学位論文要旨



No 112348
著者(漢字) 小久保,英一郎
著者(英字)
著者(カナ) コクボ,エイイチロウ
標題(和) 惑星集積 : 微惑星から原始惑星へ
標題(洋) Planetary Accretion : From Planetesimals to Protoplanets
報告番号 112348
報告番号 甲12348
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第105号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉本,大一郎
 東京大学 教授 阿部,寛治
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
内容要旨

 現在の標準的な惑星形成のモデルでは惑星は微惑星と呼ばれる多数の小天体が衝突合体して形成されたと考えられている。微惑星は星形成の副産物として原始太陽の周りに形成される原始太陽系星雲(原始惑星系円盤)中のダストから形成される。微惑星は太陽の周りを公転しながら衝突合体を繰り返し成長して最終的に惑星になる。この過程を惑星集積過程と言う。惑星集積の素過程を物理的に明らかにすることが研究の目的である。

 標準モデルは大枠では惑星形成を物理的に無理なく説明することができる。しかし、様々な問題が残されている。惑星集積過程には、2つの大きな問題が残されている。1つは惑星の軌道間隔(太陽系の空間構造)の起源である。現在の惑星の軌道長半径(太陽からの距離)にはボーデの法則として知られる特徴がある。これは惑星の軌道間隔が公比2の等比数列で表わされるというものである。惑星の材料物質である微惑星が現在の惑星の配置に都合のいいように偏在していたとは考えにくい。一様な空間分布の微惑星からどのように集積が進みこのような惑星の配列が実現されたのだろうか。全くの偶然であるとする考えもあるが、ボーデの法則の数列の細かい係数は別にしても惑星のだいたいの軌道間隔は惑星集積過程で物理的に説明されるべきである。もう1つは木星型惑星の固体核の形成時間である。標準モデルではすべての微惑星が同じように成長する平均成長が仮定されている。しかし、それでは木星と土星の固体核の形成時間が観測から推定される原始太陽系星雲の寿命(〜107年)を越えてしまい、原始太陽系星雲からガスを獲得できなくなってしまう。また、天王星と海王星の形成時間は太陽系年齢を越えてしまう。

 1980年代後半から、残されている問題の解決を目指し、惑星集積過程の見直しが始まった。そこで明らかになったのは、少なくとも惑星集積の初期では微惑星の成長モードは暴走成長であろうということである。暴走成長では大きな微惑星ほど早く成長し、小さな微惑星と大きな微惑星の質量比は時間とともに大きくなっていく。現在、微惑星の暴走成長を考えて惑星集積過程の見直しが行なわれている。しかし、暴走成長はどこまで続くのか、その後はどのように惑星集積が進行していき最終的には現在の惑星系になるのかはまだわかっていない。

 現在、惑星集積の研究では微惑星の成長方程式を解くというのが主流である。成長方程式では粒子どうしの結合確率を何らかの形で与え、粒子の質量分布の時間発展を調べる。成長方程式では空間座標が入ってこない、すなわち粒子の一様空間分布を仮定している。惑星集積の初期のようにこの仮定が成立するときはこれでもいいが、空間構造が形成されてくるような惑星集積の後期ではこの手法では微惑星系の進化を正しく追うのは難しい。この成長方程式の限界のため、惑星集積過程それも空間構造が問題となる惑星集積後期の研究は暗礁に乗り上げいた。

 この問題の一つの解決方法はN体シミュレーションを用いることである。N体シミュレーションの良い点はなんら仮定を用いることなく直接的に粒子の空間分布と質量分布の進化を求められることにある。N体シミュレーションでは時間毎にすべての粒子間の重力を直接計算して、それをもとに粒子の軌道を積分していく。つまり、N個の粒子があるとすると、N(N-1)/2のペアーの重力を時間毎に計算しなくてはならない。したがって、Nが大きくなると計算時間は莫大なものとなってしまう。そのため、惑星集積のN体シミュレーションでは今までは数百体の計算が限度であった。そのほとんどは2次元や周期境界条件での計算である。

