学位論文要旨



No 112372
著者(漢字) 浅川,仁
著者(英字)
著者(カナ) アサカワ,ヒトシ
標題(和) 境界のある一次元量子系の研究
標題(洋) Study on one-dimensional quantum systems with boundaries
報告番号 112372
報告番号 甲12372
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3152号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 高山,一
 東京大学 助教授 藤森,淳
内容要旨

 近年、一次元量子系(量子スピン系及び電子系)の研究は、実験及び理論の両面から活発にすすめられている。一般に、一次元量子系では、その強い量子ゆらぎによって、絶対零度(基底状態)においてすら長距離秩序が発生しない場合が多い。こうした大きなゆらぎの効果と共に、その強い相互作用とによって、一次元量子系においては、様々な新しい現象がみられる。ハルデンギャップが、その一例である。このような多様な現象が見出される一方で、一次元量子系に現れる普遍的な性質も明らかになってきている。基底状態で臨界点が実現する系、すなわち一次元量子臨界系の多くが、朝永-ラッティンジャー流体と呼ばれるユニバーサリティークラスに属することが、共形場理論を用いた研究を中心に明らかされた。近年の活発な研究によって、一次元量子系のバルクの性質の多様性や普遍性が、かなり明らかになってきたといえる。

 本研究では、こうした一次元量子系に現れる現象の中でも、境界(端)の効果を考察する。実在する多くの系には境界が存在し、その近傍では、バルクの性質とは異なった現象が起こり得ることが期待できる。また、境界のある系の研究は、一次元量子系における不純物効果の研究とも密接な関係のあることが知られている。境界の存在に由来する現象に普遍的性質を見出すことが、研究の主目的である。

 この研究では、厳密に解くことのできる境界のある(あるいは、境界に外場のはたらく)一次元量子系の性質を、境界のある共形場理論も用いながら、主に解析的方法によって考察した。その結果、境界をもつ系に広く成り立ついくつかの性質をみいだすことができた。まず、境界のあるXXZモデル、ハバードモデル及び超対称t-Jモデルには、カイラルな朝永-ラッティンジャー流体としての性質が現れることを厳密に示すことができた。さらに、境界にはたらく外場の影響も、これらのモデルにおいて共通であることが分かった。また、可解な等方的スピン鎖や電子系の基底状態において、磁化の境界からの寄与は外場に対して共通のふるまいを示すことが分かった。この研究を通じて得られたもう一つの成果は、境界に外場のはたらくハバードモデルのベーテ仮説方程式を導くことができたことにある。以下、本研究によって得られたこれらの結果を順にまとめる。

 本研究では先ず、境界のある一次元量子系:1)一様磁場中のXYモデル、2)XXZモデル、3)ハバードモデル、4)超対称t-Jモデルの厳密解(ベーテ仮説方程式)を用いて、基底状態及び低励起状態におけるエネルギーの有限サイズ補正を計算した(Chapters2,3)。近年、周期境界条件を課した系については、厳密解から有限サイズ補正が計算され、これを共形場理論に基づいて考察することによって、系のバルクな臨界的性質が明らかになった。境界(端)のある系に関しても、有限サイズ補正を計算して、境界のある共形場理論に基づいて考察することにより、境界付近における系の臨界的性質を調べることができる。境界をもつモデルのエネルギーに対する有限サイズ補正は、境界のある系におけるベーテ仮説方程式の特徴を考慮することによって、周期境界の場合の方法を応用して解析的に計算することができた。境界に外場のはたらく系の有限サイズ補正の計算は、XXZモデルについては部分的に行われていたが、ハバードモデルのような多成分の系においては初めてのものであった。この計算によって、境界がある場合でも、ハバードモデル及び超対称t-Jモデルのチャージとスピンの自由度が低エネルギーにおいて分離すること等を厳密に示すことができた。

