学位論文要旨



No 112354
著者(漢字) 板倉,充洋
著者(英字)
著者(カナ) イタクラ,ミツヒロ
標題(和) 反強磁性ポッツモデルの相転移の数値的研究
標題(洋)
報告番号 112354
報告番号 甲12354
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第111号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 浅野,攝郎
 東京大学 助教授 阿波賀,邦夫
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 助教授 野村,正雄
内容要旨

 反強磁性ポッツモデルは以下のハミルトニアンで記述される系である。

 

 ここでsiは三次元単純立方格子上のi番目の格子点のスピンの値で、si=1,2,…,qのq通りの値を取るものとする。また(1)で、nnは最近接(nearest neighbor)格子点の組に関する和を表し、J>0であるとする。

 このモデルの興味深い点は、その特異な秩序状態にある。q=3の時の基底状態での典型的なスピン配置を図1に示す。

 ハミルトニアン(1)は全てのスピンが隣接するスピンと異なる値をとるとき最小値0をとり、この条件を満たす状態が基底状態となる。しかしこの条件は緩い条件であり、図1で1|2の様に示した格子点では、スピンは1と2のどちらの値でもとれることを示す。

 このように基底状態が強く縮退している系では低温でも秩序が現れないことが多いが、興味深いことに反強磁性ポッツモデルでは低温において前述したような特異な秩序が現れ、ある温度で秩序・無秩序相転移が起きることが分かっている。この相転移がどのようなものであるのかが近年興味を持たれて多くの研究がなされてきた結果、q=3の系はXYモデルと同じ臨界現象を示す事が知られている。q=4の系は繰り込み群による解析からハイゼンベルグモデルと同じ相転移のクラスに属することが予想されているが、それを裏付ける研究はいまのところ行なわれていない。

図1:

 本研究では、次近接相互作用を加えた以下のハミルトニアンについて、その相転移を数値計算を用いて調べた。

 

 ここで式(2)の第二項のnnnは次近接(nex nearest neighbor)スピンの組に関する和を表す。またJ1,J20であるとする。J2が大きい極限ではこの系は2つの独立な強磁性ポッツモデルの系とみなすことができるが、強磁性ポッツモデルはq3の場合一次相転移を起こすことが分かっている。したがってJ2=0のとき二次転移であった秩序・無秩序相転移がJ2が大きくなると一次転移に変化することが予想される。

 本研究ではモンテカルロシミュレーションによってサイズが最大643までの有限系の振舞いを調べ、有限サイズスケーリングの手法により熱力学極限での振舞いを研究し、以下のような結果を得た。

 ・q=3の場合、J2/J1〜6付近に多重臨界点があり、それよりJ2が大きくなると一次転移となる。多重臨界点では六回対称な異方性は消失せず、回転対称なモデルとは異なった振舞いをする。多重臨界点での臨界指数は

 

 と見積もられた。

 ・q=4の場合、繰り込み群による予想に反し、異方性はJ2=0の場合臨界点で消失せず、相転移はハイゼンベルグモデルとは異なるクラスに属する。臨界指数は

 

 と見積もられた。

審査要旨

 本論文はq-状態三次元反強磁性ポッツモデルの相転移を数値的にモンテカルロ法を用いて研究したもので、新しい知見が得られた。

 反強磁性ポッツモデルは強磁性ポッツモデルと本質的に異なっている。その一例として、基底状態に多くの縮退があることが挙げられ、その相転移も強磁性の場合と異なっている。三次元系において強磁性ポッツモデルがq3の場合に一次転移を示すのに対し、q=3の反強磁性ポッツモデルはXYモデルと同じ臨界現象を示すことが数値的に確認されている。またq=4の場合はハイゼンベルグモデルと同じ相転移を示すことが繰り込み群解析によって予想されているが、それを裏付ける数値計算はまだ行われていない。さらに最近接スピン間相互作用の他に次近接スピン間相互作用を加えた場合には相転移の次数が変化する多重臨界点が出現するが、この多重臨界点に関する研究は現在の所行なわれていない。

