学位論文要旨



No 112355
著者(漢字) 土屋,修
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,オサム
標題(和) 境界を持つ可積分模型の励起と熱力学
標題(洋) Excitation and Thermodynamics of the Integrable Model with Boundary
報告番号 112355
報告番号 甲12355
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第112号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 助教授 國場,敦夫
 東京大学 助教授 野村,正雄
内容要旨

 1+1次元の量子臨界系の低energy励起はLuttinger流体論で記述される。近年特にmesoscopicな量子細線や量子Hall効果のedge状態の解析に関連して、不純物や乱れのある系でのLuttinger流体の解析に興味が集中している。不純物を持つ系の問題は開いた境界を持つ系に対応させることができる。

 可積分な量子臨界系に対してはBethe仮説により熱力学量を求めることができるが臨界指数を求めることは大変難しい、ここで共形場理論を組み合わせることにより臨界指数を求めることができる。特に川上、Yang及びFrahm,KorepinはBethe仮説とc=1の共形場理論を組み合わせることによりLuttinger流体を扱い臨界指数などを研究した。

 Bethe仮説による厳密解の存在する模型について、その自由energyの低温展開を計算することによりそのmassless励起を記述する共形場理論との対応を議論することができる。周期的境界条件の模型に関してはF=L0-cT2/6ここでcはcentral charge,L0は基底状態のenergyとなる。central charge cに関してZamolodchikovのc定理が存在する。この定理は共形不変な固定点から他の共形不変な固定点に流れるmasslessな繰り込み群の流れに対してcという関数が存在しそれは繰り込み群の流れに沿って単調減少であり、これは固定点ではcentral charge cに一致するということである。

 開いた境界を持つ模型の場合自由energyの低温展開はF=L0+Tlng1gL-cT2/6となる。ここでg1gLは両端の境界に対応する量で温度0での残留entropyのexponential、つまり基底状態の縮退度と解釈できる。このgに対してAffleckとLudwigはc定理と類似の予想をした。これはscale不変な境界条件からscale不変な境界条件への繰り込み群の流れに於いてgは減少するというもので、g conjectureと呼ばれている。このように残留entropy gは境界条件の不変的な性質を記述するものと考えられているがcentral charge cと比べてその物理的な意味はあまり研究されていない。

 可積分な模型の熱力学を研究する方法は2種類ある、1つはBethe仮説方程式よりrapidityとholeの密度関数の満たす積分方程式を求め熱力学を扱う方法でありYang and Yangにより始められた。もう1つは可積分性よりその模型の励起状態のS行列を予想しそして量子化条件よりrapidityとholeの密度関数の満たす積分方程式を求めそれから熱力学を扱う方法でありZamolodchikovにより始められた。

 以上の状況に於いて、我々は境界を持つ可積分な量子系の境界S行列と熱力学を扱うことを試みた。

 Part1では強相関電子系として境界に外場を持つHubbard模型の励起を研究し、準粒子の境界S行列をKorepinの方法によりBethe仮説方程式より計算した。またBethe仮説方程式の複素解として周期的境界条件での解とは違う種類の解としてboundary stringを発見したこれは電子が境界に束縛された状態と解釈することができる。電子模型の準粒子の境界S行列はEsslerにより超対称t-J模型について研究されているがその結果はspin部分についてはXXX模型と同等であり外場がspin su(2)を破らないとき外場によらないことが知られている。Hubbard模型では境界S行列は超対称t-J模型と異なり、境界の外場がspin su(2)代数を破らない場合でもspin励起の境界S行列は外場に依存する。これはHubbard模型では超対称t-J模型と比べてspinとchargeの分離が完全でないことを意味すると考えられる。

 またcharge励起を解析することにより、従来知られていたholonとantiholonの励起とは違う種類の励起が存在することを発見した。この励起とHubbard模型のsu(2)×su(2)対称性の関係は将来の課題である。

 Part2ではXXX模型とHubbard模型のBethe仮説方程式の複素解を分類してその熱力学をYang and Yangの方法に従って境界の影響の寄与する、1/Nのorderを考慮して研究した。

 またこれらの模型の残留entropyを外場が0の場合に計算した。また外場が存在する場合について特定の外場の大きさのときについて研究した。結果はXXX模型の残留entropyが外場が0のときに無限大となった。この結果とSa,TsvelikによるXXZ模型の解析を合わせるとbosonizationしたときのbosonのcompact radiusをRとしたとき、g=1/√4(R-1/√2)となる。一方c=1の境界を持つ共形場理論では自由境界条件でg=1/√4Rとなることが知られている。Heisenberg模型の残留entropyの結果からHeisenberg模型の自由境界条件に対応する境界状態をc=1の境界を持つ共形場理論で構成することが将来の課題である。

 結論として境界を持つXXX模型とHubbard模型についてBethe仮説から熱力学を扱うことには成功したので境界を持つ共形場理論との関係を調べることが将来の課題である。

審査要旨

 本論文は物理数学および物性物理学の問題として可積分模型、特に電子系での境界の役割を解明する研究としてまたl+1次元の強い相関のある電子系での不純物の存在する場合の研究として、開いた境界を持つハバード模型で境界に外場がある場合、ベーテ仮説方程式を研究して、準粒子の境界S行列を求める事により、その励起状態と熱力学の性質を考察した。

 いままでに周期的境界条件の、ハバード模型等の可積分な電子模型をベーテ仮説により解くことは、多くの研究者によって発展させられてきて、特にEsslerとKorepinは準粒子のS行列を求めることに成功したが、開いた境界がある場合に、境界S行列を求めることは今までに研究されていなかった。

 本論文では、特にハバード模型について、Korepin-Grisaruらの方法を拡張し、準粒子の量子化条件より、S行列と境界S行列の満たす方程式とそのSO(4)SU(2)×SU(2)/Z2対称性を研究した。境界S行列の決定は、ベーテ仮説方程式と上の量子化条件を組み合わせることにより導出されるが、Grisaruらはこの境界S行列の決定の方法を明らかにして、その方法を境界に磁場のあるハイゼンベルグ模型に適用した。またEsslerは本論文の著者とは独立にこの方法を超対称性のあるt-J模型に適用して特にそのスピン励起はXXX模型と同様であることを発見した。

 本論文では開いた境界を持つハバード模型に対し、ベーテ仮説方程式を研究し、同様な境界S行列の決定を考察したが、XXX模型及び超対称t-J模型とは異なる形の境界S行列を得た。また境界での外場のハミルトニアンの対称性への影響に注目し、境界の外場はスピンSU(2)の破れは引きおこさない場合でも、スピン励起の、境界S行列はその外場に依存するという、超対称性を持つt-J模型とは異なる、ハバード模型に固有な性質を見い出した。このことにより、ハバード模型では境界での散乱において、スピンと電荷の励起が、超対称t-J模型と比べてよく分離していないことを見い出した。また電荷の励起と、それに対応する-SU(2)代数を研究することによりホロン/アンタイーホロンの励起とは異なる運動量を持つ励起を発見した。

 また境界場のあるハバード模型のベーテ仮説方程式を研究し周期的境界条件の模型に存在する粒子同士の束縛状態に加えて粒子が境界に束縛された状態に対応する解が存在することを発見した。さらに、表面エネルギーを考察することにより、境界場を持つハバード模型の基底状態は周期的境界条件の場合とは異なり、実の解に加えて、上の束縛状態を含むことを発見した。これは周期的境界条件の模型と共通な励起に加えて、境界にある外場に特有な励起が存在することを示すものである。

 この新しい結果は、この問題への新しい興味を引き起こした、また本論文の著者の以前の仕事である内部自由度を持つカロジェローモザー模型での境界がある場合の可積分性の証明及び、1/r2型の相互作用をする境界を持つ可積分なスピン鎖の発見の研究と合わせ、本論文は境界がある可積分系の研究へ大きな貢献をしたと認められる、

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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