本論文は6章からなり、第1章序章、第2章は実験装置、第3章は実験データの解析について述べており、第4章に実験結果をまとめ、第5章でそれについての議論を行っている。第6章は全体の結論を述べている。 本研究は原子核標的に対し静止K-吸収によって生成される、ラムダハイパーフラグメント(核)の生成機構の解明を目的としたものである。これ以前の研究ではi)古くからのエマルジョン法により様々なハイパーフラグメントが生成されることii)80年代後半に行われた高工研でのカウンター実験により、の生成率は静止K-あたり数パーセントに上ること及び生成率には明らかに標的依存性がみられることが判っていた。これらの研究に触発されて生成機構に関していくつかのモデルが提唱された。たとえばハイペロン複合核モデル、あるいはそれのより進んだ形と考えられる反対称化分子動力学法(Antisymmetried Molecular Dynamics:AMD)を用いた解析や直接反応的モデルである。直接反応的モデルは核内の""クラスターにK-が吸収され、K-+""→+゜反応によってが生成されるとする考えでありこのモデルでは4体より重いフラグメントやスピンフリップ状態は生成されない。 しかしながら、これらのモデルの優劣の判定或はより深い生成機構の理解のためにはデータが決定的に不足していた。すなわちエマルジョン法では、あらわな標的核依存性がわからないことであり、以前の高工研の実験ではの生成率のみが測定された。今回の実験では、7Li,9Be,12C標的に対して,,及びのスピンフリップ状態である第1励起準位(1+)の生成率をに対する比で求めた。これははじめての試みであり、その結果以下に述べる様に生成機構のより深い理解が得られた。 実験は高工研陽子シンクロトロン(KEK-PS)K5ライン上に設置された超伝導トロイダルスペクトロメーターを用いておこなわれた。入射K-をスペクトロメータ中央におかれた標的中にとめ、発生する-をスペクトロメータで測定する。,,の生成量はそれぞれの中間子崩壊で放出される-のピーク収量を計測することにより求めた。又(1+)状態の生成量はの二体崩壊の-のピークにゲートをかけ遷移線(1.1MeV)をNal(Tl)で観測しその収量より決定した。スペクトロメータの分解能は3MeV/c (FWHM)@130MeV/c,立体角は7%×4 str,Nal(Tl)の空間立体角は15%×4 strであり、高分解能、高立体角により、実験が可能となった。 得られた結果の特徴的な点は、の励起状態が基底状態と同程度かそれ以上に生成されている事と、の生成比が有意にOより大きく、9Be,12Cでは1に近いかそれ以上となっている事である。一番単純な直接反応モデルでは、この値はOとなるので、ハイパーフラグメント生成がより複雑な過程で生成される割合が大きいことが確定した。より複雑な過程を取り扱っていると考えられるAMD法と直接反応モデルの両方を考慮した理論値と実験値を比較すると7Li標的の(1+)状態の比をのぞいて(実験値が約6倍大きい)誤差の範囲でほぼ一致していることがわかった。一方標的核依存性をみると、軽い核ほど直接反応の寄与が増大していることがわかった。7Li標的の(1+)状態に関しても7Li中のtクラスター構造も考慮した直接反応の理論値は実験値との不一致を改善する傾向があると指摘されている。 以上の様に、本研究は原子核標的に対する静止K-吸収により生成されるラムダハイパーフラグメントについて系統的データをはじめて収集し、生成機構に関して種々の理論と比較して詳細な議論を行い、その機構について新しい知見を得た。 なお、本論文は、8名よりなる共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分大であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |