学位論文要旨



No 112374
著者(漢字) 阿部,英幸
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ヒデユキ
標題(和) スカーム模型によるハイペロン-核子相互作用
標題(洋) Hyperon-Nucleon Interaction in the Skyrme Model
報告番号 112374
報告番号 甲12374
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3154号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,直毅
 東京大学 教授 柴田,徳思
 東京大学 教授 矢崎,紘一
 東京大学 助教授 福田,共和
 東京大学 助教授 早野,龍五
内容要旨

 量子色力学(QCD)は強い相互作用の基本法則と考えられている。その高エネルギー極限では、漸近自由性により摂動的に取り扱うことができ、深部非弾性散乱等による実験結果を説明することができる。しかし、低エネルギー領域においては繰り込み群による議論が示すようにその有効結合定数が増大し摂動的な取り扱いが困難になる。’tHooft,Wittenらは展開パラメータとしてカラー自由度の逆数1/NCを用いた。スカーム模型はそのような低エネルギー領域でのQCDの有効相互作用を与えていると考えられている。スカーム模型はカイラル模型の運動項にスカーミオンと呼ばれるトポロジカルな配位を安定化させるために4次の反対称の微分項を加えたものである。バリオンは中間子のトポロジカルな配位として実現される。スカーム模型は荷電半径や磁気モーメント等のバリオンの静的な性質を3割程度の誤差で説明する。スカーム模型の独立なパラメータの少なさを考慮すると驚くべき事実だと考えられる。一方、バリオン間の相互作用に適用する場合、バリオン数が2の配位を作ることが第一の問題であり、最も簡単なproduct ansatzや数個のパラメータで配位を表すAtiyah-Manton ansatzさらに直接、数値シミュレーションにより安定な解を求める等の方法がある。その様にして得られた配位からバリオン間の相互作用を求めると中間距離での引力的な中心力を再現しないという問題があるがこれは高次の項を加える、有限NCの効果を入れる、粒子等の高い励起状態の粒子との中間状態の混合等を考慮することによって次第に解決されつつある。フレーバーSU(2)対称性でこのように確立されたスカーム模型をさらに広い対称性であるSU(3)に適用してその有効性を確かめる必要がある。

 Atiyah-MantonはSU(2)のゲージ場のトポロジカルなインスタントン配位からスカーミオンの配位を構成した。具体的には、次式の様に虚時間軸にそっての経路積分の形で与えられている。

 

 ’tHooftタイプのインスタントンを使うと

 

 の様な形に帰着させることができる。(T1,1),(T2,2)はインスタントンの位置である。SU(2)インスタントンでは式中の(1),(2)は同じSU(2)の生成子であるが、これをSU(3)群のSU(2)部分群の生成子に変えることにより、任意の相対配向のスカーミオンの配位が得られる。幾つかの相対配向の配位のエネルギーと2つのスカーミオンが孤立している場合のエネルギーの差を取ることによって、静的なポテンシャルが得られる。これまで行われてきた研究ではこのポテンシャルをSU(3)の回転行列で展開した形で求めていたが、Yabu-AndoによりSU(3)のスカーム模型で与えられたバリオン数が1の場合の波動関数を変形された回転行列とみなしてポテンシャルを展開して表した。バリオン間の相互作用はYabu-Andoの波動関数の積をバリオン数2の状態と近似して行列要素を求めることができる。この様にして得られた結果を図1,図2に示す。図で実線はAtiyah-Manton ansatzによる結果で、破線はproduct ansatzによる結果で、+記号は1ボソン交換模型による理論値である。-N相互作用の中心力部分を示した図1では依然として中間領域の斥力は見られないがproduct ansatzよりは強さが減少する傾向にあることがわかる。図2の-N相互作用のスピン-アイソスピン部分では実際の相互作用と定性的に近いふるまいを示している。中心力部分の引力を得るために中間状態の∧N-Nの混合とカラー自由度が有限であることを考慮した。スカーミオンが近づくとスカーミオンが1つの場合の波動関数の単なる積で表す近似は悪くなる。そこで∧N Nの状態についてポテンシャルを対角化した。さらにスカーム模型はカラー自由度が無限大の極限に対応していると考えられるのでクォーク模型から補正因子を求めた。この様にして得られた図3の結果を見ると中心力部分の引力が現れていることが解る。ただし実線は∧N-Nの混合を考慮した結果、破線は考慮していない場合、+記号は中間子交換模型の結果である。以上の結果から、中間領域における中心力部分の引力には中間距離のスカーミオンの振る舞いを良く反映した配位、中間状態の∧N-Nの混合、有限カラー自由度の補正が必要であると結論される。