 本論文の研究対象である三次元の古典スピン系では、数学的に厳密な解を求める方法は現在のところ発見されておらず、その相転移の性質を解明するのに最も有効と思われている方法は現在の所数値計算と繰り込み群解析の二つである。この論文ではq=4で最近接スピン間相互作用のみを考えた場合の相転移と、次近接スピン間相互作用を加えたq=3の場合の多重臨界点での相転移について数値計算を用いてその性質を考察した。

 まず準備として平均場近似により相図が求められ、相転移の次数が変化する多重臨界点が存在することが示された。さらに臨界現象の上部臨界次元に関する考察からこの多重臨界点が三重臨界点である可能性が示唆された。

 次に数値計算によって相図上の臨界線及び多重臨界点付近での臨界指数が調べられ、従来数値計算による研究が行なわれていなかったq=3の場合の多重臨界点と、q=4で最近接スピン間相互作用のみを考えた場合の臨界点での臨界指数が新たに得られた。

 q=3の場合の多重臨界点付近では最大483までの系について数値計算を行なって臨界指数が得られた。その結果多重臨界点は平均場近似から予想される三重臨界点とは異なる独自の臨界指数を取るという結果が得られた。さらに多重臨界点より二次転移側の臨界線上ではオーダーパラメーターの分布がXYモデルと同様に回転対称であるが、多重臨界点では六回対称な異方性が現れてO(N)モデルとは異なった振舞いを見せることが分かった。これらのことからq=3の場合の多重臨界点付近での振舞いは、既知の臨界現象のいずれとも一致しないという結論が得られた。

 q=4で最近接スピン間相互作用のみを考えた場合の臨界点と臨界指数は、最大643までの系の数値計算によって求められた。その結果繰り込み群解析による予想に反して臨界指数はハイゼンベルグモデルとは異なる値をとることが分かった。またオーダーパラメーターの分布もハイゼンベルグモデルの場合と異なり、球対称にならないことが示された。これらのことからq=4の場合の臨界点付近での振舞いはハイゼンベルグモデルと異なるという結論が得られた。これはq=3で最近接スピン間相互作用のみを考えたモデルはXYモデルと同じ臨界現象を示すという結果とは対照的なものであり物理的に興味深い結果である。

 一方、技術的な面では臨界点と臨界指数を求めるための手法である有限サイズスケーリングの方法を改良する方法が示された。

 一つは従来のBinderによるオーダーパラメーターの4次のモーメントを用いて臨界点を推定する方法を拡張し、複数の次数のモーメントを用いて線形結合をとったパラメーターを用いることによって、従来の方法で生じていた真の臨界点からの系統的なずれを無くすことが可能であることが示された。従来の方法では系統的なずれを含んだ臨界点の推定値から真の臨界点を求めるために臨界指数に関する知識が必要であったが、新しい方法を用いることにより臨界指数に関する知識を必要とせずに臨界点を求めることが可能となった。

 もう一方はエネルギーのキュミュラントを使った有限サイズスケーリングが多重臨界点の決定に効果的であることが新たに示された。従来の有限サイズスケーリングの方法では弱い一次転移と二次転移を数値的に区別するのは困難であったために、一次転移が二次転移に変化する多重臨界点を数値的に決定することは困難であった。本論文ではエネルギーの3次および4次のキュミュラントの線形結合をとったパラメーターに、多重臨界点付近でのエネルギー分布関数の形状変化が鋭敏に反映されることを示し、これを用いて多重臨界点の位置を決定できることが示された。

 以上のように次近接相互作用を導入した反強磁性ポッツモデルの臨界点及び多重臨界点での新しい振舞いを発見した事と、多重臨界点で有効な新しい解析方法を見い出した功績は大きい。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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