一般相対論では、等価原理により、重力場と物質場を合わせた全エネルギー密度を、時空点の関数として局所的に表すことはできない。しかし、時空が漸近的に平坦な場合は、3次元空間中の全エネルギーはうまく定義できることが知られている。空間的無限遠とヌル的無限遠でそれぞれADMエネルギー(Arnowitt,Deser,Misner 1962)、Bondi-Sachsエネルギー(Bondi et al.1962,Sachs 1962)と呼ばれるこれらのエネルギーは、その減少量と、重力場と物質場のエネルギー流束として期待される量の積分とが正しく一致し、またそのエネルギー流速は正であることが示される。また、ADMエネルギーとBondi-Sachsエネルギー自身も正であることが知られている。 これらのことは、一般相対論でもエネルギー概念は依然として有効であることを強く示唆している。ADMエネルギーとBondi-Sachsエネルギーは漸近的に平坦な時空でのみ定義され、また空間の全エネルギーを表す量であった。そこで、時空の漸近構造などの特別な条件に依存せず、空間の有限の領域に対しても有効なエネルギーを定義したいという動機が生ずる。このような事情から、ここでは、準局所エネルギー、すなわち、空間的な2次元面に付随するようなエネルギーを考える。おおざっぱに言えば、準局所エネルギーとは、球面のトポロジーを持つ閉じた面に対して、その内部のエネルギーを与えるものと考えられる。 そのような準局所エネルギーがうまく定義できたときの利点としては、まず、時空の漸近溝造によらない全エネルギーの定義を与えることが期待できる。また、時空の局所的な因果構造や時間発展に関する適切な定量的・定性的データを与えることができる。例えば、重い星が重力崩壊を起こす時の数値シュミレーションを行う際、適当な球面を取ってその内部のエネルギーと球面の半径を比べることによって、ブラックホールが生じるのか、裸の特異点が生じるのか、それとも正則な時空が保たれるのか、を判定することができるであろう。 実際、球対称時空に限れば、望ましい性質をほとんど備えた準局所エネルギーが既に見出されている(Misner,Sharp1964)。球対称という制限を外した場合、準局所エネルギーの表式としてはこれまで様々なものが提唱されているが、そのなかで上に挙げた条件、すなわち、どんな時空のどんな2次元面に対しても定義できる、という条件を満たすものは、Hawking(1968)によるものとHayward(1994)によるものしか知られていない。後者は、前者に見られるような外向きの単調増加性(Hayward 1994)は見られないが、Minkowski時空で正しく0になり、2+2形式で書き下した力学系のハミルトニアンから自然に導かれるという折り目正しい出自を持つ点で優れている。これらのエネルギーはまた、漸近的に平坦な時空では、無限遠でちゃんとADMエネルギーやBondi-Sachsエネルギーに帰着する性質を備えている。 本論文では、このHaywardによる準局所エネルギーが、ハミルトニアンの重力場部分しか用いていないことに注目し、物質場からの寄与も含めた全ハミルトニアンを用いるよう修正したものを新たな準局所エネルギーとして提唱する。この新しい準局所エネルギーは、真空の場合はHaywardの定義と一致し、その長所を全て受け継いでいる。また、真空でない場合は、物質場として電磁場やWeylスピノル場を入れた場合、その最終的な表式は真空の場合と一致することを明らかにした。よって、この場合も漸近的に平坦な時空では無限遠でADMエネルギーやBondi-Sachsエネルギーと一致する。 一方物質場としてスカラー場を入れた場合、最小結合相互作用型の場でも共形結合相互作用型の場でも、その最終的な表式には付加項が現われる。この付加項は、漸近的に平坦な場合には無限遠方で0になるので、スケイラー場の場合でもやはり新しい準局所エネルギーは無限遠でADMエネルギーやBondi-Sachsエネルギーに一致する。また、スケイラー場の場合、自由で質量を持たない場である共形結合相互作用型の場(電磁場やWeylスピノル場の自然な拡張)はエネルギーが負になりうる変則的なエネルギー運動量テンソルを持つため物理的な場ではなく、最小結合相互作用型の場は余分な相互作用を持つ形と見なせるので準局所エネルギーの表式に付加項が付いても不思議ではない。これらのことから、物理的に自然で、自由で質量を持たない場の準局所エネルギーは、新しい定義では全て表式が一致することが言えた。 新しい定義の欠点としては、物質場のある時空では球対称でもMisner-Sharpエネルギーに一致しないことと、漸近的にde Sitter的な時空では無限遠方で負の無限大に発散することが挙げられる。しかし、以下に見られるように、これらの欠点は致命的なものではない。 Reissner-Nordstrom時空とSchwarzschild-de Sitter時空に対して新しい準局所エネルギーを具体的に計算してみると、それは動径方向に自由落下するテスト粒子のニュートン的重力質量になっていることが測地線方程式との比較からわかる。このことから、新しい準局所エネルギーが、考えている2次元面が自由落下した時の面積減少率を与えるという意味での重力質量になっているのではないかと予想される。自由落下する球面の面積減少率から質量を与えるニュートン理論での表式を一般相対論的に拡張することによって、この予想を検証した。拡張した式を整理すると、新しい準局所エネルギーの表式とほぼ一致した。エネルギー運動量テンソルで表される項が若干補正として残るが、これは、準局所エネルギーの方がハミルトニアンという形で形の力学をより正しく取り込んでいるためであると理解される。 これらのことから、新しい準局所エネルギーはしっかりとした物理的意味を持つ量であることが解る。よって、物質場がある球対称時空でMisner-Sharpエネルギーと一致しないという点は、欠点と言うよりもむしろMisner-Sharpエネルギーとは若干異なった趣の物理的意味を持つ量が新たに定義されたと考えるべきだろう。その点では、新しい定義はHaywardの定義の改良ではなく、二つは相補的なものであると考えられる。また、上で考察した物理的意味を考えれば、漸近的にde Sitter的な時空の無限遠で負の無限大に発散するのも自然である。なぜなら、無限遠では自由落下する面は実際には宇宙膨張に伴って拡大しつつあり(実効重力質量が負であることを意味する)、その宇宙膨張をもたらす真空のエネルギー密度は宇宙定数によって空間を一様に無限遠まで満たしているからである。 新しい準局所エネルギーが何らかの形での正値性・単調性を持つのかどうか、持つとしたらそれはいかなる条件の下でか、という問題や、これがブラックホールの熱力学・表面重力加速度とどのような関係を持つのか、という問題はこれからの課題として興味深い。 |