学位論文要旨



No 112356
著者(漢字) 花咲,徳亮
著者(英字)
著者(カナ) ハナサキ,ノリアキ
標題(和) 角度依存磁気抵抗振動を用いたBEDT-TTF系擬2次元有機導体の研究
標題(洋)
報告番号 112356
報告番号 甲12356
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第113号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 教授 毛利,信男
 東京大学 助教授 前田,京剛
 東邦大学 教授 梶田,晃示
内容要旨

 有機導体の研究が盛んに行われている。この物質群の研究を面白くしている要因は、その構成分子の形状に起因した伝導の低次元性と、分子修飾などによる柔軟な設計可能性である。高温超伝導体の例をひくまでもなく、低次元伝導体は物性物理の興味深い研究対象である。有機導体は、その構成分子の形状のため、特異な積層構造して低次元電子系を実現している。そして、その低次元性に起因して、電荷密度波(CDW)、スピン密度波(SDW)とこれに関連する量子ホール効果(QHE)、スピンバイエルス状態、巨大なShubnikov-de Haas振動、角度依存磁気抵抗(angle dependent magnetoresistance oscillations,AMRO)などの低次元伝導体に特有な現象がこれまで数多く発見されてきた未開拓の分野である。

 BEDT-TTF系の擬2次元有機伝導体は、有機導体の中でも最高の超伝導転移温度を有し、研究が最も盛んに行われていきた興味深い物質群の1つである。しかし、その電子状態は未だに解明されていない部分も多く、これからも未知の現象が発見されることが期待されている。

 本研究ではじめに扱っている-(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4は、磁気抵抗の測定などから、低温弱磁場低圧の領域で異常な電子状態が発現していることが分かっている。この異常な電子状態のメカニズムの解明が本研究の目的の一つである。

 異常金属相の特徴をとらえるために、フェルミ面のプローブとなる磁気抵抗の磁場角度依存性を圧力下で測定することで異常金属相の圧力効果を調べた。その結果、擬1次元フェルミ面の存在を実験的に明らかにした。さらに、異常金属相はこの擬1次元フェルミ面のネスティングによって生じていることを確かめた。また、異常金属相は圧力で抑圧される機構が圧力で擬1次元フェルミ面の波打ちが増加したことによることをも明らかにした。

 このように、圧力下で抵抗の磁場角度依存性を調べる手法は、高圧電子相を調べることはもとより、フェルミ面の圧力による変化を直接的に観測して物性の特徴を捕らえたり、実験測定に困難にしている条件を除くなど、極めて有効な手段であることが分かった。

 このほか、擬2次元系に特有な新しいフェルミ面整合効果などを合わせて述べる。

図1-(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4の圧力下における磁気抵抗の磁場角度依存性5kbarを境に振動パターンが大きく変化しており、異常金属相が圧力で抑圧されて正常な金属相が復活したことを明らかにした。図2磁気抵抗振動の圧力依存性圧力によって40度付近の谷構造が増大しているが、これは擬1次元フェルミ面の波打ちが圧力で増加したことを示している。
審査要旨

 この論文は,低次元電子系の物性の特徴を明らかにすることをめざすもので,具体的には,BEDT-TTF(bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene)と呼ばれる分子を母体とする,擬2次元有機導体の電子状態を,極低温・高圧下での磁気抵抗の測定によって研究したものである。擬2次元導体では一般に2次元的電子系が存在するが,結晶構造いかんによって,擬1次元的電子系も共存しうる。(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4と呼ばれる物質では,擬1次元電子系の共存のために,低温・弱磁場・低圧下では,磁気抵抗や磁化率から見て異常な電子状態が存在することがわかっており,それは「異常相」と呼ばれてきた。

 論文提出者は,この異常相の性質とその起因の解明を目的として実験研究を行い,圧力をパラメターとして,異常相と通常の金属相との関係を明らかにするとともに,異常相の起因が,1次元的電子系のバイエルス不安定性とそれにともなうスピン密度波の発生にあることを解明した。

