学位論文要旨



No 112365
著者(漢字) 高橋,成雄
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,シゲオ
標題(和) 滑らかな曲面のための臨界点に基づくモデリング
標題(洋) Critical-point-based Modeling for Smooth Surfaces
報告番号 112365
報告番号 甲12365
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3145号
研究科 理学系研究科
専攻 情報科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 益田,隆司
 東京大学 教授 小柳,義夫
 東京大学 助教授 今井,浩
 東京大学 教授 高木,利久
 東京大学 助教授 清水,謙多郎
内容要旨

 近年の計算機性能の向上に従い、形状設計システムで扱われる形状は、簡単な多面体形状から複雑な曲面形状へと変化してきている。しかしながら、現在の形状設計システムでは、従来の多面体表現を拡張して曲面を表現しているため、複雑な曲面の場合には曲面の特徴を反映する多面体分割で表現しずらく、いくつかの問題が生じてくる。まず第一に、曲面形状は一般に複雑であるため、多面体表現のままであると、設計の作業量が膨大になることがあげられる。第二には、例えば分岐部分の滑らかな変形など、曲面形状の性質を考慮した曲面固有の形状操作の支援ができないことがあげられる。さらには、形状設計システムに曲面形状特徴を保持する階層が存在しないので、例えば曲面形状データベースの検索キーなど、曲面形状の大局的な構造に関する情報を提供できないことがあげられる。これらはすべて、形状設計システムが、曲面の形状特徴を保持する階層を持たないがために生じる問題である。これらの問題を解決するためには、曲面形状特徴を上位階層として持つ、曲面の階層表現を作り上げることが必要である。

 本論文では、滑らかな曲面のための、形状特徴に基づくモデリング手法を示す。特に、本研究の目的として、物体形状と形状特徴の間の双方向の操作、つまり「形状特徴による設計」と「形状からの特徴抽出」を実現することを目的とする(図1参照)。形状特徴としては、頂上、谷底、峠などの臨界点を用いる。さらに、臨界点グラフという、臨界点を頂点で、臨界点間の関係を枝で表すグラフも、形状特徴として用いていく。特に臨界点グラフとしては、物体形状の位相的な骨格表すレーブ・グラフを採用する。滑らかな曲面は、理論的な要求として、2次元C2級可微分多様体であると仮定する。臨界点や臨界点グラフなどの形状特徴は、滑らかな曲面の階層表現における上位階層の役割を担う。

図1:本研究におけるシステムの概要

 本手法の位置付けは、図2に示される。従来の多面体表現によるシステムは、境界表現法を基本として、CSGの集合演算を形状操作として持つものが主流である。さらに曲面形状を表現するために、多面体の面にパラメトリック・パッチを当てて近似表現をする。しかしながら先に述べた通り、曲面の性質を考慮に入れない多面体分割は、いくつかの問題を抱えることになる。他方、形状の階層表現に目を移すと、頂点・稜線・面などの形状要素に関する幾何制約、あるいは、溝や穴などの形状特徴を上位階層に用いた表現手法の研究が進んでいるが、多面体形状の範躊に留まっており、曲面固有の形状特徴を上位階層としたものは存在しない。本手法は、滑らかな曲面のための、形状特徴に基づく階層表現を実現する。形状特徴としては、先に述べた臨界点や臨界点グラフを上位階層として用いていく。本手法と従来の手法とは、扱う形状の守備範囲が多少異なる。従来の手法は、多面体を基本として、部分的に曲面を含むものに適している。それに反して本手法は、複雑な曲面形状(例えば、臓器、土地形状や、CGアニメーションの仮想物体など)を対象とし、加えて、部分的に平坦な形状を含むものや、3次元形状復元などの階層のない曲面表現なども、その守備範囲として含んでいく。

 本手法のさらなる利点として、従来の多面体表現における形状要素である単体(頂点・稜線・面)と、本手法の曲面表現における形状要素である臨界点(頂上・峠・谷底)に、密接な関係があることがあげられる。これは、単体が、その曲面版である胞体と深い関係を持ち、モース理論により胞体が臨界点と一対一対応を持つことから導かれる。これは、境界表現法で使われていた枠組を、そのまま本手法に応用できることを意味する。例えば、境界表現法で形状の正当性を検証するために使われるオイラーの式{面の数}-{稜線の数}+{頂点の数}=(オイラー標数)は、その曲面版{頂上の数}-{峠の数}+{谷底の数}=(オイラー標数)に変換され、本手法でも用いられる。

 本研究で実現されるシステムの全体像は、図1に示される通りである。以下、この図に従い、形状設計から特徴抽出の順に記述を展開する。(第1章)

