南部-Jona-Lasinio(NJL)模型は、低エネルギー領域におけるQCDの有効理論としてメソン、バリオンの研究にしばしば用いられる。最近、この模型において、核子をクォーク3体系の相対論的Faddeev方程式の解として記述することに成功した。この相対論的クォーク3体束縛系としての核子の性質・構造は、まだ未知の側面が多く、この解を用いて既知の演算子の行列要素を調べることは、核子のクォーク構造に対する理解を深める上で重要である。本論文の目的は、1体演算子(電弱相互作用流等)の行列要素の計算を定式化し、それに基づく数値計算を行って、この解の物理的性質を調べることにある。有限の運動量移行qに対してこの計算を行うには、様々な困難がある。従って本論文では、まず有限のqのもとで行列要素を記述し、さらにこれをqについて展開してその展開係数から核子の電磁的性質を得るという方法を適用する。本論文では、さらに、Faddeevの方法に従って得たこれらの物理量と、この方法の近似から導かれるダイクォーク-クォーク模型による結果との比較によって、クォーク間の相互作用の重要性とoff-shellの効果を明らかにする。現段階では、2体系の相互作用をスカラーダイクォークチャンネルに限っているが、上の目的には十分である。 図1:一体演算子の行列要素のFeynmanダイアグラム まず、ゲージ不変な一体演算子の行列要素は、次のように表される。 ここでP,p(P’、p’)は核子の全4元運動量及びダイクォーク-クォーク間の相対4元運動量を表す。,とはダイクォーク-クォークの規格化された波動関数で、以下のFaddeev方程式、 を満たす。ここでF(p’,p;P)は によって定義される。はクォーク交換を表す。式(1)の中の5点関数Oは、O=〇,q+〇,d+∧〇,ex,で与えられる。〇,q+〇,dは図.1の最初の2つに対応し、〇,exは3番目のグラフに対応する。ファインマンダイアグラムは、1.Faddeevの方法における’傍観者’としてのクォーク、2.ダイクォークに束縛されているクォーク、3.クォークとダイクォークの間で交換されるクォーク、以上のそれぞれ役割の異なる3種類のクォークに外場が結合しているグラフに分類される。それぞれをクォークカレント、ダイクォークカレント、クォーク交換カレントと呼ぶことにする。(図1参照) Faddeev方程式(2)の解は、C.M.系で得られたものであるから、式(1)より、有限なqの場合には、波動関数をboost変換する必要がある。この変換は、スピンの自由粒子に対する変換である。また2体の相互作用をスカラーダイクォークのチャンネルに限っている為、Faddeevの積分核とクォークのプロパゲータは、この変換に対して同様の変換性を示す。これらの変換性より、Faddeev方程式は相対論的共変になることが示される。我々は、boost変換、及びローレンツ変換を容易にするため有限のqに対する行列要素(1)の計算をBreit-frameで行った。さらにこのframeは、電磁的性質を求める場合にも、便利である。すなわち、このframeにおいて、核子の遷移カレントは、ヘリシティー表示を用いると のように表される。ここで、,’は核子のヘリシティーを表し、Pの方向を軸にとった。式(4)と式(1)のqについての展開係数とを、よく知られた手順に従って同定することにより、核子の磁気モーメントN、荷電半径<r2>Nを求めることが可能になる。 こうして得られた電磁的性質に対する結果は、次のようにまとめられる。まず荷電半径は、構成子クォークの質量Mqがおよそ400[MeV]の場合に、 となり実験値をよく再現することがわかった。また、図1のそれぞれのカレントからの寄与について詳しく調べると、Mqの小さい緩い束縛系では、クォークカレントとダイクォークカレントからの寄与が支配的になる。従って、この様な系では、クォーク・ダイクォーク模型は核子を記述するのに悪くない近似であるといえる。しかし、Mqを大きくして束縛を強くしていくと、図1の3番目の項、つまりクォーク交換カレントからの寄与が無視出来なくなる。またクォークとダイクォークのそれぞれの質量殻からのずれが大きくなることも同時に影響して、クォーク・ダイクォーク的描像は成立しなくなる。核子中のu,d-クォーク分布の広がりについて評価すると、d-クォーク分布半径とu-クォーク分布半径の僅かな差がみられた。実際Mq=400[MeV]のとき、中性子中でのそれぞれの値は、n=0.783[fm2],n=0.666[fm2]となる。中性子中で、d-クォークがu-クォークよりも僅かに広がって分布している。この結果より、中性子荷電自乗半径が負になるという実験結果を説明することができた。 磁気モーメントNについては、その絶対値が実験値と比較して小さめの値であった。バッグ模型等の他の相対論的理論計算でも、同様の傾向を示しており、この差は相対論的計算の共通の問題となっている。それぞれのカレントからの寄与をみると、非常に緩い束縛系で、クォークカレントの寄与は、ほぼMqに反比例し、SU(6)クォーク模型に近い系であることが示される。しかし、少し束縛が強くなると、クォーク交換カレントが無視できない寄与を与え、この反比例関係は無くなる。結果として、核子の磁気モーメントは、Mqにたいしてほぼ一定の値になる。我々はまた、波動関数に対するboost変換の影響を調べるため、この変換を行わない計算を行った。Nの絶対値は、正しくboost変換を行った値の約半分であった。当然、相対論的な枠組では、波動関数に対するboost変換しないと、無意味なものであるが、boost変換からの寄与は非常に大きいことがわかった。この計算では、スカラーダイクォークチャンネルの相互作用しか考慮していない。磁気モーメントに対しては、荷電半径とは対照的に軸性ベクトルダイクォークが重要になるかもしれない。従って、このチャンネルを含めた計算は、以上の結果を改善する可能性があると期待される。 |