 私の研究室では超高速重力多体問題専用計算機GRAPE-4を開発した。この計算機を用いることにより惑星集積の大域的な3次元N体シミュレーションを行なうことが可能となった。

 この論文では惑星集積過程の以下の三点についてN体シミュレーションを使って調べた。第一に、惑星集積過程前期、すなわち暴走成長段階の惑星集積について調べた。暴走成長をN体シミュレーションではっきりと示したのは世界で初めてある。第二に、微惑星集団中での原始惑星(暴走成長微惑星)の軌道進化ついて調べた。原始惑星の相互重力散乱と微惑星からの力学的摩擦により軌道反発とういう現象が起きることを発見した。第三に、惑星集積過程後期に原始惑星がどのように成長・軌道進化するかについて調べた。原始惑星の質量は局所的にはほぼ等質量になり、その軌道間隔(空間分布)は原始惑星の重力圏の大きさに比例することがわかった。以下に得られた結果について詳しく述べる。

 第一に、等質量の微惑星からなる微惑星系の集積進化を調べた。従来の成長方程式的手法による計算により示唆されていたように、微惑星系の成長のモードは暴走成長であることが示された。微惑星系の質量分布の進化は2段階に分けられる。まず、質量分布関数は各質量区分の粒子数nがべき分布n∝m-2.5となるように緩和する。このべき分布は初期条件によらない。次に、巾分布の先端から最大粒子が飛び出して、連続的なべき分布から離れていく。連続的なべき分布上の粒子の平均質量と最大粒子の質量比は時間とともに大きくなっていく、つまり暴走成長となる。この結果はN体シミュレーションによる微惑星の暴走成長の初の直接的な確認である。暴走成長している粒子の離心率eと軌道傾斜角i(ランダム速度)は小さい。これはまわりの小さい微惑星からの力学的摩擦のためである。力学的摩擦はエネルギー等分配が成り立つようにはたらく。計算の結果、質量分布の両端を除けばほぼエネルギー等分配が成り立ち、e,i∝m-1/2となることがわかった。従来行なわれてきた2次元の計算では暴走成長は起こらなかった。簡単なモデルによって、重力フォーカシングと力学的摩擦が効く場合は集積の基本モードは3次元系では暴走成長となり、2次元系では平均成長となることを示した。

 第二に、原始惑星の軌道が微惑星集団中でどのように進化するかを調べた。原始惑星の軌道は原始惑星間の相互重力散乱と微惑星からの力学的摩擦により変化する。計算の結果、ほぼ円軌道の原始惑星どうしはその軌道間隔(軌道長半径の差)が約5倍のHill半径(原始惑星の重力圏の大きさで質量の1/3乗に比例)よりも小さいと反発してほぼ円軌道のまま軌道間隔を約5Hill半径以上に広げることがわかった。これを軌道反発と呼ぶ。軌道反発は以下のように説明できる。原始惑星の軌道は周囲の微惑星からの力学的摩擦によって離心率が小さくほぼ円軌道になっている。円軌道に近い原始惑星どうしの重力散乱では軌道間隔が広がり離心率が大きくなる(エネルギー保存と角運動量保存から)。散乱で大きくなった離心率は広がった軌道間隔はそのままで周囲の微惑星から受ける力学的摩擦によって小さくなる。結果として原始惑星は円軌道を保ったまま軌道間隔を広げることになる。軌道反発のタイムスケールは原始惑星の成長のタイムスケールより短い。つまり、原始惑星は軌道間隔を約5倍のHill半径以上に保ちながら成長することが予測される。

