス線の透過量に比例するPhotostimulated Luminescence(PSL)Levelの変動としてステージ毎に定量解析を試みた。撮影条件は、管電圧15kVp.管電流90Aそして照射時間20秒である。

 しかし地上で微小重力状態を長期にわたって作り出すことは不可能である。そこで一軸クリノスタットを開発して模擬微小重力をつくり実験を行なった。クリノスタットとは目的の生物的試料(ここでは両生類卵)を適当な回転数で地上に対して水平に回転させる装置であり、回転させることで重力を時間平均して0に近くさせ模擬微小重力という状態をつくりだしている。つまり通常ならば卵の植物極側が下向きになっているところを、卵を一定軸上で回転させることによって動物極をはじめとする卵の全ての向きにも下向きになるようにして重力の影響を最小にしているわけである。実際には以下のようにして実験を行なった。卵を自身のゼリー層で貼り付かせておいた網を汲み置き水を満たした試験管に入れて栓をした。横に倒した状態にして、クリノスタットに装着し回転させながら発生をさせた。回転数はツメガエル卵の場合は分速15回転、イモリでは60回転の2種類を使用した。

[結果と考察]

 まず重力の影響を調べる前にツメガエルとイモリの耳石形成について調べた。イモリでは耳石の発生は骨がまだ全く形成されていないSt.33から頭部に耳石と思われるものが認められた。St.33が耳石形成の開始の時期と考えられる。まだ卵形嚢と球形嚢の区別はできず、一つの器官として形成されてきたと推測される。St.36になると卵形嚢と球形嚢の区別が明確につくようになった。エックス線の透過量から耳石の石灰化は、卵形嚢と球形嚢が別れたときから球形嚢の方が石灰化が速く行なわれていることが解った。また耳石器官が大きくなると共に耳石の形成も進むことを示している。今回の結果では骨はSt.47で顎骨として初めて形成されてくることがわかった。このことから同じカルシウム構造物でありながら炭酸カルシウムである耳石がリン酸カルシウムである骨よりかなり早く形成されることがわかった。St.56で聴斑が見られた。若い個体では球形嚢がよく発達しているが卵形嚢に関しては球形嚢ほど発生が認められない。これは生活環境が水中から陸上に変化するにともなって、イモリの体型も魚のような形からトカゲのような四脚の形へと変態する。そのために体の鉛直と水平の加速度の加わる方向が魚型では全て必要であって使っていたものが、四脚型になって水平方向への急な動きが少なくなったことによりそれほど重要なもので無くなったために卵形嚢の発達は顕著なものでなくなったのではないかと考えられる。ツメガエルではSt.29-33の間で耳石の形成が行われるところまで判ったが開始の時期は調査中である。その後の卵形嚢と球形嚢の区別が明確につく最初の時期もSt.35-39の間で調査中である。その後の発生はほぼイモリと同じである。

 耳石形成に対する重力の影響の結果は以下の様である。IML-2によるイモリを用いた実験で、微小重力下で発生している間は耳石の発生に異常は見られないが地上に帰還してからしばらくして耳石が巨大化するという結果が得られた。これは微小重力よりも重力の変化が発生に影響を与えることを示している。また重力は生体に直接にしか影響を与えないとされてきたが時間が経過してからも影響を与える間接的な経路があることを示唆している。この結果をクリノスタットで再現しようとしているが、イモリについては未だ受精卵から尾芽胚後期(耳石は形成されていない)までしかクリノスタット上で発生しない。実験方法を改良中である。さらにこの結果が他の動物でも成り立つのか調べるためにツメガエルを用いた。クリノスタット上で受精卵から孵化するまで発生させ経時的に耳石の発生を追った。すると耳石の発生は正常に行われた。ただし変態期までは行っていないのでさらに期間を延長中である。また、これまでの実験結果から過重力が耳石形成に与える影響に興味が持たれるのでイモリとツメガエルを用い、過重力機を開発して実験中である。

審査要旨

 小池元君は、イモリやアフリカツメガエルの初期胚を用いて、発生過程における重力の影響を明確に実験的に行ったものである。第1章では、地上での模擬的微小重力を発生するためのクリノスタット装置の開発を行った。この装置開発においては、振動や温度の変化をなくす工夫をしたりした。また、この装置を使って改良された点は、模擬微小重力を生じている状態で人工受精を可能にしたことである。このことによって、地上での未受精卵から微小重力下において受精が可能となり、発生過程における重力の影響を調べた。その結果、正常胚の発生と異なって、第三卵割面が赤道面で卵割すること、胞胚腔の形成位置が胚の真ん中に移動すること、原口のできる位置が植物極側に移動することがわかった。小池君が行って得られたこのような結果はその後、アメリカで宇宙で行ったツメガエルの初期発生実験でも同様な現象がみられ、正しいことが証明された。第2章では、両生類の重力感受性と平衡器官である耳石について、発生段階での形成を詳細に調べた。これには新しく拡大X線撮影法が使われた。このX線撮影と画像処理技術によって、イモリとツメガエルで初めて経時的な耳石器官の形成が明らかになった。イモリでは耳石の発生は骨がまだ全く形成されていないSt.33から頭部に耳石が認められた。St.36になると卵形嚢と球形嚢の区別が明確につくようになった。X線の透過量から耳石の石灰化は、卵形嚢と球形嚢が別れたときから球形嚢の方が石灰化が早く行われていることが解った。若い個体では球形嚢がよく発達しているが、卵形嚢に関しては球形嚢ほど発生の変化が認められない。ツメガエルではSt.29-33の間で耳石の形成が行われることが判った。卵形嚢と球形嚢の区別が明確につく最初の時期はSt.35-39であると解析された。球形嚢の発生がイモリより早いが、これはイモリの幼生が水底で這う行動が主であるのに対して、ツメガエルの幼生の主な行動は泳ぐことであるという違いを示すものであると考えられる。

 耳石形成に対する重力の影響の結果は以下の様である。IML-2(1994年に行われたスペースシャトルを用いた国際共同実験)によるイモリを用いた実験で、微小重力下で発生している間は耳石の発生に異常は見られないが、地上に帰還してから2ヶ月してから耳石が巨大化するという結果が初めて得られた。過重力を用いた実験でも、通常の環境に戻してから2ヶ月目の耳石の発生が遅いことが初めて明らかになった。これらは過重力や微小重力下といった状態ではなくて、重力の変化が耳石の発生に影響を与えることを示している。そして耳石器官、特に球形嚢は微小重力にさらされた時には大きくなり、過重力にさらされた時には小さくなるという傾向が初めて明らかにされた。重力加速度の大きさに反比例するという傾向から、重力と耳石の発生の間には密接な関係があることが初めて明らかにされた。また重力は生体に直接にしか影響を与えないとされてきたが、時間が経過してからも影響を与える間接的な経路があることを示唆している。この傾向は、ツメガエルの場合にも存在することが初めて確認されたので、二種類の両生類で成り立つことから、他の両生類でも成立する可能性が示唆された。

 以上の結果のように、両生類の初期発生における耳石形成について、定量的および定性的に初めて詳細に明らかにし、また、微小重力が初期発生の卵割や胞胚腔の位置、原口の位置、耳石の大きさの変化に明らかに影響を及ぼすことを示した。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として、合格と認められる。

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