図2:提案する手法の位置付け

 曲面形状の設計は、まずレーブ・グラフを用いて、物体形状の位相的な骨格を指定することから始まる。さらに、物体の3次元空間への埋め込みを表現するために、埋め込みレーブ・グラフと呼ばれるアイコン表示を用いる。このアイコン表示は、断面輪郭線の包含関係を視覚化し、位相的骨格設計のインタフェースとして働く。レーブ・グラフの変更は、モース・オペレータを用いて、臨界点に対応する胞体の貼り合わせ方を記述することで行なう。加えて、現在の形状に分岐や筒を新たに加える操作を提供するためのマクロ操作を導入する。システム実装においては、曲面形状は、位相的骨格を表すレーブ・グラフと断面輪郭線の包含関係の木に対応するグラフ構造として保持される。システムは、曲面形状を適当な補完により常に閉曲面として保持し、形状に変更が加えられた時、形状の位相的な正しさを常に検証する。さらに、アイコン表示を介した位相的骨格の設計インタフェースを実装し、上記の形状検証の機構を用いて、ユーザに位相的に正しい操作だけを提供する。(第2章)

 幾何設計は、先に設計された位相的骨格を基本としてなされる。まず、臨界点から臨界点へ曲面上を高さに関して上から下へ走る流れ曲線の形状を指定し、大まかな幾何形状の指定する。次に、システムは与えられた流れ曲線に断面輪郭線を付加して、物体形状を覆う制御網を自動的に作り上げる。ここで、断面輪郭線は、位相的骨格であるレーブ・グラフの枝に対応する部分に付加される。制御網の曲線に囲まれる面は、3・4・5角形のいずれかになる。システムは、制御網の頂点にそれぞれ局所曲面を割り当て、それらの局所曲面は制御網の曲線を幾何制約として用いて設計される。さらにシステムは、多様体写像によりそれらの局所曲面を重なりを持たせて貼り合わせ、全体の曲面を構成する。重なりの部分では、曲面が滑らかになるように補間される。平坦な部分を含む曲面も、臨界点を含む空間の高さを0につぶす操作を用いて、設計することができる。(第3章)

 本研究では、上記の局所形状の細かい幾何形状の設計を支援するため、多重解像度曲面設計と呼ばれる解像度に関する階層表現を導入する。特に、本論文では、解像度毎に付加された制約を、全体として満たしながら形状を設計する手法について述べる。局所曲面は、多重節点Bスプラインと、それに対応するウェーブレットにより表現される。この表現により、解像度レベル間のウェーブレット分解・再構成は行列演算で実現される。局所曲面の形状は、点制約や曲面制約などの与えられた幾何制約を満たしながら、形状の変形の度合を示すエネルギー関数を、変分手法により最小化することにより決定される。これにより幾何制約は、基底関数の重み係数に関する線形方程式として表現される。隣接解像度レベル間の重み係数同士が、ウェーブレット分解の式により関係づけられているため、低解像度レベルの幾何制約は、高解像度レベルの幾何制約に変換することができる。この変換は、すべての畿何制約を、共通の基底関数に関する表現に変換することを可能にする。実際の設計は、隣接解像度レベル間の局所曲面形状の差分に対して、現在のレベルまでの制約をまとめて解くという操作を、レベルに関して再帰的に行なうことで実現される。(第4章)

 本研究では、曲面形状の多面体表現からの形状特徴抽出のためのアルゴリズムも示し、また上記のシステムで設計された形状の、高さ軸方向の変更操作に応用していく。また、提案するアルゴリズムは、曲面の位相不変量を示すオイラーの式{頂上の数}-{峠の数}+{谷底の数}=(オイラー標数)を満たす形で臨界点抽出を行ない、最終的にレーブ・グラフを構築するまでの停止性も保証されている。まず、標高データや画像輝度値など、レーブ・グラフが木になる場合のアルゴリズムを示す。最初に、臨界点を、滑らかな曲面の位相不変量を表すオイラーの式を満たす形で抽出する。平坦部分や、重複した峠など、記号摂動法を用いた退化した臨界点の処理についても述べる。次に、臨界点グラフのひとつであり、曲面形状の起伏を表現する、サーフェス・ネットワークを、曲面上の尾根線・谷線をたどることによって構築する。サーフェス・ネットワークからレーブ・グラフへ変換するアルゴリズムも示す。レーブ・グラフが閉路を含む場合は、峠の断面を表すサンプル点と、尾根線のサンプル点との重なりを、集合演算で調べる。重なりがあった場合は、疑似峠と疑似谷底をサーフェス・ネットワークに挿入する。レーブ・グラフへの変換アルゴリズムは、閉路だけ残った場合に例外処理を行なうことを除いて、前述のものをそのまま適用する。最後に、疑似臨界点を取り除いて、レーブ・グラフが完成する。高さ軸変換操作は、これらの抽出されたレーブ・グラフに基づき、制御網のモデルを曲面形状に合わせていき、システムにおける表現を求めることで実現する。(第5章)

