現在の標準的な惑星形成のモデルでは惑星は微惑星と呼ばれる多数の小天体が衝突合体して形成されたと考えられている。微惑星は星形成の副産物として原始太陽の周りに形成される原始太陽系星雲(原始惑星系円盤)中のダストから形成される。微惑星は太陽の周りを公転しながら衝突合体を繰り返し成長して最終的に惑星になる。この過程を惑星集積過程と言う。惑星集積の素過程を物理的に明らかにすることが研究の目的である。 標準モデルは大枠では惑星形成を物理的に無理なく説明することができる。しかし、様々な問題が残されている。惑星集積過程には、2つの大きな問題が残されている。1つは惑星の軌道間隔(太陽系の空間構造)の起源である。現在の惑星の軌道長半径(太陽からの距離)にはボーデの法則として知られる特徴がある。これは惑星の軌道間隔が公比2の等比数列で表わされるというものである。惑星の材料物質である微惑星が現在の惑星の配置に都合のいいように偏在していたとは考えにくい。一様な空間分布の微惑星からどのように集積が進みこのような惑星の配列が実現されたのだろうか。全くの偶然であるとする考えもあるが、ボーデの法則の数列の細かい係数は別にしても惑星のだいたいの軌道間隔は惑星集積過程で物理的に説明されるべきである。もう1つは木星型惑星の固体核の形成時間である。標準モデルではすべての微惑星が同じように成長する平均成長が仮定されている。しかし、それでは木星と土星の固体核の形成時間が観測から推定される原始太陽系星雲の寿命(〜107年)を越えてしまい、原始太陽系星雲からガスを獲得できなくなってしまう。また、天王星と海王星の形成時間は太陽系年齢を越えてしまう。 1980年代後半から、残されている問題の解決を目指し、惑星集積過程の見直しが始まった。そこで明らかになったのは、少なくとも惑星集積の初期では微惑星の成長モードは暴走成長であろうということである。暴走成長では大きな微惑星ほど早く成長し、小さな微惑星と大きな微惑星の質量比は時間とともに大きくなっていく。現在、微惑星の暴走成長を考えて惑星集積過程の見直しが行なわれている。しかし、暴走成長はどこまで続くのか、その後はどのように惑星集積が進行していき最終的には現在の惑星系になるのかはまだわかっていない。 現在、惑星集積の研究では微惑星の成長方程式を解くというのが主流である。成長方程式では粒子どうしの結合確率を何らかの形で与え、粒子の質量分布の時間発展を調べる。成長方程式では空間座標が入ってこない、すなわち粒子の一様空間分布を仮定している。惑星集積の初期のようにこの仮定が成立するときはこれでもいいが、空間構造が形成されてくるような惑星集積の後期ではこの手法では微惑星系の進化を正しく追うのは難しい。この成長方程式の限界のため、惑星集積過程それも空間構造が問題となる惑星集積後期の研究は暗礁に乗り上げいた。 この問題の一つの解決方法はN体シミュレーションを用いることである。N体シミュレーションの良い点はなんら仮定を用いることなく直接的に粒子の空間分布と質量分布の進化を求められることにある。N体シミュレーションでは時間毎にすべての粒子間の重力を直接計算して、それをもとに粒子の軌道を積分していく。つまり、N個の粒子があるとすると、N(N-1)/2のペアーの重力を時間毎に計算しなくてはならない。したがって、Nが大きくなると計算時間は莫大なものとなってしまう。そのため、惑星集積のN体シミュレーションでは今までは数百体の計算が限度であった。そのほとんどは2次元や周期境界条件での計算である。 私の研究室では超高速重力多体問題専用計算機GRAPE-4を開発した。この計算機を用いることにより惑星集積の大域的な3次元N体シミュレーションを行なうことが可能となった。 この論文では惑星集積過程の以下の三点についてN体シミュレーションを使って調べた。第一に、惑星集積過程前期、すなわち暴走成長段階の惑星集積について調べた。暴走成長をN体シミュレーションではっきりと示したのは世界で初めてある。第二に、微惑星集団中での原始惑星(暴走成長微惑星)の軌道進化ついて調べた。原始惑星の相互重力散乱と微惑星からの力学的摩擦により軌道反発とういう現象が起きることを発見した。第三に、惑星集積過程後期に原始惑星がどのように成長・軌道進化するかについて調べた。原始惑星の質量は局所的にはほぼ等質量になり、その軌道間隔(空間分布)は原始惑星の重力圏の大きさに比例することがわかった。以下に得られた結果について詳しく述べる。 第一に、等質量の微惑星からなる微惑星系の集積進化を調べた。従来の成長方程式的手法による計算により示唆されていたように、微惑星系の成長のモードは暴走成長であることが示された。微惑星系の質量分布の進化は2段階に分けられる。