 さらに、得られた有限サイズ補正の表式から、システムサイズが有限で、温度が十分に低い場合の分配関数を求めた。境界に外場のはたらくXXZモデル、境界に外場のはたらくハバードモデル及び超対称t-Jモデルのチャージセクターとスピンセクターの分配関数がそれぞれ、U(1)Kac-Moody代数のシフト表現の指標で展開できることが分かった。この指標に含まれる(シフトの大きさをあらわす)パラメータが、境界にはたらく外場の関数として得られた。低励起のスペクトルがこの代数の表現を与えることは、系がセントラルチャージ1の(境界のある)共形場理論で記述されることを意味する。このことは、すなわち、これらの系がカイラル朝永-ラッティンジャー流体であることにほかならない。また我々は、有限サイズ補正の表式から、それぞれの量子系における境界の臨界現象に関する臨界指数を評価した。さらに、これらの境界をもつ系における、基底状態での帯磁率や圧縮率、低温比熱、基底状態の縮退度を求めた。低励起のスペクトルが共通の代数の表現を与えることに由来して、これらの臨界指数や物理量は共通の表式で表される。これらの表式こそがカイラル朝永-ラッティンジャー流体というユニバーサリティークラスを特徴づけるものである。

 次に、境界をもつ一次元量子臨界系の物理量を、ベーテ仮説方程式を用いて解析的に評価した(Chapter 4)。まず我々は、境界のある等方的量子スピン鎖:1)スピン-Sタクタジャン-バブジャンモデル、2)SU(N)ハイゼンベルグモデルの基底状態における境界からの磁化への寄与を計算した。これらのスピン鎖は、反強磁性S=1/2XXXモデルの拡張であり、バルクの臨界現象はそれぞれ、level-2S SU(2)Kac-Moody代数、level-1 SU(N)Kac-Moody代数で表現されることが知られている。一般に、一次元量子臨界系の基底状態におけるエネルギーは、システムサイズLに対して、周期境界、開境界の場合それぞれ、=L×e+O(L-1)=L×e+f+O(L-1)とスケールされる。従って、境界からの磁化への寄与(mb)はmb=-∂f/∂hによって求めることができる。ただし、hは外部磁場を表す。計算の結果、これらの境界のあるスピン鎖においては、共に

 

 となることが分かった。ハバードモデルや超対称t-Jモデルにおいても同様の結果が得られる。境界の磁化のこうしたふるまいは、系の臨界的性質と密接な関係があると期待される。同様にして、境界のあるハバードモデルにおいても、次の物理量を評価した:1)境界からの磁化及び帯磁率への寄与、2)境界からの電子数密度及び圧縮率への寄与、3)端のサイトにおける磁化、4)端のサイトにおける電子数。端のサイトにおける物理量を評価するには、物理量と共役な外場が端のサイトにはたらく系の基底状態のエネルギーを評価する必要がある。さらに、我々は、斥力ハバードモデルと引力ハバードモデルにおける境界の物理量の関係や、強結合極限についても考察を行った。

 また、我々は、境界のあるハバードモデルの素励起について考察した(Chapter5)。ハーフフィリングで外部磁場の無い場合について、境界のあるハバードモデルの低励起状態のエネルギーを評価した。その結果、この系における、スピン及びチャージセクターの素励起に対応する粒子のエネルギーを求めることができた。さらに、これらの素励起の境界における散乱行列も導いた。

 以上の計算を行う過程で、我々は境界(両端)に外場のはたらく一次元ハバードモデル

 

 の厳密解(ベーテ仮説方程式)を導いた。近年、境界に外場のはたらく一次元量子系の厳密解の研究はきわめて盛んに行われており、多くのモデルにおいて、拡張された代数的ベーテ仮説の方法を用いてベーテ仮説方程式が導かれている。実際、境界に磁場がはたらくS=1/2XXZモデルの厳密解は、この方法で既に求められていた。しかし、ハバードモデルには代数的ベーテ仮説法の適用が困難であることが知られており、(自由端の場合は別の方法で解かれていたが)境界に外場のはたらく場合のベーテ仮説方程式は導かれていなかった。そこで、我々は、従来のベーテ仮説(coordinate Bethe ansatz)の方法を拡張することによって、先ず、p=p1,p=pL(Type A)の場合に境界のあるハバードモデルのベーテ仮説方程式を導いた(Section 3.3.1,Appendix 3A)。さらに、この結果を用いて、p=±p1,p=±pL(Type B)の場合のベーテ仮説方程式も導くことができた(Section 3.3.1,Appendix 3B)。系のエネルギーは

 

 と表され、ベーテ仮説方程式は次のようになる。

 

 但し

 

 周期境界条件を課した系においてベーテ仮脱波動関数は進行波の重ねあわせで表すのに対して、両端のある系においては、定常波の重ね合わせとして表現することによってモデルの対角化(厳密解の導出)が可能となった。境界のあるXXZモデルはcoordinateベーテ仮説の方法によっても解かれているが、境界のあるハバードモデルにおける我々の方法は、この方法の二成分系(nested Bethe ansatz)への拡張ともいえる。得られたベーテ仮説方程式には、いくつかの特徴がある。まず、独立な波動関数を与える擬運動量は複素半平面上に存在すると考えられる。これは、右向きの進行波と左向きの進行波が独立でないことに由来する。次に、方程式の形には(周期境界条件の場合と同様の)粒子の二体散乱に由来する項の積のほかに、粒子と境界との散乱からの寄与が現れる。これらの特徴は、他の境界のある系において、既に求められているベーテ仮説方程式にも現れている。

 最後に、この研究における特に新しい点を以下に列挙する。

 ・境界に外場のはたらくハバードモデルのベーテ仮説方程式を初めて導いたこと。

 ・境界をもつ(境界に外場のはたらく)様々な一次元量子臨界系において、エネルギーの有限サイズ補正を求め、これらの系が、カイラルな朝永-ラッティンジャー流体を実現していることを示したこと。

 ・境界をもつ等方的スピン鎖や電子系の基底状態において、境界からの磁化への寄与が共通のふるまいをすることを示したこと。

審査要旨

 本論文は五章からなり、第一章は全体の紹介、第二章は境界のあるXY模型、第三章は境界を持つ強相関系の境界効果、第四章は物理量への境界の寄与、第五章では境界のあるハバード模型の素励起を扱っている。一次元の量子多体系は多くの厳密に解ける模型が知られていて、多数の研究がなされているが、たいていは周期境界条件を課した場合の問題を扱ってきた。境界のあるような場合も厳密に解けることがわかってきたのはごく最近のことである。端の効果を無視するような、バルクの一次元量子系ではベーテ仮説方によって、多くの模型が研究されてきた。この場合は周期的境界条件を使ってベーテ仮説方程式を導き、エネルギースペクトルを考察する。しかし端のある場合は開放境界条件を課して、ベーテ仮説方程式を導き、バルクの場合とのエネルギー差を求めなければならない。この論文では一様磁場中でのXY模型、XXZ模型、ハバード模型、超対称t-J模型を端のある場合についての、有限サイズ補正を計算した。また共形場理論はバルクな量子一次元系ばかりでなく、端のある場合にも適用できるが、論文提出者はこの理論とベーテ仮説解との関係を詳細に調べ、共形場理論がよくなりたっていることを立証した。第三章では境界点に外場をかけた場合のベーテ仮説方程式およびその解を研究している。特にハバード模型では考察するハミルトニアンは次のようになる。

 112372f06.gif

 両端に働く外場がない場合(p=p=0)は解が知られていたが、論文提出者はp1+=p1-≠0,pL+=pL-≠0の場合とp1+=-p1-≠0,pL+=-pL-≠0の場合も可解であることを示し、厳密なベーテ仮説方程式を導くことに成功した。周期的な境界条件と開放境界条件の場合の臨界的な場合のエネルギーは次のように振る舞う。

 112372f07.gif

 境界での磁化はmb=∂g/∂hで定義することが出来る。また得られた方程式を使って、絶対零度において境界の磁化は磁場hの関数として対数的に振る舞うことを示した。

 112372f08.gif

 またこのような振る舞いはハバード模型ばかりでなく、XXX模型、t-J模型でも共通に起こることも示した。

 以上のように、本研究の内容は数理物理的に興味深いだけでなく、実際の量子一次元系の物理としても重要なものを含んでいる。論文提出者はこの分野で少なからぬ寄与をしたと評価でき、博士論文として、十分合格と判断される。なお本研究は指導教官の鈴木増雄氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行なったもので論文提出者の寄与が大きいものと認められる。従って、審査員一同、論文提出者は博士(理学)の学位にふさわしいと判定した。

UTokyo Repositoryリンク