 さらに,類似物質との比較の中から,高圧下で分子間距離の変化とともに,1次元的電子系と2次元電子系の次元性が変化する過程と,上の異常相出現との関係を明らかにした。特に,磁場が2次元的電子系の2次元面に平行に近いときに,磁場方向の角度変化に対して磁気抵抗が特異なピークを生じることを発見し,その起因を系の3次元性との関係において理解するモデルを初めて提示した。

 この論文は次のように構成されている。まず、第1章および第2章では,有機導体の一般的な電子的性質を概観し,次に,本論文で対象とする物質に関する研究の歴史的背景,および,本研究で行った実験方法等について述べている。

 第3章では、擬2次元有機導体(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4で出現する異常相の性質とその起因を論じている。異常金属相の起因を調べるために,異常相が圧力の増大とともに,正常な金属状態に移り変わる過程を調べた。その際論文提出者は,電子構造を表現するフェルミ面のトポロジーを探る手段として,磁気抵抗の角度依存性を圧力下で測定し,圧力下におけるフェルミ面の形状を直接的に探った。その結果,圧力印加によって異常相が抑圧され,バンド計算で予測されるとおりの正常金属相に復帰することを,フェルミ面の形状の変化から明らかにした。さらに,従来実験的には確認されていなかった正常な金属状態での1次元的電子系のフェルミ面が,確かに存在することを実験的に初めて明らかにしている。

 また、異常相の磁性を調べるために、(BEDT-TTF)2RbHg(SCN)4の磁化測定を行ない、磁化の異方性から異常相のスピン構造や磁化容易軸について議論している。

 さらに、異常性を示さない同型物質(BEDT-TTF)2NH4Hg(SCN)4との比較を行い、(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4と(BEDT-TTF)2NH4Hg(SCN)4との相違点を明らかにすることを試みた。(BEDT-TTF)2NH4Hg(SCN)4の磁気抵抗の測定から、(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4に比べ(BEDT-TTF)2NH4Hg(SCN)4の1次元的電子系のフェルミ面は,より強い2次元性をもつことを指摘し,このことと異常相の有無との関係を論じている。

 第4章では,上の物質との対比において,簡単な2次元的電子系をもつ典型物質(BEDT-TTF)2I3の電子構造を論じている。磁気抵抗の磁場角度依存性を測定し、磁場の方向が2次元伝導面内に、近い時、磁気抵抗が特異なピークを示すことを発見した。実験と数値計算を用いて、この特異なピーク構造が電子系の3次元性に起因すること,すなわち,2次元的フェルミ面の側面に形成される小閉軌道による効果であると結論し,これを「小閉軌道効果」と名付けている。

 また、この小閉軌道効果は擬2次元導体において、一般的に起こりうる現象であることを指摘し,実際に、(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4と(BEDT-TTF)2NH4Hg(SCN)4との比較において,小閉軌道効果を用いて、(BEDT-TTF)2NH4Hg(SCN)4の3次元性が比較的大きく,これも異常相の有無に関係すると考えられることを指摘している。

 以上まとめると論文提出者は,圧力下の磁気抵抗の測定から、擬2次元導体(BEDT-TTF)2KHg(SCN)4の異常相に対する圧力効果と,異常相の起因を実験的に初めて明らかにした。さらに、小閉軌道効果と命名した,擬2次元系に特有な新しいフェルミ面形状効果を発見して、実験結果や数値計算から小閉軌道効果の概念を確立した。

 この論文の全般において、フェルミ面のプローブとして,磁気抵抗の磁場角度依存性を圧力下で測定している。このように、圧力下におけるフェルミ面の情報を得て電子状態の特徴を捕らえる直接的手法を初めて研究に適用し,これが極めて有効であることを実験的に示した。

 論文提出者が解明したことは,従来の研究や関連研究から判断して妥当と考えられ,分子性導体の低次元電子系の物性の解明に大きく寄与するものである。さらに,論文提出者が発見し提案した小閉軌道効果の概念は,今後,電子物性分野で広く活用されるものと考えられ,関連分野の研究に対する波及効果も大きいと判断される。よって,本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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