 第三に、微惑星系の中で暴走成長した原始惑星がどのように成長しながら軌道進化するかを調べた。その結果惑星集積の後期には微惑星系は質量が二極化した原始惑星-微惑星系になることがわかった。原始惑星の質量は局所的にはほぼ当質量になる。また、軌道間隔もほぼ当間隔(約10Hill半径)となる。これは以下のように説明される。暴走成長はいつまでも続くわけではない。暴走成長は原始惑星と周囲の微惑星の質量比が臨界値(50-100)を越えると減速される。これは原始惑星による重力散乱で周囲の微惑星のランダム速度が大きくなるためるである。このために原始惑星間では集積モードは平均成長となる。よって局所的には同じような質量の原始惑星ができる。原始惑星間では平均成長だが、原始惑星-微惑星間ではまだ暴走成長であるので系の質量は二極化することになる。これを原始惑星の寡占的成長と呼ぶ。原始惑星が当間隔で整列されるのは上で述べた軌道反発のためである。上で予測されたように原始惑星は軌道間隔を5Hill半径以上に保ちながら成長する。典型的な軌道間隔は約10Hill半径である。この値は原始惑星の質量、軌道長半径にほとんどよらない。ヒル半径でスケールされているということは、太陽から遠いほど原始惑星の質量が大きいほど軌道間隔が広くなることを意味する。

 以上の結果からまとめると惑星集積の描像は次のようになる。惑星集積の初期では微惑星の成長は暴走的である、すなわちより大きい微惑星がより速く成長する。これは重力フォーカシングと力学的摩擦の効果で大きい微惑星ほど成長率が大きくなるためである。暴走成長はいつまでも続くわけではない。暴走成長は原始惑星(暴走成長微惑星)と周囲の微惑星の質量比が臨界値を越えると減速される。これは原始惑星による重力散乱で周囲の微惑星のランダム速度が大きくなり、衝突確率が小さくなるためである。原始惑星の成長速度の減速と軌道反発によって原始惑星-微惑星系が形成される。そこでは質量分布は原始惑星と微惑星に2極化し、原始惑星はそれぞれのヒル半径に比例した間隔で整列される。

 寡占的成長の結果、地球型惑星領域では地球質量の約1/10の原始惑星が形成される。ここからさらにどのように集積が進むのだろうか。木星-土星領域では原始惑星は原始太陽系星雲からガスを獲得することができるぐらいの質量(数倍の地球質量程度)まで成長する。また、天王星-海王星領域では原始惑星は寡占的成長モードのままで惑星まで成長できそうである。いずれにせよ、原始惑星系から最終的に惑星系になる惑星集積の最終段階は今後の課題である。

審査要旨

 惑星が整然と運動する太陽系がどのように形成されたか、その起源を求める問題は、カントやラプラスの時代から宇宙に関する主要な関心事のひとつであった。現代の太陽系起源論は、恒星の誕生と進化の理論に基いて語られる。基本的なシナリオは林忠四郎らによってまとめられ、その線に沿って研究が進められている。

 それは2つの異なる問題からなる。ひとつは、太陽が恒星のひとつとして生まれるに際して太陽のまわりにどのような回転ガス円盤を作り、そのなかで沈澱した重い物質がどのような微惑星を作ったかという問題である。微惑星とはその大きさがせいぜい数キロメートル程度のもののことである。もうひとつは、そのような微惑星がどのように衝突合体して、現在見られるような大きい惑星にまで成長したかという問題である。前者の問題は恒星進化論の延長として比較的よく研究されてきた。しかし後者のほうは、太陽のまわりでケプラー運動による差動回転をしている座標系において微惑星の運動・衝突・合体を考える問題なので、これまでの研究は不十分なものであった。それには計算力の不足がひとつの原因であった。このような問題を扱うには、スーパーコンピュータでも能力不足なのである。