 本論文では、最後に従来手法との比較についても言及し(第6章)、将来課題についても述べる(第7章)。

審査要旨

 本論文は、滑らかな曲面の形状特徴に基づくモデリング手法を、新しく提案している。現在、形状モデリング分野において、形状特徴に基づくモデリング手法の研究は盛んに行なわれているが、その研究は多面体形状の範疇に留まっていた。本論文では、それを臨界点・臨界点グラフ等の形状特徴に着目することで、形状特徴に基づくモデリング手法を曲面にも適用できることを示している。また、特筆すべきこととして、曲面形状と形状特徴の双方向の操作、つまり、「特徴による設計」と「特徴抽出」を実現していて、形状特徴に基づくモデリング手法に必要な大きな成果を示している。

 本論文は7章で構成される。第1章では、本研究の動機について、第2章から第4章までは、「特徴による設計」について、第5章は、「特徴抽出」について、第6章で、従来手法との比較を行ない、第7章で、結論と今後の課題について述べている。以下、それぞれの章について詳しく述べる。

 第1章は、本研究の動機づけとして、従来の多面体表現の拡張による曲面表現の問題点を指摘し、曲面形状特徴に基づくモデリング手法の必要性及び意義が論じられている。さらに、従来の境界表現法との数学的な背景についても記述され、臨界点・臨界点グラフを形状特徴として用いることの正当性についても示されている。また、過去の研究についても適切な記述を含み、関連文献も十分網羅されている。論文全体の概観も適切であり、導入として良くまとまった記述となっている。

 第2章は、「特徴による設計」の第一歩として、曲面形状の位相骨格設計について論じている。位相骨格の表現には、臨界点グラフのひとつレーブ・グラフを用い、モース・オペレータを使ってその設計を行なう。加えて、3次元空間への曲面形状の埋め込みについても、指定できる枠組を構築している。また、そのデータ構造についても、常に形状を閉曲面化して持つことで、境界表現法では難しかった幾何的整合性を保つことを容易にし、そのデータ構造に基礎を置くインタフェースも実装されている。本章の内容は、基礎部分は既にあるモデルを利用してはいるが、形状特徴に基づく表現の特殊性を十分考慮に入れた拡張がなされている。

 第3章では、前章の位相骨格設計に続いて、多様体写像を用いた幾何設計について述べられている。設計者は、曲面上を走る流れ曲線の形状を指定し、それに基づいてシステムが曲面形状物体を覆う制御網を構成する。全体の曲面は、制御網の頂点に対応する局所曲面に分割され、それぞれの局所形状は、第4章で述べられる多重解像度表現と変分法を用いて決定される。最後に、それらの局所形状は、多様体写像に基づき重なりを持った形で貼り合わせられ、滑らかに補間されて全体の曲面を成す。変分法を用いることで設計者の負担を大幅に軽減し、さらに臨界点の配置に基づく形状操作を可能にしている点は、注目に値する。

 第4章では、局所的な曲線・曲面設計に関して、新しい手法として多重解像度制約を用いた曲線・曲面設計手法が提案されている。実際の階層的形状設計は、ひとつの解像度レベルに限られていたが、本手法では、ウェーブレット分解によって、隣接階層度レベルを関係づけることができるような枠組を構成し、複数の解像度レベルの幾何制約を基底変換によりまとめあげ、それを解いて形状を決定する。特に、この制約の重ね合わせを、隣接レベル間の形状の差分に関して応用し、解像度レベルを積極的に用いることで、少ない幾何制約による効果的な形状設計を可能にしている。

 第5章は、今までと逆の操作として「特徴抽出」について論じている。その道具として、曲面形状データから臨界点・臨界点グラフを構築するアルゴリズムが、新しく提案されている。このアルゴリズムの特筆すべき点は、その頑健性で、整数帰着法と記号摂動法を用いることで、必ずアルゴリズムが正しい特徴と抽出して停止することを保証している。まず、臨界点を、滑らかな曲面の大局的な性質である、オイラーの式を満たす形で抽出するアルゴリズムが示される。退化した臨界点は、非退化なものへと単一化され処理される。臨界点グラフの構築は、まず曲面の尾根・谷線をとらえるサーフェス・ネットワークを構築し、そこからレーブ・グラフへ変換するアルゴリズムが示される。

 第6章は、主な従来手法との比較をいくつかの性質について行ない、第7章で、本論文の結論を述べ、今後の課題に関して言及している。

 以上のように、本論文は滑らかな曲面の形状特徴に基づくモデリング手法を新たに提案し、それに必要な数々の新しい枠組が提案している。さらにシステム実装により、その実用性も示されている。審査担当者は,以上のような理由により,本論文は博士(理学)の学位論文として充分な内容を持つものであると一致して判定した。なお、本論文第3章の一部は國井利泰氏、第5章は池田哲也氏、品川嘉久氏、國井利泰氏、及び上田譲氏との共同研究として公表されているが、論文提出者が主体となって考案、実装及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53947