まず、質量分布関数は各質量区分の粒子数nがべき分布n∝m-2.5となるように緩和する。このべき分布は初期条件によらない。次に、巾分布の先端から最大粒子が飛び出して、連続的なべき分布から離れていく。連続的なべき分布上の粒子の平均質量と最大粒子の質量比は時間とともに大きくなっていく、つまり暴走成長となる。この結果はN体シミュレーションによる微惑星の暴走成長の初の直接的な確認である。暴走成長している粒子の離心率eと軌道傾斜角i(ランダム速度)は小さい。これはまわりの小さい微惑星からの力学的摩擦のためである。力学的摩擦はエネルギー等分配が成り立つようにはたらく。計算の結果、質量分布の両端を除けばほぼエネルギー等分配が成り立ち、e,i∝m-1/2となることがわかった。従来行なわれてきた2次元の計算では暴走成長は起こらなかった。簡単なモデルによって、重力フォーカシングと力学的摩擦が効く場合は集積の基本モードは3次元系では暴走成長となり、2次元系では平均成長となることを示した。 第二に、原始惑星の軌道が微惑星集団中でどのように進化するかを調べた。原始惑星の軌道は原始惑星間の相互重力散乱と微惑星からの力学的摩擦により変化する。計算の結果、ほぼ円軌道の原始惑星どうしはその軌道間隔(軌道長半径の差)が約5倍のHill半径(原始惑星の重力圏の大きさで質量の1/3乗に比例)よりも小さいと反発してほぼ円軌道のまま軌道間隔を約5Hill半径以上に広げることがわかった。これを軌道反発と呼ぶ。軌道反発は以下のように説明できる。原始惑星の軌道は周囲の微惑星からの力学的摩擦によって離心率が小さくほぼ円軌道になっている。円軌道に近い原始惑星どうしの重力散乱では軌道間隔が広がり離心率が大きくなる(エネルギー保存と角運動量保存から)。散乱で大きくなった離心率は広がった軌道間隔はそのままで周囲の微惑星から受ける力学的摩擦によって小さくなる。結果として原始惑星は円軌道を保ったまま軌道間隔を広げることになる。軌道反発のタイムスケールは原始惑星の成長のタイムスケールより短い。つまり、原始惑星は軌道間隔を約5倍のHill半径以上に保ちながら成長することが予測される。 第三に、微惑星系の中で暴走成長した原始惑星がどのように成長しながら軌道進化するかを調べた。その結果惑星集積の後期には微惑星系は質量が二極化した原始惑星-微惑星系になることがわかった。原始惑星の質量は局所的にはほぼ当質量になる。また、軌道間隔もほぼ当間隔(約10Hill半径)となる。これは以下のように説明される。暴走成長はいつまでも続くわけではない。暴走成長は原始惑星と周囲の微惑星の質量比が臨界値(50-100)を越えると減速される。これは原始惑星による重力散乱で周囲の微惑星のランダム速度が大きくなるためるである。このために原始惑星間では集積モードは平均成長となる。よって局所的には同じような質量の原始惑星ができる。原始惑星間では平均成長だが、原始惑星-微惑星間ではまだ暴走成長であるので系の質量は二極化することになる。これを原始惑星の寡占的成長と呼ぶ。原始惑星が当間隔で整列されるのは上で述べた軌道反発のためである。上で予測されたように原始惑星は軌道間隔を5Hill半径以上に保ちながら成長する。典型的な軌道間隔は約10Hill半径である。この値は原始惑星の質量、軌道長半径にほとんどよらない。ヒル半径でスケールされているということは、太陽から遠いほど原始惑星の質量が大きいほど軌道間隔が広くなることを意味する。 以上の結果からまとめると惑星集積の描像は次のようになる。惑星集積の初期では微惑星の成長は暴走的である、すなわちより大きい微惑星がより速く成長する。これは重力フォーカシングと力学的摩擦の効果で大きい微惑星ほど成長率が大きくなるためである。暴走成長はいつまでも続くわけではない。暴走成長は原始惑星(暴走成長微惑星)と周囲の微惑星の質量比が臨界値を越えると減速される。これは原始惑星による重力散乱で周囲の微惑星のランダム速度が大きくなり、衝突確率が小さくなるためである。原始惑星の成長速度の減速と軌道反発によって原始惑星-微惑星系が形成される。そこでは質量分布は原始惑星と微惑星に2極化し、原始惑星はそれぞれのヒル半径に比例した間隔で整列される。 寡占的成長の結果、地球型惑星領域では地球質量の約1/10の原始惑星が形成される。ここからさらにどのように集積が進むのだろうか。木星-土星領域では原始惑星は原始太陽系星雲からガスを獲得することができるぐらいの質量(数倍の地球質量程度)まで成長する。また、天王星-海王星領域では原始惑星は寡占的成長モードのままで惑星まで成長できそうである。いずれにせよ、原始惑星系から最終的に惑星系になる惑星集積の最終段階は今後の課題である。 |