学位論文要旨



No 112375
著者(漢字) 飯野,陽一郎
著者(英字)
著者(カナ) イイノ,ヨウイチロウ
標題(和) 1次元ハバードモデルおよびハイセンベルグスピン梯子モデルに関する数値的研究
標題(洋) Quantum Monte Carlo Studies on One-Dimensional Hubbard Model and Heisenberg Spin-Ladder Model.
報告番号 112375
報告番号 甲12375
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3155号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,秀敏
 東京大学 教授 安岡,弘志
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 助教授 永長,直人
 東京大学 助教授 高木,英典
内容要旨

 強相関電子系における重要な問題の一つに金属絶縁体転移点近傍での異常金属相の性質の解明がある。高温超伝導物質もこの中に属し、半導体の記述に適したバンド理論や、通常の金属に有効なフェルミ流体論といった、一体描像からの摂動的な理論の枠組みでは理解できない性質が見られ、積極的な研究の対象となってきた。このような系を理解するためには、電子間の強い相互作用を考慮することが必要である。本研究では、そのような系を記述するモデルとして、ハバードモデルを取り上げる。ハバードモデルのハミルトニアンは、

 

 であらわされる。はiサイト上の-スピンの電子の生成(消滅)演算子を表し、である。第2項は、同一サイトに来た電子間に働くクーロン反発力を表し、この項によって、電子の運動が他の電子の位置に依存する多体問題となり、複雑な様相を呈することになる。まず、1次元の場合について金属絶縁体転移に近い低温低ドープ域の性質を量子モンテカルロ法を用いて調べた。主にスピン相関関数を計算し、その距離依存性に及ぼす温度、ドープ量の変化に伴う効果を調べた。その結果、低温低ドープ域ではスピン相関関数の距離依存性は温度によって決まる相関距離T、および、ドーピング量に依存した平均ホール間距離hの2種類の特徴的な長さによって支配されることがわかった。ホールドープされた場合、平均ホール間距離hよりも内側では、スピン相関関数はハーフフィリングでの距離依存性(〜-1)に従うが、外側ではそれよりも急速な減衰(〜>1)を示す。またTよりも外側では、指数関数的な減衰が強く効くようになる。低温低ドープ域では、T,h>>1であり、その外側の寄与が小さいと考えられるため、スピン相関の波数Q=の成分S(Q=,=0)は、

 

 のようにThのうちの短いほうによって決まることになる。このように低温低ドープ域では、温度によって支配されるthermal critical regionと、ホール濃度によって支配されるquantum critical regionの2種類の領域のクロスオーバーが見られることになる。このような見方は、金属絶縁体転移近傍の振る舞いの理解に重要な役割を果たすと考えられる。(図1)

図1(a)はホールドープ量を変えたときのS(Q=,=0)の温度依存性を表す。ドープした場合、hのため低温での発散が押さえられる。(b)には低温低ドープ域での概念的な相図を示す。

 ハーフフィリングにおいてはハバードモデルは反強磁性ハイゼンベルグモデルを有効ハミルトニアンとして持ち、2次元以上では、基底状態に反強磁性長距離秩序が存在することが分かっている。この系にホールをドープすると、反強磁性長距離秩序は速やかに壊れる。またハーフフィリングでも反強磁性ハイゼンベルグモデルにおける反強磁性長距離秩序は、系の幾何学的な形状や、ボンドの大きさの比、次元性、次近接の相互作用等、他の自由度によって壊れうることも分かっている。

 一方で、最近の実験によると、系の幾何学的な形状によって長距離秩序が壊れ、励起エネルギーにギャップを持つスピンはしご系に対して、微量(1%程度)の非磁性不純物を導入すると、系の励起のギャップ構造が壊れ、反強磁性の長距離秩序が起こることが示唆されている。これは、ハバードモデルで示されたように動くホールが反強磁性長距離秩序を壊すのに対し、動かないホールは逆に働いていることを意味し、金属絶縁体転移点近傍での現象の複雑さの原因の一つの可能性として興味深い。また高温超伝導物質に対しても非磁性不純物効果の実験があり、その関連からも興味がもたれる。

図2(a)は、1本のはしごに不純物を周期的に導入した場合の帯磁率の温度依存性を示す。xcは3.125%と6.25%のあいだにあると考えられる。低温でのX0の急速な減衰は有限サイズ効果のため。(b)には、不純物を周期的に導入した場合の低温での比熱の振る舞いを示す。

 本論文の後半では、この実験をふまえ、スピンはしご系に対する非磁性不純物の効果を、量子モンテカルロ法を用いて取り扱った。ここで取り扱ったスピンはしご系は反強磁性ハイゼンベルグモデルであり、はしごの長さがLx、はしごの本数がLlのとき以下のハミルトニアンであらわされる。

 

 ここで、Sx,yは(x,y)サイト上のスピン演算子である。不純物が非磁性であるため、不純物サイトの演算子は取り除いて考える。J0=1として計算を行なった。

 まず、はしご間の相互作用がない1本のはしごの場合、即ちJL=0,Ll=1の場合を取り扱った。その結果、不純物の周りに反強磁性のスピンモーメントが誘起され、不純物濃度が低い)場合、不純物はお互いに十分に離れているため、それぞれがほぼ独立のスピン1/2の自由度として振る舞うことがわかった。このことは、不純物を周期的に導入した場合、低濃度域での帯磁率の温度依存性に、キュリー則に従う発散が見られることからわかる。しかしながら、クロスオーバー不純物濃度xcよりも高濃度では、帯磁率のBonner-Fisher的な振る舞いや、比熱のT-linear的な振る舞いが現われ始め、系はギャップレスの性質を示すようになることが分かった。これは不純物の周りに誘起されたスピンモーメントが互いに重なり始め、系全体に広がることによって、反強磁性のスピンモーメントが非局在化したと理解される。(図2)

 次に、スピンはしご間の相互作用JLを考慮した2次元系を取り扱った。この系は不純物濃度x=0の時、臨界のはしご間相互作用JLcが存在し、JL<JLcでは、系は励起エネルギーにギャップを持つが、JL>JLcは、反強磁性長距離秩序のあるギャップレスの相であり、JL=JLcにおいて量子相転移を起こすことがわかっている。計算は、の転移点近傍で、長距離秩序がなく励起にギャップの残る領域で行なったが、低不純物濃度(〜1%)において、比較的大きな反強磁性の長距離秩序が生じることがわかった。

図3(a)はJL=0.2の時のS(Q=(,),=0)/Ns(Nsはサイト数)のサイズ依存性を示す。無限系での外挿値が有限に残る時、基底状態に長距離秩序が残る。外挿は、についての2次までで行なった。(b)は反強磁性長距離秩序相での反強磁性磁化MSの大きさをあらわす。JLcは、JL=0.3とJL=0.4の間にあり、JL=0.2、JL=0.3では、xが0でないところで長距離秩序が残り、JL=0.4では、x=0でも長距離秩序が残る。

 長距離秩序発生のメカニズムとして、不純物の周りのスピンモーメント間に働く弱いカップリングによる起源と、この系が量子相転移点近傍にあることによる大きな量子揺らぎ考慮した2種類の取り扱いを考えた。前者による場合、反強磁性磁化MSは不純物濃度に比例して生ずることが期待される。一方、後者の考えに従い、かつ、この系が非線形シグマ模型にマップできるとすると、カップリング定数がggcのquantum disorder相での相関長は、となる。不純物間隔が程度よりも短くなると、不純物の周りの反強磁性相関が重なり合うようになるので、系全体に広がった反強磁性相関が生じ、T=0の無限系では反強磁性長距離秩序が生ずると考えられる。この場合、2次元系ではxcは、xc2〜1から、で与えられる。3次元古典ハイゼンベルグモデルと同じユニバーサリティーを持つ非線形シグマ模型の、長距離秩序相ggcでの反強磁性磁化は、である。T=0において、系の長さスケールは相関長と、不純物間隔x-1/2の2種類が存在するが、スケーリングが成り立つとした場合、転移点直上のg=gc即ちJL=JLcでの反強磁性磁化の不純物濃度依存性はに書き換えられる。このことから、転移点近傍のJLJLcでMSの振る舞いは、x<xcでのMS∝xから、x>xcでのへ、クロスオーバーすることが予想される(3次元古典ハイゼンベルグモデルの場合、/2=0.258)。モンテカルロ計算の結果は定性的に上の考察を支持しており、長距離秩序発生のメカニズムを、量子相転移点近傍での微量の非磁性不純物による効果と考えることで、実験が理解できることがわかった。(図3)

審査要旨

 高温超伝導体で代表される強く相互作用する低次元電子系の磁気的性質について未だ理解されていない事が多い。本論文はこれを量子モンテカルロ法によって数値的に研究したものであり、全4章より成る。第1章では本論文で実際に研究の対象とした1次元ハバード模型及びスピンs=1/2反強磁性ハイゼンベルク梯子系についての研究の背景及び実際の計算に用いた量子モンテカルロ法が紹介され、第2、3章ではそれぞれ1次元ハバード模型、及びスピン梯子についての結果が詳述されている。第4章はまとめである。

 第2章では一次元系でバンドが半分充鎮されたところで実現するモット絶縁体にキャリアがドープされた状況でのスピンの相関関数の距離依存性が、ドープ率及び温度によってどのように変化するかが究明されている。とくに短距離で見えるモット絶縁体的な特徴と長距離でのドープ率に依存する漸近的な振舞いとの間のクロスオーバー的な振舞いが温度と共にどのように変化するかが明らかにされた。即ち低ドープ域は、温度によって支配されるthermal critical regionと、ホール濃度によって支配されるquantum critical regionの2種類の領域に分かれその間にクロスオーバーが見られることになる。この知見は、金属絶縁体転移近傍の振舞いの理解に重要な役割を果たす。

 第3章ではスピン梯子に導入された非磁性不純物が引き起こす磁性的乱れの効果が研究された。スピン梯子はスピンギャップを持つ系として知られているが、最近の実験によると、1%程度の微量な非磁性不純物により、系の励起のギャップ構造が壊れ、反強磁性の長距離秩序の出現が示唆されている。この事実は動くホールが反強磁性長距離秩序を壊すのに対し、動かないホールは逆に働いていることを意味し、金属絶縁体転移点近傍での現象の複雑さの一つとして興味深い。これが研究の動機である。まず1本の梯子の場合が考えられた。最初に現実的ではないが不純物を周期的に配置させた状況を調べた。その結果不純物の周りに反強磁性のスピンモーメントが誘起され、不純物濃度が低い場合、不純物はお互いに十分に離れているため、それぞれがほぼ独立の1/2の自由度として振舞うが、濃度が増えクロスオーバー不純物濃度xcよりも高濃度では、帯磁率のBonner-Fisher的な振舞いや、温度Tに比例する比熱が現われ始め、系はギャップレスの性質を示すようになることが分かった。これは不純物の周りに誘起されたスピンモーメントが互いに重なり始め、系全体に広がることによって、反強磁性のスピンモーメントが非局在化したと理解される。次に不純物をランダムに配置した場合が調べられた。このとき、分布の乱れを反映して上のクロスオーバー的変化はゆるやかになった。

 これらの結果を実験と比較すると、数値計算によって見出されるギャップレス的特徴が出現する濃度、xcが実験結果より明らかに大きいことがわかった。この不一致の原因として、梯子内の超交換相互作用の空間的な異方性或いは梯子間相互作用によって、スピンギャップの小さなより臨界的状況が乱れのない状況に於いてすでに出現している可能性がある。ここでは後者の立場に立って、梯子間相互作用、JL、を持つ2次元的に結合した正方格子状の系が考察された。現実の系に於ける梯子間の空間的配置はこのようではないがxcの理論値の低下の原因を究明するには妥当な近似であると判断される。この系は不純物濃度x=0の時、臨界の梯子間相互作用JLcが存在し、JL<JLcでは、系は励起エネルギーにギャップを持つが、JL>JLcは、反強磁性長距離秩序のあるギャップレスの相であり、JL=JLcにおいて量子相転移を起こすことがわかっている。不純物効果についての計算はJL<JLcの転移点近傍で、長距離秩序がなく励起にギャップの残る領域で行ったが、その結果前述のxcより十分低不純物濃度において、比較的大きな反強磁性の長距離秩序が生じることがわかった。

 更に一般的に長距離秩序発生のメカニズムとして、不純物の周りのスピンモーメント間に働く弱い相互作用によるパーコレーション的状況と空間的にはむしろ一様であるが量子揺らぎを重視したスケーリング的領域という2種類の違った領域が存在することが示され、それぞれの領域での基底状態での磁化及び反強磁性状態への転移温度の不純物濃度依存性が明らかにされた。

 このように本論文は多くの新たな知見をもたらし、この分野の今後の発展に大いに貢献するものと認め、審査員全員により博士(理学)の学位論文として合格と判断された。尚、本論文の第2章、第3章は指導教官の今田正俊助教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を遂行したもので論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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