図1Nポテンシャルの中心力部分(単位 長さ:fm,エネルギー:MeV)図2Nポテンシャルのスピン-アイソスピン部分図3Nポテンシャルの中心力部分
審査要旨

 強い相互作用によって支配されるハドロンの記述には、量子色力学(QCD)が基本的な理論的枠組みと考えられている。十分高いエネルギーで起こる、深部非弾性散乱などの解析には、漸近自由性のために、結合定数の摂動展開が有効であることがわかっていて、これらの解析からQCDはハドロンの基礎理論として確立されたものと考えられる。

 一方、クォークの閉じ込めや核子の構造などに関係した、低エネルギー領域では、繰り込み群の援用で導かれた有効結合定数が大きくなるため、摂動的手法は有用性を失い、非摂動的な取扱いが必要と広く認められている。

 t’HooftとWittenらは、カラーの自由度NCを実際には3であるが、十分大きくした場合を想定して、この自由度NCの逆数による展開理論を提案した。その極限では、ハドロンの世界がクォークの自由度があらわに見えないで、クォーク・反クォーク対からなる中間子だけで構成されるスカーム模型のものになる。そこではバリオン数Bは中間子のトポロジカルな量子数として対応している。

 彼らのスカーム模型の復活から、ハドロンに対しこの線に沿って、核子や粒子のスペクトルや構造の研究が盛んに行われた。中でも、核子を特徴づけるアイソスピンだけでなく、∧粒子などを特徴づけるストレンジネスを含めフレーバを3にしたSU(3)対称性までの、ハドロンの構造が、藪・安藤などによってなされ、スカーム模型の研究対象が拡大された。

 スカーム模型でハドロン間の相互作用を導出する場合、B=2の配位を作らなければならない。もっとも、簡単な近似は、product ansatzで、2つの中心の異なるB=1のスカーミオンの配位の積で表すもので、そのバリオン数は2になる。つぎに簡単な近似は、Atiyah-Mantonが提唱した、ゲージ場のトポロジカルなインスタントン配位から、B=2の配位を決めるもので、2つの中心が十分離れているときは、それぞれの解が2つのB=1の解と同じになるが、近づいてきたときには、product ansatzのときとは違って、それそれの配位が変わるので、product anzatzの近似よりよくなる。

 これまでは、product andsatzやAtiya-Mantonの近似は、SU(2)フレーバのときのみに限られていて、ハイペロンと核子の相互作用を調べるには、SU(3)フレーバでB=2の配位を決めなければならない。申請論文の主要部分はこのことを実行し、それぞれの近似でポテンシャルを計算し、両者を比較し、評価したことである。それは単にSU(2)をSU(3)に拡張したというのでなく、SU(2)にはないSU(3)固有の問題があり、申請者はうまく工夫してそれらを解決している。

 実験に対応するものとして、1ボゾン交換相互作用の結果と比較している。-N相互作用、-N相互作用のそれぞれのチャネルについて解析しているが、例えば、-N相互作用の中心力部分は、1ボソン交換相互作用に見られる中間距離領域での引力は両者とも斥力になっている。全般的に、Atiya-Mantonの近似はより優れているということが、明らかに示しており、単なるproduct ansatzは近似がよくないこと、また、B=2の場合も、藪・安藤がやったように、数値的に解を求めるとより改善されることを示唆している。

 SU(2)のとき中間状態としてとの結合やカラー自由度の有限性であることによる補正が中間領域の引力を再現するのに重要であった。この論文でもSU(3)でそれらのことを考察しており、とくに、∧-Nと-Nとの混合の寄与が大きく、*-Nチャネルとの結合はエネルギー的にたかいため寄与は大きくなかったことを明らかにした。

 本論文においてはじめて、SU(3)スカーム模型による、ハイペロン-核子相互作用を解析し、B=1のスカーミオンのproducut ansatzよりもAtiya-Manton模型で示したように、SU(3)フレバーでのB=2でのより精確な解がよりよくなること、中間状態のチャンネル結合と有限カラー自由度によるクォーク模型の補正が重要であることを明確に示し、申請者はQCDの有効理論において重要な貢献をしたと考える。

 よって、当審査委員会全員、本論文が博士(理学)の学位の授与に値するものと認める。

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