本論文では特異なレッジェ格子上の高階曲率について考察した。ここで特異なレッジェ格子とは非常に痩せた単体が含まれているレッジェ格子のことである。 レッジェが滑らかなリーマン多様体の自然な格子近似として導入したレッジェ格子は、近年では量子重力効果を調べるためのモデルとして広く利用されている。こうしたモデルにおいては現在のところ、多様体上の計量についての足し上げに対応するものを格子上で実現する方法について異なった二つの立場が存在している。ひとつはレッジェ格子中の単体の辺の長さを固定して単体分割の仕方について足し上げを行う立場(動的単体分割)であり、もう一つは単体分割を固定して単体の辺の長さについての積分を行う立場(固定単体分割)である。いずれの立場をとる場合でも、高エネルギー領域で格子化によって正則化された高階曲率を含む格子重力作用が低エネルギー領域において一般相対論を有効的に再現する可能性があり、この点でレッジェ格子上の高階曲率には興味が持たれる。またこうした曲率はレッジェ格子を古典一般相対論や多様体上の場の理論の研究に応用する上でも重要である。 多様体上にはリーマンテンソルの成分を縮約して得られる高階曲率が多数存在するが、今のところ個々の高階曲率の類似物をどのようにしてレッジェ格子上に定義すればよいかを示す一般的な処方は知られていない。しかし二三の曲率については多くの理由で自然な格子化であると考えて良い格子上の高階曲率が定義できる。この論文で考察した2次元におけるスカラー曲率の高階べきや一般次元におけるリプシッツ・キリング曲率はそうした例である。 こうした格子上の高階曲率についての基本的な疑問の一つは、それらがいかなる意味で多様体上の曲率の格子版と呼び得るのかという問いである。この問いに一つの解答を与えるため我々はある多様体Mを近似するレッジェ格子の列Ksを構成して、多様体M上の曲率と格子Ks上の対応する格子曲率との関係を調べた。我々の研究の以前にも様々な近似の方法やそれに伴う格子曲率の連続極限が考察されてきたが、特異なレッジェ格子、すなわち痩せた単体を含むレッジェ格子によって多様体を近似することは未だ考察されていない。我々は主に2次元において特異な格子による近似を考察した。 特異な格子による近似を考察する物理的な動機としては、固定単体分割による量子重力モデルにおいては曲率の大きな多様体上の計量を表現するためには非常に痩せた単体を含むレッジェ格子という配位が現れることが不可避である点が挙げられる。以下に述べる我々の結果は、少なくとも古典的な意味での格子近似という文脈では、こうした痩せた単体が存在しても多様体を近似するうえで特に問題とはならないことを示している。 定理 Mを2次元多様体とし、Ks(s>0)をレジェ格子の列で次の4つの性質を持つものとする。 1.位相同型fs:Ks→Mが存在する 2.fsによるKsの各三角形の像はMの測地的三角形 3.fsによるKsの各辺の像はM上の同じ長さを持つ測地線 4.Ksの各辺の長さはs以下 このときs→0に伴って、スカラー曲率のべきに対応する格子上の曲率(定義はEliezer1による)は測度の意味でM上のスカラー曲率のべきに収束する。 1 D.Eliezer,Nucl.Phys.B319(1989)667. ここでは各辺の長さをゼロに近づけるだけでKsの各三角形の形状については全く仮定をおいていない点が重要である。上の定理は如何に痩せた三角形が含まれていようともそれには関わりなく多様体のレッジェ格子による古典的な近似が可能であることを示している。この定理が本論文の主結果である。 我々は、特異なレッジェ格子による近似に関係した高次元多様体の局所的な性質についても調べた。大雑把な表現になるが、n次元多様体Mが点0において局所的な性質Emを持つとは(m<=n)、M内の測地線を辺に持ち点0をひとつの頂点とするm単体が与えられたとき、それと同じ辺の長さを持つm単体をユークリッド空間の中に構成できることであると定義する。このときあらゆる多様体Mはその次元n>=2に関わらず常に性質E2を持つことを示すことができるが、この性質が先の2次元における定理の証明に役立つ。ところがm>2の場合にはこうした良い性質はなく、ある点において性質E3、...、Enのいずれの性質も有しない多様体が存在することがわかった。このことが我々の2次元における結果を高次元の場合に一般化することが困難である一つの理由である。 我々はまた、一般次元のレッジェ格子上で定義される格子リプシッツ・キリング曲率についても調べた。この曲率については単体の内角を用いた二つの表現が知られている。一つは組み合わせ位相幾何的な考察から導かれる表現で、そこには奇数次元の内角も現れる。もう一つは熱核の考察から導かれる表現で、偶数次元の内角のみが現れる。この二つの表現の同等性は以前から知られていたが、その証明は解析的な手法によっていた。我々は、内角和が満たす恒等式を利用した組み合わせ論的な考察によってこの同等性の別証明を与えた。 |