出芽酵母の液胞は細胞体積の約1/4を占める細胞内最大のオルガネラである。酵母の液胞は動物細胞のリソソームや植物細胞の液胞と相同の役割を持ち、分解及び貯蔵コンパートメントとして働くことで細胞内の恒常性の維持に大きく寄与している。この液胞は細胞の生育条件や外界の環境の変化に伴ってダイナミックにその形態を変化させる。この液胞がいかに構築され、またその形態が維持されているかは非常に興味深いが、その分子機構に関しては未知の部分が多い。これまでの遺伝学的な解析により、少なくとも9つの遺伝子(VAM遺伝子)が正常な液飽の構築に必要であることが示されている。 vam変異株はその液胞形態における表現型から二つのグループ(クラスI,II)に分類されている。クラスI vam変異株(vam1,5,8,9)は液胞を欠失するという表現型を示す。一方、クラスII vam変異株(vam2,3,4,6,7)は、液胞が断片化して小さくなり、細胞内に多数蓄積するという野生株とは非常に対照的な液胞の形態を示す。この変異株の液胞形態からクラスII VAM遺伝子は、正常な大きな液胞の構築、あるいはその維持に関わる因子であると予想される。クラスIIVAM遺伝子は現在精力的に解析が進められているが、VAM6遺伝子に関してはその一次構造を始め、分子機能が全く未知であった。そこで液胞構築機構の分子レベルの知見を得るために、このVAM6遺伝子および遺伝子産物の構造と機能を解析し、液胞構築における役割を検討した。 まず、VAM6遺伝子をvam6-1変異株の液胞形態異常の相補を指標に、酵母ゲノムライブラリーからクローニングした。塩基配列を決定した結果、VAM6遺伝子は約123kDaのタンパク質をコードしていることがわかった。アミノ酸配列からVAM6遺伝子産物は親水性のタンパク質で、ERの透過に必要なシグナル配列や膜貫通領域を持たないことが示唆された。遺伝子破壊実験の結果、VAM6遺伝子は細胞の増殖には必須ではなく、その遺伝子破壊株はvam6-1変異株と同様に著しく断片化した液胞様構造を細胞内に多数蓄積するという表現型を示した。この遺伝子破壊株はエンドサイトーシスのマーカー分子であるルシファーイエローCHをその断片化したコンパートメントに蓄積したことから、このコンパートメントがエンドサイトーシスの最終到達地であることがわかった。さらに、酸性コンパートメントに蓄積する蛍光色素であるキナクリンが蓄積することから、その内部が酸性化されていることがわかった。 VAM6遺伝子産物(Vam6p)を同定するために、Vam6pへのエピトープタギングとVam6pに対する抗体の作成を行った。タギングはインフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)の一部をVam6pのアミノ末端に導入することで行った。抗HA抗体及び抗Vam6p抗体により、HAを導入したVam6pとVam6pは、推定分子量にほぼ一致するそれぞれ約130-kD、120-kDのタンパク質として同定された。 Vam6pの細胞内における局在を検討するために細胞分画を行ったところ、液胞が分画される13,000gで遠心の沈殿画分(P13画分)に最も多く、約60%が存在していた。そして残りの約20%ずつが、13,000g遠心分離後の上清画分をさらに100,000gで遠心分離した後の沈殿画分(P100画分)と上清画分(S100画分)に存在していた。さらにVam6pの細胞内の局在を調べるために、クラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)をVam6pのアミノ末端に導入したGFP融合Vam6pを作成し、その細胞内の局在を蛍光顕微鏡下で観察したところ、このタンパク質は液胞膜上に局在していることがわかった。 Vam6pはアミノ酸配列から親水性のタンパク質であると予想されていたが、細胞分画実験では、その大部分(約80%)が沈殿画分に存在していた。これは、液胞膜に結合しているためであると考えられるが、その結合様式を可溶化実験を行い検討した。その結果、1M NaCl、及び2M尿素によって可溶化され、Vam6pは液胞膜表面に結合したタンパク質であることわかった。さらに1% Triton-X100存在下では可溶化されないことから、非常に大きなタンパク質複合体の構成成分として機能していることが示唆された。 これまでのクラスII VAM遺伝子産物の解析により、VAM2遺伝子産物(Vam2p)が同様に大きなタンパク質複合体の構成因子として機能するタンパク質であることが示唆されていた。Vam2pは細胞分画実験、および可溶化実験においてVam6pと非常によく似た挙動を示す。このことはVam6pとVam2pが1つのタンパク質複合体を形成していることを予想させるが、この予想の通り、抗Vam6p抗体による免疫沈降物の中にVam2pが存在してることがわかり、Vam6pとVam2pが同一のタンパク質複合体の構成成分であることが示された。さらにショ糖密度勾配遠心法を用いた解析により、Vam6pとVam2pの含まれるタンパク質複合体は沈降係数20Sを越える非常に大きなタンパク質複合体であることがわかった。 VAM2遺伝子破壊株におけるVam6p、及びVAM6遺伝子破壊株におけるVam2pの細胞分画実験、及び可溶化実験を行った結果、いずれにおいてもその挙動に大きな変化が見いだされなかった。このことから以下の二つの可能性が示唆される。一つは、Vam6p、及びVam2pそれぞれが大きなタンパク質複合体を形成し、その二つのタンパク質複合体が相互作用を持つという可能性、もう一方は、Vam6pとVam2pが独立に大きなタンパク質複合体に結合している可能性である。さらに他のクラスIIvam変異株、VAM3遺伝子破壊株、VAM4遺伝子破壊株においてもVam6pとVam2pの挙動には大きな変化は見られなかった。VAM3、VAM4遺伝子産物はVam6p、Vam2pを含むタンパク質複合体の形成や局在には直接は関与していないことを示唆している。 VAM6遺伝子破壊株、及びVAM2遺伝子破壊株は液胞タンパク質の成熟過程および液胞への輸送に顕著な異常を示すことがわかった。液胞タンパク質の多くは液胞への輸送過程で分泌経路を経由し、ゴルジ体で分泌タンパク質から選別されて液胞へ運ばれるが、VAM6、VAM2遺伝子破壊株において、液胞タンパク質であるカルボキシペプチダーゼY(CPY)は、約20%が細胞外へ誤輸送されて分泌されていた。また細胞内に存在している大部分のCPYは前駆体型から液胞型への成熟速度が著しく遅くなっていることがわかった。この異常は他の液胞タンパク質であるプロテイナーゼA(PrA)、プロテイナーゼB(PrB)についても同様であった。さらに別の液胞タンパク質であるアルカリ性フォスファターゼ(ALP)について、その成熟化を検討したところ、ALPは全く成熟化されずに全て前駆体型の状態で留まっているという、PrA、PrB、CPYとは異なる表現型を示すことがわかった。ALPの成熟化にはPrAが必要であるため、ALPが、VAM6、VAM2遺伝子破壊株において、他の液胞タンパク質とはその局在が異なることが考えられる。細胞分画実験の結果、ALPがCPY等の他の液胞タンパク質とはその局在が異なることがわかり、VAM6、VAM2遺伝子破壊株に蓄積しているコンパートメントはCPYらが局在するコンパートメントとALPが局在するコンパートメントの二種類の異なるコンパートメントからなることがわかった。以上のことから液胞への輸送経路はCPYらを輸送する経路とALPを輸送する経路が存在し、Vam6p、Vam2pは液胞膜上でこの二つの経路に関わるタンパク質複合体を形成していると考えられる。 |