 論文提出者は後者の問題を中心に研究した。彼の所属する東京大学総合文化研究科では、多体問題のための専用計算機GRAPE-4の開発が進んでいた。それはふつうに使える最も高速のスーパーコンピュータと比べて数10倍速いものである。そのうえ計算機を占有できる時間のことも考えると、はるかに大規模な計算が可能になる。彼はそれを捉えて、第2の問題について突破口を開くことを試み、それに成功したと言える。彼は微惑星の集積と原始惑星への成長過程について、これまで実際上不可能であった3次元問題として計算し、1)微惑星の集積による成長は暴走的成長であることを初めて明確に示すことに成功した。すなわち、大きくなり始めた微惑星は独占的に他の微惑星を合体させ、取り込みながら成長するのである。次いで、2)原始惑星の成長過程において惑星の間の軌道間隔を自動的に調整する作用が働くことを示すのに成功した。すなわち、隣りあう原始惑星の軌道間隔は、原始惑星どうしの散乱と原始惑星が多くの微惑星から受ける動的摩擦との兼ね合いによって、原始惑星の重力半径に相当するヒル半径の数倍の大きさでスケールされる間隔に広がることを発見し、それを軌道反発のメカニズムとして定式化した。

 この第1の結果は、これまでの理論では長すぎて困っていた惑星の成長時間を太陽系の歴史と両立するものにした。第2の結果は、最終的にできる太陽系のいろいろな惑星について、それらの軌道間隔がどのようにして決まるかという問題と関係している。諸惑星の軌道半長径の分布にはボーデの法則という経験則が成り立つと前世紀から語られていた。そのような軌道分布を説明できれば、その基礎となる太陽系起源論の信頼性は高まることになる。もっとも、ボーデの法則を正確に再現することが必要だというわけではない。しかし、10個程度の惑星が誕生し、太陽からの距離が遠いほど軌道間隔が次第に大きくなるという事実を説明する必要がある。提出された論文ではボーデの法則そのものが説明されたわけではないが、その手掛りとなる軌道反発の概念を確立したことは、問題を大きく進めたものとして高く評価される。

 提出論文はこれまで提出者が行った研究をまとめて、原始惑星の起源論として再構成したものである。第1章では問題の設定と結果のまとめが述べられている。第2章では、微惑星の分布と運動を黄道面だけではなく、それに垂直な方向も含めた3次元モデルに拡張して計算している。その結果、微惑星成長の第1段階では、微惑星の質量スペクトルが成長初期にどのようなものであったとしても、その後はべき指数が-2.5のスペクトルに近づくことを見出し、進化は初期条件には依存しないことを示している。それに続く第2段階では、質量の最大のものが暴走的成長に入ることを示している。第3章では、そのようにして原始惑星のサイズにまで成長したものが、論文提出者の新たに発見した軌道反発のメカニズムによって、互いに適当に離れた円軌道を描くようになることを論じている。第4章では、原始太陽系円盤の物質分布は、そのような原始惑星形成の後期に比較的少数の原始惑星と多数の微惑星に2極分化することを見出し、そのようになる過程を原始惑星の寡占的成長と名づけている。そして原始惑星間の間隔は典型的には原始惑星のヒル半径の10倍であり、ヒル半径が太陽からの距離に比例することを考えると、太陽から遠くなるにつれて惑星どうしの間隔が広くなることを論じている。

 これらの結果を導くに際して基本的に重要だったのは、3次元モデルの計算であった。すなわち、3次元化することによって軌道の離心率と軌道傾斜角の分布が正確に取り扱われるようになった。太場のまわりにケプラー運動をしている差動回転座標系から見ると、離心率と軌道傾斜角は微惑星や原始惑星のランダムな運動を記述するものである。それが微惑星集積の基礎過程を決めている様子を論文提出者は初めて明確に示した。モデルの3次元化は、惑星集積過程の理解に本質的な役割を果たしている。

 以上要するに論文提出者は微惑星の集積から原始惑星の成長までを3次元モデルで正確に扱い、惑星の集積成長と軌道分布の決まる過程について、基本的な面で理解を大きく進め、天文学から惑星地球科学にわたる分野で重要な新しい知見をもたらした。この提出論文の基になった3つの論文は、いずれも提出者と井田茂との共著論文である。しかし、それらの主要な部分は論文提出者によって解明されたものであり、そのため、3論文とも本論文の提出者が筆頭著者になっている。提出学位論文が主として論文提出者の成果によるものであることは、論文審査会においても確認した。また共著者からも、その主旨のもとに、それらの内容を博士論文として使用することの承諾が得られている。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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