本論文はq-状態三次元反強磁性ポッツモデルの相転移を数値的にモンテカルロ法を用いて研究したもので、新しい知見が得られた。 反強磁性ポッツモデルは強磁性ポッツモデルと本質的に異なっている。その一例として、基底状態に多くの縮退があることが挙げられ、その相転移も強磁性の場合と異なっている。三次元系において強磁性ポッツモデルがq3の場合に一次転移を示すのに対し、q=3の反強磁性ポッツモデルはXYモデルと同じ臨界現象を示すことが数値的に確認されている。またq=4の場合はハイゼンベルグモデルと同じ相転移を示すことが繰り込み群解析によって予想されているが、それを裏付ける数値計算はまだ行われていない。さらに最近接スピン間相互作用の他に次近接スピン間相互作用を加えた場合には相転移の次数が変化する多重臨界点が出現するが、この多重臨界点に関する研究は現在の所行なわれていない。 本論文の研究対象である三次元の古典スピン系では、数学的に厳密な解を求める方法は現在のところ発見されておらず、その相転移の性質を解明するのに最も有効と思われている方法は現在の所数値計算と繰り込み群解析の二つである。この論文ではq=4で最近接スピン間相互作用のみを考えた場合の相転移と、次近接スピン間相互作用を加えたq=3の場合の多重臨界点での相転移について数値計算を用いてその性質を考察した。 まず準備として平均場近似により相図が求められ、相転移の次数が変化する多重臨界点が存在することが示された。さらに臨界現象の上部臨界次元に関する考察からこの多重臨界点が三重臨界点である可能性が示唆された。 次に数値計算によって相図上の臨界線及び多重臨界点付近での臨界指数が調べられ、従来数値計算による研究が行なわれていなかったq=3の場合の多重臨界点と、q=4で最近接スピン間相互作用のみを考えた場合の臨界点での臨界指数が新たに得られた。 q=3の場合の多重臨界点付近では最大483までの系について数値計算を行なって臨界指数が得られた。その結果多重臨界点は平均場近似から予想される三重臨界点とは異なる独自の臨界指数を取るという結果が得られた。さらに多重臨界点より二次転移側の臨界線上ではオーダーパラメーターの分布がXYモデルと同様に回転対称であるが、多重臨界点では六回対称な異方性が現れてO(N)モデルとは異なった振舞いを見せることが分かった。これらのことからq=3の場合の多重臨界点付近での振舞いは、既知の臨界現象のいずれとも一致しないという結論が得られた。 q=4で最近接スピン間相互作用のみを考えた場合の臨界点と臨界指数は、最大643までの系の数値計算によって求められた。その結果繰り込み群解析による予想に反して臨界指数はハイゼンベルグモデルとは異なる値をとることが分かった。またオーダーパラメーターの分布もハイゼンベルグモデルの場合と異なり、球対称にならないことが示された。これらのことからq=4の場合の臨界点付近での振舞いはハイゼンベルグモデルと異なるという結論が得られた。これはq=3で最近接スピン間相互作用のみを考えたモデルはXYモデルと同じ臨界現象を示すという結果とは対照的なものであり物理的に興味深い結果である。 一方、技術的な面では臨界点と臨界指数を求めるための手法である有限サイズスケーリングの方法を改良する方法が示された。 一つは従来のBinderによるオーダーパラメーターの4次のモーメントを用いて臨界点を推定する方法を拡張し、複数の次数のモーメントを用いて線形結合をとったパラメーターを用いることによって、従来の方法で生じていた真の臨界点からの系統的なずれを無くすことが可能であることが示された。従来の方法では系統的なずれを含んだ臨界点の推定値から真の臨界点を求めるために臨界指数に関する知識が必要であったが、新しい方法を用いることにより臨界指数に関する知識を必要とせずに臨界点を求めることが可能となった。 もう一方はエネルギーのキュミュラントを使った有限サイズスケーリングが多重臨界点の決定に効果的であることが新たに示された。従来の有限サイズスケーリングの方法では弱い一次転移と二次転移を数値的に区別するのは困難であったために、一次転移が二次転移に変化する多重臨界点を数値的に決定することは困難であった。本論文ではエネルギーの3次および4次のキュミュラントの線形結合をとったパラメーターに、多重臨界点付近でのエネルギー分布関数の形状変化が鋭敏に反映されることを示し、これを用いて多重臨界点の位置を決定できることが示された。 以上のように次近接相互作用を導入した反強磁性ポッツモデルの臨界点及び多重臨界点での新しい振舞いを発見した事と、多重臨界点で有効な新しい解析方法を見い出した功績は大きい。 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |